2024年8月23日
#918 森川 由起乙 『ひとつ好きなことを頑張れ』
2シーズン前、プレーオフを含め9試合出場にとどまりながら、昨シーズンは17試合に出場した森川選手。静かに、それでいて熱く、ラグビーと人生を語ってくれました。 (取材日:2024年8月上旬)
◆もっともっと行けた
――昨シーズン、ほぼ全試合に出場しました
2シーズン前は、自分がサントリーに来て、コンディションが悪すぎて、初めて自分から「チームに迷惑をかけるので、試合はすみません」と伝えて、怪我が理由でしたが試合に出なくなりました。それが8シーズン目のことで、コンディションを理由にジャージの争いに入れないことが悔しかったので、昨シーズンはプレシーズン中にその準備を結構頑張りました。
その準備が上手くハマったというか、チームから求められているパフォーマンスに届いていたから使ってもらったと思います。18試合中17試合に出ることが出来ましたが、パフォーマンス的にはワークレートの部分など、もっともっと出来るというか、もっとしなければいけないところが多かったと思います。試合には出ることが出来ているけれど、納得いくパフォーマンスはまだあまりなかったと思います。
――試合に出続きているということは、安定感はあった訳ですよね
さすがにセットピースの部分はそんなに狂わないですけれど、フィールドプレーだったり、パワー勝負のところで、もっともっと行けたなと思うところがあります。あとはパワーリピートのところで、1発で終わるのではなくて2発、3発と、僕はそういうところが武器だと思いますし、そういうところをプラスαで求められていると思うので、試合の流れ、小さな流れですけれど、そういうところをもっともっと、歳を重ねていくにつれて上げていかないといけないと思っています。
――歳は重ねましたが、まだ歳を感じていないということですね
怪我でトンネルに入って、自分のラグビー人生の先は近いのかなと思ったんですけれど、昨シーズンで自分の私生活からルーティンなどをぜんぶ変えて、それがバチっとハマったので、その土台が出来ました。その土台が出来たので、次のシーズンでは何をしなければいけないか、いまリハビリ期間中ですが、次はトレーニングになってくるので、いま頑張っている途中です。
◆準備が楽しい
――どこを変えたんですか?
もう30歳を越えているので、エラーが起きることが多くなりました。スクラム特有の身体のズレなど、そういうところでピラティスをやり始めて、そこでエラーをぜんぶ治していきました。
――エラーとは怪我ですか?
いやいや、右肩が下がり過ぎていたり、左肩が上がり過ぎていたり、右肩が前に出ていたり、左肩が後ろに下がってしまっていたり、骨盤がどっちに向いているとか、そういう可動域や収縮に関わるところを整えるんです。ラグビーはコンタクトスポーツなので、そういったエラーが出た状態でリピートしていくと、膝とか腰とか古傷にダメージが来て、慢性的な痛みが出たりします。
――そうすると今、身体としてはかなり気持ちが良いのでは?
本当に楽ですよね。2年前は寝起きから最悪な状態で、膝が曲がらなかったですし、伸びなかったですし、特に朝はちゃんと歩けませんでした。階段の上り下りも出来ませんでしたし、日常が常に「痛い」から始まっていました(笑)。
――それを感じなくなったなら、逆に若返ったような感じですね
そうですね。面白いですよ。自分で限界というか、「この歳やし、このくらいしか出来へんか」と決めがちですけれど、そのピラティスの先生に会えたことによって、限界は作らなくて良いなと感じましたね。サンゴリアスに入って次で10シーズン目なんですけれど、まだまだ知らないことがあったり、根性論ではなくて、こういうことも出来るのかとか、こういうことが出来るようになれば広がりが出来て、幅が出来ました。今はまだ準備段階ですけれど、次のシーズンに向けて、いま準備していることが出せるのが楽しみというか、準備が楽しいですね。準備が楽しいと、初めて思いました。
――ピラティスの先生は東京サンゴリアスのスタッフから紹介されたんですか?
そうです。見山さん(S&Cコーチ)が連れてきてくれました。その人に会えたからこそ良かったかなと思います。クラブハウスに週1回来てくれて、他の選手のことも見てくれています。
◆未知にチャレンジ
――足りなかった部分に向けて、どんな準備を始めたんですか?
みんな怪我をしない身体を作るということがあると思いますが、コンタクトスポーツなので絶対にエラーは出てきます。それを最小限に抑えることですね。毎日のルーティンになっているので、1日オフという日が無くなりました。
あと、ラグビーって、ジムだけ強くてもラグビーが強いわけではありません。30歳を越えたら、激しくトレーニングしても20代の頃みたいにパンプアップしたり、身体がすぐに成長したりすることはありません。だから、いかに質の部分をそれにプラスして、走ることに対しても、手と足だけを振って走るというより、コアもしっかりと連動させて走ったり、足を上げることに対しても、いろいろな筋肉を使って上げること、より体力を抑えながらパワーが出る方法をやっています。僕もまだ未知のところに、チャレンジしている感じです。
――まだ未知のところがありますか?
そうですね。完成はぜんぜんありませんが、だからこそ、トンネルを抜けられて、楽しい感じがしていますね。
――そういう準備をしながら、来シーズンの目標は?
このチームに契約してもらっているので、とにかく優勝するためのピースになれるように、まず頑張ること、試合に出ることが目標です。試合に出ながら周りとのコミュニケーションを取って、同じポジションの選手と一緒に成長したいと思っています。話すのは苦手なので、プレーをしつつ上手く自分なりに伝えながら、やっていきたいですね。あと日々の練習でみんなと一緒に自信をつけていきたいですね。
――自分が動くことでコミュニケーションを深くしていく感じですか?
難しいですよね。人を見ること、観察することとか好きですし、どういうことを考えていて、どういうことが必要とか、いざ喋るとなると、なかなか言葉が出てこないタイプなので、自分の仕事をしっかりと見つけて、それを1年間取り組みたいですね。
感覚でやってしまうんですが(笑)、自分ひとりで動いてしまう時があるので、自分が理解したことをもっとアウトプットして、横のプレーヤーとコミュニケーション取って、横も上手く使いつつ喋ろうかなと思います。
◆料理の腕が上がり過ぎた
――私生活からルーティンなどをぜんぶ変えたと聞いて、爆食いや爆飲みをやめたということかなと思いました
それもありますね。お酒も平日はほとんど飲んでいないですね。昔はほぼ毎日飲んでいました(笑)。今は体脂肪も気にしていて、ずっと自炊していますし、オフの2ヶ月間は毎食すべて僕が作っていました。妻は会社に行くので、朝と昼は自分の分しか作っていませんが、この2ヶ月間、夜はほぼ僕が作っていました。
――どちらの料理が美味しいですか?
妻の料理も美味しいですよ。ボディメイクもやっていたので、カロリー制限とかそういう料理を知っていて、作り方とかタイミングとかを考えてくれます。ただ料理が出来るけれど面倒くさがるタイプですね(笑)。僕は料理を作ることが好きなので、その代わり、洗濯とか掃除、料理以外はぜんぶやってくれます。
――森川選手も同じくらい料理が上手なんですか?
僕の料理も美味いですよ。
――なぜ料理することが好きなんですか?
兄弟が5人いて、女性は母親しかいなくて、ご飯が出来るまでの時間は、ギュウギュウで5人で遊ぶか、ケンカするかしかなかったので、横で母親が料理を作っていて、それで味見をさせてもらったりしてました。母親が作る料理を見たり、あと母親は店もやっているので、料理は身近にありました。
料理も準備が大事で、鍋料理にしてもスーパーに売っているレトルトのスープを使うんじゃなくて、水に昆布などを3時間くらいつけて出汁を取って、そこにカツオとかも入れたりして、ぜんぶ出汁から取って料理するのが好きですし、美味いですね。
――自分の身体を整えて良いラグビーすることと、良い準備をして美味しい料理を作ることには共通点がありませんか?
ありますね。今回のオフで料理の腕が上がり過ぎました(笑)。
◆こども食堂
――お店はお母さんがやっているんですか?
そうです、そうです。いま、こども食堂もやっています。
――どこでやっているんですか?
兵庫県尼崎です。僕の地元です。子どもを家に置いて働きに行かなければいけないシングルマザーの家庭の子どもとかが集まれる場所であったり、ご飯を提供したり、クリスマスやハロウィンの時にはビンゴ大会を開いたりしています。
――何という食堂ですか?
こども食堂はばたく会です。NPO法人で、やっぱり実績がないので、なかなか援助もなく、ずっと赤字で大変そうです。
――こども食堂の他にお店もやっているんですか?
そうです。仕事終わりに飲みに来るような居酒屋的な感じで、そこで駄菓子も売っています。子どもが学校終わりに駄菓子を買いに来たりしています。
――将来、そこは継ぐんですか?
兄弟の誰かが継ぐんですかね。今のご時世、駄菓子屋さんって無くなってきているじゃないですか。僕が子どもの頃は、「どこどこの駄菓子屋集合」と言って、そこから遊びに行っていました。今はスマホやSNSが普及していて、そういうことはないかもしれませんが、駄菓子屋さんとか子どもたちが集まれる場所って、日本の良い文化だと思うんですよ。思い出にもなりますよね。
――こども食堂もそうですが、必要ですよね
そうですよね。大人になった時に「子どもの頃にあそこに行ったよな」というところが、潰れてしまって無くなっちゃうんですよ。そういうことも考えながら、ずっと続けていきたいと母親は言っていて、やっぱり儲けよりも、そっちの方が大事だからと言っています。
――お父さんは別の仕事をしているんですか?
父親は建築業をやっていましたが、もうリタイアしました。リタイアしたんですけれど、仕事が早いし腕が良いのでアルバイトで呼ばれたりしています。重機を扱ったりするんですが、重機の扱いが上手くないと、その下の人もしんどいらしいです。だから、いまだに忙しそうです。
◆やってもらうよりもやってあげること
――ラグビーでまた新しくい可能性が見えてきた中で、日本代表については?
目指していますし、ワールドカップに出てみたいですね。代表のキャップが取れたことも嬉しいですし、それは親孝行のひとつでもあるので、そこでワールドカップを狙えるチャンスがあるのであれば、狙いたいです、何歳でも。今はそのための準備期間だと考えています。来シーズン、しっかりと結果を見せられるよう、自分にもプレッシャーをかけながら頑張りたいと思っています。
――もう少し先の将来にはどんなイメージがありますか?
本当にざっくりですけれど、介護業に興味があります。自分が資格を取るというよりかは、施設を作って、結構グローバルな感じの施設にしたいなと思っています。外国人には厳しい状況ですし、日本語が喋れない中、物忘れが始まっていたら、会話にならないですよね。現役中にいろいろと話をさせてもらって、今はまだラグビーに集中しますけれど、どこかで両立しなければいけないところを判断して、ざっくりですけれど、ラグビーをやりながらやっていきたいと思っています。
――その発想のもとは地元ですか?
家族を施設に預けるって、みんな抵抗があると思うんですよ。認知症を問わず、若年性も今後増えると思いますし、そこで上手くパイプ役になっていきたいと思います。僕の親もそれを経験していて、祖母が認知症で、認知症になってからもう11年ですが、長生きしているんです。
あとは父親の教えというか、「ひとつ好きなことを頑張れ」ということがあります。ラグビーって人生が終わるまでは出来ないんですが、いま好きなことをやっているので、次にまた好きなことを見つけたいなと思っています。介護で人の役に立つというか。
――料理もそうですが、人に喜んでもらうことが好きというベースがあるんですね
僕はどちらかと言えば、やってもらうよりもやってあげることの方が好きですね。自分なりに考えたこととか、人のためとか、ざっくりですけれど、面白そうだなって思いますね。
◆どう山を登るか
――サンゴリアスは2017-18シーズンの優勝から6シーズン、優勝から遠ざかっています
僕が2年目、3年目の時に優勝した時よりもラグビーが変わっています。ファイナルラグビーは緊張しますけれど、その中で23人がどれだけリーダーの声を聞いて、理解して、試合でどれだけパフォーマンスを出せるか、というところだと思います。昨シーズンは本当に紙一重だったと思います。準決勝で東芝に勝てると思っていましたし、やってきたことは間違いじゃなかったですし、そこで土台も出来ましたし、けれど「もう一歩」止まりでした。
ファイナルラグビーになった時に、プレッシャーは感じるんですけれど、そのプレッシャーをもっと相手にぶつけられると思うんですよ。東芝も昨シーズンの準決勝でめちゃくちゃプレッシャーを感じたと思います。そこを感じさせるだけじゃなくて、抜け切らないといけないと思います。だから、優勝のことも考えますけれど、目の前の試合で、自分たちは出来るという自信をもっと持つことも大切なのかなと思います。自信があれば怖いことも和らいだり、緊張も和らぐと思います。
人それぞれですけれど、僕もそうで、口には出しますけれど、優勝するために何をするか、どう積み上げていくか、チームとしても個人としてもどう山を登るか、そこをもうちょっと見直さないといけないと思います。やってきたことは間違いじゃないとしても、まだ届いていないので、「もうちょっとこういうことが出来ないと」ということを無くしていきたいと思います。
昨シーズンは16試合中15試合に出られましたけれど、次のシーズンでも同じことをしていたら、15試合以上出られるかと言えば出られないと思います。根本的な土台はあるんですけれど、ちょっとずつ積み上げていかないと、歳は重ねつつ、体力や技術、思考は、同じことをしていたら落ちていきます。2021年に日本代表に行って怪我をして、悩んで、そこで考え方とかも変わって、そこを自分に求めています。
――そして、みんなと一緒に成長していきたいと
自分が気づいたことには、周りも気づいてもらいたいですし、答えを言っても途中の式はみんな違います。同じポジションに慎太郎さん(石原)、賢太(小林)、クーニー(ブラッドリー・クーン)、ウィル(ウィリアム・ヘイ)、敦輝(山本)といますけれど、サイズも違うし足のサイズ、脚の長さも違います。結局たどり着いた時に「これが答えだったんだな」と思っても、みんな式が違うので、そういった意味では、ちょっとしたアドバイスとかコミュニケーションの頻度とかが大事だと思うので、自分が「もうちょっとこうしたら、パッと行けるのにな」と感じた時には言うようにしています。
――次のシーズンにはどんな姿を見せたいですか?
どのチームも外国人選手を補強しているので、各チームにいるカテゴリーCとか、対フォワードに、力強いプレーをキャリー、タックル、ブレイクダウンなどで意識していきたいと思います。リーグレベルも高くなって日本人選手が少なくなっている中、日本人の強さを見せたいですし、すべてにおいて激しさとパワフルなプレーを、精度高くやりたいと思います。
(インタビュー&構成:針谷和昌)
[写真:長尾亜紀]