2024年4月 5日
#898 サム ジェフリーズ 『チームに新しい風を吹かせる』
試合でも普段でもとても落ち着いて冷静なジェフリーズ選手。これだけ多くを語っても、まだ聞き足りない、またインタビューしたいと感じさせてくれる選手です。 (取材日:2024年3月下旬)
◆雨が降らないかなと願っています
――日本に来て今シーズン、8試合に出場しました(第11節終了時点)が、どんな感覚ですか?
日本でのラグビーの初年度としては、とてもポジティブだと思っています。楽しんでいます。自分が経験してきたラグビーとは違ったスタイルですし、とても新鮮です。日本のラグビーのスタイルもそうですし、とても著名なプレーヤーがプレーしていますし、とても良いリーグだと思っています。そしてサントリーのような有名なチームでプレー出来ることは、とても嬉しいことです。チームとしても日本一を目指している強いチームなので、このチームの一員となることが出来て嬉しいです。
――違いというのは例えば速さですか?
イングランドでは70%くらい、ボールが濡れている状態でプレーすることが多いんです。なので、雨の中でプレーする時のフォーカスは、フォワードでしっかりとテリトリーを取っていくラグビーになります。日本のラグビーはどんどんボールが回るプレーが多くて、ボール・イン・プレーの時間が長いと感じます。
異なったスタイルというのは、チームそれぞれによってフォーカスしているところは違うと思いますが、サントリーはアグレッシブ・アタッキング・ラグビーで、アタックに重きを置いているチームです。自分がこれまでプレーしてきたチームは、セットピースに重きを置いているチームが多かったので、その違いは新鮮です。
――では雨の試合ではもっと活躍できますね
そうですね。雨が降らないかな、とたまに願っています(笑)。まさに自分の強みですからね。
――体格的な違いは感じますか?
フォワードは特に感じます。自分が慣れ親しんだところよりも、フォワードの平均体重が5~6kgくらい軽いかと思うんですが、GPSレポートを見ると、フォワードはイングランドのチームよりも走っています。なので、スピードがあって速いラグビーをするのもプラスですし、そこは体重が軽い方が良いんだなと感じます。
――よく走るラグビーに対応しているということは、体力がありますね
フィットネスがあると思いたいところですね(笑)。
――スピードにも対応出来ているということですね
ブリストルでは、アタックについてはサントリーに似ているところがあって、移籍した後もやりやすかったと思います。
◆新しいチャレンジ
――その様なラグビーの特性も頭に入れて、サンゴリアスに入ったんですか?
そうですね。加えてクラブの持っている威厳や、これまでの歴史といったところですね。ジョージ・スミスやトゥシ・ピシともプレーした経験があるんですが、2人とも口を揃えて「とても良いクラブだ。素晴らしい戦績、歴史あるクラブでプレーできたことは本当に良かった」と言っていたので、そこは自分の背中を押してくれました。
――初めて海外でプレーしているわけですが、日本でプレーしようと思ったのはなぜですか?
2016年に日本に住んでいる友人を訪ねて旅行に来たことがプラスになっています。とても楽しくて本当に良い国だと思ったので、日本に住むということはとてもワクワクすることでした。ラグビーのスタイルが違う国でプレーすることは大変なことだと思いましたし、それなりに年を重ねているので、そういった意味でも新しいチャレンジになると思いました。
自分が培ってきた経験を周りに還元すること、共有することが出来ればと思って日本に来ました。自分の違った背景やこれまで培ってきた知識などをもとに、特に若手の育成に協力出来ればと思いました。イギリスではセットピースが強いので、そういった点でチームに新しい風を吹かせる、そういう協力が出来るところもあると思っています。
――サンゴリアスの若手選手には、いろいろと教えているんですか?
若手の育成が出来て嬉しく思っています。若手の選手が意欲を持って成長する姿を見ることが出来て、とても嬉しく思っています。例えば、片倉などは、良くなりたいという意欲が高くて、ラインアウトリーダーとしても頼もしいところがあります。自分が若かった頃を振り返ると、その当時も年上のプレーヤーがいろいろなことを教えてくれたと思うと、懐かしい感じがしますし、自分がロールモデルとしていた立場に今自分がなることが出来ていると思うと、恩返しというか、やってもらったことを今度は自分がやってあげているということを、ポジティブに捉えているところです。若手がポジティブに捉えてくれて、そこから日本代表になったりすることなどを想像すると、嬉しく思います。
――片倉選手はきっとこのコメントを嬉しく思うのではないでしょうか
片倉は怪我が続いているんですが、私も片倉の年齢の時に怪我が重なってしまった経験をしています。片倉は心をしっかりと強く持ちながら毎日取り組んでいるので、正しいマインドセットを持っていると思います。
◆練習して学んで練習して学ぶ
――インタビューをしていて、イギリスのジェントルマンという感じですね
分かりません。どうでしょうか(笑)。
――プレー中もクールだと感じますが、怒ることや騒ぐことはありますか?
自分が論理的で冷静なことに関して、妻もたまにフラストレーションが溜まっています(笑)。プロのアスリートとしては、自分のパフォーマンスについて何が大事かを分かっていて、感情的な部分は自分のフィジカルの面とは切り離して出来るようになってきました。次の仕事は何なのか?に集中するようにしています。そこがチームの中でどういった役割をしなければいけないのかが分かった上で出来ていることだと思いますし、あとは全体像を見て、じゃあ自分は何をすればいいのかを考えられるというのは、自分の強みだと認識しています。それは経験があるからこそなので、自分の経験をもってして、若手の育成に繋げられればと、この年齢になったから思いますね。
――全体像が見ることが出来るのは経験と、背の高さでは?
ハハハ(笑)。
――次のプレーに集中するという考えは、いきなりは持てないと思いますが、いつ気がついたんですか?
学んで身につけたところだと思っています。それをスキルと捉えると、練習して学んで練習して学ぶ、ということを繰り返したと思います。ニュージーランド代表から学んだところがあって、オールブラックス(ニュージーランド代表)には"ブルーヘッド"と"レッドヘッド"という言い方があります。ブルーヘッドは冷静で論理的に考えられる頭のことで、レッドヘッドは感情的になってとても短絡的に考えたり、とてつもなく反応したり、煮えたぎっている頭のことです。それを比較して、オールブラックスは常にブルーでいろと教えているんです。
いろいろな様々なことを学んで、いろいろなテクニックを習得しながら、身につけていくスキルだと思っていますが、世界の名だたるロールモデルや著名な方々を見ても、いつもブルーヘッドで、頭の中をクリアにしながら、寄り道をせずにやっていると感じています。そこはとても参考になります。
もともと何かを読んだら、論理的にやってみようとすぐに上手く出来るタイプだと思いますし、どちらかと言うと常に冷静でブルーなマインドセットを持っているタイプでしたが、自分から試して、スキルとして学びながら身につけていったと思います。その中で、レッドになったらどうやってブルーに持って行くのか、そして次の仕事は何なのかと考えることに繋がっていったと思うんです。ラグビーには常にカオスがあって、何でも起こりえる状況のスポーツだと思うので、そういう中でどうやって自分のフォーカスをもう一度集中力に向け直すのかという術を、身につけてきたと思います。
――それはテクニックであり、それをコントロールするところがラグビーの楽しみでもありますか?
才能とは、もともと持っている能力をいかに引き出してベターにしていくかだと思いますし、それが特に好きになるのではないかと思うんですが、自分はもともとメンタルは自然と冷静にいられるタイプで、そこは自分の強みかなと思います。フィールドの外でもプロ意識を高く持ってやっていくこと、そういったメンタルについてはプロ寄りで出来ていたと思います。
自分はどちらかと言うとスキルの方がチャレンジングで、ハードワークしないといけないところだったのかなと思います。自然と自分がコントロール出来ることはコントロールして、自分の次の仕事は何なのか、自分のチームでの役割は何なのかとういことを冷静に見極めて考えるということは、自然と出来ていました。逆にスキルが自分の課題として、いつも取り組まなければいけないと思っています。
◆見えないところでとチームを支える
――ラインアウトとタックルが得意と言うことですが、どういうところが得意ですか?
瞬発力もなければ、いちばん良いジャンパーでもないんですが、ラインアウトのフィジカルさ、モールアタック、モールディフェンスで身体を張ることを誇りに思っています。スコアするのはフッカーが多かったり、モールを止めても輝かない立場ではあるので、あまり賞賛を得ないんですが、ラックに顔を突っ込んでいかに効果的だったかとか、ブレイクダウンでいかに効果的に動けたかどうかは、見ている人には分かりにくい功績だと思います。
自分の身体を張って、泥臭い仕事をして、見えないところでしっかりとチームを支えるという仕事は、ハードワークの賜物ではあるんですが、ラグビーを見ている人にとっては、伝わりずらいところではあると思います。ただ、見ている人が見れば分かりますし、自分としても同じポジションのプレーヤーを見る時に「こんなに頑張っているんだな」と思います。自分としても同じように貢献できればと思っています。
――子どもの頃の憧れは発明家だったそうですね
小さい頃に「大人になったら何になりたいか」を聞かれると、発明家になりたいといつも言っていました。
――ラグビーのスキルは発明しましたか?
ハハハ(笑)。まだ発明できていませんね。誰かをコピーして盗みながらやっていくしかないですね。
――アタックについては上手くいっていますか?
日本で違ったスタイルのラグビーをするということに関しては、適応することが非常に大事だと思っています。日本のアタックと、イギリスの慣れ親しんだアタックは異なるものではあるので、自分としてはアタックの部分は伸ばしていかなければいけないと日本に来てから思いました。特にキャリーですね。日本だと、キャリーをする回数もイギリスとは違っていて、そこもまだ成長の余地はあると思っています。そこが学びであり、伸ばせるところがあるということを嬉しく思います。
日本に来て、キャリーがいちばん上手いプレーヤーから実際に学ぶ機会があり、コーチ陣も細かいディティールを集中して教えてくれている環境が揃っているので、自分のスキルを伸ばせることを嬉しく思いますし、実際に伸びている実感もあります。
アタックに関しては、ブレイクダウンでいかにハードワークしているかに集中していて、特にラインブレイクを大きくしたり、トライまで行ったりしたことはありませんが、そこに至るまでのチームワークとして、ハードワーク出来ていることを嬉しく思います。
――日本の方がキャリーの回数が多いんですか?
イギリスだと雨が降っていることが多いので、ディフェンスをする時間も増えますし、キックを多用してテリトリーで攻め込んでいくラグビーになります。キャリーで行くとしても、22m内で短めのキャリーが続くので、ちゃんとしてキャリーではないかもしれません。そうなると、ボールを持ってプレーする時間が、アタックのスタイルにもよると思いますが、変わってくると思います。自分のポジションのロックとしては、そこでチームのためにメーターを稼いでいきたいと思っています。
◆フォワードからチームに勢いをつける
――シーズンが終盤に向かって行きますが、目標は?
プレーオフに進出することが大前提です。次のブロックとしてはプレーオフ進出が大事なことだと思います。今からプレーオフまでの期間は、プレーオフに向けて勢いづけられる、勢いを増していく期間だと思っています。自分としては、ラインアウトのプランを出来る限りクリアにすること、ハリー・ホッキングスと青木コーチといつもプランを立てています。セットピースを強くしていくことが次のブロックでも重要になってくると思いますし、フォワードとしてもクリアなプランを持って、フォワードからチームにどんどん勢いをつけられるような期間にしていければと思っています。
もちろんプレーオフになれば、フォワードとしてディフェンスにもとても大きなインパクトを求められると思います。アグレッシブ・アタッキング・ラグビーとは言え、ディフェンスはとても大事な部分ですし、ディフェンスでボールを取り返すこと、セットピースでボールを守ること、ボールを取ることということに関しては、セットピースのリーダーとして責任を感じていますし、チームを引っ張っていければと思っています。
――プレーオフではジェフリーズ選手のブルーヘッドが大事になりますね
だと良いですね(笑)。
――将来的な目標は?
ラグビー引退後の人生はまだ考えていませんが、実は26~27歳くらいの間は現役を離れていた時期がありました。当時は、PDM(プロフェッショナル・ディベロップメント・マネージャー)に携わっていて、この経験から自分としてもラグビーのハイパフォーマンスだけじゃなくて、ビジネスの側面からラグビーを見たり、商業的な面でラグビーを知ったり、様々な面でラグビーを知ることが出来る良い機会でした。ラグビーに違う役割で携われる良い期間でした。
コーチングに関しては、まだ決まっていないことが多いんですが、コーチとしてもチャレンジはたくさんあると思っていますし、コーチの家族でいることに関しても、たくさんの犠牲が伴うと思っています。自分としてはプレーヤーでいながら周りのプレーヤーに教えたり、コーチングをすることは楽しいことではあるので、まだ決まっていませんし、人生はどうなるか分からないですね。
◆チームのカルチャーはディフェンスが表す
――離れていた時期とカムバックについて教えてください
膝蓋腱(膝のお皿の腱)の怪我で、引退しました。リハビリも行ったのですが、自分に合ったプログラムがなかなかなく、一歩引いた立場に身を置くことがいちばんだろうと思うに至りました。一歩身を引くという案は、ジュアン・スミスから得ました。南アフリカ代表として2007年ワールドカップ優勝後、アキレス腱を断裂し、引退したプレーヤーです。2年間働いた後、トゥーロンで現役復帰しました。私は引退してからは、PDM(Player Development Manager)として元々プレーしていたブリストル・ベアーズで働き、毎日の勤務と並行してジムでリハビリを続けました。膝が回復して、プレーを再開したという形です。
膝蓋腱のリハビリは多くの場合でアイソメトリック・トレーニングで、痛みが出ないようにしながら筋肉に負荷をかける方法をとりますが、リハビリを行なっていく中で、自分には生体力学的な問題があるため、膝に負荷がかかり過ぎてしまう状態にあることに気づきました。自分で専門的な知識を読み込んで、とり組みました。現役の選手として、そしてメディカルスタッフとしても、できる限り早くフィールドに戻すことが目的となりますが、一歩引いた身だからこそじっくりと時間をかけて、総括的にアプローチすることが出来ました。ほとんど自分でケアをした形になりましたが、面白いことにオフィス勤めから復帰して8ヶ月後、イングランドのスコッドに呼ばれました。結果としてはとても良い形になりましたね。
タイミングとしてコロナ渦中でもあったので、アカデミーチームでのトレーニングから始めて、チームに戻りました。メインチームに戻ってからAチームで何度か試合に出て、選手として再契約しました。翌シーズンも順調に練習を続け、たくさんの試合に出場できて、とても良い形で復帰できたと思います。クラブとしても、自分の強みを活かしてくれたと思います。PDMとしての適性を認めてくれて、まずはPDMになって欲しいとのことだったので、選手として復帰ができればボーナス、と。心の奥では、きっと復帰できると信じていたので、復帰のためにできることは全て取り組みました。
――ビジネスマンも合っているのではないでしょうか?
ラグビーで培ったスキル、ハイパフォーマンスの環境で培ったスキルは、他の業界や他の職業にも通じるものがあると思います。特にラグビーだとマインドセットの部分では、これまでのキャリアで適応してきた形で通じるところがあると思っています。頭の中がクールでいることであったり、論理的にやらなければいけないことだったり、メンタルの部分で通じるところがたくさんあるので、今後どういった形になるか分かりませんが、どういった形であれ楽しんで出来る仕事が多いんじゃないかなと思います。
――ラグビーをやっていて、いちばん面白いと思うのはどんな時ですか?
ラグビーをしていていちばん良い感触になる時は、チームがディフェンスに力を注いでとても良いフィジカル面を出した時とか、ハードワークをたくさんしている時とか、泥臭いプレーで身体を張ったディフェンスをしている時かなと思います。例えば、ターンオーバーで試合に勝ったシーンやディフェンスの頑張りがあったからこそ勝てたような試合、出来たようなプレーは、チームメイトの熱量を表している、心を表していると思います。あと、チームのカルチャーはディフェンスが表すと思うので、そういったところが出来たシーンではチームのプライドが前面に表れていると思いますし、例えばラインブレイクされた時の追撃とか、そういったところでチームの気持ち、プライド、心が表れると思うので、ディフェンスで上手くいった時、止めた時とかはいちばん盛り上がりますね。
(インタビュー&構成:針谷和昌/通訳:楠瀬紫野)
[写真:長尾亜紀]