2019年11月15日
#662 真壁 伸弥 『ラグビーは人生を潤す』
サンゴリアスで試合に出続けて11年。前回のラグビーワールドカップでの勇姿を含め、パワフルでダイナミックなプレーを披露してきた真壁伸弥選手が、とうとう引退することになりました。選手として最後になるインタビューをお届けします。(取材日:2019年11月上旬)
◆100%でプレーする姿を見せてチームを鼓舞する
――引退はラグビーワールドカップが終わったということでの区切りでしょうか?
それもありますけれど、体調不良が起こる頻度が多くなってきて、それで練習を抜けることが多くなって、チームに迷惑をかけてしまいますし、コーチたちのプラン作りにも影響を与えてしまうこと。あまり練習ができていなくても沢木さん(前監督)は無理して使ってくれたこともあったんですが、神戸製鋼戦などギリギリの勝負のところで勝てませんでしたし、自分自身でも体が重く感じて、「もうダメだな」と思いました。
僕の場合は普通の人よりも息切れをするタイプの体調不良でした。なので、フィットネストレーニングができなくて、フィットネスの負荷をかけると体調不良になることが多かったので、怖くて負荷をかけられなくなってしまいました。
フルスロットルでプレーするのが僕の持ち味だったんですが、それをやってしまうと不調になり、休まなければいけなくなってしまっていたので、これだったら僕のいる意味がないなと思ったんです。僕はスキルフルなプレーでチームに貢献してきたわけじゃなくて、100%でプレーする姿を見せてチームを鼓舞するというスタイルです。それができなくなってしまったので、引退しようと思いました。
――それはいつ頃からだったんですか?
2013年です。その頃から兆候があって、キャプテンをやっている時にも少しありました。僕ってたぶんメンタルが弱いんですよ。その頃、決勝の前日に高熱を出したり、口の中が口内炎だらけになったり、メンタルが弱いから体に出てしまい、それが内臓に出てしまったんだと思います。当時はプレーもできていたんですが、誤魔化しながらやれるレベルではなくなってしまいました。
――メンタルが弱いと分かる人は、本当はそんなにメンタルが弱くないような気がしますが
自然とスイッチが入らなくて、毎回「やらなきゃ、頑張んなきゃ」って自分を奮い立たせなければいけませんでした。無理して叫んだりもしていましたね(笑)。
――不安というのは、自身のパフォーマンスに対しての不安ですか?
自分の体に対する不安ですね。スロットルを上げ切っちゃうと症状が出てしまうので、練習もストップしますし、電気ショックも受けなければいけなくなります。ドクターからは「大丈夫」と言われるんですが、その行為で1日が潰れてしまいますし、薬を飲まなければいけなくなります。
僕の中ではラグビーが全てではないと思っていて、今後の人生のことを考えたり、仕事もしたいと思っているので、総合的に考えたら、少し早いかもしれませんが、仕事も波に乗ってきているので、今かなと思いました。
――その状態で6年頑張られたわけですね
2017-2018シーズンが一番キツくて、2年連続2冠を取った時でしたし、やり切った感があって、それからはもぬけの殻のような状態になってしまい、頑張ろうと思っても奮い立たなくて、体の心配ばかりしてしまっていました。それを青木さん(スクラムコー チ)に見抜かれていました。
――ワールドカップどころではなかったんですね
このままでは出られないと思っていました。試合を見てもらえば分かるようにパフォーマンスが悪いですし、不安がってもいますし、そもそもフィットネステストに本腰を入れられていませんでしたからね。「ワールドカップはもうダメだろうな~」って思ってやってきましたけど、2019年まではやりたいという想いはありました。
◆ラグビーをやっていて良かった
――そういった状況で、今回のラグビーワールドカップを見ていて、どうでしたか?
僕の中で、「これはできない」と思えましたね。本当に申し訳なく思っているのは、ファンの皆さんに「頑張る」とか「目指します」って言っていたんですが、心の中では「難しいだろうな」って思っていました。そんな想いがあったんですが、ウイスキーセミナーやラグビーセミナーを数多くやってきて、今まで会えなかった人たちにも会う機会を得られて、これまで本当に色々な人に応援されていたんだなって、改めて感じること ができました。
ワールドカップに出られなくてこういう状況になって、違う意味では、そういうことを知ることができて良かった思っています。セミナーをやると、わざわざ福島だったり、東北からきてくれる人もいて、そういう人には引退することを伝えたりもしたんですが、泣いてくれる人もいて、ラグビーをやっていて良かったと思いましたね。
――セミナーというのは、どこが主催するセミナーなんですか?
全て僕個人で開きました。居酒屋やカフェ、ダイニングレストランなどで場所を借りたり、そういうところからお話があったら、希望や時期などによってラグビーセミナーやウイスキーセミナーを開いてきました。ワールドカップがあったので、例えば、ロシア戦やスコットランド戦などをどうやって見れば楽しくなるかという、ラグビー初心者向 けに啓蒙活動をやって、土日なく、ほぼ毎週やっていました。
セミナーをやると色々な人に会えて面白かったですし、人生を潤してくれていたように思います。もちろん選手としてワールドカップに出たかったんですが、ワールドカップ 期間中にそういうことができたことも財産になったと思います。
――セミナーはワールドカップ期間中に始めたんですか?
これだけ本腰いれてやるのは、ワールドカップ期間中しかないと思いましたし、ワールドカップの日本代表には入れないと分かった辺りからですね。僕個人のSNSで呼びかけたり、営業先のお店でもやってもらったしていました。
ウイスキーセミナーも一般の人向けに、浅く広く教えるようなセミナーをやってきました。僕の強みとして、ラグビーファンをウイスキーファンにすることができたと思いますし、逆にウイスキーファンに対しても、少しはラグビーにも興味を持ってもらうことができたと思います。やっぱりウイスキーセミナーって、ウイスキーが好きな人しか来ないんですが、僕は違う窓口があるので、それは強みだと思っています。
――ワールドカップを見ていても、お酒との親和性を感じましたが、真壁選手はどう見ていましたか?
それは切っても切れないものだと思いますし、どちらも人生を潤すための道具なんですよ。お酒は潤滑剤になりますし、ラグビーは自分の人生を潤すんです。そういうもの同士は必然的に近づくと思いますし、もともとラグビーの文化はイギリスのハブ文化から発祥した部分もあるので、今回のワールドカップで色々な人にそういう部分も知ってもらえたかなと思います。ラグビーファンには「真壁=ウイスキー」と認知されていて、そういう状態まで作ることができたかなと思っています。
――選手としては引退かもしれませんが、これからもラグビーとウイスキーの両方に関わっていくんですね
ウイスキーがメインになると思いますし、会社の営業でビールを扱ったりもすると思いますが、やっぱりここまでラグビーをやってきてできた繋がりなどは財産だと思うの で、そこを強みにして仕事をしていこうと思っています。
――仕事をしている時に体調不調にはならないんですか?
全然出ません。先ほどメンタルの話をしましたが、物理的なことで出るんだと思います。心拍数が上がって体が熱い時に冷たいものが体に入ったりして刺激が与えられると出てしまったり、そういう体質になってしまったんだと思います。すごく怖いのが、こういうことで引退をすると、「お前はお酒を売っている場合か?」って思われることです。もともとそんなにお酒を飲んでいない時期から出たりはしていたので、僕としては お酒は関係ないと思っています。
◆僕たちは世界で戦える
――今年のワールドカップで日本代表は、真壁選手が出場した2015年の成績を越える結果を残しました
本当に引き継いでくれたんだなという想いが強くて、2015年の時は未知の世界に戦いに行くような感じでした。2015年にあのような結果を出すことによって、「僕たちは 世界で戦える」ということを掴むことができたんです。
堀江さんやリーチさんはそれを分かっているから、僕たちの時とはスタートラインが全然違いましたね。2015年から2019年の4年間は全然違ったと思いますし、相手国も日本に対しての意識が違うので、真っ向勝負でしたし、ティア1の国と試合ができたこと が大きかったと思います。
ラグビーは慣れが大事になるので、サントリーが今は強かったとしても、仮に下のカテゴリーに行ってしまえば、そこのレベルになってしまうんです。今年のワールドカップに向けては、そういうことが経験できたスタートだったので、本番までに良い形で持って行けたと思います。2015年は自信や明確な目標が見えた年であって、そこにしっかりと実力をつけられたのが2019年だったと思っています。もうスタンダードが違うので、 ここからはトップと戦える日本が見れるんじゃないかなと思います。
――試合を見ていて、あの一員として出場したかったという想いもありましたか?
それは思いましたね。すごく悔しかったんですが、ロシア戦で満員の客席を見た時に、「もういつやめてもいい」と思いましたね。あの景色が本当に見たかったんです。
2015年メンバーが廣瀬さんを中心に、「満席にするためにはどうすればいいか」と考え、チームが勝つしかないし、文化を作らなければいけないという想いでやってきたので、あの景色を見たときは感動しました。本当であれば、その中で試合をしたかったんですが、あの景色を見られただけで良かったです。その後も多くのお客さんが入って、 日本以外の試合でも満席になりましたからね。
――2015年のメンバーは今でも仲が良いんですか?
仲良いですよ。試合前に集まりましたし、沢木さんやスタッフメンバーとも飲みました。
――決勝トーナメントに初めて進みましたが、あそこで勝つためには何が必要だと思いますか?
文化ですね。国を背負って、自分たちのプライドと歴史を作らなければいけません。ベスト4のチームはずっと勝ってきて、代表にいるという重みが全然違うと思います。
トーナメント戦での、特に南アの気持ちの入り方は、そこのプライドが見えました。だから、ここからはどれだけ日本でラグビーが盛り上がって、来年7月のイングランド戦にどれだけの人が来てくれて、どれだけの応援をしてくれるかだと思います。日本人のみんなが応援してくれるような文化になれば、代表にいる重みも変わってくると思いますし、2019年のメンバーは、あれだけの応援を受けたので、代表の重みが分かったと思うんです。これを続けていけば、決勝トーナメントでも勝てるようになると思います。
◆苦しかったですけど色々と楽しかった
――現役時代に一番うれしかったことは何ですか?
やっぱりひとつはキャプテンをやり全勝優勝をしたことですね。あともうひとつは2016-2017シーズンに全勝優勝をした時です。キャプテンをやった2012-2013シーズンは、エディーさんから監督が変わった最初のシーズンでしたし、キャプテンとして結果を残さなければいけませんでした。エディーさんは僕に色々と期待を持ってくれていたので、それでしっかりと勝たなければいけないという想いがありましたし、大久保直弥さんが僕をキャプテンに選んでくれて嬉しかったですね。
その後、なかなか結果が出ないシーズンが続きましたが、沢木さんがサンゴリアスに戻ってきて、キャプテンも流となって、僕としても優勝に貢献できたという自負があったので、嬉しかったです。
――キャプテンをやり、なかなか結果が出なかった時が辛かった時期ですか?
苦しかったですけど、色々と楽しかったですよ。様々なハプニングがあって楽しかったです(笑)。逆に優勝している時は、毎週良い感じで進むので、それはそれで良いんですけど、ラグビーを十何年やってきて思うことは、ありとあらゆるハプニングがあった方が面白かったです(笑)。いま思えば、そういう時の方が記憶に残っているかもしれないですね。
――その状況を楽しめるということは、苦しかったことはないということですよね
あくまでも人生のひとつとして楽しんでいました。
――真壁選手は日本人離れした体格があって、そういう選手がもっと増えてこないと世界では勝てないのでしょうか?
僕もそう思っていましたが、そうじゃないのかなって思います。もちろんフィジカルは大事ですけど、フィジカルは鍛えようによっていくらでも鍛えられるし、もっともっとスキルとか日本の勝ち方を学べばいけると思っています。トレーニング方法がどんどん進化していますし、それによって実力が均等化しているので、昔みたいに体が大きい選手がいれば勝てるというラグビーではなくなりましたね。
体が大きくて動けるのが一番いいんですけど、そうじゃなくても勝てる方法はあると思っています。5~6年前のラグビーと今のラグビーでは全然違いますし、考え方を変えないとついていけなくなるなと、試合の解説などをしている時に思いました。
――どこが一番違うんですか?
スキルと、戦い方などナレッジの部分です。もちろんナレッジや戦術があっても南アみたいに勢いでバーンって全てを凌駕してしまうというパターンもラグビーの面白さなんですけど、そういう相手に対してどういう戦術を立てるか、色々なことを考えられるようになったと思います。それに、ラグビーは頻繁にルールが変わるので、また戦い方な ども変わってくると思っています。
今度はキックのルールが変わるみたいで、詳しいことは分からないんですけど、ダイレクトタッチが緩和されて、キックでもっと前進できるようになるみたいです。だから、もっとキッキングゲームが増えると思います。そうすることによって、フォワードのコ ンタクトを軽減できるので、危険が少なくなるんです。
それによって、これまで交代を考えたメンバー構成だったり後半で使える選手をリザーブに入れるようなメンバー構成だったのが、80分間戦える選手を揃えた方が強くなるんじゃないのかなって思います。そうなれば逆に体格が大きい選手は不利になるのかなって。
◆サントリーのウイスキーと言えば
――今後、仕事ではどんなことを目標にしているんですか?
まずは会社で営業をしっかりとやって、お酒に関してどのように世の中で流れているのかを、まずはしっかりと掴みたいと思います。今までは漠然とは分かっていましたが、しっかりと踏み込んではいなくて、実際に踏み込んでみたらお酒が厳しい状況にあることも分かってきましたし、そういうものを自社で持っているという責任の部分が変わっ てきました。
今まではラグビーがベースにありましたが、今は自分の商品と金額の部分をしっかりと見なければいけません。正直、その責任はスポーツよりも重いと思っていて、そこをしっかりとやっていかなければいけないと思っています。営業でそういうところをしっかりとやった後に、自分のやりたいことに進めるようにアクションしていきたいと思っています。
――自分がやりたいこととは、どんなことですか?
ウイスキーです。ウイスキーのプロフェッショナルとなり、社会でも名前が知られるようになって、「サントリーのウイスキーと言えば、真壁だね」と言われるようになりたいですね。そのための啓蒙活動であったり、アウトプットする活動とかをやりたいと思っています。
会社の顔になるということは、名前を知られる怖さや辛さがあって、それは分かるので、そういう部分ができる人になりたいですね。
――ラグビーとの繋がりは?
そこが難しいところですよね。まずは仕事ややりたいことをやるためには、一度ラグビーから離れることも必要かなと思っています。僕の営業活動の時には利用すると思いますけどね(笑)。
――改めて、お酒の良さは何ですか?
やっぱりみんなが良い顔をするじゃないですか。そこだと思いますよ。酔っぱらってダメな部分も見たりしますが、もともと潤滑油で、人の話をスムーズにしたり、談話する時、何かの会がある時、そういう場には必ずあるじゃないですか。だから、確実に人を楽しくさせるものだと思っています。もちろんお酒を飲めない人もいますが、飲まなくてもその場が好きという人もいて、そういう部分を作れる商品だと思います。ウイスキーは深みもあってハマる人もいますし、世界的にもブームになっているので、そういうところに携わっていきたいと思っています。面白いことがたくさんできると思いますよ。
――ラグビーの良さは何ですか?
同じです。人を感動させることができるものなので、ノーサイドという文化があることによって、色々な人が感銘を受けて、「スポーツって良いな」って思ってくれることによって、その人の楽しみにもなって、感動して、自分の人生を楽しくするためのひとつの道具になると思います。
やっているプレーヤーもそうだと思います。自分の人生に目標を作ることができるし、やっていて仲間もできますし、要するに、人生を潤す手段としては最高だと思っています。
――サンゴリアスのメンバーへのメッセージをお願いします
みんなは僕のことを自由人だと思っていると思いますが(笑)、その通りで、自由で自分勝手で、チームのことを考えていないんじゃないかって思っている人もいると思います。僕の役割としては、自分の存在を示すことだと思っていました。人には必ず役割があって、そのチームでの仕事があって、必要じゃないという人は1人もいないと思います。だから、その役割から逃げずにしっかりと全うして欲しいと思います。
あと、本音を言えば、最近はみんなで色々なことをワイワイやって仲が良いと思うんですが、試合に出ていないメンバーはもっともっと闘争心を出していいんじゃないかなって思います。試合に出ていないメンバーは何ができるかという話が出て、対戦相手の分析をしたり、対戦相手のプレースタイルを真似たりして、そういうことはすごく良いと思うんですが、それだけじゃなくて、もっとバシバシやってもいいんじゃないかなって 思います。
――最後に、ファンへのメッセージを
ラグビーをやっていて思ったことは、思いのほかファンがいるなと感じました(笑)。本当にありがとうございました。僕はファンの人に見てもらえるからラグビーをやっていた、ということもあったと思います。先ほども言いましたが、セミナーをやれば各地から参加してくれる人たちがいて、それが力になりましたし、やらなきゃいけないという責任をくれた存在だったので、嬉しかったですね。これからもぜひ皆さんに日本のラグビーを広めていって欲しいなと思います。あと、ファンからのプレゼントで一番嬉しいのはウイスキーなので、それはこれからも受け付けます(笑)。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]