2019年9月20日
#654 有賀 剛 『何を大事にすべきか、何を変えるべきか』
コーチになって3年目、徐々に落ち着いた雰囲気を醸し出し始めた有賀剛コーチは、いま何を課題として、何を目指しているのでしょうか。ワールドカップ直前に話を訊きました。(取材日:2019年9月上旬)
◆トップリーグに繋がるカップ戦
――トップリーグカップ2019では有賀コーチから見たチームの状態はどうでしたか?
これまでの形とは違い、選手とスタッフが一緒になって作り上げていこうという部分に関しては良かったと思いますし、チームとしても手応えを感じていると思います。
選手が意見を言いやすい環境を作れたこともひとつですし、最終的には選手が納得してやらないと上手くいかなかった時に色々な声が出てきてしまうので、もちろんコーチはしっかりとした答えを持っていなければいけないと思いますが、その中で違う視点からの違った意見を聞きながら、最終的に何が一番良いかを作っていくことが出来たんじゃないかと思います。ただ、最後で勝てなかったですからね・・・。更に良くしていかなければいけないということだと思います。
――選手にはどういう変化が見られましたか?
コーチ陣はリーダーシップメンバーと密にコミュニケーションを取っていたので、そこでこれまでよりも多くの発言が出てきました。発言をするということは、より考えなければいけませんし、責任感が出てくると思うので、選手全体で言えば、充実していたんじゃないかと思います。
バックスに関して言えば、選手の人数がギリギリの中でやっていたんですが、今シーズンの春から成長した選手がたくさんいて、1月のトップリーグに繋がるようなカップ戦だったかなと思います。
――成長したと思う選手は誰ですか?
一番はタロウ(竹本竜太郎)です。彼は31歳ですが、春シーズンが始まる前にしっかりとトレーニングをしてきていましたし、僕が見てきた中で長期間大きな怪我をしないで戦えたことは初めてだったと思います。あとタロウは、亮土(中村)とカジ(梶村祐介)が日本代表合宿でチームを離れていた中での戦いでしたが、次のトップリーグでは2人に対しても良い競争をして欲しいと思います。
他には、健太(塚本)も良くなりました。健太は1年目の頃が一番良かったと言われていましたが、ようやくその壁を破るようなパフォーマンスや成長を見せてくれたと思います。ただ、カップ戦の準決勝でこれまで通りのパフォーマンスが出せず、消極的になってしまったところがあったので、そこは次への課題だと思います。
――戦力はアップしたと思いますか?
バックスのメンバーの底上げはできたと思うので、あとはこれから合流する選手たちのコンディションなどを見て判断しなければいけないと思いますが、総力的には上がったと思います。
◆人が変わればコミュニケーションも変わる
――コーチとして、これまで順調に来ていると思いますか?
自分では分からないです(笑)。「どうやって改善しようか」とか「あの選手がどうだったか」とか、練習の映像などを見返しながら考えて実践しているうちにどんどん時間は過ぎていきます。そういった部分で選手が良くなったり、試合で良いパフォーマンスを発揮した時は嬉しくなりますね。
――選手に自主性を持たせようと取り組んでいると思いますが、そのためには待つ時間も必要ですね
色々なやり方があると思いますが、それに対して何が一番良いかというのは、正直分からないと思います。コーチとして3年目で、僕も以前は気づいたことは全てすぐに伝えていたスタイルでしたが、やっぱり我慢して選手に考えさせた方が次に繋がることもあると思いますし、そういう部分でも模索中という感じですね。
言いたいけど我慢する時もありますし、何回も同じことを繰り返す選手にはちゃんと言わなきゃいけないと思うので、選手1人1人のキャラクターや性格を理解してやっていくことが大事だと思っています。
――選手を理解するためにどうしているんですか?
プレーや練習の態度などを見ていると分かります。選手との面接も行ったんですが、選手によっては「なかなかチャンスがない」と不満に思っていることもあるかもしれません。けど、試合の次にアピールする場は練習なので、僕らはそこで評価するしかないんです。
僕が練習の時にどういうところを見ているかと言うと、もちろんプレーも見ますが、選手同士がどういうコミュニケーションを取っているか、選手が変わっても同じコミュニケーションを取れているか、そういうところを見ています。だからメンバーに入った時だけコミュニケーションを取っても安定したパフォーマンスには繋がりませんし、実際にそういうことを指摘した選手もいました。やっぱり人が変わればコミュニケーションも変わるので、そこでどれだけ人に歩み寄れるかという部分が、バックスの中でもまだ課題なのかなと思います。
あと日本人選手だけじゃなく外国人選手ともグラウンド外で何を話して、どうしたいかを共有しなければ、絶対に同じ絵は見られないと思います。密にコミュニケーションを取って、お互いの考えを理解しなければミスが起きます。そのために僕が間に入っても良いですし、誰か英語が話せる人が間に入っても良いですし、次はそういったところまで踏み込んでいって欲しいなと思っています。
◆良いコーチになるために
――コーチ3年目となり、「コーチとはこういうものか」と分かってきたことはありますか?
コーチのことはまだ分かっていないと思いますが、「ラグビーはこういうものなんだな」とは分かってきたと思います。2年間を敬介さん(沢木/前サンゴリアス監督)と一緒にやらせてもらって、もちろん怒られたこともありましたが、練習メニューひとつとっても「こういった考えで、こういうメニューを作っていかないとダメだよ」と教えられたこともありますし、見よう見まねでやったこともありました。
選手が良い選手になるためにやるべきことがたくさんあるのと同じように、良いコーチになるためにやらなければいけないことがたくさんあって、見る目であったり、笛の吹き方であったり、練習を仕切る能力であったり、セッションでのコーチング能力であったり、そういう必要な能力がいくもあると思います。今までは自分が仕切るとなった時に、仕切ることばかりを考えて、選手がどうだったかを見ることが出来ませんでした。だんだん慣れてきて、練習で笛を吹きながらも起こったプレーに対して指摘できるようになったり、状況を把握できるようになったり、ようやくそういうことも出来るようになってきたかなと思います。
――そこはコーチをやっていて面白いところですか?
面白いですね。「こうすれば良かったな」「あれはプレーを止めない方が良かったな」「止めてちゃんと言った方が良かったな」とか、毎日、試行錯誤しています。
――コーチングも毎日改善されているんですね
大事なことは、自分自身もフィードバックをもらわないといけないと思います。人って自分自身を美化するので、他人がどう思っているかということが大事で、自分のコーチングに対してもフィードバックしてもらいたいと思っていますし、そこで気づくこともあると思います。選手やチームの課題だけじゃなく、コーチとしての自分の課題もちゃんと理解しないと向上できないですよね。
◆全員がまだ同じ絵を見きれていなかった
――コーチングしていく上でのモチベーションは何ですか?
選手に助けられている部分が大きいですね。そこも面白さのひとつだと思います。すべてを自分で決めてやっていくよりも、色んな意見があって、選手によっては「こうした方が良いじゃないですか?」とか言ってきてくれるので、その中でやっていくのは面白いと思います。
みんながコミュニケーションが上手なわけではないですし、僕自身も上手だとは思わないですし、「コミュニケーションが大事」と言うけど踏み込んで話をするのが苦手な人もいるでしょうし、そこに難しさを感じますね。それに、選手の中には「自分のパフォーマンスがあまり良くなかったから、今回は発言するのを止めよう」とか感じてしまうこともあると思うので、そういうところに割って入っていくのが僕なのかなと思います。僕自身がそれをできているか別にして、そういう意識でやるようにしています。
また、今シーズンはスタッフ間でも、これまでよりも密にコミュニケーションが取れるような新たな取り組みをするようになりました。実際にカップ戦まで取り組んでみて、もっと良くできる方法があると思うので、これから更に良い取り組みにするために上手く改善してやっていければと思いますね。
――今後の楽しみは何ですか?
チーム全員で勝利を分かち合うことですね。バックスに関して言うと、チームを離れていた選手たちが戻ってきますし、新たに加わる選手もいるので、カップ戦を戦ったメンバーがどれだけチャレンジできるのかというところも見ものですね。
――カップ戦で勝てなかったポイントはどこだと思いますか?
レベルが高くなればなるほど1つのプレーの重要度が高くなると思うんですが、選手とスタッフを含めて、全員がまだ同じ絵を見きれていなかったのかなと思います。コミュニケーションを増やして、選手とスタッフが一緒になって作っていく形の中で、お互いが話し合って納得して同じ絵を見ないといけないと思います。
――コミュニケーションがコーチングとしてのテーマになりそうですね
そうかもしれないですね。選手だけじゃなくコーチ、スタッフも新しい人が入ってくる中で、これまで大事にしてきた文化であったりスタイルなど、何を大事にすべきなのか、何を変えるべきなのか、そういう部分のズレがないようにしないといけないかなと思います。
◆神戸製鋼を倒す
――ワールドカップ日本代表のメンバーが発表になり、サンゴリアスからは5名の選手が選ばれました
今は全力でやることが大事だと思います。ワールドカップ後にチームに戻ってくるわけですが、キャラクターや疲労度は選手によって違いますし、そういう選手たちだけで戦うわけではないので、春からサンゴリアスで一生懸命成長した選手たちにも必ずチャンスはあると思います。
――残念ながらワールドカップメンバーに選ばれなかった選手もいますね
次に向けてやるしかないです。もちろんワールドカップに出られないことに対して色々な想いがあると思いますが、決してそれまでの経験は無駄じゃないですし、逆にこの経験をハングリーに変えてくれると思います。
――次に向けての目標は?
神戸製鋼を倒すことです。もう負けられないというか、良いラグビーをやっていますし、雰囲気も良いので、そこにスタイルとカルチャーを融合させて、「自分たちはこれだ」というのをしっかりと作って、共有していくことが大事だと思います。そしてしっかりと勝つことです。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]