2019年11月 1日
#660 小川 秀治 『ジェネラリストが僕の生きる道』
常に静かに黙々と自分の仕事を全うしている小川秀治ヘッドトレーナー。その佇まいの奥に、どんな気持ちが潜み、どんな情熱が溢れているのでしょうか。真面目なことを話しながらも、笑いの絶えないインタビューとなりました。(取材日:2019年10月上旬)
◆コンディションは注意深く見ている
――ラグビーワールドカップ、トレーナーとしてはどこを見ていますか?
難しい質問ですね(笑)。基本的には普通にラグビーを楽しんで見ていますが、違う視点という意味で言えば、サンゴリアスの選手のコンディションの部分は注意深く見ていると思います。日本代表のトレーナーが事前に選手のコンディションなどの情報を教えてくれるので、その点を見ているのと、試合中は怪我なく終わって欲しいという思いで見ています。
――日本代表との情報共有については、これまでもあったんですか?
そうですね。代表の活動期間の時には、随時、情報共有してもらっています。
――その視点から、サンゴリアスの選手たちはどうでしょうか?
メディカルの視点で言えば、みんな大きな怪我なく戦えているので、すごく良い状態だと思っています。
――より具体的に言えば、どういうところを見ていますか?
表情であったり、ちょっとした仕草は見ていますね。事前情報があるので、そういう見方になっているのかもしれませんが、クラブハウスでいつも見ている表情と違ったりすると、気になりますね。
――気になった点があると、日本代表のトレーナーに伝えたりするんですか?
そこで連絡をしたら日本代表側としたらやりにくいと思いますし、そこは日本代表のスタッフを信頼しています。日本代表から選手のコンディションの情報が来るというのは、こちらからのアドバイスを求められているわけじゃなく、「今はこういう状態ですよ」と教えてくれているという感じです。ただ、長期離脱になれば、「では、サンゴリアスでリハビリをして、いつ頃の復帰を目指しましょう」というやり取りになります。
――いちファンとしてワールドカップを見ていると、どういうことを感じますか?
本当に素晴らしい選手たちが、本気でハードワークしている姿は本当に感動するので、この盛り上がりが定着してくれればいいなと思います。
◆細かな部分にこだわる
――前回のワールドカップからこれまで良い強化ができたから、選手たちはワールドカップで良い結果を残せていると思うのですが、一緒にサンゴリアスでやってきてどう思いますか?
もともと僕がサンゴリアスに来る前から"細かな部分にこだわる"というチームのカルチャーがあったと思います。また、いまは色々な情報が溢れているので、各チームでやっていることに、大きな違いはなくなってきていると思います。その中で、ちょっとした差の積み重ねでチームの勝敗が決まったり、選手のコンディションが決まったりしていて、そのちょっとした差を積み重ねる文化がサンゴリアスにはあるんです。この4年間も選手、スタッフがハードワークして、小さな積み重ねをしてきたからこそ、サンゴリアスを代表してジャパンに行っている選手たちの活躍があるんだと思います。
――細かなこだわりとは、どういう部分ですか?
練習のスケジューリングであったり、ちょっとした選手とのやり取りであったり、ジムのプログラムであったり、本当に細かなところまで気を遣うというのが、当たり前の文化になっています。
――海外のチームと比較するとどうですか?
多くのチームを見たわけではありませんが、サンゴリアスの方が優れているという部分はあるように感じます。それは他でやっていることを受け入れない、受け入れられないということではなくて、ちょっとした差を生むための細かな気遣いなど、優れている部分は多いと思います。
◆自分だけで抱えない
――ラグビーのメディカルは他競技と比較して先端を行っているのではと思いますが、実際にやられている側からしてはどう感じていますか?
チームのオフ期間中に他の競技を見させてもらい、他競技が取り組んでいることで素晴らしいこともありましたし、僕らが取り組んでいることで素晴らしいこともあって、どちらも感じることができました。
競技の特性もあると思うんですが、ラグビーは怪我が多いスポーツですし、選手のコンディションが結果に直結するので、怪我をさせないためのシステムが年々レベルアップしています。ラグビーコーチやS&Cの協力もあり、怪我自体も少なくなってきていると思います。
――怪我は少なくなっているんですね
僕はサンゴリアスで6年目になるんですが、怪我の件数は6年前より約50%減少しています。ラグビーコーチやS&Cの協力であったり、選手自身の練習に対する準備やリカバリーが徹底されてきたので、徐々に減ってきているんだと思います。
――ラグビー自体がより速く、より強く、より大きくなっているにもかかわらず、怪我が減っていることは素晴らしいことですね
体が大きく、強くなって、競技としては怪我のリスクが高くなっていると思うんですが、怪我を抑えるシステムをブラッシュアップできていることは素晴らしいことだと思います。
――そういう流れになっていることに対して、トレーナーとしてはどういうところの質が高くなっていると思いますか?
メディカルとS&Cとラグビーコーチが上手くリンクして、よく話し合った上でひとつの形になっていて、トレーニングの強度、量、内容とその精度も上がってきているので、怪我が少なくなっているんだと思います。
昨シーズンと今シーズンと比較しても、昨シーズンはあるポジションで15件くらいの怪我が出たんですが、今年のカップ戦ではそのポジションでは1件だけでした。S&Cの強化であったり、グラウンドでの練習のボリュームのコントロールであったり、あとは練習の準備の部分であったり、そういうところが徹底されて上手くいった結果だと思います。他のチームでもやっていることだと思いますが、自分一人で問題解決できないので、抱え込まずまわりと協力して、その精度を上げて徹底することが大切だと思います。
◆自分の力でチームを良くする
――サンゴリアスで6年やっていて、一番嬉しかったことって何ですか?
やっぱり優勝した時ですね。2016-2017シーズンと2017-2018シーズンの2年連続2冠を経験させてもらいました。トレーナーとして、シーズン終盤に怪我をしている選手が少なくて、コーチ陣がセレクションしたい選手を決勝の舞台に立たせることができ、尚且つ優勝という結果が出たので嬉しかったですね。シーズンによっては、決勝の舞台に立たせられてもベストのコンディションじゃなかったり、決勝の舞台に立たすことができなかったりすることがあるんです。
――逆に辛かったことはありますか?
どうですかね。日々ハードワークしていて、週末に良い結果が出ると、全てが報われることを分かっているので、辛いことも乗り越えられるかなと思います。選手が頑張ってくれていますし、ずっと勝てないという状況にはなっていないので、有難い環境だと思います。
――サンゴリアスには個性的であったり、目立つ選手やコーチが多いと思うんですが、小川トレーナーは陰で支えているというような印象を受けます。それは敢えてそういうスタイルなんですか?
サンゴリアスは、選手もスタッフもスペシャリストの集団だと思います。僕はキャラクター的にもキャリア的にも、スペシャリストというよりはジェネラリストだと思っています。それが僕の生きる道でもあると思っています。トレーナーは人と人とを繋いだり、選手同士を繋いだり、コーチと選手を繋いだり、円滑にチームを進めることが求められると思います。なので、もちろんスペシャルなスキルがあることもすごく大事なことだと思いますが、自分のキャラクターと色々と考えた上で、今のスタイルでやっています(笑)
――どういうことも大きく受け止めるような感じがしています
確かに、指摘されることにイラッとするよりも、「確かにそうだな」って思うことの方が多いですね。
――ラグビーはコミュニケーションが大事なスポーツなので、選手としたら自己主張をしなければいけないと思いますが、上手く自分の殻を破れずにいる選手に対して、ジェネラリストの立場をとっている小川トレーナーから、選手がスペシャリストになるためのアドバイスはありますか?
選手として生活していることに尊敬しかありませんが、受け身の感覚ではなく、自分の力でチームを良くするという考え方に変わることができれば、壁を突き抜けることができるかもしれないかなと。例えば、サンゴリアスの小川秀治というマインドではなく、小川秀治がいるサンゴリアスというマインドで日々を過ごすことが、選手には大事なのかなと思います。
◆メディカルの部分の新たな視点の精査
――今シーズンの目標は?
チームとしては優勝です。メディカルチームとしては、髙澤先生、永山先生、歴代の先輩トレーナーの方々が作り上げてきたサンゴリアスのメディカルの文化に、僕の色を加えさせてもらおうと思っていて、成功体験を壊すことって難しいと思うんですが、そこに縛られず、よりサンゴリアスが進化するためのメディカルチームが作れたらいいなと思っています。
――自分の色とは、例えばどんなことですか?
ヘッドコーチが新しくなることによって、色々な変化が出ると思うんです。これまでのサンゴリアスの大事な文化があるので、それを壊さないように変化を出していかなければいけないと思っています。ただ、新たに入ってくる人の客観的な視点も大事だと思っていて、サンゴリアスの文化を大事にしつつ新たな視点を受け入れていけば、サンゴリアスはこれからも進化していけると思うので、メディカルの部分の新たな視点の精査が僕の役割でもあるのかなと思っています。
――新たなことを学ぶ楽しみもありそうですね
そうですね。自分がもう一度成長できるチャンスが来たと思っています。
――将来的な目標は何ですか?
あまり遠い将来を描いてはいないんですが、自分がやりたいことができないのは嫌なので、どうなりたいと言うよりかは、自分のやりたいことができる環境に身を置きたいと思っています。40歳手前になって、器のようなものはできてきていると思うんですよ。僕というビールジョッキはできてきているので、あとは、そこに良いビールを注ぐだけだと思います(笑)。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]