SPIRITS of SUNGOLIATH

スピリッツオブサンゴリアス

ロングインタビュー

2019年10月11日

#657 石原 慎太郎 『笑顔でやっていこう』

ラグビーワールドカップ開幕後もバックアップメンバーとして黙々とトレーニングを積みながら出番を待っている石原慎太郎選手。その心境や目指している姿について訊きました。(取材日:2019年9月下旬)

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◆まだ終わりじゃない

――ラグビーワールドカップ2019の日本代表バックアップメンバーとなっていますね

そうですね。日本代表には帯同していませんが、こちらのトレーニング量などを伝えたり、向こうから「これくらいの強度でトレーニングをしてくれ」というレビューが来たりして、逐一連絡を取り合っています。

――ワールドカップメンバー31人に入れなかった時の心境はどうでしたか?

もちろん選ばれたかったですけど、僕が怪我をしていた1年間でしっかりと積み上げていた選手がいることも分かっていました。そういうことを分かった上で直前の網走合宿に呼ばれたので、出来るだけのこと、目の前のことに集中しようと思って取り組みました。

31人に選ばれなかった時は、不思議と悔しくはなくて、「なぜ選ばれなかったのか」を3~4週間考えています。僕のポジションだと怪我人が出たらすぐに呼ばれることになると思うので、まだ頭の中のスイッチが切れていなくて、悔しさも感じていないのかなと思っています。要するに、僕の頭と体はまだ終わりじゃないと捉えているんだと思います。

――直前の網走合宿に呼ばれたときは嬉しかったですか?

網走合宿の前の合宿で怪我人が出て練習を成立させるために呼ばれて、その時は2日間しかなかったんですが、そこで良い評価をしてもらえたから網走合宿にも呼ばれたと思うので、それに対しては素直に嬉しかったですね。2019年のワールドカップについては常に頭の中にあったので、脇さん(サンゴリアスGM)から連絡が来た時に、素直に喜んでいる自分がいました。

――合宿での手応えはありましたか?

手応えというものは何もなくて、僕が復帰してからは、どの道が代表復帰に繋がるかが分からない状態だったので、本当に目の前のことにフォーカスしてやっていました。サンゴリアスでのパフォーマンスが良かったかは分かりませんが、フォーカスをサンゴリアスに当てられたことが自分のパフォーマンスにフォーカスできた要因だと思いますし、結果的にそのパフォーマンスを日本代表メンバーが見てくれて呼んでくれたんだと思います。目の前のことに集中していたら繋がっていったという感じですね。

――以前から目の前のことにフォーカスすることはできていたんですか?

いや、前からじゃないですね。僕はずっと周りの目とか、将来のこととか、怪我をしていたのでラグビーができなかったらどうなるんだろうとか、先のことばかり考えていたんですが、その期間があったからこそ、目に見えないことに不安を抱えても意味はないなと気づけたと思います。僕は楽しいことが大好きですし、常に笑っていたいと思っているので、だったら目の前にある楽しいことを見つけて、それを楽しめばいいんじゃないかなと考えるようになりました。怪我の期間で色々と考えて、そうなれる自分に出会えたので、良い時間だったなって思っています。

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◆きっと良いことがある

――周りの目を気にしていたところから自分自身にフォーカスする考え方に変えるのは本当に大変だと思います

いやー大変でしたね。けど、楽しいことなんて腐るほどあるじゃないですか。だからネガティブなことばかり考えているなんて時間の無駄だなって思ったんですよ。

――性格が変わったと思いますか?

変わったかどうかは分かりませんが、周りから「落ち着いたね」って言われたりします。以前まではカリカリしていて、嫌なことがあったらずっとグチグチ言っていたりしましたからね。本で読んだんですが、寝ている時って寝る寸前に考えていたことを考えているらしいので、その日あった良いことや楽しいことを思い浮かべながら寝るようにしています。それからは悪夢を見なくなりましたし、目覚めも良くなりました。

――負を正に逆転させることは素晴らしいことだと思います

僕の家族や周りに負の状態から立ち直った人って多いんですよ。僕の母親もそうで、僕の父親は僕が生まれて6ヶ月の時に亡くなったんです。母親は成蹊大学の英文科を卒業して専業主婦をやっていたんですが、僕は姉がいて、子どもが2人になったら突然稼ぎがなくなりどうしようとなった時に、謎に司法試験の勉強を始めたんです。そうしたら合格して、僕の中では合格した時点でゴールだと思うんですが、そこから自分で会社を作って働いていますからね。

よく「ああいうことが起きなければ、司法試験にチャレンジしようとも思わなかった」という話をしますし、今は仕事に生きていますし、楽しそうですよ。僕が怪我をした時に「きっと良いことがあるわよ」「結果としてこうなって良かったって思えることがあるよ」と言ってくれました。

あと僕の婚約者もずっと支えてくれて、彼女もめちゃくちゃポジティブなんです。周りの人たちがポジティブに支えてくれたから、考え方が変わる良い機会になったのかなって思いますね。

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◆あの歓声はラグビーならでは

――ワールドカップが開幕したら一気に盛り上がりました。この盛り上がりをどう感じていますか?

嬉しいですよ。ずっとワールドカップに出るつもりで準備をしていたのでチケットは購入していなくて、家でテレビで試合を見たり、パブリックビューイングに呼ばれて試合を見たりしているんですが、いたるところで放送されていて、良かったなって思いますし、みんなが盛り上げってくれているのが嬉しいですね。僕の近くには「メンバーに選ばれなくて残念だね」と励ましてくれる人もいますが、それ以上にみんなが楽しんでいる姿を見ると嬉しさが出てきますね。

――ラグビーの素晴らしさをあらゆる試合を通じて見せてくれていますよね

会場には初めてラグビーを見に行く人ばかりではなくて、各国から試合を見に集まっていますし、イングランド対アメリカ戦で脳震盪で退場することになった選手に対して、みんなが拍手を送ったりしていて、そういうカルチャーの部分が他のスポーツよりもラグビーの方がより顕著に出ているのかなって感じます。
あと、それぞれのチームのファンが勝手に応援しているという感じじゃなくて、1つ1つのプレーに対して何万人という観客が同時に「ワー」とか「ウォー」って声を出すのは、他のスポーツにはないんじゃないかなって思います。

僕もラグビーを始めた時に、「サッカーみたいな応援はないんだ」って思ったんですけど、あの歓声はラグビーならではですよね。1つ1つのプレーにみんながリアクションして、良いスポーツだなって思いますよね。

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◆ブレていない

――日本代表の活躍を見ていて、どう感じていますか?

ロシア戦はパブリックビューイングに呼んでもらい見ました。僕もその場には立っていないのであの雰囲気は分かりませんが、ユタカ(流大)とかとメールしていて、あの「緊張した」なんて言わないユタカが「緊張してマジで吐きそうになった」って言っていましたからね(笑)。淡々とプレーしているように見えましたが、とてつもない緊張を抱えながらプレーしていたんだなって思いましたし、ましてユタカは緊張したなんて口に出すようなタイプじゃないので、やっぱりそういう雰囲気だったんだなって思いました。そして、その中で9番を背負って出て、更にパフォーマンスもしっかりと発揮しているので、あいつの大一番での集中力やキャプテンシーはすごいなと感じました。

――他のサンゴリアスの選手についてはどうですか?

スタートで出ていた、ユタカ、亮土(中村)、幸太朗(松島)は先発に相応しいパフォーマンスをしていましたし、途中から入ったヘンディ(ツイヘンドリック)も起点になるプレーをしていたので、みんな良かったと思います。北出は同じポジションに堀江さん、坂手とずっと代表に呼ばれていた選手がライバルですし、"ノンキャップラガーマン"と言われて31人に選ばれましたが、絶対にチャンスはあると思います。

あいつは黙々と準備するタイプなんですよ。前回のワールドカップが終わって、敬介さん(沢木/前サンゴリアス監督)がサンゴリアスに戻って来た時に、北出はずっと扁桃腺が腫れて風邪ひいたりしていたんですが、昨シーズン終了の納会の時に、敬介さんから「一番成長したのは北出」と言われていましたし、あいつはブレずに1人で黙々とやり続けるんですよ。「何やってんの?」って言われるようなこともブレずにやり続けるので、だから今もあいつはブレていないと思いますよ。

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――ということは、周りから信頼を得られるような動きをしているんでしょうね

直接本人の口から聞いたわけではありませんが、あいつこそ誰かのためにやっているんじゃなくて、ちゃんと「自分がこうなりたいからやっている」と感じるところがあります。周りにこれだけやっていますってアピールすることも大事かもしれませんが、それ以上に「自分がこうしたい」とか「こういう選手になりたい」という想いを持ってやっているんだなって伝わってきますね。

初めからそういう選手だったわけじゃなくて、サンゴリアスでも試合に出られない時もありましたし、リザーブからの出場が多かったりもしましたけど、そんな中でも結果としてワールドカップメンバーに入っているのはあいつなので、色々なことを乗り越えてきた人間は強いのかなって思います。

――石原選手にもチャンスが巡ってくると良いですね

僕としては呼ばれるつもりでいるので、頭の中では「いつかな?」、「あれ今週じゃなくて来週かな?」とか「じらすねぇ」とか思っていますよ(笑)。

――そのための準備をずっとしているんですね

ずっとですね。クラブハウスなどでトレーニングをして体が動けるようにしておけば、先のことまでは考えていませんが、それが何かに繋がると思っています。

――日本開催のメリットとして、急な招集があってもすぐに駆け付けられるということですね

電車で行けるレベルなので(笑)、それが大きいですよね。それが頭のスイッチが切れていない要因でもあると思います。

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◆やりたくてやっている

――最近また何か新しいことをやっているんですか?

最近、鼻呼吸の本を読んでいるですよ。一般的向けの内容なのかなって思ったんですが、トップアスリートに推奨している呼吸法みたいで、鼻で吸って鼻で吐く呼吸法です。それをやると、パフォーマンスが変わって人生が変わるという話で、それを読んでから寝る時も口に×のシールを貼って鼻呼吸を取り入れています。

人間は生活している中で酸素を吸いすぎてしまう、呼吸過多の状態みたいなんですよ。体の中に酸素が98%くらいある状態なんですが、酸素を体に巡らせるためには二酸化炭素が大事で、だから酸素がたくさんあっても二酸化炭素が少なすぎると、体に酸素が回らないんですよ。

なぜそのような状態になっているかというと、ストレスとか他の要因もあると思いますが、口呼吸をしているからなんです。そして、どうすれば二酸化炭素が増えるかというと、呼吸の量を減らすことなんです。もともと人間が必要とする酸素と二酸化炭素の量に戻すことができれば、グラウンドでも高地トレーニングをしてるような状態になれるそうです。だから走っている時も鼻呼吸をするようにしているんですが、これがキツんですよ。それを越えると何かが見えてくるらしいんですが、今はいつ越えるのかなって状態です。

本の中にも書いてあるんですが、歌手やアナウンサーなどのよく人前で話す人は口呼吸になりやすいそうです。ただ、ラグビーって試合中にずっと喋っているので、どうやったらラグビーで活かせるのかなって考えています。今はトレーニングで実践してベースを作っていけば体が変わってくると思うので、そうやっていくことが大事かなって思っています。いま3週間くらい実践していて、最初は寝られないと思いましたが、イビキもなくなって寝相も良くなりましたし、朝の目覚めが良くなったと思います。

あと最近思うことが、本などを読んで色々な情報を得て、そこからステップアップしていくためには誰かに会わないと吸収できないのかなって思っています。情報を得てベースがある状態で実践している人に会うことで、吸収できるようになるんじゃないかなと思うので、誰か鼻呼吸を取り入れている人を教えて欲しいです(笑)。

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――ワールドカップでの日本のラグビーに向けてメッセージをお願いします

掲げてきたベスト8という目標はプール戦の残りの試合で勝たなければ成し遂げられないと思いますし、僕は直前合宿しか参加できませんでしたが、他のメンバーはそれ以前から積み重ねてきたものがあると思います。先ほども言いましたが、ただ単に先への不安を抱えても仕方がないですし、大きなことを成し遂げることへの不安って自ずと大きくなると思うので、「これに勝ったらどうなるのか」と逆の発想をしてもらいたいと思います。日本開催なので色んなプレッシャーもあると思いますが、目の前のことにフォーカスすれば、結果は自ずとついてくると思います。

――自身のラグビーについては?

笑顔でやっていこうと思いますよ。最近、目標というものがなくて、目の前のことをやっていくという考え方ですね。大前提として、ラグビーは僕がやりたくてやっていることで、昨年1年間できなかったことを存分にやっているという感覚です。

ワールドカップメンバーの31人に入れなかったことに対しても、本当に悔しくないのかと言われれば悔しい部分もあるかもしれませんが、再度その候補に入れたこと、その場に立てたことも嬉しかったですし、トップリーグの新シーズンに向けて準備していることとか、ワールドカップが終わって代表メンバーが戻ってくることとか、そういう準備期間も楽しんでいるので、みなさんにはそういう楽しんでいる姿を見てもらいたいなと思います。

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(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]

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