2019年12月 6日
#665 流 大 『一貫性』
ワールドカップ日本代表のスクラムハーフとして、全5戦に9番として出場を果たし、また結果を残した流大選手。ワールドカップでの思いと体験、そしてその先に向けた意気込みを聞きました。(取材日:2019年11月上旬)
◆グラウンドに入る時の地響き
――ラグビーワールドカップで素晴らしいパフォーマンス、結果を残し、大会を終えました。日本開催だったので、反響も大きかったと思うのですが、いまの心境は?
「幸せな時間」だったと、いま一番頭に思い浮かびますね。夢に見た舞台だったので、本当に楽しかったです。プレッシャーや緊張、苦しいこともありましたけど、それ以上に素晴らしい舞台で本当に楽しかったというのが一番の思い出です。
――それは結果も伴ったからですか?
もちろん、それもあると思います。全部負けていたら「楽しかった」とは言えなかったと思います。それぞれの試合で苦しい場面もありましたが、それでもワールドカップでプレーしているという充実感と、幸せだなという思いは感じていて、それは会場も含めて、日本中がワールドカップに熱を注いだことが要因だと思っているので、全ての方に感謝しています。
――試合前や実際に試合をしていて、いつもと違うと感じたところはどこでしたか?
いや、本当に凄かったですよ(笑)。開幕戦のロシア戦の前にセレモニーがあって、僕らは見られなかったですけど、言葉で表せないんですが、雰囲気が凄いんですよ。ラグビー人生で初めて、試合前のアップで吐きそうになるくらい緊張しました。本当にトイレに行こうかと思うくらいだったんですが、深呼吸をしたら落ち着いて、試合の前には大丈夫になりました。そして、選手入場でグラウンドに入る時の地響きというか、あれは本当に鳥肌が立って、「よっしゃ―」ってなりました(笑)。
――そこから楽しいと感じたんですね
みんながあんな大きな声で君が代を歌って、いやー凄かったですね。
――その地響きが毎試合続いたわけで、慣れたりしましたか?
スタジアムによって感覚も違って、お客さんとの距離感もそうですし、スタジアムの構造も違って、例えば豊田スタジアムは客席の傾斜が凄いですし、色々な雰囲気があるので、毎試合熱くなるものがありました。
◆チームのプランを遂行し続ける
――全試合で先発出場したわけですが、ワールドカップ前からそうなると予想できていましたか?
ジェイミー(ジョセフ/日本代表ヘッドコーチ)になってから、ワールドカップ前は9番で出たり、リザーブで出たりと何度もあって、どちらも経験することができたので、ワールドカップでどちらになったにせよ、役割を遂行する準備はしてきました。9番にしろ、21番にしろ、スクラムハーフは3人いたので、メンバー外になる可能性もあったと思います。どの立場になろうと、役割はあると理解していました。
ワールドカップで「全試合スタメンで行く」とは言われていなくて、各試合のメンバー発表前は緊張していましたし、結果的に5試合全てで9番として出させてもらって、ジェイミーの期待をとても感じましたし、その期待に応えたいという思いで取り組んでいました。
――どのような期待があって、それにどう応えられたと思いますか?
ジェイミーと関わるようになってから、常に試合に出させてもらうようになって、リーダーも任せてもらって、そういうところから僕に期待していることを感じていました。このワールドカップ期間で一番求められたことは、チームのプランを遂行し続けるということで、試合では色々なことが起きたり、劣勢に立たされることも、みんなの考えがバラバラになってしまうこともあるわけで、それをひとつにして欲しいと言われていました。
だからゲームプランを誰よりも理解して、コーチの考えを1週間かけて聞きながら、それを選手に対して伝えていくということが僕の一番の役割で、試合の中のハドルとかでもリーチさん(マイケル/日本代表キャプテン)は僕に発言権を持たせてくれることもあって、その時にひとつの絵を見せられるようにしていましたし、それに対しては貢献できたと思っています。
――リーダーには色々なタイプがいると思いますが、チームを前に動かすリーダーだったわけですね
そうですね。僕の場合は両方ありました。素晴らしいキャプテンがいたので、時には一歩引いた状態で不安に思っている選手を押し上げることもしましたし、例えば、ウエイトトレーニングやキツいフィットネストレーニングの時には、とにかく自分が出し切る姿勢を見せて、それで引っ張っていく立場になることもありました。リーダーシップは、引っ張ることと見守ることの両方あると思うので、それを勉強できましたし、貢献できたと思います。
――全試合を通じてプレーが安定していたと思うのですが、それについてはどうですか?
それも意識をしていました。僕個人が目立つプレーをすることは望んでいなくて、チームが最終的に勝つための繋ぎ役にならなければいけないので、メンタル的には凄く落ち着いていましたし、パニックになることも一度もなくて、常に「試合ではどういうことが起きていて、チームメイトがどういう状態か」ということを全て把握していました。だからこそ自分のプレーに集中できたと思います。試合の前には「いける」と常に自信があったので、不安も何もありませんでした。
――その自信はどこから積み重なったものなんですか?
2018年シーズンは、テストマッチもトップリーグの試合も含めて、僕自身なかなか上手くいかず、良いパフォーマンスが出せませんでした。2019年が始まる時に色々なことを考えて、「何が自分にとって必要なのか」と考えた時に、一番大事なのは"一貫性"という言葉でした。その言葉を僕の中でのテーマにして、準備もそうですし、練習中のプレーも試合中のプレーも、絶対に浮き沈みが無く、一貫して良いプレーをするということを自分自身に求めてきましたし、それができたと思います。
――"一貫性"という言葉は、どこで見つけたんですか?
2018年の秋の合宿で、ジェイミーからチームに対しても同じメッセージがありました。6月のテストマッチを例に挙げて、「イタリアとの初戦で良い試合をしたのに、次の試合では良いパフォーマンスが出せなくて、それじゃあワールドカップでも同じことが起きる。勝った次の試合で良いパフォーマンスが出せなくなるんじゃなく、常に良いパフォーマンスをして、勝って行くことが大事」という話があって、それを自分に置き換えても、同じことが言えると思いました。9番と10番が悪いプレーをするとチームに与える影響が凄く大きくて、逆に9番と10番がしっかりとしていれば、チームに落ち着きを与えられますし、安定したパフォーマンスができると考えているので、だから一貫性をテーマにして1年間やってきました。
◆心が落ち着いていると鳥の鳴き声が聞こえる
――戦術理解やスキルがあるからできたことだと思いますが、一貫性を果たすためには精神力が大事だと思います。心の安定性がプレーの安定性にも繋がっていると思うんですが、精神的にも更に成長したと思いますか?
2019年からメンタルコーチが代表に入って、リーダー陣と話すことが多くて、「どういうリーダーシップを取るか」とか「どういうことが必要か」とかを話してきました。あと、9番と10番、フッカーなど、集中していないといけなかったり心が安定していないといけないポジションとは、個別のミーティングや取り組みなどがありました。
そのコーチが持っている器具みたいなものがあって、それを10分間頭につけるんですが、心が乱れているとザーって音が鳴るんですよ。逆に心が落ち着いていると鳥の鳴き声が聞こえるんです。10分間で何回鳴ったかというトレーニングをするんですけど、ホテルから秩父宮まで10分間くらいなので、日によって選手を変えてやったりして、普通にやれば鳥の鳴き声がなることが結構あるんですが、隣にジェイミーに座ってもらったり、隣に座った選手からずっと何かを言われ続けたりして、その中でも自分の心を安定させるトレーニングをしてきたので、そういうのもひとつの要因なのかもしれません。
――その器具がなくても、心を安定させるコツは掴んでいるんですか?
何をするかを頭の中で明確にして、深呼吸をしっかりとすることと、あとは自分に対してとことんプレッシャーを与えて試合の準備をすれば、試合の時にはそれをやるだけというマインドになりますし、それはサントリーでもできることだと思うので、そういう準備の仕方をやっていきたいと思っています。
――チームとしてはどこが一番良かったと思いますか?
全部が良かったと思います。例えば、ロシア戦やサモア戦を外から見ていたら、上手くいっていないんじゃないかと思われたかもしれませんが、僕らは全くそんなことは感じていなくて、プランは遂行できていましたし、みんながプランを遂行できたことが、一番良かったことかなと思います。
――なぜ全員が遂行することができたと思いますか?
まずはコーチ陣のことを信じて、「これをやれば勝てる」と思わせてくれたが大きかったと思いますし、不安も何もなく、100%勝てると思って試合に臨めたので、それが良かったと思います。あとはリーダー陣が色々な準備をして、不測の事態を想定して準備をしてきたので、実際に何かが起きても不測の事態にならなかったというか、「今こういうことが起きているから、こうしよう」と常にリーダー陣がみんなに明確なことを提示できたので、みんなが遂行できたんだと思います。
試合中にプランを変えることは、ワールドカップ前のPNC(パシフィック・ネーションズカップ)でも何回かあったんですが、ワールドカップではプランをやり切ることを意識して、起きていることに対して何が必要かということを、プランの中で提示するということをやっていました。練習の時からその取り組みをずっとやっていたので、準備の結果が出たと思います。
◆セットピースやブレイクダウンの強度が一気に上がった
――ベスト8という結果については、どう思っていますか?
まずは目標を達成したので、素晴らしい結果というのが、僕の中での素直な感想です。ただ、負けると誰もが悔しくて、南アフリカに負けた時も悔しかったですし、何よりもこのチームに懸けてきて、このチームが大好きだったので、そんなチームが終わってしまうことが寂しかったですね。ベスト8という目標を達成したことには満足していますが、南アフリカに負けたことですぐに4年後のことが思い浮かんで、「もうひとつ勝ちたい、もうふたつ勝ちたい」という思いが出てくるようになりました。
――グループリーグと決勝トーナメントでは違いましたか?
全然違いました。トーナメントではグループリーグとは違った緊張感があって、1点てもスコアを上回ればいいので、プレーの選択も変わってくることがありますし、南アフリカ戦に関してはセットピースやブレイクダウンの強度が一気に上がったように感じました。
――決勝トーナメントで感じた世界との差を、次の4年間で埋めるためには何が必要だと思いますか?
レベルの高い試合を数多くするしかないと思います。テストマッチもそうですし、サンウルブズが2020年シーズンでスーパーラグビーから除外されることが決まっていますが、スーパーラグビーのような強度の高い環境も大事だと思いますし、強固な国内リーグを作り上げていくことも日本代表の強化には必要だと思うので、1月から始まるトップリーグで質の高い試合をすることが、僕ら選手の義務だと思っています。
――インタビューを始める前は、ワールドカップで燃え尽きていないか心配していましたが、そんなことはなさそうですね
全然ないですね(笑)。終わって2日間くらいは何も考えられないというか、ダラッとしていましたし、脱力したというか、ワールドカップで戦うことだけを考えて生活してきたので、解き放たれたということは実際にありましたが、今はもう次に意識が向いていて、ここからの行動がより大事だと思っています。人気や盛り上がりを感じて有難いことだと思っていますが、舞い上がっては絶対にダメで、謙虚にしっかりと足元を見て、やるべきことをやっていかないといけないと思っています。
――ワールドカップを経験して、いまの課題は何ですか?
南アフリカ戦では、トーナメントに入った時のプレーの選択や判断がほとんどできなかったので、より高いレベルで能力を発揮するスキルとメンタルを身につけることと、あとは英語だと思います。
――英語はどこで必要だと感じましたか?
レフリーと話すことと、僕は今後もサントリーでも日本代表でもリーダーとして引っ張っていきたいという想いがあるので、日本人選手と外国人選手の間に入ってコミュニケーションが取れるような選手になりたいと思っています。
――そういう選手になるために取り組んでいくことも楽しみですね
そういう想いで取り組んでいけば、より世界も広がっていくと思うので、サントリーの監督も外国人になりましたし、やっぱり英語でストレートに話ができることは大きいですし、セカンドキャリアとしてコーチを目指しているので、そういう時にも大事になってくると思うので、そういうところも含めてやっていきたいと思っています。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]