2025年4月 4日
#951 小林 賢太 『勝ちたい』
静岡ブルーレヴス戦で勝ち越しの逆転トライを決めた小林賢太選手。今シーズン、好調なプレーを続け、そして進化し続けている理由を聞きました。(取材日:2025年3月下旬)
◆明るくなった
――静岡ブルーレヴズ戦の勝利、チームの雰囲気はどうですか?
雰囲気は明るくなったと思います(笑)。
――久しぶりの勝ちだったので、選手たちがラグビーの良いところによく挙げる「みんなで勝って、みんなで喜ぶ」という気持ちが、とてもよく分かりました
それは間違いないですね。
――3連敗している時は?
毎試合終わった後は悔しくて、負けと向き合う時間はあるんですけれど、毎週試合は続いていて、次に向かう理由がチームとしてありました。ただそれに結果がついてきていなくて、もどかしい気持ちはずっとありました。
――負けた時には、その負けを飲み込む時間が必要になってくるんですか?
そうですね。結果として、今回静岡に勝てたからと言って、自分たちの100%のパフォーマンスが出せたかと言えば、決して100点ではなかったと思います。結果として、相手よりも点が上回っただけと言うことだと思います。負けから学ぶことは結構多いと思うんですが、それ以上にそれを受け入れて、そこで出た課題を、相手も変わるので、その対策もしつつやらなければいけないと思います。
――右目周辺は名誉の負傷ですね
これは後半のヘッドコンタクトで、相手の頭が当たりました。鏡とかで顔を見ることが出来ないので、試合中は「視界がほんの気持ち狭まった」くらいに思っていました。試合が終わってベンチに戻ってきて、ベンチにいたメンバーから「結構、腫れてるな」って言われて、触ってやっと気づきました。結果として勝てて良かったと思います。
◆自分の身体と向き合う時間
――今シーズンは個人としてとても調子が良いように見えますが、自分自身の手応えは?
今回の試合では始めて、プレーヤーズ・オブ・ザ・マッチに選ばれましたし、個人的にも今シーズンのパフォーマンスは、今までよりも安定しているのかなと思います。
――今シーズンは試合中、大きく見えるんですが、身体は大きくなりましたか?
いや、そんなに変わってはいません。
――パワーが増したのか、スピードも増したのか、大きく見える要因はなんだと思いますか?
自分の強みとしては、めちゃくちゃフィジカルでゴリゴリ行くというよりも、スピード感、走るスピードだったり何か起こることに対してのリアクションのスピード、そういうところが自分の強みだと思っています。それが今シーズンは一貫性を持って出せているのかなと思います。
――出せている理由は?
今シーズンで3シーズン目、アーリーエントリーの期間を入れたら4シーズン目になるんですが、2シーズン前に初キャップを取ったシーズンは半分くらいの試合に出場できました。昨シーズンも全試合じゃないですけれど15試合に出られたんですが、2シーズン前も昨シーズンも、シーズン中に一度怪我をして、離脱している期間がありました。今シーズンは今のところ開幕から全試合出場していて、自分の強みを出すために、自分の身体としっかりと向き合う時間が作れているんだと思います。
――それはコンディショニングという面ですか?それとも食事面などですか?
食事面は今までも気にはしていましたが、いちばんはリカバリーのところだと思います。身体がフレッシュに戻ったら、自分の持っている力を誰でもパフォーマンスとして出せると思います。その中で練習もハードなので、もちろん試合もですけれど、そこでの疲労度をどれだけフレッシュな状態に戻せるかということを、今シーズンは特に意識しています。
――それは2シーズンとも途中で離脱、ということがあったことへの反省ですか?
そうですね。ファースト・キャップを取ったシーズンは、何が何でもファースト・キャップを取りたかったですし、このチームは競争率が高いということが、自分が入ってくる前からもそうで、その覚悟をして入ってきました。そこで自分がどうファースト・キャップを取るかということを模索して、それでファースト・キャップを取れて、次は試合に出続けたいという思いがありました。
プレーをフィールドでするために、がむしゃらだったというか、無我夢中にやり続けていたので、自分の身体が今どうということじゃなくて、フィールドで自分をどう表現するか中心で、コンディション・ファーストではなかったです。それが結局は空回りして、身体がキツくなった時に、自分の身体をコントロール出来なくなっていたのかなと考えました。今シーズン13試合連続で試合に出られたから、言えることなんですけどね。
――身体がキツくなってきたと感じた時には即メンテナンスなんですね?
そうですね。トレーナーの方にマッサージをお願いしたりしますし、S&C(ストレングス&コンディショニング)の方にお願いをしてストレッチをサポートしてもらったり、自分でお風呂で交替浴してみたり、ストレッチしたり、何らかの形でアプローチする時間、メンテナンスをかける時間が増えていると思います。
◆向上したいという気持ち
――心の方の変化はありますか?
自分がこのチームでどういうプレーヤーでありたいかということだったり、どういうことが求められているかということ、それを考えられる余裕が出来たと思います。2シーズンプレーして、怪我もしましたし、試合に出られない時もありましたし、試合に出ている時期もありました。そういうことをいろいろと経験して、やっとこの環境に慣れてきたという感じです。そして出られない時間を過ごしたことが、より自分を貪欲にさせてくれたということがあると思います。
――試合に出られない理由を周りのせいにせずに自分に向けられたのは何故ですか?
今まで進学する時もサントリーに行くと決めた時もそうです。実家は兵庫なんですけれど高校では親元を離れて東福岡高校に行きました。そこではラグビー部だけで同級生が50人くらいいて、部員は120~130人、試合に出られるか分からないような環境に行ったり、大学も早稲田に行って、自分がすぐに試合に出られるか分からない環境でした。そういう環境に身を置いている方が、自分自身が向上したいという気持ちでいられると思うんです。ただその反動で過去2シーズンは途中で自分をコントロール出来ないというか、怪我をしてしまったと思いますが(笑)。
――「自分には出来る」「やりたい」という気持ちはどこから来ているんですか?
「勝ちたい」ですね。小さい頃に花園ラグビー場に行っていたので、そういうところでラグビーがしたいとか、最初はそういう憧れだけだったんです。ただ東福岡高校を目指した時点で、実際に自分がそういう場所に身を置いて高校日本一になりたいという思いが生まれ、結果的に高校の時にも日本一に一度だけなりました。そういう経験を経てやれるという自信もつきましたし、やるからにはそのくらいやりたいですし、上を目指したいと思いましたし、ずっとそう思っています。
――高校で日本一になって見えた風景は良いものでしたか?
はい。自己肯定感を上げたいわけではありませんが、すべてが肯定されますよね。みんなと勝利を分かち合うことがラグビーの醍醐味というところがあり、キツい練習とかいろいろな試合で逆境を乗り越えて、チームスポーツ、団体スポーツだからこそ、みんなで掴む優勝というものは、自分にとっては特別だと思っています。
――大学での日本一の景色は?
大学2年生の時に一回だけ優勝しましたが、早稲田は"荒ぶる"以外は何でもないという文化なので、僕自身も荒ぶるというもの自体が、何なのかも分かりませんでした。それまで11年間優勝できていなかったと思いますが、その当時在籍していた1年~4年生の誰もが経験したことのないものでしたし、実際にそれを大学2年生で経験して、もう最高でした(笑)。最高だったので、結局はそれが3年生、4年生で頑張るモチベーションになっていました。
――サンゴリアスではまだ経験していませんね
僕がアーリーエントリーで入ったシーズン、リーグワン初年度にパナソニックに負けたところを、僕は国立のスタンドで見ていました。僕の記憶に残る優勝にいちばん近かった瞬間はそこでした。正直、大学とか学生のラグビーとは違って、長い間同じ人と一緒にプレーできる環境のリーグワンで、僕は優勝を経験したことがないので、このプロの世界で優勝することの道のりが分からないというか、空気感なども経験したことがないものですし、ペースも分かりません。それこそ大学の時と同じ感覚で、今も目の前の試合に勝つこと、1勝することに必死という感じです。6シーズン優勝していないというよりも、優勝が何なのかが分からないという感じです。
◆スクラムが安定し始めた
――そういう中でずっと良いプレーを続けていますが、どこが成長したのでしょうか?
プロップに求める優先順位は自分の中ではスクラムがいちばんにあって、今シーズンでパフォーマンスを出せている理由は、スクラムが安定し始めたからだと思っています。2シーズン前までだと、静岡と試合をする時にもしスタートで試合に出たとしても、まだ僕のスクラムが安定しているということが想像しにくかったと思います。そういうことが理由で、リザーブだったり試合に出られなかったりしていたと思います。
自分の中でそこが上手くいくと、自分がもともと得意としているフィールドプレーもストレスなく、思い切り出来るのかなと思います。あと、ボールが動く場所、ボールが動く場面に、自分が絡めるようになっているのかなと思います。それは経験によるものでもあり、身体の調子も良いということもあると思います。試合の流れが変わるところにいられるということは、パフォーマンスが良いという証拠なのかなと思います。
――スクラムが上手くいき始めたということですね
そこが上手くいっているから、上手いこと回っているのだと思います。
――大きく見えるのは自信から来ているのかもしれないですね
そうですね。
――スクラムが上手くいき始めた理由は何ですか?
スクラムに自分の課題があると思って、それをアオさん(青木佑輔アシスタントコーチ)とプレシーズンから「どこをどう修正する」という練習をやっています。スクラムってサントリーとしての形はあるんですけれど、人それぞれと言うか、僕だったら僕の身長や身体の作りなどもあるので、それに合わせたスクラムの組み方をずっと試行錯誤してきています。それは完成したわけでもないですし、今でもスクラムをどう良くしていくかをずっと話しています。
――青木コーチが一緒に組んでくれるんですか?
そういう時もあります。そこもまた難しいのが、フッカーによって、サイズも違いますし、フッカーによってこうしたいという考えがいろいろありしますし、相手のスクラムの組み方によっても違ってきますし。フッカーの個性があって、それぞれのやり方や考え方があるので、いろいろな人とアジャストしていかなければいけない部分があります。そこには終わりがないですし、面白いですね。
◆同じスクラムはない
――静岡戦のスクラムは、良かった前半とそうでなかった後半でしたね
後半の1本目のスクラムでペナルティーを取られて、2本目も確かフリーキックかペナルティーになったと思います。相手が変わった時に流れも変わる時があります。いろいろなことが絡み合ってきて、同じスクラムはないですね。自分たちがどうセットしている時がいちばん強いのか、どうヒットしている時が強いのかとか、繰り返し練習するしかありません。
――極めることは大変ですね
そうですね。もはや何が極まっている状態なのかも分からない状態です。
――今シーズン、今後は行けそうだという感覚はありますか?
そうですね。スクラムも含めてですが自分の課題に対しては、負けと向き合うのと似たような感じで自分の課題と向き合って、また次の週の試合に向かう、というサイクルを回すだけだと思います。
――課題と向き合う時には、自分でかなり考えるんですか?
もちろんその課題を改善してどう良くしていくかというために、コーチという方々がいるので、そういう人たちにどう改善したら良いのかをサポートしてもらう時もあります。その中でも自分がこう考えているということは、持つようにしています。スクラムは本当にいろいろと試さないといけなくて、フッカーと合っていなければ、自分の改善だけじゃなくフッカーの人にも改善してもらわなければいけません。それに横だけじゃなくて後ろの人もいるので、後ろの人たちとコネクションが合わないとか、そういうところもやらなければいけません。
――みんなでとことん練習しなければということですね
とことん練習して、息を合わせていかなければいけないと思います。そこはチームとしても良くなってきていると思います。
◆綺麗なプレーはいらない
――今後の目標は?
シーズンも終盤になってきて、ここから僕たちは本当に1試合も落とせないですし、目の前の試合、目の前の相手、目の前のスクラム、そのひとつひとつに勝つこと。本当に今シーズンのスローガンの"WIN THE ONE"になると思います。本当にそこだけだと思っていて、自分がチームにこの前の試合みたいにフィールドで影響を及ぼしたり、セットプレーで影響を及ぼしたり、結局はチームが勝つために出来ることがあれば、何でもやりたいですし、そのためだけに動き続けたいと思っています。
――集中するのは得意な方ですか?
あまり深くまでは考えていなくて、結局は練習グラウンドに来てラグビーのことを考えるとなれば、ラグビーをするスイッチが入ります。ですので集中することに対して、特に意識はしていないと思います。自分の好きなことをやっているということもありますし、別にここに来たらオフにするということはないですし。ひとつひとつやっていくことが明確で、その自分のやるべきことをひとつひとつやっていくことが、結果として集中している状態に繋がっていると思います。
――今やっていて「ラグビーのここが面白い」というところはどこですか?
それは本当に「勝つこと」だと思います。最初にチームの雰囲気が明るくなっていると言いましたが、すべて勝ったことが及ぼしている影響だと思いますし、みんな勝ちたいからこれだけラグビーと向き合って、ラグビーに対して時間を費やしていると思います。
――依然として厳しい状況には変わりがないと思いますが、いま何を大切にしたら良いと思いますか?
本当に目の前のひとつひとつの勝負に勝つことだと思います。例えば、この前は雨の試合でボールがスリップする状況でしたが、そこにボールが転がっている時に、そのボールをサントリーが取るのか、それともブルーレヴズが取るのかで全然違います。その目の前の勝負に勝つことだけで、試合の流れはどちらにでも転びますし、綺麗なプレーはいらない。そういうところだと思います。
――まだ選ばれたことがない日本代表についてはどうですか?
各世代で日本代表になったことと、日本代表候補になったことがありますが、今それに対して深く考えているかと言われると考えていません。ただ試合でパフォーマンスを出すことが日本代表に繋がっていく道だと思うので、もちろんあの桜のジャージを着て、日本代表として試合に出たいという気持ちはありますし、そこを目指し続けるという僕の目標は変わらないと思います。
(インタビュー&構成:針谷和昌)
[写真:長尾亜紀]