2020年7月 3日
#702 松井 千士 『僕の全力を掛けて勝負したい』
サンゴリアスで唯一、7人制の活動をしていた松井千士選手。その松井選手がチームを離れることになりました。松井選手の現状そして未来に懸ける思いを聞きました。(取材日:2020年6月下旬)
◆7人制日本代表キャプテン
――松井選手にとって2020シーズンはどうでしたか?
昨シーズンは1年間、サンゴリアスでの15人制の活動していなく、7人制日本代表の活動に専念させてもらっていました。僕自身、海外に遠征に行くこともあって、なかなかサンゴリアスには帯同することが出来なかったんですが、自分自身が大きく成長できた1年だったかなと思います。
――どの辺りが成長しましたか?
スキルやウエイトというところよりも、どちらかと言うと精神面です。そしてリーダーシップのところを評価してもらい、今は7人制日本代表のキャプテンをやらせてもらっています。1年間かけてそういう立場になることが出来て、オリンピックが予定通り行われていたらキャプテンとして出場していたと思うので、そういったところも成長したところだと思います。
――キャプテンを任される予感はありましたか?
いやいや、正直、リーダー陣の中には入っていたんですが、全くなかったです。チームを良くしようと思って、色々な選手を巻き込んで発言はしていましたが、それがキャプテンに繋がるとは思っていませんでした。
――もともとそういうタイプだったんですか?
いや、キャプテンの流さんもそうですが、サンゴリアスではチームの核となる選手が発言されていて、僕としては何か発言するというよりかは、ついていく立場でした。ですが、そういった姿を見て、何かを発信していく人が試合にも出ていますし、何よりも自信を持ってやっている人が多いとサンゴリアスで学ぶことが出来ました。そこで間違えでもいいから発言しようと思い、日本代表の活動で実際に行っていました。
――実際に出来るところが素晴らしいですね
僕は恥ずかしがり屋ですし、そういうことはあまり得意ではなかったんですが、サンゴリアスに入って、先輩も後輩もそういう選手が多いので、そんな姿を見ることが本当に自分のためになっていました。
◆キャプテンを認めてもらえるような1年に
――今までキャプテンの経験はあるんですか?
いやー、ないですね。しかも日本代表でのキャプテンなんて初めてです。
――キャプテンになってみて、どうですか?
本当に難しいですね。周りは先輩ばかりですし、僕自身もまだまだ若手で、その中でキャプテンを任されました。もともとは先輩たちに引っ張ってもらっている側だったんですが、それが引っ張っていなかければいけない、チームの輪を作っていかなければいけない立場になって、最初は難しかったですね。「どういう発言をすればついてきてくれるのか」とか、「どういう伝え方をすればみんなに伝わるのか」とか、そういうところが分からなくて、正直ストレスになっている部分もありました。
――今はそれなりには把握できていますか?
まだまだ勉強中です。キャプテンになった時は、当初の予定のオリンピックの3ヶ月前だったので、その時はまだ迷走中でした。その後、自分の中で何となく考えもまとまってきている中で、オリンピックが1年延期になったので、これからはより一層、チームの中でもキャプテンという立場を認めてもらえるような1年にしたいと思っています。
◆土壇場で決められる勝負強さ
――キャプテンとしてチームを引っ張っていく、リーダーシップを取っていくと共に、自分自身のプレーも大事だと思うんですが、そこの手応えはどうですか?
そのバランスがおかしくなってしまって、一時期、キャプテンとして発信することばかり考えて、自分のプレーが疎かになってしまった時があったんです。そこでコーチやベテラン選手たちに相談できたことが、良かったところかなと思います。自分1人でどうにかしようとしてしまっているところが多かったんですが、もう少し人を頼ったり、周りの人を巻き込んだりした方が良かったと反省できたので、そのバランスもオリンピックまでにはどうにか出来ていたと思います。
――プレーに関してはどこが伸びていると思いますか?
僕自身、大学生の時から7人制日本代表に選ばれていて、その時はワールドシリーズに出場しても、正直、トライはあまり取れていませんでした。少し抜けだした場面でもトライを取り切れていなかったんですが、最近は大きい舞台の中で、例えばアジア大会の優勝を決める試合でのラストワンプレーであったり、ワールドシリーズに昇格するための最後の試合で逆転トライを取ったり、土壇場で決められる勝負強さがついてきていると感じています。
――それはキャプテンになることと両立していますか?
そうですね。自信もついてきたのかなと思います。チームから求められていると肌で感じていましたし、「ここで取り切って欲しい」とみんながボールを集めてくれることも多かったと思うので、そこで力を発揮できたことはどんどん自信になっていったところでもありますね。
――プレーという部分では、以前と比べてどこが違うと思いますか?
サンゴリアスに入って、まずはウエイトをやって体重も増えましたし、筋力もアップしましたし、色々なスキルも教えてもらい、まずはサンゴリアスでそこに自信をつけてくれたことが、世界でも戦えるという自信に繋がっていったと思います。
――東京オリンピックが丸1年延期になりましたが、今の気持ちや状態はどうですか?
正直、残り3~4ヶ月のところから1年3~4ヶ月となって、他の色々なアスリートの人が「すぐには切り替えることが出来ないです」と言っていますが、僕もその中の1人でした。自粛期間があってオフが2ヶ月くらいあったので、そこで切り替えることが出来たんですが、正直、「あと1年か」という想いがあって、気持ち的にもしんどかったですね。
今はコロナウイルスでの制限も緩和されてきて自粛も徐々になくなり、まだ感染者は出ていて今後どうなるかは分かりませんが、オリンピック開催の予定は立っていて、目指すべきところが明確になってきているので、気持ちはすごく前向きになっていますね。
――基本的には7人制日本代表に特化するようになるんですか?
残り1年を7人制でオリンピックを目指すつもりです。オリンピックは僕の中で大きいものなので、そこは楽しみですね。
◆7人制日本代表でのオリンピック、2023年のワールドカップフランス大会
――今回、サンゴリアスを離れ、プロ選手として他のチームに移ることになりますが、なぜそのような決断になったかということと、何を目指しているかということを聞かせてもらえますか?
まずプロになることについては、大学の時からプロとしてやっていきたいという想いがあって、そこはサントリーとも話し合ってきました。その中で、将来的にプロ選手となって独り立ちするにしても、社会人を少しでも経験しておいた方が良いという話をしていただいて、僕自身も社会も知らずに大学生からいきなりプロになるよりかは、そういう経験を経てプロになれればいいなという想いになりました。
しっかりと仕事も経験させてもらいましたし、まだそこまで社会の仕組みは分かっていませんが、仕事を通して色々なことを学ばせてもらいました。ただ、その中でもプロ選手として勝負したいという想いが強くなり、まず目指しているところが7人制日本代表でのオリンピックで、更に大きな目標としては2023年のワールドカップフランス大会です。僕自身、そこにピークを持っていきたいと思っていて、その後のことはまだ明確に決まっていませんが、何よりもラグビーに対して僕の全力を掛けて勝負したいという想いになったので、今回の決断になりました。
――これまでを見ていると、色々なことをバランスよくやるよりは、何かに特化してやる方が合っているイメージですね
僕は不器用なので(笑)、正直、こっちはこうやりつつ、その間にラグビーはこうやるというようなことが出来なくて、中途半端になってしまうとラグビーを引退した時に絶対に後悔すると思ったので、やり切りたいと思っています。
――7人制は15人制にどのような影響を与えると思っていますか?
ラグビーは一緒ですが、7人制と15人制は違うスポーツだと思っています。スピードという部分に関しては、7人制の方が圧倒的にスキルが増えますし、僕自身もスピードに自信を持っています。15人制に戻った時に代表に向けて何をアピールするかと言われたら、スピードの1点かもしれませんが、まずはそこを見せたいと思っています。
――7人制にはとてつもなく足が速い選手がいるんですよね
アメリカの選手で30m走だったら、ウサイン・ボルトより速い選手がいますね。めちゃくちゃ速い選手がゴロゴロいます
――そういう7人制で勝負する、自分のキーポイントはどこになりますか?
スピードだけではそういう選手に追いつくことは、正直難しいのかもしれないですが、7人制日本代表の中で僕がいちばん足が速いですし、「ここで取り切って欲しい」という時にボールが回ってくることを自分でも分かっているので、そこは逃げられない場所です。そういう選手に追いつけるように、そして追い越せるように、スピードを更に伸ばしていきたいと思っています。
――トライを取り切る秘訣はスピードですか?
スピードもそうですし、15人制と違って7人制は何回もスプリントをしなければいけないので、そういった部分で体力面も必要です。何回もスプリント出来る力も、僕の強みだと思うので、そこは世界と戦っても通用するのかなと思っています。
◆どんどん感覚が変わってくる
――チーム内ではスピードのタイムを測定したりしているんですか?
していますね。一番長くて40mで測定して、4秒8でした。世界の速い人たちは、4秒6とかを出すと思います。先ほど話したアメリカの選手は飛びぬけて速いんですが、他の南アフリカやニュージーランドの選手は僕より速く走ったり、僕よりも身体が大きいのに同じくらいのスピードを持っていたりするので、見ていても試合をしても、自分よりも速い選手と一緒にやるのは楽しいですね。
――参考になりますか?
参考になりますし、反感を買うかもしれませんが、日本国内ではめちゃくちゃ速いと思う選手、絶対に僕よりも速いなと思う選手は、正直いないんですよ。海外の7人制の選手を見ていると、「足が速いっていいな」と思うくらいの選手がたくさんいるんです。そういう選手を追いかけるだけでもどんどん感覚が変わってくるので、そういうところが楽しいですね。
――先ほど言っていたアメリカの選手の名前は?
カーリン・アイルズ選手で、身長はそんなに大きくなくて、たぶん流(大)さんくらいで、もともとは陸上の100mの選手でした。あとはペリー・ベイカー選手は、もともとはアメリカンフットボールをやっていてNFLでプレーしていた選手が7人制ラグビーに転向してきたんですが、その選手も同じくらい速いですね。
――そういう選手を見ていて、どこが速さの秘訣だと思いますか?
その2人はタイプが違うんですが、足の回転の速さが違いますね。その回転力が他の選手と比べても抜群におかしいんですよ(笑)。そこを上げるためには、使い方であったり練習方法だと思うんですよね。僕は陸上競技のトレーニングをしたことは無いんですが、一度、2月頃に個人的に陸上選手に会いに行って練習方法を教えてもらったことがありました。そこまでキツい筋トレをしているわけではないんですが、陸上選手の走り方に挑戦してみたら、大して走っていなくてもすごくバテました。その人はボルトの近くで練習をしていた方で、その人の練習方法を教えてもらったら、体力には自信があったんですがバテました。そういうことに特化してトレーニングをすることで、回転力が違うのかなと思いましたね。
――筋肉の使う場所が違うんですか?
たぶんそうですね。普段の練習をやりながら、その練習方法も取り入れ、個人で練習しています。
――オリンピックで、そのアメリカの選手に勝ちたいですね
そうですね。アメリカの選手をぶち抜いてやろうと思っています(笑)。7人制のどの国の選手も置いていかれるし、追いつかれるので、あり得ないと思われると思うんですが、ひとつの目標として大きいものを持ちたいなと思っています。
――そのアメリカの選手は、何回スプリントしても力は落ちないんですか?
その2人の選手は、ウイングで交替して出ているんですよ。だから、体力的にはあまり自信が無いんだと思いますし、そこまでスキルが高くありません。ただ、トライを取るということに関しては長けているんです。アメリカ戦は、試合中にその2人が入れ替わるので、かなり大変です。何本かスプリントしたら交替とか、前半後半で交替とかだと思うんですが、僕としての強みは14分通してしっかりと力を出せるところだと思っていて、そこは岩渕監督からも評価していただいているところです。だから僕は14分間出るので、アメリカと勝負をする時には大変ですね。
――そこがオリンピックでも見ものですね
そうですね。皆さん、よろしくお願いします(笑)。
◆しっかりと見ていて欲しい
――サンゴリアスのメンバーに向けてメッセージをお願いします
昨シーズンはコロナウイルスの影響で、思わぬ形で中止となり、良い形では終われなかったと思います。3年という短い間でしたが一緒にいさせてもらい、優勝を目指すチーム、優勝しなければいけないチームだと思っているので、これからもその目標を目指して欲しいと思います。
僕はチームを離れますが、みんなに認めてもらいたくて7人制の活動をしていました。「7人制で千士は頑張っているな」と思ってもらえるために活動をしていて、みんなに認めてもらうことは高い目標ですが、1年後の東京オリンピックでキャプテンとして出場したいですし、尚且つチームとしてもメダルを獲って、「千士、成長したな」と思ってもらえるように頑張るので、しっかりと見ていて欲しいと思います。
――ファンに向けてメッセージをお願いします
この3年間、僕はなかなかサンゴリアスとして活動すること、トップリーグで試合に出ることは少なかったと思いますが、7人制日本代表の合宿にもサンゴリアスのファンの方が来てくれて、「松井君、頑張ってね」と声を掛けていただいたり、会社の方にも、社外のファンの方にも、色々な人から応援していただけて嬉しかったです。今回、サンゴリアスを離れることになりますが、1年後のオリンピックではしっかりと活躍している姿を見てもらえるように頑張るので、これからも応援していただきたいと思います。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]