2020年10月16日
#717 田村 煕 『周りを気にせず目の前のことをやってきた』
「昨シーズンのトップリーグに出られたことが、めちゃくちゃ自信になりました」と語る田村煕選手。落ち着いた語り口からも、本物の自信を掴んだように感じられました。ラグビーを始めた高校に出向き、自身の原点も再確認したようです。(取材日:2020年9月中旬)
◆マラソンが出来ない
――昨シーズンが終了してから今までどんなことを考えながら過ごしていましたか?
シーズンが終わってもう半年以上が過ぎたので、当時のことを細かく覚えてはいないですが、自粛期間中は先が分からなかったので好きなことをやろうと思ったら、毎日お酒を飲めちゃうことに気づきましたね(笑)。友達からオンライン飲み会に誘われたりして飲んでいたんですが、練習があった時の様に金曜か土曜の多くても週2回くらいが、自分の体にはちょうどいいなと思って、すぐにその生活に飽きてしまいました。
外に出かけることも出来なかったので、若井さん(SCコーチ)がやってくれるZUUトレーニングを家でやるか、外を走ったりしていました。外を走ってみて、職業病かなと思ったんですが、マラソンが出来ないんですよ。いつもトレーニングでは10秒や15秒で10セットとかを走るんですが、とりあえず30分くらいをゆっくり走ってみようと思ったら、集中力が持ちませんでした。それに気づいてからは、家の近くの坂道で、短時間で出来る距離を何セットか走ることをやっていました。
――オンライン飲み会をやるということは会社への貢献でもありますね
そうですね。一般の社員の方ほど貢献は出来ていないですけどね。ビールにおまけがついていたりするキャンペーンを提案したりするんですが、消費者側になってみると、おまけがついていたり、ちょっとでも良いものを買おうというマインドになっていましたね。その手法にすっかりやられました(笑)。実際に体験したことなので、今後の商談でも説得力が出るかなと思います。スーパーでどうやったらお酒が売れるかということを日々考えながら仕事をしていて、逆の立場になってみて、改めてやっぱりいろいろ必要なことなんだなと感じました。
◆今は身体を作ることが自分のやるべきこと
――コンディション的にはどうでしたか?
トレーニングを0%にはしないようにしてたというのが正直なところですね。僕の中で50%を超えるトレーニングをすると、100%に近づけたくなってしまうんです。3月からオフで、次の始動が9月からだったので、常に25%くらいで0%にしなければ良いかなと思っていました。オフに近い感じでしたが、何かが出来るオフではなかったので、身体も心も気持ち悪い感じでしたね。
――気持ちの変化はありましたか?
シーズン中は身体も心もかなり集中していたので、自粛期間の最初の頃は「これほどゆっくり出来ることは、これまでのラグビーキャリアでなかったな」と思っていたんですが、出来ないことが多すぎましたね。これまではオフが2ヶ月あったら、1ヶ月は休んで、残りの1ヶ月はトレーニングをするという自分の中で上手くやっていたんですが、自粛期間が明けてクラブハウスが使えるようになっても、身体は頑張ろうとするんですけど、頭のスイッチが全く入らない状態です。
あまり考えすぎることも良くないとは思うんですが、これほどラグビーから離れたことがなかったので、今は身体を作ることが自分のやるべきことだと思っています。頭の感覚がしっかりとターゲットにフォーカス出来るようになるのは、練習試合が始まってからになるのかなと思います。なので、今はとりあえず考えることは止めて、毎日一生懸命やっています。
――これほどラグビーから離れたということは、ひとつの不安材料でもありますか?
今までだったら、ラグビーから少し離れたいと思える取り組みがしっかりと出来ていたと思うんですが、今回は離れる期間が長すぎて取り組めない期間の方が長かったので、そこで自分の中の心や頭の中のバランスがしっくりこなくて、それをまだ引きずっているような感覚があります。
――表情を見る限りでは良さそうですが
チームのトレーニングが始まったら、上手く良い方向に行く可能性は感じています。今がよく分からない状態なだけで、チームのみんなと毎日顔を合わせるようになったら、また思い出すんじゃないかなとも思っています。
◆自信をつけながら毎日毎日やってきた自負
――今はどの程度のトレーニングをしているんですか?
身体的には、チームから出されている数値をクリア出来る最低限のレベルくらいで、ラグビーに移行できるような状態になるのはこれからですね。他のチームはすでに始めているところがありますが、9月から始動しても、開幕は1月で決勝は5月なので、自分の中で身体の部分だけじゃなく心の部分もしっかりとコントロールして組み立てないといけないと思っています。コロナの半年間がありましたし、今までとは違って先が見ずらい状況なので、とりあえず今はラグビーとは切り離し、身体を作ることを考えています。
――9月がスタートとして、決勝がある5月がゴールだとすると、長距離走のような感じがしますね
そうなんですよね。けれど、チームが始動すれば、そんなことを考えている暇もないようなスケジュールになると思うので、個人的にマラソンが出来なかったこととは違うかなと思います。
――いま言える範囲で、昨シーズンよりも強化したい部分は?
サントリーに来てから徐々に良くなってきていると思っているので、何か大きくやることを変えるわけじゃないですけど、しっかりとひとつひとつやることに意味を持ちながら、今までやってきたことを継続して、他に良いことがあれば付け加えるという感じですね。昨シーズンよりもと言うより、サントリーに来て4年目になりますが、全てが繋がっていると思っています。そこはしっかりと繋がって、現在に続いて来ていると思います。
――トップリーグでの試合を経験してきて、自信が深まったことや何か掴んだものはありますか?
トップリーグ2020が中止となった直後の3月、4月頃は、かなりありました。今が全くないわけではありませんが、自分でもビックリするくらい間が空きすぎちゃったので、その時の感覚があまりない状態です。ただ、試合に出られるようになったことはかなり大きなことですし、サントリーに来てから自信をつけながら毎日毎日やってきた自負があります。
例えば、サントリー1年目で練習試合にしか出られなかった時も、次の練習試合では良いプレーをしていて、毎日自分の中で楽しいと思いながらやっていた思い出があって、それが公式戦でも先発で出られるようになったことへ繋がってきたと考えると、グラウンドでやってきたことは間違っていないなという自信は、間は空きましたが、そこは変わらずに持っています。
◆毎回新しい気持ちになり練習が楽しい
――よくめげませんでしたよね
自分が決断してサントリーに来ることを選びましたし、1年目は公式戦に出られなくなりましたが、毎週試合の荷物を運んだり、前泊の手伝いをした時には、試合の当日は悔しかったですけど、不思議と月曜日になると早く練習がしたかったです。めげるという感覚は無くて、移籍する時に公式戦に出られなくなる可能性がゼロじゃないことは分かっていたので、毎日が新鮮で楽しかったというイメージしかないですね。試合に出られなかったのは残念ですけど、楽しかった思い出しかないですね。
――それは2年目、3年目も同じ感覚でしたか?
ずっと楽しくて、確かに先発で出られるようになったのは昨シーズンが多いですけど、リザーブからの出場もあって、僕の中では結構試合に出ている感覚があります。大事じゃない試合は無いですけど、上位チームとの試合で先発で出たのは、昨シーズンが多かったと思います。
――具体的に、どういったところが楽しかったんですか?
大きな決断をしてサントリーに来たので、そこには責任が伴いますし、言い訳も出来ません。1年間公式戦に出られないということに加え、移籍した1年目は誰でもコミットすることが難しいと思います。不安定なところ、誰が見てもしんどいような状況でも、自分の中でポジティブになる、楽しいところを見つけるという感覚があって、意識的にやっているわけじゃなくて、本当に「明日の練習、何やるんだろうな」とか自然に思っていたり、どんどんチームメイトを仲良くなっていって、しかもそのシーズンは優勝したので、どう言えばいいか難しいんですけど、なんか楽しかったですね。
2年目は単純に公式戦に出られるようになったので、また楽しかったです。高校時代からずっとなんですけど、あまりスケジュールを見なくて、年間スケジュールとか出されても絶対に見ません。遅刻は出来ないので月間のスケジュールとか週間スケジュールをもらっても、明日の何時に何をしなければいけないのかくらいしか確認しないんです。それが積み重なって、後から振り返った時に長距離のタイムが良かったという感覚でいたいんです。
練習のメニューも細かく説明されるよりも、何が来るか分からない状態の方が集中できますし、そっちの方が楽しいですね。同じ練習メニューを週に2回やったとしても、僕は何をやるか分からない状態で入るようにしているので、毎回新しい気持ちになりますし、練習が楽しいですね。
――高校からずっとそのやり方なんですか?
僕は高校で初めてラグビーをやって、そこでやることが正しいと思って取り組んでいました。高校の監督やコーチが「取り組む姿勢が大事だ」とずっと言っていたんですが、それは真面目にやるとかそういうことではなくて、「自分が楽しいと思ってポジティブにやれる姿勢があれば、どんなシチュエーションでも楽しくなる」ということでした。僕の高校では、試合のメンバーを選手が決めたりしていて、選手に責任を持たせるような取り組みをしていました。それが大きかったかもしれないですね。
――もともと性格的にもポジティブなんですか?
結構、悩んで考えることもあるんですけど、歳を重ねるごとに考えることは少しにして、やる時には思いっきりやるようになっていると思います。基本的にはポジティブなんじゃないですかね。
◆高校時代のメンタルに戻るような姿勢
――同じポジションに世界的な選手が入りますが、それについてはどうですか?
ギッツ(マット・ギタウ)が入るとなった時も、同じ質問をされました(笑)。実際に蓋を開けてみたら、僕はギッツとたくさんの試合を経験しました。色んな人からそういう質問をされますし、この前、友人とご飯を食べていたら「お前、大丈夫か?」って心配されました(笑)。僕からしたら心配してどうするの?って感じです。あぁいう選手が凄くないわけがないですからね。
ギッツを見ていて、いちばんに思ったことは、ギッツが凄いと言うよりは、あの人はどこの国に行ってどの選手とプレーしても手を抜かなかったんだなということです。その取り組む姿勢は勉強になったというより、僕の感覚としては、もう一度、高校時代のメンタルに戻るような姿勢を見せてくれたという感じでした。目の前のことに絶対に負けないとか、ギッツは有名だからやるとかじゃなくて、自分の中で腑に落ちていないからやれるまでやっている感じがして、それは僕がずっと教えてもらってきた感覚と似ていました。だから、あぁいう影響力のある選手は、やっぱり凄い経歴を持っているんだなと感じましたけど、最初からマット・ギタウという名前に驚くということはありませんでした。
日本に来たことでこれまでの取り組みや振る舞いを変えるような選手であれば、そういう選手なのかと逆に思ってしまいますね。今回も色々なことが勉強になると思いますけど、一緒に試合に出られるように、また僕が頑張って練習をするだけなのかなと思っています。周りからめちゃくちゃ心配をされるんですけど、チームメイトですからね。
――負けず嫌いを表に出すような感じじゃないですね
もちろん負けるもんかという気持ちもありますよ。ただ、そのせいで変な方向に気持ちが向いてしまうのはもったいないですよね。自分が試合に出続けることは嬉しいことなんですけど、このチームに来てからめちゃくちゃ思うことは、チーム内の競争に勝って試合に出た選手って、必ず良いプレーをしているんですよ。自分にプレッシャーがかかっていない状態でグラウンドに出た選手って、少し迷いがあるなと感じた時もありました。
そういう意味で、移籍してきた1年目から周りを気にせず目の前のことをやってきた自負があったので、昨シーズンのトップリーグに出られたことが、めちゃくちゃ自信になりました。また今回、大きな壁になる可能性はありますが、これまで積み重ねてきたことを身体は覚えていると思うので、あとは頭が動き出して、しっかりとやれればと思っています。個人としては試合に出ることがターゲットになりますけど、チームのターゲットは優勝することで、それはひとりでは出来ないことなので、誰が来るとか、どうなっちゃうとか、そういうことに左右されるのは、選手としてはあまり良くないことかなと思います。
◆雰囲気の作り方が良い
――サンゴリアスでやっている楽しさを、改めて教えてください
今の話しをした後でめちゃくちゃ矛盾するんですけど、とは言え、試合に出ていないと楽しくないですね。サントリーは良いチームだと思いますし、良いチームにいるという自信はあるんですけど、サントリーが他のどのチームよりも素晴らしいとは思っていません。どこのチームだって素晴らしいですし、東芝も本当に良いチームでした。
その中で、サントリーの良いところはどこかと考えると、グラウンドの中で競争していますし、スタッフもそこに関してプレッシャーを掛けてくるし、いくら自分が試合に出たとしても、外国人も日本人も毎年凄い選手が入ってきます。やっぱり優勝しなければいけないチームというのは、今までの結果よりも、毎年毎年の環境であったり、それを意識せざるを得ない雰囲気があって、その雰囲気の作り方が良いなと思いますし、例え1試合も出られない選手がいたとしても、全員が頑張るので、そこが良いところなのかなと思います。
――やっぱりこれまでと比べても、良い表情をしているように感じます
休みの日にたまに母校の高校に教えに行ったりしていて、女子ラグビーも男子ラグビーもある高校で、女子ラグビーが結構強いんですよ。高校の監督はめちゃくちゃ怖いんですけど、自分のトレーニングも兼ねて顔を出したりしていて、やっぱり大事だなって思うことがありました。
高校でやるスキルとかラグビーって、社会人になると変わるんですけど、やっぱり最後のところって、例えば、ちょっと痛くても休まないとか、負けたくないとか、そういうところで、僕は監督に色々と言われたくなくて意地になってやっていました。
ですけど社会人になってそういうことを言われなくなって忘れちゃうと、試合に出られなくなるだけなんですよね。いま改めてそういう姿を見ると、この時の感覚を忘れないというか、気持ちが覚めてしまったら終わりだと思うので、あの時の気持ちは忘れないでおこうと思いましたね。まだ監督は怖かったですし(笑)。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]