2021年9月 3日
#761 森川 由起乙 『チームにもたらす武器を作る』
昨シーズンの活躍で日本代表スコッドにも召集された森川由起乙選手。弟も新たに同僚となる新シーズンに向けて、その意気込みと展望を聞きました。(取材日:2021年7月中旬)
◆1%でも多く
――6月の日本代表で初キャップ獲得は果たせませんでしたが、サンウルブズとして日本代表と試合をしてみて、どうでしたか?
トレーニングマッチという位置付けでしたが、サンウルブズ側で出ることに悔しさがありました。ただ合宿で自分の力を出し切った上でサンウルブズ側になりましたし、先発で出られました。そういう面では、良い意味で切り替えられたと思います。
合宿中には日本代表メンバーとずっとスクラムを組んできました。サンウルブズ側の1番~3番は日本代表でも一緒にやってきたメンバーだったので、精度としてはまだあまり高くはありませんでしたが、日本代表にしっかりとプレッシャーをかけられたかなとは思っています。
――日本代表の活動全体を振り返ると、どうでしたか?
試合には出られませんでしたが、今までは日本代表にも選ばれていませんでした。なので、これまでは外から見る同じポジションの選手という感じでしたが、実際に近くで自分が思ったことを話したり、自分には無いところと自分が持っているところを見比べたり、ここだったら勝てる、ここを伸ばしてアピールしようとか、そういうことを毎日学べたので、自分にとってはすごく成長できる場にいられたと思いました。
あと、メンバーから外れたからと言ってクヨクヨと下を向くのではなく、そこでの態度を見られていると思ったので、しっかりと切り替えるようにしていました。毎回の練習で100%を出すことはもちろんなんですが、そこにプラスして自分の味を出すためには、昨日よりも1%でも多くということにこだわってやっていました。
その結果、ヨーロッパ遠征の最後にジェイミー(ジョセフ/日本代表ヘッドコーチ)と話す機会があった時に、思っていた以上に練習に取り組んでいたこと、初めて参加したにもかかわらずチームがやりたいことへの理解力、それに対しての取り組む姿勢という部分を評価してもらいました。初めてのことでしたし、試合での経験は得られませんでしたが、与えられたこととメンバー外になった現実をしっかりと受け止めて、それ以外の経験はしっかりと積むことが出来たと思います。あと、次の9月から始まる合宿の準備やそれまでにどうしなければいけないかというトレーニングプランなど、しっかりと宿題を持って帰れたと思います。
――課題が具体的になった収穫のある合宿になったんですね
そうですね。やっぱり試合には出たいので、2021シーズンの自分のプレーを見返したりしましたし、実際に練習では通用するところもあったと思います。試合メンバーに入れるように、何としてもジャパンのジャージを掴みに行っていたので、メンバー外になった時にはやっぱり精神的にキツかったですけど、相手がブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズやアイルランドとなると簡単じゃないと思いますし、実際にやってみると見ている以上のレベルの高さがありました。あと、どこのチームでもそうだと思いますが、チームやスタッフ、他の選手から信頼を勝ち取る選手がジャージを着られると、改めて思いましたね。
――収穫のある合宿となった要因は何だと思いますか?
準備をする時間がなかったので、合宿中に多くのコミュニケーションを取りましたし、同じポジションの選手はライバルですけど、日本代表のリーダー陣の落とし込みであったり、ミニグループ、ミニチーム、ユニットなどでのミーティングでのコミュニケーション能力がみんな高いので、分からないことを分からないままにしていたら次からついていけなくなってしまいます。そういうところでちゃんと頭を使いながら、分からないことがあればすぐに聞くようにして、復習をしたり他の選手と一緒に練習の映像を見返したり、周りからサポートを受けつつ自分からも積極的にコミュニケーションを取れたことが、良かったんじゃないかなと思います。
◆我慢をしました
――もう少し話を遡って、日本代表スコッドに選ばれた時はどんな気持ちでしたか?
芽が出ない時の方が長かったですし、僕は他の人と自分を比べてしまうことがありましたし、自分の方がここが上回っているなどと言ってましたが、それは口だけでした。僕に対して良くしてくれているアオさん(青木佑輔/アシスタントコーチ)、若井さん(元サンゴリアスS&Cコーチ)、ヒロキさん(宮本啓希/主務 兼 採用)、ヤスさん(長友泰憲/普及 兼 イベント)などが、「今の森川に足りないところはここなんじゃない」ということを言ってくれました。その時みんなが口を揃えて言っていたのが「言い訳が多い」と言うことでした。そこは本当に直さなければいけないと思いましたし、直した結果がしっかりと出てくれて、そこを見てくれていて、最初に50人くらいのスコッドに入った時には素直に嬉しかったですね。
――言い訳を止めるためにどうしたんですか?
やったことに対して、すぐに結果を求めちゃうんですよね。特にしんどいこと、ラグビーなんてしんどいことだらけなので(笑)、そこの我慢が出来ていなかったと思います。だから、とにかく我慢をしました。
――日本代表での初キャップを獲得するための課題は、何でしょうか?
まずは怪我をしないことがいちばんで、あとはフィットネスやフィジカル、体脂肪などです。日本代表の基準をクリアすること、それをクリアしてスタートラインに立つことです。今回、最初の方で少しスクラムに手こずりましたが、アオさんに教えてもらった土台と、長谷川慎さん(日本代表アシスタントコーチ)に教えてもらったスキルやアドバイス、サンウルブズ側に行った時に山村亮さん(スクラムコーチ)からもアドバイスをもらい、それを受けてコツコツ修正していきました。
それで「ここをこう直して、こういう考え方でスクラムを組めば、もっと自分の力を出せるのか」と気づくことが出来ました。言われると簡単なことなんですが、やっているだけじゃ自分からは出てこない発想だったので、違う視点から見てもらえたことが良かったと思います。
――具体的にはどういうことですか?
土台は変わらないんですが、相手をどう追い込むのか、相手よりもどういう位置を取らなければいけないのかとか、本当に理にかなっていて、勝つための準備というか、相手が嫌がることを徹底的にやる、常に超攻撃型のスクラムという感じでした。マイボールでも相手ボールでも、常にアタックのマインドを持って、1cm前に出ることを意識してやっていました。
◆自分しか持っていないもの
――相手が嫌がることをやるというところが、これまでになかった発想ですか?
そうですね。これまでも相手の嫌がることをしようと思ってやってきましたが、あそこまで細かくはやっていませんでした。逆に相手の嫌がることをやろうとして自分の形が崩れたらカウンターをもらってしまうことになるので、カウンターをもらわないようにすることと、相手の嫌がることをやって、相手が嫌がった時にそこから絶対に逃がさないということですね。
――言い訳をしてしまうということは、もう課題ではなくなったんですね
はい、もう大丈夫です。これまで小学生、中学生、高校生とか、その年代ごとに壁ってありましたけど、大人になった時の壁って全て大きいものなので、目を逸らしがちになります。僕の場合は、そこを乗り越えないと、自分がやりたいことへのピースが揃わなかったんです。それが揃ったことと、自分の良いところを伸ばすこともそうですが、自分しか持っていないものを誰が見ても分かるくらいに磨かないと、代表では試合に出られないと思いました。
――2021シーズンが終わってからプロ契約となりましたが、どんな考えでプロになったんですか?
私生活で色々あったことと、日本語が上手じゃないので上手く説明できないですけど(笑)、自分自身、サントリーには社業でも本当にお世話になりましたし、僕はシャイで上手くコミュニケーションが取れず、上司や同じ仕事のメンバーには、たくさん迷惑をかけてしまっていました。その中でもちゃんと向き合って、一緒に仕事をしてくれて支えてもらいました。社員としてラグビーを続ければ、引退後も仕事を続けられたと思いますが、目の前にチャンスが来た時に行けるところまで行ってみたいと思ったんです。
――すべてをラグビーに懸けるという想いですか?
そうですね。引退後のことも考えていて、いまはまだ言えるほどのものではないですが、ラグビーに懸けるという感じですね。
――色々なことが削ぎ落されて集中できるようになったという印象を受けますね
そうですね、自分にフォーカス出来るようになりました。自分に投資できるようになったというか、今までは自分よりも周りのことに気を遣うことが多かったですね。
◆常にチャレンジ
――今の期間、食生活はどうしているんですか?
料理は出来るので自炊しています。なぜ料理が出来るかというと、母親が料理上手で、5人兄弟なので母親の料理を手伝ったり、母親が料理しているところを見ていたりしていましたし、食べた料理の味を覚えているので作れたりするんです。
――5人兄弟の構成は?
全員男で、僕が3番目です。次男も身体が大きいですが、3番目から5番目は全員ラグビーやっていて、4番目はホンダでやっていましたが辞めてしまいましたね。5番目もホンダでやっていて今年からサントリーです。
――その弟・呉季依典選手が同じチームに入ってくることになって、どんな気持ちですか?
まずはサントリーに感謝ですね。トップリーグでプレー出来ること自体、難しいですし、ましてやサントリーのように歴史があって強豪チームで、常に優勝を狙っているチームで兄弟同じチームにいられる選手って本当に一握りだと思います。そういうチャンスをもらえたことに感謝しかないです。弟はフッカーで、高校、大学と一緒だったんですが、僕が卒業してから入ってくるパターンばかりだったので、一緒に練習したこともありませんでした。仲が良いので、ラグビーの話とか、色々話しますよ。一緒にやれるのは、めちゃくちゃ楽しみです。
――自分だけに集中するんじゃなく、弟さんの面倒も見なければいけなさそうですか?
いやー、どうですかね。接し方は他のメンバーと同じだと思います。全てを面倒みるんじゃなくて、自分で考えている時にはそっとしておいて、何か迷っているような感じがした時にはアドバイスしようかなと思っています。
僕の経験上、答えを教えたところで、自分の頭と身体で答えを出さないと身につかないと思っています。何かを教えてもらうと勉強にはなるんですが、実際にはやらなくなってしまったりするので、見て学んで、実際にやって学んで、見直して、それを繰り返すことで自分の身になっていくものだと思います。
弟もサントリーに入れましたが、本人はチャレンジしに来ていて、同じポジションには北出、駿太(中村)、堀越がいて、リーグの中でフッカーというポジションだけで見ると、サントリーがいちばん層が厚いので、たくさん勉強になりますし、常にチャレンジしていかないといけないところに来たと思います。
――弟さんの苗字が呉ということの理由は何ですか?
僕ももともとは呉だったんですけど、父親が呉で、母親の旧姓が森川です。森川家には女の子しかいなくて、父親と母親が結婚する時に「森川の苗字を無くすな」と言われたそうです。そしたら男が5人も生まれて、母方の祖父がいちばん好いていて、いちばん似ていたのが僕だったので、僕が森川になりました(笑)。
◆ラグビー人生におけるスタートライン
――森川選手の周りで色々と動き出していて、活気が出てきていますね
確かにそうですね。だから今、めちゃくちゃ楽しいですよ。日本代表に選ばれて、まだキャップはないですが、やっとラグビー人生におけるスタートラインに立てたかなと思っています。
――新シーズンに向けて目指していることは?
現状維持じゃなく、常に進化し続けないといけないと思います。日本代表に選ばれたからと言って、サントリーで1番のジャージが着られるとは限らないと思っています。層が厚いですし、慎太郎さん(石原)、イワ(祝原涼介)などいて、常にプレッシャーを感じていますし、サントリーにいる限りは試合に出られて当たり前の世界なんて無いですね。
2021シーズンの数値やスタッツを見ても、精度の部分はまだまだですし、チームにもたらす武器をもっともっと作っていかなければいけませんし、自分自身がもっとスクラムを武器にしないといけないと思っています。
ファイナルなど負けたら終わりの試合になった時に、スクラムでプレッシャーを掛け続けられたかと言えば、反則も取ったし反則もしたしという感じで、一貫性がなかったと思います。そういう部分も修正して、チームにもたらす武器を大きく作れるような選手になっていきたいと思っています。
――怪我をしないことも大事になりますね
調子が良い時こそ、そこにいちばん気を付けています。怪我での離脱が2年もあったので、その苦しさは誰よりも知っていると思っています。自信を持つことと過信することはぜんぜん違って、その中でも僕は自信を持つことが苦手なタイプなんですが、やってきたことと身についたものにはしっかりと自信を持って、次のステップに行くために一度しっかりと休んで、活動を再開する時には良いパフォーマンスが出せる状態に持っていきたいと思います。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]