2024年10月18日
#926 中靍 隆彰 『僕にしか出来ないこと』
速さ、常にそのイメージを醸し出している中靏選手。ベテランの役割を意識しながらも、全く衰えを感じさせないベテランが、ひとつ超えた姿を新シーズンに見せてくれそうです。(取材日:2024年10月上旬)
◆考えることを止めよう
――昨シーズンはブルーズ戦以外、公式戦の出場がない初めてのシーズンだったんじゃないでしょうか?
まずブルーズ戦に出られた時には、それもミラクルな出場でした。本当はメンバーにもサポートメンバーにも入っていなくて、前日にノンメンバー練習をやって、夕方5時くらいにサポートメンバーに入って欲しいと言われました。まずサポートメンバーに入るところから始まって、その時にフォワードの選手に腰が痛い選手がいて、もし何かあったらメンバーに入るかもしれないという状況でした。
その選手をずっと見ていましたが、「大丈夫」と言っていたので、アップの手伝いなどをしていたら、別のウイングの選手が怪我をしてしまって、開始3分前くらいにメンバーに入ることになって、「こういうことがあるんだな」と。チームの仲間が怪我をしてしまったのは残念でしたが、僕としては数%を引き寄せた感じでした。そのためにずっと準備してきましたし、「頑張っていればビッグサプライズがあるんだな」という嬉しかった部分です。でもシーズンで言うと、1試合もメンバーに入れなかったんですが、ただ、調子はとても良くて、トレーニングマッチや練習でも良かったので、「出たい」という気持ちは常に持っていました。そのための準備をしっかりとやっていました。
――試合直前にメンバーに入っても、それまでの準備は試合に出るのと同じ準備をしていたんですか?
そうですね。本当に試合に出るつもりで準備をしていて、試合前に食べるものも、いつ試合に出ても良いように準備をしていました。その結果、試合に出られて、試合には負けてしまいましたが、ワクワク感とか1stジャージを着て試合が出来る喜びを感じられたのが嬉しかったですね。
――その後も準備をしていたということは、またギリギリまでそういうことがあり得ると思っていたんですよね
あり得るということと、逆にその域も越えて、「考えることを止めよう」と思っていました。考えすぎると、出番がないからと言って準備をしないとか、本当にネガティブになったりするので、年齢も上の方ですし、そんなことをしたら自分じゃないと思いました。いつでも全力で準備をするが自分だと思っていますし、いつラグビーが終わるか分からないと思ってやっているので、本当に好きでやっていますし、あまり考えすぎず、瞬間瞬間、その日の練習、その日のプレーを良くしようと思ってやっています。
◆1周して越えた
――その心境になったのはいつ頃ですか?
正直、昨シーズンは悩みました。練習試合や練習でも良いパフォーマンスが出せている時が多かったんです。それでも出番が無くて、最後のシーズンと思って頑張ってやっているところもあったので、「また次のシーズンも同じように頑張れるのかな」とかなり考えた時期もありました。その後、それを1周して越えましたね。
――試合に出られなければ今シーズンで終わりかもしれないと思った時に、悲しさはなかったですか?
悲しさはなかったですね。ただ、たくさんの熱量を込めて日々を過ごしている中で、それを出せる場がない時に、「同じ熱量で次のシーズンも出来るのかな」という悩みだけでした。それを1周越えて、今は悩んでいないですね。
――次のシーズンも出来る、となった時は、どんな気持ちでしたか?
相談はしました。今は「次のシーズンはどう考えているのか」というようなミーティングがあります。一時は「やりたいです」という感じだったのが、試合に出られないのが続いた時には「少し悩んでいます」というようなことを相談させてもらって、結果としてはその域は越えました。
――相談をしたということは、相談相手から「必要だ」「やって欲しい」というような話もあったんですか?
そうですね。「チームとして戦力と考えているし、残って欲しい」ということを言われて、とても嬉しかったです。
――今は心が晴れている心境ですか?
そうですね。
――「これだけ調子が良いので使ってほしい」ということは話せないものですか?
難しいですよね。ベテランだからということと、ベテランだけどそういうことを忘れないというバランスというか、「俺が俺が」ということも大事ですけれど、それが僕らくらいの年齢になると、後輩が成長することにも責任があります。
――調子が良くて、良いパフォーマンスをしているのに使われないと、「じゃあ、どうしたらいいんだろう?」と思うのではないでしょうか?
結論として、いま考えると甘えで、本当に素晴らしいパフォーマンスを出していたら試合に使われるわけですし、自分の実力が足りなかっただけだと思います。いちばん経験あるベテランがそんなことを言っているようじゃ、甘いですよね。
◆こだわって、激しく、一生懸命
――ベテランということを、かなり意識し始めていますか?
ベテランらしくとは考えていないです。チームをまとめたりすることは、リーダーシップを取れる選手がたくさんいますし、年を重ねたくらいでそれをやり始めるのは、違うかなと思います。ただ、いちばん最年長の選手が、こだわってやっていたり、激しくやっていたり、一生懸命やっているということは、後輩たちに残せる部分でもあると思っていますし、それこそ見ているファンの皆さん、近くにいる家族、いろんな人が、僕が練習試合などで活躍していたら、感じてもらえるものはあると思っています。それは僕にしか出来ないことだと思っています。そこで準備をしていなくて、変なプレー、動きの悪いプレーをしていたら、「やっぱり歳だね」と言われる、そういうことがいちばん嫌ですね。
――以前「足を速くすることに正解はない」と言っていましたが、その正解がない中で、足の速さは更に向上しているんですか?
変わっていない感じはしていますね。とても速くなったとは思いませんが、試合をしていても追いつけないと思う瞬間はありませんし、練習試合でも相手を抜いていくシーンもたくさん作れましたし、衰えは感じていません。
――足を速くする方法をオリジナルで作ってきたと思いますが、これまで足を速くするためにどんなことをやってきましたか?
どちらかと言うと僕の論理では、フォームがどうのというところではないですね。走り方はみんなそれぞれであると思うので、その中でのパワーやストライド、そっちを楽じゃないやり方で鍛えるという感じです。
――どこを鍛えるかをかなり考えてやっていたんですか?
まずは筋肉をしっかりとつけて、その筋肉をグラウンドで活かすために、グラウンドでのスピードトレーニングを続けてやっていますし、本当に正解はないと思うんです。
――相手がいたり、試合のこの場面でしっかりと出すとなると、なかなかコンスタントに力を発揮するのが難しいと思いますが、いかがですか?
その場面でどういう動きをするか、というイメージが出来ていないと、理想の動きは出来ないと思います。こういうシチュエーションでボールをもらったらこうする、誰かがこっちに行ったら、こう走るなど、たくさんイメージしますね。
◆おー出来た!
――そのイメージを越える時もありましたか?
ありましたね。絶対に自分にはこういう動きは出来ないと思っていた動きが、出来た時がありました。本当に集中して、ゾーンに入った時の試合があって、そういうトレーニングはしていたんですけれど、試合をしながらも「おー出来た!」と思いましたし、試合後に映像を見返しても、「この動きが出来てる」って、その時はいちばん楽しかったですね。嬉しい瞬間でした。
――その動きの再現力はあったんですか?
いや、ないんですよ。その時の映像が残っているんですけれど、ボールをもらってから、相手が止まっているように見えました。2020年の神戸製鋼戦なんですけれど、その試合はずっと良いプレーが出来ていて、アスリートとして楽しかったですね。
――ゾーンに入った要因は何だと思いますか?
良い緊張感があって、しっかりと準備して、最後に吹っ切れるというか、良い感じの緊張感になるんですよ。ネガティブな要素は全くなくて、楽しもうというか、雰囲気がそういう感じでした。その後もどんどんボールが欲しくて、ボールが来ればいつでも抜きに行けるというような楽しくなった感じですね。
――ゾーンには何分くらい入っていましたか?
20分くらいですかね。違うシーンではトライも出来ました。
――同じような精神状態に持って行ければ、同じような状態になると思いますか?
その試合の後に、このスピリッツ・オブ・サンゴリアスのインタビューがあって、そのことを話しているんですよ(https://www.suntory.co.jp/culture-sports/sungoliath/spirits/2007-706.html)。コナー・マクレガー(総合格闘家)が試合の当日はとても楽しんでいるということを言っていて、そこが自分には足りないと思い、試合を楽しもうと思って臨んでいたんです。何試合かは良かったんですけれど、上手くいかない時もありました。
――例えば、前の日によく寝られたとか、そういう要因は何かありましたか?
いやー。やっぱり自信が大事だなと思いますね。良い準備が出来て、良い身体の状態だと、「絶対に自分は出来る」という心理状態になって、それで試合が始まって、「出来る、抜ける」とどんどん自分を高めていくと良い状態になれますね。
――そこは難しいですけれど、若手にも伝えたいところですよね
難しいけれど、その喜びを味わってほしいですね。
◆居て欲しいところにいる
――ウイングというポジションは周りの人に活かされるポジションだと思いますが、人に活かされるためにやっていることは?
受け身だけじゃなく、お互いにコミュニケーションを取って、フォワードやセンターの選手、10番の選手が居て欲しいところにいる能力が大事だと思います。誰かが抜けた後にすぐに寄ったり、それこそチェス(チェスリン・コルビ)や晟也(尾﨑)もそうですし、そういうプレーが上手い選手が試合に出ています。自分ももっとそこを伸ばしていきたいと思っています。あと体力にも自信があるので、自分の特徴を活かして、トライを取るだけじゃなく、関係ないところでも足の速さを使って、動き続けたいと思っていますし、そこを強みとしてやっていきたいと思っています。
――トライをたくさん取っていた時は、そういうプレーが出来ていたということですか?
トライをたくさん取っていた時は、もちろんコミュニケーションなどは出来ていたと思いますが、優勝したシーズンでしたし、チームのみんながとても調子良くて、チームとして良かったので、結果として僕のトライが増えたと思います。
――同じウイングでも11番と14番はぜんぜん違いますか?
右サイドが左サイドかで走る方向は違いますけれど、試合になれば、やることはそんなに違わないと思います。
――だとすると、左サイドも出来るということですか?
それが出来ないんですよね。左ウイングだと、左側に走っていくんですよ。だとすると、右でハンドオフをするので、左手でボールを持つんです。僕はずっと14番をやっていて、ボールを右手で持たないと、ちょっと速くないんですよ。
それと、左ウイングだと、左でパスするが多くなるんですよ。僕は右でパスすることが好きなんです(笑)。ずっと14番をやっているので、今さら直そうとは思わないですけれど、そこはダメなところでもあると思います。今はユーティリティー性がリザーブに入るには大事だと思うので、それが無いからこそ、そこを凌駕するくらいの決定力とかを見せないといけないと思っています。
◆考える前に一歩動いて、走っている
――昨シーズンの目標として「チーム全員で心を鍛えていきたい」と言っていましたが、そのためにどういうことをやったんですか?そしてそれは出来ましたか?
やっぱりラグビーって気持ち、心だと思うので、そこは今も変わらないんですけれど、どれだけチームのためにタックルしたか、どれだけ勝ちたいかって、プレーに現れると思います。例えば、反対側にボールが行っている時に、こっち側は関係ないから動かないのか、それとも考える前に一歩動いて、何かがあった時のために走っているか。そういう選手がたくさんいるチームは強くて、実際に強かった時には、サンゴリアスもそういう選手ばかりでした。だから自分も含めて、心を鍛えなければいけないと思いました。
もちろんラグビーでも鍛えられますし、ラグビー以外でも、チームの活動で、このチームが好きだという気持ちを鍛えることが出来るところがいっぱいあります。私生活の部分でも、クラブハウスを綺麗に扱うことも、ここを本当に自分の家だと思って、自分の家族だと思っていれば、見過ごすことは出来ないと思います。そういう意味で、みんなで心を鍛えていきたいと、今も思っています。
――そこは出来たんですか?
そうですね。ある程度は出来ていると思います。それこそ、僕は12年、12年と言えば、小学生から高校までと同じ期間、このチームで過ごしているので、サンゴリアスが好きだという気持ちは年々強くなっていますし、そういったプレーを見ている人に感じてもらいたいと思っています。
――今シーズンの目標をお願いします
あまり先のことを考えられるタイプではないので、今シーズンのスローガンである"WIN THE ONE"。僕自身もとてもしっくり来るというか、その瞬間瞬間でベストのことをすると大事にしているので、毎日を全力で過ごして、最後にホリ(堀越康介)とコスさん(小野晃征/ヘッドコーチ)を胴上げして、みんなでビールを飲みたいな!と思っています。
(インタビュー&構成:針谷和昌)
[写真:長尾亜紀]