2020年10月 2日
#715 北出 卓也 『充実した時間』
サンゴリアスの中心選手のひとり、北出卓也選手はコロナ禍でどんな生活を送り、どんな思いでどんなトレーニングをしてきたのでしょうか。2021シーズンに向けた準備について、そしてに目指すラグビーついて聞きました。(取材日:2020年9月上旬)
◆細かい筋肉を鍛える
――暑い時期が続き、部屋の中と外との温度の差が大きいですが、どう体調管理をしていましたか?
部屋の中とかが寒すぎるのは良くないと思いますが、例えば寝る時に涼しくて快眠できることよりも、暑くて途中で起きてしまうストレスの方が体には良くないそうです。なので、外の温度は気にせず、部屋の中では過ごしやすい温度にしています。
――ラグビー選手は寒がりよりも暑がりの選手が多いんですね
みんなガタイが良いので、暑がりの方が多いんじゃないですかね(笑)。
――今年の夏は暑さだけじゃなく、コロナウイルスの影響もありましたね。どう過ごしていましたか?
僕は昨シーズン、怪我をして終わったので、身体の調子はあまり良くありませんでした。コロナウイルスの影響でクラブハウスが使えなくなったり大変な時期を過ごしましたが、身体を休ませることが出来ましたし、細かい筋肉を鍛えられるすごく良い時間になったので、ラグビーが出来なかった期間は僕にとって充実した時間になりました。
――昨シーズンの怪我はこれまでの疲労の蓄積だったんでしょうか?
ずっと休みなしでやっていたので、そういう影響もあったのかなと思います。身体を休められましたし、家の中で出来るトレーニングをやったり、重点的に細かい筋肉を鍛えるトレーニングをやったり、それは今も継続して行っているんですが、怪我をする前の状態まで戻っているので、行ってきたトレーニングの効果を実感しています。
――細かい筋肉とは、自分が弱いと思っている箇所の筋肉になるんですか?
そうですね、今まであまり鍛えてこなかった部分です。どうしてもウエイトトレーニングは大きい筋肉を鍛えることがメインになってくるんですが、普段鍛えることが出来ない部分を鍛えることが出来る良い機会だったので、そういうトレーニングをずっとやっていました。そのトレーニングではゴムバンドを使ったり、1kgか2kgの軽いダンベルでジワジワ追い込むトレーニングをしていました。
――その箇所が変わってきたと体感できるものですか?
身体を見て分かる部分ではないですが、感じますね。一時期はスローを思うように投げられなくて、投げられるようになっても前と感覚が違っていました。その感覚が戻って来た感じがしています。これまでやってきたトレーニングがコンタクトが入ったトレーニングでも活きてくると思うので、そういうトレーニングが始まるのが楽しみですね。
――スローはどのくらい戻ってきましたか?
ほぼほぼ100%です。それに前よりもボールが飛びます。怪我をする前よりも飛びすぎてしまうことがあって、以前の感覚で投げるとオーバーボールをしてしまうことがあります。その感覚はこれからの練習でやっていくしかないかなと思います。チームで集まって練習が出来ない時は1対1で投げて取ってもらう練習しかできなかったので、やっぱりリフターとジャンパーがいて、上がったところに投げるということは練習していかないと戻ってこないと思いますが、そこはあまり心配はしていません。
――細かい筋肉を鍛えた影響が、スローだけじゃなく、他の部分でもどういう影響を与えるのか楽しみですね
タックルやコンタクトプレーにも影響してくると思うので、楽しみですね。家ではお尻の筋肉を鍛えるトレーニングもやっていたので、もしかしたら足も速くなっているかもしれないですね(笑)。
◆何でも出来る選手になりたい
――怪我によって思うようなプレーが出来なくなったことへの改善の他に、自分をよりレベルアップさせるための課題はどう捉えていますか?
ボールを持った時にもっと前に出られる選手になりたいですし、サントリーのラグビーはフロントローもスキルが必要で、そこは得意な部分ではあるんですが、その精度はもっと上げていかなければいけないと思っています。完成している部分はなくて、本当に全てでレベルアップしなければいけないと思っています。
――フロントローの選手にスキルやフィールドプレーが求められる傾向は以前からありましたか?
少し前からじゃないですかね。2015年のワールドカップの時には、それほど多用されていたイメージは無いですが、徐々にそういう選手が増えてきていたと思います。最近はセットプレーでの役割は出来た上で、スキルやフィールドプレーの力もなければ通用しなくなってきていると思います。
――やるべきことが多く、全てをレベル高くやることはかなり大変なことですね
僕は昔から「フロントローだから、こういうプレー」ということが好きじゃなかったので、中学生の時には試合中にボールを蹴りまくってきました。小学生くらいから、型にはまったプレーが好きじゃなかったですね。今の傾向のようなラグビーの方が楽しいですし、「このプレーのレベルは高いけど、このプレーのスキルはない」という選手じゃなくて、極論を言えば、何でも出来る選手になりたいので、そういう面でも今のラグビーは好きですね。
――ラグビーは毎年ルールが変更されますし、ラグビーの競技自体にも型にはまらないところがあるのかなと思います
毎年ルールが変わるのは、あらゆるスポーツの中でも珍しい競技だと思いますし、選手やスタッフはそこに対応していかなければいけないので、柔軟さが求められるスポーツだと思います。そこもラグビーの良さなんだと思います。
◆フッカーはセットプレー
――チーム内でのポジション争いが激しいですし、そこを乗り越えて日本代表という想いもあると思いますが、ポイントは何だと思いますか?
先ほどスキルの話をしましたが、根底にあるのは、フッカーは絶対にセットプレーだと思います。セットプレーが安定すると、試合も絶対にバタつかないので、そういうところで「北出を出せば安心できる」とスタッフたちに思われるように、そこを強みにしたいと思います。
――セットプレーを安定させるポイントは何ですか?
ラインアウトのスローで言うと、どれだけ平常心で投げられるかだと思います。そこには練習中から意識して取り組んでいます。僕のいちばん良い時のスローは何も考えていない時なので、そうなれるように練習中から意識しています。ラインアウトのサインを言われた時に、調子が悪い時は「うわ、そこか」という雑念が出てくるんですが、調子が良い時は「OK、了解」くらいの感じで、何のストレスもなく、「どのサインでも良いよ」くらいの感覚になります。
――サインが伝えられる前に、予測することはあるんですか?
それはありますね。フッカーからでも相手の空いているところが見えるので、そこに的確にサインを出してくれるコーラーは信頼できますね。コーラーとスロワーの信頼関係は大事だと思うので、相手が横にいるのにそこのサインを出されると、スロワーには余計なプレッシャーがかかってしまうんです。
――どこに投げるかの他にタイミングも大事ですよね
選手の動き出しを見て投げています。そこは練習あるのみだと思います。新しいサインだと一発で合ったりはしないので、練習でタイミングを掴んでいます。
――ジャンパーが思い通りのところではなかった場合と、タイミングが合わなかった時は、どちらが修正しやすいんですか?
場所が違うことがスロワーとしては困りますね。そこに合わせて投げているので、毎回同じところで飛んでもらわないと受け取る側のミスになりますし、同じ場所で飛んでいるのに上手くいっていない時は、完全にスロワー側のミスです。見ている人にとっては同じ場所で飛んでいるのか分からないと思いますが、スロワーの位置から見るとすごく分かります。
――相手ラインアウトのスロワーの状況は分かったりするんですか?
「ここで競られたら嫌だろうな」とか、心境の部分は分かるかもしれないですね。
――ラインアウトでオーバーボールになり、そのボールをフッカーの選手が拾うことを多々見ますが、あの時はどういう予測をしているんですか?
常に予測はしていて、投げた瞬間にオーバーっぽいと何となく分かります。先に飛び出しちゃうとオフサイドになるので、そこはタイミングを見ながら出るようにしています。
◆レフリーとのコミュニケーション
――スクラムについてはどうですか?
そこでも安心して任される選手になりたいですね。
――フッカーはスクラムでも役割が多いと思いますが、その中でもどこが大切になりますか?
全部大切なんですが、その中でも僕が成長しなければいけないところは、レフリーとのコミュニケーションだと思っています。自分たちのスクラムと相手のスクラムがありますが、レフリーあってのスクラムだと思います。自分たちが良いスクラムを組めたと思っても、レフリーが相手側に手を挙げればこちらのミスになります。アオさん(青木佑輔/スクラムコーチ)がよく言っているんですが、「レフリーを味方につける」ことが大事だと思います。例えば、こちら側のペナルティーになった時に、その理由を聞きに行くことも大事ですし、それとは別に良かった時でも「今ので良いですか?」とか、そういうコミュニケーションを毎回とることによって、スクラムを組みやすくなると思います。今はまだ余裕がなくて、スクラムを組んだ後に毎回レフリーとコミュニケーションは取れていないんですが、慎太郎さん(石原)が言っていたのは「アオさんが現役の時は、スクラムの度にレフリーとコミュニケーションを取っていた」そうです。
――レフリーとコミュニケーションを取るのは、どのタイミングになるんですか?
スクラムを組む前が多いと思います。レフリーとコミュニケーションを取って改善しなければいけないポイントがあれば、それをみんなに伝えることが必要だと思います。あまり時間がないので簡潔に伝えなければいけませんし、何がいけなかったのかをフッカーとして分かっておかなければいけません。レフリーが思っているポイントと、こちら側が思っているポイントで違いがあって、そこを埋められたら意味のあるコミュニケーションになると思います。それが大事だと思いましたし、そのレベルをもっと上げたいと思っています。
――国際試合になれば、基本的には英語になるわけですよね
英語が話せることに越したことは無いですし、自粛期間中は時間があったので英語の勉強もしてみました。自分の中でやらなければいけないという感じになってしまって、そうなると僕の性格的に続かないんですよ。自発的じゃないので。プロに転向して時間があるから英語を勉強するって、大概の選手がやっていることだと思うんですよ。だからやらなければいけないと思ってしまっている自分がいたので、今は一度止めて、そんなに焦らずに自分がやりたいと思った時にやるようにしています。
――やりたいと思う時は多いんですか?
そこは波がありますね。全然やりたいと思わない時もあります(笑)。
◆ラグビーだけに集中
――プロになりたいと思った理由は?
ラグビー選手として成長していく中で、レギュラーで試合に出て優勝も経験して、少し自信も持てるようになってきて、日本代表にも呼ばれるようにもなりました。ラグビーが出来る年数は限られていて、いつまで出来るか分からないので、ラグビー以外のことをやっている時間が必要に感じなくなりました。仕事をしながらラグビーをやって、引退したら仕事が続けられるということは大きなバックアップですし、心強いことだと思うんですが、仕事をしている時間もラグビーに使いたいという想いになり、プロになることを決めました。
仕事をしながらラグビーをやっている時は、上手くラグビーに切り替えられない時もあったんですが、今はラグビーだけに集中できるので、その中ではっきりとオンとオフに切り替えられて、充実していると感じています。今までは仕事のオンとオフ、ラグビーのオンとオフがあった中、ラグビーのオンとオフへとシンプルになりましたし、オフもラグビーのために繋がってきました。
――その効果を実感している部分はどこになりますか?
身体的にもそうですけど、色々なことを考えられない性格なので、頭の中がすっきりしています。
――チームでの役割については、どう意識していますか?
前に出て引っ張っていくタイプではないので、求められていることをしっかりと理解して、全体を見た時にちゃんと全員が同じ方向を向いていないと思ったら、自分から発信するようにしています。
――後ろから支えるようなリーダーシップですか?
中学、高校、大学とリーダーの役割はやってきましたが、キャプテンはやったことがなくて、バイスキャプテンやフォワードリーダーなど、先頭に立ってというよりは周りから支えるような役職だったので、そういう感じでサントリーでも全体を見ています。
――チームにとってはそういう立場の選手が必要ですよね
思っていることを言うことはすごく大事なことだと思いますし、見えている部分は個人個人で違うと思います。自分が思っていることを他の選手が言えば、自分からは何も言いませんし、周りが気づいていないことで自分が気づいていることがあれば言うというくらいのスタンスでいます。
――トップリーグ2021に向けて、今の目標は?
2番で出場して優勝することです。シーズンに向けて楽しみですね。メンバー選考については僕はどうすることも出来ないので、そこを気にするより、体調も万全なのでしっかりと成長できるシーズンにしたいと思っています。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]