2020年5月25日
#692 西原 俊一 『好きなことをとことんやる』
S&Cとラグビーとをどう折り合いをつけていくか、がテーマだったと語る西原俊一コーチ。常に動いていながらも、全体に目配りをしているという印象の日々は、まさに折り合いをテーマとしてプロフェッショナルな日々を過ごした6年間だったのではないでしょうか。勇退して転身するという西原コーチに、サンゴリアスでの体験と発見を聞きました。(取材日:2020年4月下旬)
◆リカバリー、リコンディショニング、ストレングス
――2020シーズンを持ってサンゴリアスを離れることになったんですね
サンゴリアスは大好きなチームですし、色々なことを経験させてもらい自分を成長させてくれました。チームは離れますが、これからもずっと応援し続けたいと思っています。サンゴリアスで6年、長くチームにいさせてもらいましたし、新しいスタッフが入ってサンゴリアスに新しい血が入ってきたので、自分としても新しい環境に身を置き、更に成長していきたいという想いがあります。サンゴリアスに入った時はリカバリーを担当して、その次にはリコンディショニングや怪我人を見たり、今シーズンからはストレングスを担当して、色々な役割をやってきて多くのことを経験させてもらいました。
――これまで様々なスポーツを見てきた西原さんにとって、ラグビーでのS&C(ストレングス&コンディショニング)はどうでしたか?
ラグビーは色々な要素が詰まったスポーツなので、世界的に見ても先端を行っていると思います。身体を大きくしなければいけませんし、かつ速く走れなければいけなくて、瞬発力も持久力も求められるスポーツで、更に格闘技系のコンタクトも入ってきます。
――選手によって長所短所がある中で、身体を大きくした上で走れなければいけないので、全員が同じことをしていても上手くはいきませんよね
ポジションも大きく関係してきますし、フロントローとバックスでは全く違いますし、ポジションの特性を考えながらどこに強みを出してあげるかを考えることが大事だと思います。それに加え、同じポジションでも選手個人のキャラクターがあるので、そういうところも関わってきます。
◆S&Cの部分とラグビーの部分
――もともと身体が大きくない選手や、足が速くない選手にはどういったアプローチをしていくんですか?
実際に何年やっていても思ったように身体が大きくならない選手もいますし、そこが難しいところではあるんですが、逆にそういう選手に対しては、そこだけに特化せずに別のところで伸びしろを見つけてあげることも大事になります。もちろんラグビーコーチとのコミュニケーションが大事になってきますが、S&Cの部分とラグビーの部分とで、どう折り合いをつけていくかだと思います。それは足の速さについても同じです。
――それは子供から大学生まであらゆる世代にも当てはまりますか?
例えば、足の遅い子が足を速くすることを諦めたら停滞しかないと思います。人ってどこで変わるか分からないですし、松井(千士)がインタビューで高校時代に一気に足が速くなったと言っていましたが、それって彼がずっとダッシュを繰り返して頑張った賜物だと思うんです。中学生や高校生、大学生でも、人ってどこでどう気づいて変わるか分からないので、「こうなりたい」と思ってトレーニングを続けることが大事だと思います。
――サンゴリアスの中でいちばん変わったと思う選手は誰ですか?
先ほどのスピードの話で言えば、例えばヅル(中靏隆彰)はそこにコミットしてトレーニングをしています。身体を大きくするトレーニングもしていますが、スピードがいちばんの売りだと自分自身で分かっていて、ずっとトレーニングを続けてスピードに磨きをかけています。
――長所を更に伸ばしていくということもコーチとしての面白さではあるんですか?
そうですね。だから、僕がただ単に「身体を大きくしろ」と一方的に言うのではなくて、選手からの考えを聞きつつラグビーコーチともコミュニケーションを取って選手にアプローチをしていきます。リーグが開幕したら身体の大きさだけじゃなく、パフォーマンスが重要になってくるので、いかにパフォーマンスを出せる状態にしてあげるかになります。
――相当激しいコンタクトスポーツということがラグビーのポイントなんですね
競技特性を考えるとそうだと思いますし、ファン目線でもそこが大きな特徴でもあると思います。他の競技には少ない部分ですよね。
◆勝つことが大変
――サンゴリアスの6年間で自分がいちばん成長できた、掴んだという部分はどこだと思いますか?
選手やコーチとのコミュニケーションだと思います。もちろん新田さん(現 NTTコム)、沼田さん(元S&Cコーチ)などこれまでやられてきた方や、若井さん(正樹)やショーン(吉浦翔)など今いるスタッフも含めて、色々な知識があって多くのこと学ばさせてもらいましたし、サンゴリアスのシステムとして、色々なコーチや選手とコミュニケーションを取りながらひとつの方向に持っていくというのが、このチームの強みでもあると思うので、そのシステムの部分で「勝つチームはこうやっていくんだな」と気づかせてもらいました。
――逆に自分自身が持っているもので、サンゴリアスに与えられたものはありますか?
僕自身、ウエイトトレーニングが好きでやっていて楽しかったですし、リハビリをしている選手にハードトレーニングをやってもらったりしていましたし、そういう部分なのかなと思います。
――いちばん大変だったと思うことは何ですか?
勝つことが大変でしたね。勝たなければいけないチームなので、日々のトレーニングがどうだということではなく、結果が求められているので、勝つことの難しさはありました。僕がいた6年間で2シーズンで優勝しましたし、負ける時期もありましたが、これだけ多く勝つことが出来るチームは、日本でもあまり多くはないと思います。
――嬉しかったこと、喜んだことは何ですか?
優勝した時です。2シーズンありましたが、優勝した瞬間が嬉しかったですね。優勝した瞬間にこれまでやってきたことが認められたような感覚がありました。このチームは決勝でも負けたら認められないチームですからね。優勝して何日間は嬉しさが続きますが、すぐに次のことを考えなければいけないですし、僕らだけじゃなくラグビーコーチも同じだと思います。
◆好きなことをして飯が食えている人
――今後のビジョンは?
まだ何をするかは言えませんが、今後もスポーツには携わっていきます。
――長期的な目標はありますか?
ひとつはスポーツを通して自分自身が、人として成長し続けたいという想いがあります。好きなことをして飯が食えている人ってあまり多くないと思うんです。現状、僕はいま好きなことをしてご飯が食べられているということはとても幸せなことだと思うので、これからもスポーツを通して自分自身を成長させて、周りの人たちと良い時間を共有していければと思っています。
――好きなことを仕事にするコツは何ですか?
何ですかね(笑)。専門学生時代、他の人たちはスポーツクラブに就職とか、整骨院に就職とか言っていましたが、僕は競技スポーツが好きでそっちに進みたいと思っていたので、専門学校で出会った先生(S&Cコーチ)に就職せずに張り付いてやってきました。ですから好きなことをとことんやるということかなと思います。先に結果を考えるのではなく、好きなことをやった先に結果がついてきているという感じです。
――なかなか好きなことを見つけられない人も多いと思いますが、そういう人にアドバイスはありますか?
まずは興味を持ったことを本気でやらなければ、好きかどうかは分からないと思います。以前のインタビューで話しましたが、僕は競輪選手を目指して挫折をしました。でも競技スポーツを仕事にしようとした中でウエイトトレーニングと出会い、ちゃんとしたトレーニングをすることによって中途半端だった才能でも、チャンスを掴めそうなところまで成長することが出来ました。そこが大きなモチベーションでした。ただ、それって本気でやらなければ気づかないですよね。
――本気でやってきたことで、コーチとして相手の本気度が分かったりもするんですか?
やっぱり人間なので、プライベートなことであったり、様々な影響を受けて気持ちに波があったりもすると思います。そう感じた時に、相手のキャラクターやタイミングを見て指摘する時もあれば、自分で乗り越えるのを待つ時もあります。
――そういう状況はトップ選手にもありますか?
ありますね。例えば、怪我をしてしまった時とかだと、そういう心境が見え隠れしたりしますね。その気持ちに寄り添う時もあれば、指摘する時もあります。その加減が必要なのかなと思っています。「いま言った方が良いな」とか「いまは言わない方がいいな」とか考えて対応するようにしています。
◆色々な年齢層での指導
――子どもたちにラグビーを教えていると以前お聞きしましたが、今後も指導していくんですか?
続けられるならば続けたいですね。ジュニア期はとても大事な時期だと思いますし、中学生や高校生もそうですし、自分自身にとっても色々な年齢層での指導はとても勉強になります。
――子どもたちに教える時にいちばん気をつけていることは何ですか?
安全です。怪我をさせないことも大事ですし、体調などをしっかりとクリアにしないと、競技スポーツをやっていてもハッピーにはなれないと思います。特に中学生などは無理してやろうとするので、そういう時にははっきりと止めさせることも大事になります。ラグビーに関しては僕の場合はお父さんコーチですが、僕のバックボーンが分かっている状況でしたので、ちゃんと聞いてくれました(笑)。
――ご自身のお子さんの成長に合わせて、教える年代も上がってきているんですか?
そうですね。次男が小学4年生の時から見てきて、中学2年まで見てきました。以前、高校生も見たことがあるので、小学校の中学年から高校生くらいまでを見ることができて、それは幸せなことだと思います。高校生くらいになると、学校の先生をはじめ部活に任せるようになってくると思うので、仕事として絡んでいかないと難しいと思います。ですので子どもが高校生になったら、小学生とか中学生を教えていければと思っています。
◆健康で楽しい人生を送るお手伝い
――改めて、今後目指していることは?
スポーツを通して、周りにいる人たちが健康で楽しい人生を送るお手伝いが出来ればと思っています。そこには競技スポーツ選手も入りますし、子どもも高齢者も含まれます。色々なスポーツや運動を通して、ハッピーな日常を過ごすお手伝いが出来ればと思っています。トップ選手たちのモチベーションって勝つことだと思うので、そこを目指してハッピーになるお手伝いであったり、高齢者にとっては健康で過ごすこと、ジュニア世代は楽しむことなど、それぞれターゲットが変わってくるので、それに合わせて取り組んでいければと思っています。
――サンゴリアスのメンバーにメッセージをお願いします
もちろん勝つことが求められるチームだと思いますが、昨シーズンは負けてしまったので、何とかチャンピオンを取り返して、また日本一になって欲しいと思っています。
――サンゴリアスのファンに向けてメッセージをお願いします
2019年にラグビーワールドカップがあって、多くの方がラグビーを見てくれる機会が増えたと思います。これからもぜひ試合会場に足を運んでいただいて、生のラグビーを見て欲しいなと思いますし、サンゴリアスを応援して欲しいと思います。熱い声援を送ってもらえればと思います。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]