SPIRITS of SUNGOLIATH

スピリッツオブサンゴリアス

ロングインタビュー

2022年11月18日

#823 田中 澄憲 『サンゴリアスらしいチームを作る』

サンゴリアスらしいサンゴリアスづくりへ、指針が明快な田中澄憲監督。現役終盤から新監督としての現在まで、変わらぬ熱い気持ちを聞きました。 (取材日:2022年11月上旬)

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◆覚悟を決める

――東京サンゴリアスの監督をやると決めた時の心境は?

監督の話がきて、そこで「いやいや、私なんて」と言うのは違うと思うんですよ。もちろんサンゴリアスの監督は大きなプレッシャーでもありますし、勝つこと以外ないわけですよ。他のチームの監督をやることとは、まるで違うと思います。その反面、そのチームで監督をやるチャンスがある、自分の名前が挙がったということは、とても光栄なことなので覚悟を決めてやるしかないと思いました。

――監督をやることへの楽しみもありましたか?

正直な話、監督になる前は、この世界で生きていこう思っていた人間ではなかったんです。純粋に、サンゴリアスに長く携わってきて、サンゴリアスが好きで、このチームがどうやったら良くなるか、サンゴリアスらしいチームであり続けるためにはどうすればいいのかと考えていました。このチームに携わっていれば、どの役職であろうと、その部分はブレません。だから、立場が監督であろうが、その想いを遂行することだけを考えています。

――東京サンゴリアスでチームディレクターを務めた後に、明治大学の監督になり、その後、サンゴリアスに戻ってきてゼネラルマネージャーをやり、今シーズンから監督となりました。明治大学の監督をやる時も、今回と同じような流れだったのでしょうか?

明治の監督をやった時は、母校から声がかかって、1年目はヘッドコーチでしたけれど、将来監督を見据えてヘッドコーチの話が来ました。他のチームや大学であれば断っていたと思いますが、母校ということがあり、受けることにしました。
当時の明治は、何十年も優勝できていませんでしたし、優勝争いも出来ていないチームでした。母校として寂しいという気持ちがありましたし、サンゴリアスでも明治でも、色々なことを学んできたので、恩返しと言うのはおこがましいですが、何か役に立てることがあるんじゃないかと思いました。
そして明治でヘッドコーチを務めることで自分のキャリアにとって、何か活かせることがあるんじゃないか、成長できるんじゃないかと思い、やってみたいと思いました。

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◆どういう心構えが必要か、どんなトレーニングをしなければいけないのか

――明治大学のヘッドコーチ時代から結果を残しましたよね

ヘッドコーチになる前は、母校ながら、ちゃんと見ることができていませんでしたが、サンゴリアスではリクルートもやっていたので、リクルートでたまに母校には行っていました。その時から良い選手はいたので、あとは本気で優勝すると思っているのかというところと、その気持ちがあるならばどういう心構えが必要なのか、どんなトレーニングをしなければいけないのか、というところだと思っていました。
そこはサンゴリアスから学んだところです。明治に対しては、もったいないという見方をしていましたから、ヘッドコーチ1年目から優勝争いが出来るという自信はありました。

――サンゴリアスのチームディレクターから明治のヘッドコーチ、監督になることと、サンゴリアスのゼネラルマネージャーから監督になるということは全く違うことですか?

サンゴリアスのチームディレクターの時は、現場にはいましたけどコーチングをしていたわけではないので、選手の様子を見たり、スタッフとコミュニケーションを取ったり、チームが勝つための環境を整備したり、そういうところのサポートでした。
そしてトレーニングのドリルから考え方、ミーティングの進め方などは毎日見ていたので、そこは明治に行っても活きていて、サンゴリアスをお手本にして、それを明治で実際に自分でやったという感じです。
そこから4年間を明治でやって、もちろん世代は違いますが、選手が成長するためにどういうことが大事か、特にコミュニケーションの部分とか、あとは組織をしっかりとまとめていくことだと思いました。やはり組織がよくなっていかないと、なかなかチームの空気は変わらなくて、そういうところは明治で学んだところです。
その後、サンゴリアスに戻ってきて、自分が監督をやることになった時に、明治の時には色んなことを自分でやらなければいけなかったんですが、サンゴリアスには耕太郎(田原)や青木、ジェイソン(オハロラン)、ヤコ(ピナール)などコーチがいるので、何もかも自分でやる必要はないんですね。だから、ある程度は任せるようにして、大きな箱の部分、大事な方針をしっかりと示せば、あとは優秀なスタッフがいて、みんなが責任感を持って主体的にやってくれるので、あまり難しさは感じていません。
エディー・ジョーンズを目指せと言われたら、それはキャリアも経験も違うので出来ないですけどね(笑)。やっぱり選手も私のことを知っているので、コミュニケーションをはじめ、入口の部分は難しくはなかったですね。

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◆なぜ勝たなければいけないのか

――明治のヘッドコーチになった時に、良い選手はいるけど結果が出ていないチームに対して、まず最初にやったことは何でしたか?

なぜ明治が勝たなければいけないのか、という部分ですね。明治大学ラグビー部はどういうクラブかという部分です。明治は90年代がピークで、全国にファンがいて期待されているチームであって、大学でもシンボリックなチームなので、そこにいる責任や、勝つために何をしなければいけなのか、そのためには個人個人の理解、勝つことへのロードマップを最初に示して、こうやって強化していくということを示しました。マインドのところと、具体的にどうやるかということを、グルグル回していったというイメージですね。

――そのベースにあるのは、やはりエディー・ジョーンズ監督の影響が大きいんですか?

やはりエディーの影響は大きいでしょうね。エディーが監督だった2010年、2011年では、私は現役最後の年でした。その時は選手だったので、とにかくハードワークしたという記憶しかないんですよ。その後にすぐにスタッフになって、強化側ではなくリクルートとか広報や普及のスタッフでした。
エディーの下で、大久保(直弥/現 静岡ブルーレヴズ アシスタントコーチ)や沢木(敬介/現 横浜キヤノンイーグルス 監督)がコーチをやっていて、その後に大久保がヘッドコーチをやった時に私がチームディレクターになりました。
大久保も流派がエディーで(笑)、考え方であったり、ターゲットに対してどうプランニングしていくかという部分ですけれど、大久保、沢木と一緒にチームディレクターをやったので、その経験が大きかったと思います。

――よく3人で話し合ったりもしたんですか?

チームディレクターは、ミーティングに全部出ていて、コーチのミーティングにも出ます。そこで「なるほど、そういう考え方があるんだな」と思うことがありました。またどちらかと言うとヘッドコーチと話す内容は、ラグビーのことと言うよりは、選手の育成やスタッフのことになりますが、ミーティングに出ることで、実際にラグビーのことを勉強することも出来ます。

◆サンゴリアスは人が育つクラブ

――大久保直弥さん、沢木敬介さん、そして田中監督は、サントリーでの同期ですよね?

個性が強いメンバーでしたね。他にはいま明治でヘッドコーチをやっている伊藤宏明も、サントリーからイタリアに行ったりサニックス、クボタに行ったりと、いちばん早くプロになったんじゃないですかね。あとは吉田尚史がいたり、みんな個性が強くてなかなか面白い同期ですよ。私はどちらかと言うとマネジメントサイドを進んでいたので、そういう意識はあったんですけどね。

――明治大学で監督をやっていた時に感じた面白さは何でしたか?

やっぱり、やったことに対して結果が出たら面白いですよね。後は学生なので、4年間かけて成長していくというか、1年生の時とは全く違って大人になって卒業していく姿は、本当に楽しいというか、嬉しいと感じていましたね。

――育てる嬉しさということでしょうか?

そうですね。成長していく過程を見ることができるということは、とても面白かったですね。

――トップの選手たちが集まるサンゴリアスでは、能力を活かすだけじゃなく、成長させるということも必要ですか?

必要なことだと思います。サンゴリアスって、大久保も沢木もそうですけど、あと清宮さん、洋司さん(永友)、長谷川慎さんとか、活躍していますよね。やはり、サンゴリアスは人が育つクラブだと思っています。
今のリーグではルールが変わって、日本代表の資格を持っている外国人選手がどのチームも増えていますけど、やはりサンゴリアスは日本人選手が成長して勝っていく、そこに魅力を感じている選手が集まっていると思います。だから、彼らをしっかりと育成して、勝っていくことが大事だと思いますし、それが日本代表の強化にも繋がると思います。そこにプライドを持ったチームだと思っています。

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◆日本代表が勝つことがいちばんの普及

――田中監督が現役の時に行ったインタビューで、同じポジションにジョージ・グレーガンが入ってきた時の話が印象に残っています。今は外国人選手がチームにいることが普通になっていて、日本のレベルも上がってきていると思いますが、その点についてどう思いますか?

2015年のワールドカップで日本代表が南アフリカ代表に勝って、次の2019年の日本大会でしっかりと結果を残さなければいけないという状況でした。やはり日本人だけで戦うというのは難しい部分もあって、良い悪いという話じゃなくて、日本代表が勝つことがいちばんの普及になると思っています。
2019年のワールドカップで日本代表がベスト8に進んで、次のフランス大会で更に上を目指すという時に、日本のリーグをさらにレベルの高いものにしなければいけないと考えると、外国人選手をとるという考えは否定できないですよね。リーグにとっても日本代表の強化がいちばんの目的だと思うので、それに合ったルールになっていると思います。

――選手に話を聞くと、日本代表がオールブラックス(ニュージーランド代表)に本気で勝つつもりで臨んだと話していて、昔だったら考えられませんでした。この短期間でマインドも含めて、相当強くなるものなんですね

やはり世界とも戦えるという自信は大きいと思います。世界でも認められるティア1のチームになってきているので、外国人選手にとっても魅力的な国、リーグになっていると思います。各国の代表の現役バリバリの選手が日本に来てプレーするようになっているので、フィジカル的にもスキル的にもレベルはとても上がっていると思います。

――まだまだレベルは上がりそうですか?

行くんじゃないですか。ディビジョン2、3が出来て、ディビジョン2に浦安D-Rocks、三重ホンダヒートがいて、花園近鉄ライナーズは2から1に昇格しました。なかなか良い日本人選手がとれないところは、外国人選手、日本代表資格のある外国人選手をとってチームのレベルを上げてきていると思います。

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◆チームとして本当にアグレッシブ・アタッキング・ラグビーが出来ているのか

――最初の方でサンゴリアスらしさの話が出ましたが、ここ数年のサンゴリアスについては、その"らしさ"はどうでしたか?

らしくないとは思わないですけど、選手がサンゴリアスらしいと思っているかどうかですね。それが足りないんだと思います。色々な要因があると思いますが、もっとアタックにこだわったチーム、アグレッシブ・アタッキング・ラグビーというサンゴリアスのスタイルに、憧れて入ってきた選手が多いと思います。実際、そこにプライドを持ってやっている選手も多いと思います。
そこで個人の力に依存しているじゃないですけど、そう感じている選手は少なからずいると思います。結局、人が変われば出来ないんじゃないかとか、チームとして本当にアグレッシブ・アタッキング・ラグビーが出来ているのか、そこに疑問を持っていたんじゃないかなと思います。
もちろん個性は大事で、強みは大事なんですけど、やっぱりチームの共通認識ってあるじゃないですか。そういったプレーの中で、個人のらしさを出していく、強みを出していくことがサンゴリアスのラグビーであって、個人の強みに合わせていくのはサンゴリアスのラグビーじゃないんです。
昨シーズンの埼玉ワイルドナイツとの決勝で、その試合に勝つために、自分たちのラグビーではないことをしてしまったんじゃないのかなと思います。それに対して選手たちも、消化不良のようなものを感じだと思います。ここまでやって勝てないか、というような潔さは無かったかなと思います。
選手たちはよく考えてやっていたと思います。そういった選手が考えて取り組むということについては、良くなっているかもしれないですね。ただ、それが負担になっていたという部分もあったかもしれません。選手の負担にならないように、ある程度の方針を我々が決めた上で、選手とコミュニケーションを取っていく方が良かったかなと思います。

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◆「今シーズンのサンゴリアスはとてもワクワクする」と思ってもらえるようなチーム

――チームのマネジメント側から監督になって、今後はどんな世界をイメージしていますか?

正直、分からないですね。思い描く通りには実際にはならないので、あまり考えないようにしています。私はキャリアビジョンがあまり上手くはないと思うんですね。サントリーでは仕事上、毎年ビジョンを描くのですが、その通りになったことがないんです。
自分の強みは、与えられたことに対してコミットして結果を出そうとする努力だと思っています。だから、サンゴリアスで監督をやったから、将来はプロコーチになりたいかとかは考えていませんし、そう思っていても、今の環境で監督をやっていたら考えが変わるかもしれません。だから、あまり考えないようにしています。

――現時点での手応えはどうですか?

悪くないと思います。選手もとてもハードにトレーニングしていますし、今は日本代表メンバーがいませんが、残っているメンバー、特に森谷とホッコ(ハリー・ホッキングス)のリーダーたちと話しながら、もちろん全てが上手くいっているわけではありませんが、「こういうところをもっと変えていったらいいんじゃないか」、「こういう考え方もあるんじゃないか」とかフィードバックもあるので、それをコーチとも話をして、「じゃあ、こういう形にしていこう」と、良いバランスでやれていると思います。もちろんまだやるべき課題はありますが、完璧はないので、いい方向には進んでいっていると思います。

――今の楽しみは?

あと少しで開幕するので、8月からやってきたことがどう発揮されるかという部分ですね。やはり自分がここにいる意味は、サンゴリアスらしいチームを作るためだと思っているので、開幕した時に「今シーズンのサンゴリアスはとてもワクワクする」とか「サンゴリアスらしいね」と思ってもらえるようなチームになっていたら良いなと思っています。

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(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]

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