2023年10月27日
#873 小野 晃征 『サンゴリアスらしいラグビーを絶対にやり切る』
サンゴリアスにアシスタントコーチとして帰って来た小野晃征。カムバック1年目、その指導力が大いに期待されています。(取材日:2023年10月中旬)
◆夢以上のことを達成できた
――選手として東京サンゴリアスの後、サニックスで1シーズン過ごして引退、その時の心境は?
怪我が多かったのと、セカンドキャリアとして仕事をするチャンスがありました。あとはコロナの時期でしたし、14シーズンをプレーして、いずれかは引退する時が来ると思っていました。それに家族はニュージーランドに戻っていて、子どもを学校に入れるタイミングでもあったので、ある意味ではタイミングは良かったと思っていますし、どちらかと言うとポジティブな終わり方が出来たかなと思います。
――やり切った感はありましたか?
そうですね。欲張れば、もっといろいろと達成したいということはありましたが、自分のラグビーのキャリアを5~6歳くらいから始めて、これまでに夢以上のことを達成できたと思います。もう少し続ければ、何か出来たかもしれませんが、ポジティブに終わりたかったですし、悔いなく終われたと思います。
――2022〜23年の2年間はどんなことをしていたんですか?
ラグビーのエージェントの仕事をしていました。自分がお世話になっていたエージェントは、僕が15~16歳くらいの頃からサポートしてくれていて、20年以上エージェントの仕事をしている人でした。その人が退職するから、その代わりに会社に入らないかと言ってくれました。エージェントの仕事に興味もありましたし、ニュージーランドに家族が戻ることがいちばんのプライオリティだったので、ニュージーランドに住みながら日本とニュージーランドをラグビーで繋げたり、自分の経験を活かせる仕事のひとつだと思いました。
――エージェントの仕事は面白かったですか?
面白いとは言えないですね(笑)。プロのラグビー選手として好きなことをやって食べていくことを経験しているので、最高の楽しさしか経験していませんでした。ラグビーってある意味、次の週で切り替え、また次の試合に向かって行きますけど、ビジネスや仕事はある意味、エンドレスですよね。その切り替えがとても難しかったと思います。
◆選手の前に自分のマネジメント
――その経験が出来たことは大きかったですね
自分の人生の上でも良い経験が出来たと思います。この先、どうなるか分かりませんが、一度ラグビーの現場から離れて、ビジネス、営業という仕事をして、いろんな人の対応をしたり、コミュニケーションを取ったり、問題解決をしたり、あとは自分のスケジュールを管理するということも経験できました。
ラグビー選手って、いろいろな人がサポートしていますが、選手のエージェントだったので、選手のマネジメントをしなければいけません。ただ、選手のマネジメントをする前に、自分のマネジメントをしないと周りをサポートできないと感じました。それがラグビーにも繋がりますし、今のコーチにも繋がっているかなと思います。
――選手にとってエージェントは大切な存在だと思いますが、やってみてどう思いますか?
結局は人間関係で、その人を信頼しているか信頼していないかによると思います。エージェントのスタイルもあると思いますけれど、大事にしていくものは何なのか、例えばお金なのか、環境なのか、チャンスなのか、それを理解した上で、エージェントが対応してくれたり交渉できたら、選手も周りの人もみんながハッピーなんじゃないかなと思います。
――コーチングにも近い部分がありますね
そうですね。僕はニュージーランドをベースとした選手の契約を日本のチームとしていたんですが、いろんなバックグラウンドを持った選手とコミュニケーションを取ることが出来ました。選手の家族や親など、いろいろな年代の人とコミュニケーションを取って、その選手が何を大事にしているかを理解した上で、話をすることがとても大事でした。
◆常に動いているスポーツ
――エージェント業務は辞めて、東京サンゴリアスのコーチとして戻ってきたわけですか?
そうですね。とても良い経験が出来て、そういう経験をせずにコーチになっていたら、どれだけチームの環境が恵まれているかを分かっていなかったかもしれません。
――コーチは選手を辞める時からやりたいと思っていたことですか?
そうですね。もともとは体育の先生の勉強をしていました。人に教えたり、人が成長することを味わうことも、嬉しく感じていました。
――これからコーチとしてやっていくことは楽しみばかりですか?
楽しみばかりというよりは、ラグビーって常に動いているスポーツで、同じ状況が二度とないので、それに対してどうやって上手くやっていくか、上手くいっていない時にはどうやって上手くいくようにするか、そういうことをとても考えさせられます。
――そこがコーチの面白さですか?
そうですね。そこがラグビーの良さと、コーチングの面白さですね。
◆今の選手に合うラグビー
――4シーズン振りに戻ってきてみて、今の東京サンゴリアスはどうですか?
チームの考えがもともとあって、サンゴリアスに入ってくる人もそのフィロソフィーを分かって入ってくるので、大きくは変わっていないですね。人が変わっても、みんなの意識は高いですし、成長したいという姿勢をとても感じます。
――しばらく優勝から離れていますが、チームの外から見ていてどう感じていましたか?
言葉にするのが難しいんですが、決勝で2回負けていて、どこかで信じ切れていなかったところがあるのかもしれないですね。
――信じ切るためには何が必要だと思いますか?
ラグビーは勝ち方がひとつだけではないと思うので、今の選手に合うラグビーを探していかなければいけないと思いますし、今シーズンのメンバーに合うゲームプランやトレーニングを考えていかなければいけないかと思います。
不思議なのはラグビーって15人がひとつの悪い判断にコミットした方が、15個の別々の良い判断にコミットするよりも良い結果が出る場合があります。そこから修正が出来ますし、ひとつにコミット出来れば、それがダメだったとしてももうひとつがあると思います。けれど、15人が15個の考え方だったら直すステップが無いと思います。
良い判断、悪い判断に全員が納得はしないかもしれないですが、それにコミットすることがいちばん大事だと思います。信じ切るというところでは、悪い判断でも全員やり切ろうというところまで持って行ければ、より強いサンゴリアスが出来るかなと思います。勝負の世界では結果が全てだと思いますが、上手くいかない時もサンゴリアスらしいラグビーを絶対にやり切るということを、やっていきたいと思っています。
◆同じ絵を見てコーチングする
――その目標に向けて、どんな役割になりますか?
耕太郎さん(田原コーチングコーディネーター兼アシスタントコーチ)がメインでアタックを見ていて、僕はそのサポートをしていて、逆に僕がバックスを見ながら、耕太郎さんがそこのサポートをしてくれています。ひとつは、選手が同じ絵を見ることを望んでいるのであれば、コーチたちもセイム・ページで、同じ絵を見てコーチングすることが大事になります。
まずコーチンググループとしてセイム・ページを見て、選手に落とし込んだ時に、選手とセイム・ページを見て、コーチングボックスから試合を見ていても、今のはサンゴリアスラグビーだということをみんなで一緒にやり切って、戦うところまで持って行くのが大事だと思います。
自分が選手の時には、バイリンガルのところで日本人と外国人の選手がひとつの絵を見られるようにやっていて、今回はコーチとしてセイム・ページを見て、そこから選手に落とし込むのも強みだと思うので、そこはしっかりと活かしていきたいと思います。
――以前よりも外国人選手が増えましたよね
そうですね。あとは今シーズンが1年目の外国人選手も多いですね。そういった意味でいいスタートを切れるというか、難しいチャレンジもあると思いますが、そこも含めて、新しいサンゴリアスラグビー、今シーズンに合うサンゴリアスラグビーが出来るかなと思います。
――同じ絵を見るためにコミュニケーションが大事になりますか?
コミュニケーションの仕方っていっぱいあると思うんですよ。ひとつは言葉でコミュニケーションを取ること、あとは上手くいかない時に表情を見たり、そばに行って肩を叩いてあげたり、言葉以外の部分でも選手たちと繋がることが大事かなと思います。
――いちばん現役選手に近いコーチですね
選手とは違う立場ですけど、同じ考えで出来たら良いなと思います。
◆世界一のコーチになりたい
――日本代表のワールドカップでの戦いぶりは?
今までは世界ランキングやティア1、ティア2とかで、マインド的にも勝って当たり前の試合、負けて当たり前の試合があったと思います。おそらく2015年くらいからその考えが変わってきて、よりファイナルラグビーになってきていて、その日、その試合、その瞬間で勝ったチームがトータル的に勝っていると思います。
日本代表も大きい目標に向かってチャンレジしたと思うんですが、瞬間瞬間で負けているシーンもあって、その結果、望んだ結果にはならなかったのかなと思います。
――自ら活躍した2015年と比べての進化は?
コンスタントに80分間戦えるチームになっていますし、自分たちだけじゃなく相手も高いレベルでやってくるので、その日の瞬間の勝負の繰り返しになっていると思います。大きく進化しているのは、そこのマインドセットの部分かなと思います。
日本のラグビーを代表する日本代表で、社会人、大学、高校とカテゴリーがあって、頂点が日本代表だと思います。たまに外で日本代表ジャージを着た人を見たりしますし、今の子どもたちも日本代表になりたいと思ってラグビーを始めている子も多いと思います。それはラグビー界にとってプラスだと思いますし、国を代表するチームが勝つことはとても大事なことだと思います。
――子どもたちと言えば、お子さんはラグビーをやっていますか?
まだ3歳なので、やっていないですね。けれど、結構乱暴なので、やる可能性はありますね(笑)。
――今シーズンのコーチとしての目標は?
コーチングキャリアを始めて、大きく言えば、世界一のコーチになりたいと思っています。コーチっていろんな人と関わりますが、関わった人が、何かを学んで成長できたというようなコーチになりたいと思っています。世界一のコーチと言っても、それはあるようでないので、エンドレスな目標として、いま持っています。
(インタビュー&構成:針谷和昌)
[写真:長尾亜紀]