2024年11月 1日
#928 呉 季依典 Vol.2『これを意識しないとアカンねや』
先週掲載した呉選手のインタビューの続きです。ところどころ出てくる関西弁を、そのままにして掲載します。(取材日:2024年10月上旬)
◆いろんなフッカー
――だいぶ自信がついてきて、いま思うラグビーの面白さは何ですか?
ひとつは僕のポジション柄、セットプレーのところで、戦う術を覚えたから、いろいろなことを試せるということにはワクワクします。今までは何も分からずにただ淡々とやっていたので、ただしんどかっただけですね。技を覚えたからといって、そのしんどさが変わるわけではありませんが、「こういう相手にはこれを試してみようかな」というところで、今はそこが楽しいですね。
いろんな2番の選手がいて、他のチームには南アフリカ代表のマルコム・マークスがいたり、オールブラックスのデイン・コールズがいたりして、そういう中でスクラムを組んでいると面白いです。いろいろなタイプの敵がいますからね。けれど、外国人選手よりも日本人選手の方が厄介な選手は多いですよ。
外国人選手はどちらかと言うと、フィジカルで組んでくるんですけれど、日本人選手はいろいろな術を持っているフッカーが多くて、駆け引きがあって組みにくかったりします。そういった意味では、サンゴリアスにはホリさんがいて、宮﨑達也も強いですし、土一(海人)もパワーがあって、そういういろんなフッカーがいる中でやり合っているので、他のチームと組んだ時に楽だったりします。
――その駆け引きはスタンドから見ていて分かるものですか?
外から見ていると分からないと思います。レフリーが「ここがポイントね」と言うところから勝負が始まっていて、そのポイントを先に取ったり、面した時にどれだけ良い状態で待てるかだったりしますね。
――そこは先手必勝なんですか?
そうですね。いまサンゴリアスでも言われていて、早くセットアップして、相手を下で待つということです。先に相手が下にいる状況は後手になってしまうので、出来るだけ早くセットして、相手の下で、上目遣いで相手を見ていることを心掛けています。それは相手よりも優勢に組むというだけの話で、だからと言って勝つ負けるではありません。組んだ後も、肩の使い方とかもあるので、外から見ているだけじゃ分からないと思います。
――相手に先に取られた時もやり方はあるんですか?
あります。後手でもそれなりに、不利だけれど組み方はあります。
――先手を取るためには、みんなの意識が共通していないと難しいと思いますが、みんなで共通意識を持てているんですか?
僕が社会人になった時くらいは、チームによってはフロントローだけがスクラムのことを考えて、バックローはそれほど考えていないということもあったと思います。ここ最近の考え方は、「8人でひとつのスクラム」なので、バック5にもスクラムにフォーカスしてもらって、1回1回のスクラムに集中してもらっています。そこの意識はフロントローだけじゃなくて8人とも上がっていると思います。
――そのためには練習中から言い合っているんですか?
言っていますね。前提として、「お前のことが嫌いだからキツく言っているんじゃないからな」とはミーティングでも言いますし、結局は試合に勝てなければ、みんなが不幸せになってしまうので、だったらグラウンドの練習内では「もっとこうしてくれよ」という求め合いは言うべきだと思っています。言う時は本当に言いますし、言う選手はスクラムを知っているからこそ、「もっとこうして欲しい」ということがあるので、言いますね。
――みんなに許容量があって、気が強くないと出来ませんね
そうですね。それがないと、ここまで続けられていないと思います。優しい選手もいますけれど。
◆共通の約束
――駆け引きの話が出ましたが、スクラム以外にもラインアウトやその他のセットプレーについてはどうですか?
スクラムほどラインアウトの中身を考え切れていない部分はあります。「相手がこうやって立ってきたら、どうする」というところはコーラーに任せていて、フッカーとしてはコールが出たところにジャンパーが上がるから、そこに投げるということしか考えていません。けれど、ラインアウトの駆け引きもたくさんあると思います。飯野晃司さんはラインアウトリーダーをやっていて、家も近いので喋る機会は多いんですけれど、僕の理解がついていけず、何を言っているか分からない時もあります(笑)。けれど、ラインアウトの話をするのも面白いですよ。
――投げる場所はコールで分かりますが、タイミングはどうしているんですか?
そこは反復練習です。週の頭に「この動きをやるよ」というのが出るので、それを月曜日に何回も繰り返して、今シーズン来たローリー・マーフィー(アシスタントコーチ)がコーチになってからは練習で競り合いもあるので、そこで「もっと早くが良い」とか、すぐにレビューが返ってきます。
――秒数をカウントしているわけではないんですよね?
感覚です。トリガーというのがラインアウトにもあって、「こいつが動き出してから、その動きがスタート」というのがあるので、基本的にはみんなが同じリズム、速さで動くという共通の約束があります。
――それは繰り返しの練習ですね
そうですね。みんな身体の大きさも違えば、足の速さも違いますからね。足が遅いから早めに動き出すということもありません。基本的にトリガーと飛ぶ位置があるので、どれだけ同じリズムで動けるか、そしてそこに投げられるかです。
――スローは得意ですか?
サンゴリアスに来て、だいぶ上手くなりました。青木さんはスクラム、ラインアウトのスローのエキスパートですね。ラインアウトのコーチのローリー・マーフィーも、教え方がめちゃくちゃ上手です。
――昔と比べて、何が良くなって安定してきたんですか?
意識ですかね。ホンダの時は一生懸命投げていただけだったと思います。だから一貫性が無かったと思います。例えば、投げた後に手の位置が、次には違う位置になっていたり、投げ終わった後に右側が下がってしまうとか、そういうことじゃなくて、基本的には投げたいところのターゲットに向いているというところが大事で、押し出す感覚ですね。
あまりポイントがたくさんあるとパニックになってしまうので、いま僕が言われているのは、投げる前に深呼吸して、しっかりとターゲットに向けって投げるだけ、ということです。ベース自体は上手だと言われているんですが、そこで考えすぎて「ここに投げなきゃアカン」と思うと、逆にコントロールし過ぎて投げられなくなってしまいます。だから、あまり考えずに、出たコールに対して、一生懸命そこに投げることを意識しています。
――それはかなり練習しないと出来ないですよね
昔と比べて練習時間はぜんぜん違います。家に帰ってから嫁に階段の上に上がらせて、そこに向かって投げている時期もありました。プレシーズンの時期は、選手はみな時間がバラバラに練習するので、そういった練習が出来ません。それで嫁さんに「取ってくれ」と言ってやっていました。
――奥さんは運動神経が良いんですか?
取るのは出来ますね。元々バレーをやっていたのでボールの感覚はありますね。
◆やるべきことをちゃんと明確にする
――他にやっていて面白いと思うところは?
やっぱりサンゴリアスに来て、スタイルがぜんぜん違いますし、結構走れるようになってきましたね。だからプレーの回数も多くなってきましたし、ボールを持つ回数も多くなっています。あとは、ハンドリングやボール捌きとかにはもともと自信があったんですが、今までは走り切れずに、まずその場所に立てていませんでした。フィットネスがついてきて、その場所に立てるようになってきたので、ボールをもらう回数も増えてきましたし、そういった意味ではボールを持って、ティップしたりバックスにボールを放ったりする回数も増えてきたので、そういうフィールドプレーも面白くなってきていますね。
――面白いことばかりですね
たしかに。でもいちばんは、最初に言ったセットプレーのところですね。だから毎回ワクワクしますし、「絶対にこのスクラムに勝って叫んだろ」って考えたりします(笑)。
――その中での課題は何ですか?
昨シーズンで言えば、フィニッシャーとして難しいシチュエーションの時に出ることが多かったので、プレッシャーがある中で淡々とプレーが出来るか、グワッとプレッシャーがかかった時に、「やったるでーっ」と思って空回りということもあったので、そこで一貫性のあるプレー、波を作らないプレーが出来るかですね。
――怪我の心配も出てきますが、そこはどうコントロールしているんですか?
正解は無いと思います。防げる怪我と防げない怪我があるので、これと言い切れない部分はありますが、やるプレーが明確になっていないといけないと思います。急にプレッシャーがかかる場面で出ることになって、「どうしよう、どうしよう、ちゃんとやらないと」という心境で入ると、良い結果は返ってきません。試合の流れだったり、「いま入った時にはこれをしなきゃアカンな」とか「これは絶対にしたらアカンな」ということを考えながら、それでゲームに入った時には逆転できたり、良いパフォーマンス、良い流れを持って来ることができているので、練習でもそうですけれど、やるべきことをちゃんと明確にするというところが、いちばんテンションのブレが無くなるのかなと思います。
――やるべきことを見定める力もついてきたということですか?
それはそうですね。そこは流さん、亮土さん(中村)、マツさん(松島幸太朗)などビッグゲームを経験してきた選手たちの発言とか、練習でも「これはここでやったらアカン」って言ってくれるので、「こういう時はこれを意識しないとアカンねや」とか、例えばミスがめちゃくちゃ続いた時に「チャレンジプレーはいらないから、シンプルに強いプレー」とか、今まで僕は自分のやりたいプレーをやっていましたが、そのシチュエーションごとにプレーを選ばなければいけないということを覚えましたね。
――やっぱり熱くなるところと冷静になるところが永遠の課題ですか?
そうですね。僕は常に熱いので、けれどその中で、何をするのかをブレずに持ってやる、そこに熱を注ぐように意識しています。
――意識したら、何をやっていいか分からなくはならないですね
基本的には無いです。試合に出る回数、分数も増えてきたというのは、そこが安定してきたから使いやすい選手になってきたのかなと思います。その波がある選手は使う側も怖いと思うので、そこが無くなってきたから、こうやってプレー出来ているのかなと思います。
◆優勝するまでお酒を飲まない
――今シーズンの目標は?
2番を着て出るということは、もちろん達成したいですし、チームとしてはもう6年も優勝から遠ざかっているので、本気で優勝したいです。今は願掛けじゃないですけれど、お酒を飲むのを止めました。優勝するまではお酒を飲まないと決めています。結構、お酒は好きだったんですけれどね。
――ラグビー人生の中での優勝は?
無かったと思います。大学の時は僕の年代は負けてしまいましたし、1年~3年の時には優勝しましたが、そのグラウンドには立っていませんでした。4年生ではグラウンドには立てましたが、準決勝で負けてしまいました。高校時代も3位でしたし、社会人になってホンダに入りましたが、ホンダでも優勝はありません。サンゴリアス1年目に決勝でパナソニックに負けたので、そこがいちばん惜しかったですね。
――長期的な目標は?
2つあって、日本代表になることと、ラグビーを引退した後に周りの選手たちを向上させていけるようなラグビーの指導者になりたいと思っています。
――そこに向けては、何か進んでしますか?
指導者に関しては、サンゴリアスでアオさんの下でいっぱい知識を積んで、「こういう時はこういう組み方があんねんな」とか、アオさんが伝えてくれることはずっと変わっていないので、そこでしっかりと吸収することですね。あと日本代表になるためには、2番で出場しないと、アピールの時間もないので、そこで出場時間を増やして自分のプレーを見てもらわないと、そもそも選考基準に入らないと思っています。サンゴリアスで2番で出ていたら、「一回呼んでみようかな」というチャンスが来ると思うので、そこですかね。
――各世代の代表経験はありますか?
高校の時くらいですかね。元々はナンバー8やバックローでやっていて、大学の半分くらいからフッカーに転向しました。
――ほとんど初づくしになりますね
優勝して、そのまま代表に呼ばれたら最高ですね。
(終了)
(インタビュー&構成:針谷和昌)
[写真:長尾亜紀]