2019年8月28日
#651 中村 亮土 『これまで積み重ねてきた多くの点が線で結ばれた』
このインタビューは日本代表の網走合宿直前に行いました。合宿を経て31人のワールドカップ代表選手が決定するというタイミングでしたが、地に根を張ってどっしりとした中村亮土選手がいました。(取材日:2019年8月中旬)
◆積み重ねてきたもの
――いまの心境は?
これまでは「怪我をしないように」とか「怪我をしたらどうしよう」という思いが精神的に大きな割合を占めていたんですが、いまはどちらかと言うと「自分のベストを出すために」という気持ちの方が大きくなっていて、それを準備する期間が今回の網走合宿だと思っています。なので、この網走合宿でワールドカップに向けての準備を整えていきたいと思っています。ワールドカップメンバーへのセレクションに対しての気持ちは、怪我を不安視していた時よりも薄くなっていて、今は自分の中でどうやってベストな状態を作るかということを考えています。
――怪我を不安視していた時はどういう心境だったんですか?
サンゴリアスでの昨シーズン終盤に怪我をしてしまって、また同じ怪我をしたくないという思いが2~3ヶ月間くらいありました。でもその不安が消えたというか、自分の状態も整いつつある中で不安が消えて行ったので、時間が解決してくれたんだと思います。同じ怪我をしたメンバーがその怪我を繰り返したりしていたので、「自分自身も繰り返してしまうんじゃないか」という怖さがありました。
――本当であればもっと積極的に行きたい場面でも抑えていた、ということがあったんですか?
練習ではそういう思いもありました。そこで不安であったり自分自身に不満を抱くことはありませんでしたが、外から見ていてどう感じられたかは分かりませんけど、「全部を出し切っていないな」とは思われていたかもしれません。
――そう思われているかもしれないということに対する心配はありませんでしたか?
感じていないと言えば嘘になるかもしれませんが、自分の中で「今は大丈夫」「今はその時期じゃない」という思いがあったと思います。
――ということは、自信があったということですか?
自信はありましたね。それまで積み重ねてきたものがあったので、自分のベストを出せる状態になることができれば負けない、という思いがありました。
◆ひとつひとつの積み重ね
――その自信を持てた「これまで積み重ねて来たもの」とは何だと思いますか?
どん底ではありませんでしたし、これまで辛い時期を味わってきた中での"今"なので、当時感じていた思いというのは小さなネガティブなことであって、乗り越えられないものではないと感じていましたし、自分がもう一度もとに戻るまでの準備期間だと捉えていたので、そこで「自分の100%を出さなくても良い」という楽観的な考え方がありました。
4年前に感じた自分自身に足りないものとしては、キャッチやパス、細かなキックなどのスキルとラグビーの理解力だったと思います。プレッシャーがかかる状況の中で、如何に普通にプレーできるか、そのプレーをするための準備が足りなかったと思います。その準備とは、試合が始まるまでの準備もありますし、実際に試合でキャッチする前の準備もあります。そのスキルの部分とラグビー理解力の部分が、上手く組み合わせられるようになったと思います。
当時は、そもそもスキルと理解力が上手く組み合わせられていないと感じられていなかったと思います。ある程度パスもキックもタックルもできて、それぞれのプレーを点として捉えていたんですが、全体の試合の流れの中で「もっと上手くできる」「もっとこういうことを考えながらプレーできる」ということが、分かるようになってきたんです。
――それはサンゴリアスでも言われていたんですか?
敬介さん(沢木/前サンゴリアス監督)からも言われましたね。そのお陰もあると思います。よく「速い判断をしろ」と言われていましたし、そしてざっくり言うと「ラグビーの勉強をしろ」と言われていました。当時は、しているつもりだと思っていましたけどね。あと、サンゴリアスの周りの選手を見ていて気付いた部分もあります。ギッツ(マット・ギタウ)やコスさん(小野晃征)、ヤスさん(長友泰憲/現広報兼普及担当)など経験値のある選手を見て気づくこともありましたし、実際に話を聞くこともしました。だから、これというものはなくて、本当にひとつひとつの積み重ねだと思います。
――積み重ねていく過程は楽しいですよね
めっちゃ楽しいですね。ラグビーを点と点じゃなく、全体として捉えるようになってからラグビーの奥深さを知りましたし、もっとラグビーのことを知りたいという思いが湧いてきました。これまで積み重ねてきた多くの点が線で結ばれたというイメージかもしれないですね。例えば、ディフェンスでもタックルだけじゃなくその前のプレーであったり、試合前のシーンからこの選手はこういう動きをするということを予測しながら動いたり、そういうことを含めてプレーできています。いまはそれが当たり前になっていますが、当時はそれが新しい発見でしたし、新しい楽しさが見えたと感じていました。
――それを感じたのは時期的にはどのくらいでしたか?
2年前のサンゴリアスでのシーズンです。それ以降もポイントポイントでありますが、そこが一番自信になった大きい部分だと思います。
――その時点でワールドカップまで2年あったわけですが、そこからこうしていこうと決めたことはありましたか?
いや、もうそこの突き詰めだと思っていました。これまで1つしか予測できなかったことが、2つ予測できるようになったり、相手がこう来るかもしれないと予測できる枠がどんどん大きくなっています。
――いまは楽しみしかない状況ですか?
楽しみしかないですね。頭の方は準備ができているので、あとは体をベストな状態に持っていって、どう体と頭を一致させるかだと思っています。いまもある程度は動けていますけど、まだ自分の中でもっとできる部分があると思っているので、これから始まる網走合宿でフィットできるようにしていきたいと思っています。
◆底が上がってきた
――日本代表でいくつかテストマッチをやりましたが、チームとしての状態はどうですか?
チームの底が上がってきたと思っています。一番悪い時のパフォーマンスでもテストマッチで戦えるような力はついてきたと思います。いままではベストなパフォーマンスを出さないと勝てなかったり接戦まで持って行けない状態でしたが、先日行われたパシフィック・ネーションズカップでも勝つことができましたし、底が上がってきたと感じています。
――何が良くなったと思いますか?
トータルで見て一番良くなったところは、フィジカルだと思います。6月から7月にかけて行われた宮崎合宿で、相当なハードワークをしましたからね。かなりキツかったですよ(笑)。
――その宮崎合宿はサンゴリアスでのトレーニングよりもキツかったですか?
1ヶ月とか1ヶ月半の単位で見たら、ラグビー人生の中で一番キツかったですからね。4年前の宮崎合宿を経験した選手でさえ、そう言うと思います。いま振り返っても、めちゃくちゃキツかったですし、毎日「うわっ今日も始まる」って感じだったんですけど、実際にトレーニングをしていると毎日100%を出す自分がいて、それが1ヶ月半続いたので、合宿を終わった時にはすごく自信を持つことができました。なんだかんだ頑張ったなって思いますよ(笑)。
――それだけの期間で毎日100%を出し続けられるということは、自分の中での100%が上がっていっているということですよね
そうだったかもしれませんね。それこそ僕だけじゃなくて、みんながそうやっていたので、チームメイトのことをとても誇らしく思いました。合宿中には思えませんでしたが、合宿を終えてみて「みんな、よくやったな」と思ったので、チームとしての一体感も得られたと思います。
◆ディフェンスでどう体を張れるか
――ワールドカップではどんな姿を見せたいですか?
見ている人から信頼を得られるようなプレーをしたいですね。見ている人からもチームからも「こいつだったら大丈夫」と思ってもらえるような選手になりたいと思っています。見ている人が「スゲー」って思う選手って、チャンスで必ずトライを取ったり、相手のタックルを吹っ飛ばしたり、アタックで活躍している姿が多いと思うんですけど、チームの中で信頼される選手って、ディフェンスでどう体を張れるか、どう立ち振る舞えるかだと思うので、そういう部分でチームに貢献できる選手になりたいですね。
いまの日本代表で言えば、アタックで素晴らしいプレーをする選手はたくさんいて、そこでは僕の出る幕はないと思うので、それ以外の部分で僕ができることって、そういう選手たちを活かすことだと思っています。周りの選手がトライを取れるような動きであったり、もっと走れるような仕掛けであったり、組織的なディフェンスができるようにパイプ役になったり、ディフェンスでいち選手として体を張れたり、そういうところでしっかりと仕事をしたいと思っています。
――もしネガティブな状況になった時にはどうなると思いますか?
ネガティブなことに対しては、どうも思っていないですね。もしそういう状況になったとしても、大丈夫な精神力はあると思っています。そこに関しては、自分のことを信頼しています。失敗しても受け入れられる自分がいると思いますし、そこでめげたりクヨクヨしたりするような自分ではないと思っています。そのメンタルの部分はこれまでの積み重ねというよりは、僕の根本的な部分だと思います。もともとポジティブということがありますし、自分を信頼しているからこそこれまで積み重ねられたんだと思います。
――もともと自分を信頼しているのはなぜですか?
それは本当に分からないんです。小さい頃から自分のことは信頼していたというか、自信がありましたね。
――自信があってやってみたら上手くいったということの積み重ねではないんですか?
いや、違うんです。それであれば、社会人1~2年目の一番キツい時期を乗り越えられなかったと思いますし、いまのような状況にはなれていなかったと思います。ずっと「自分を裏切りたくない」「自分の軸をぶらしたくない」と思い続けてきましたし、「そういう人間でありたい」と思い続けてきました。ネガティブな状況になっても「落ち込む自分は嫌い」とか「落ち込むような自分になりたくない」とか、そう自分に言い聞かせてきたので、いまの自分があるんだと思います。
「落ち込む時間が無駄」とか「頑張ってネガティブにならない」という思いはなくて、上手く表現できませんが、人にも自分にも負けたくないのかなと思いますね。精神的な強さを見せたいというわけではなくて、大舞台になればなるほど、その精神的な部分が出てくると思いますし、そういう人間が好きな人には何か伝わるんじゃないかなと思います。いま話していることは、これまでここまで突っ込まれることがなくて、自分でも「なんでだろう?」と考えながら話しているので、上手く表現できていないかもしれないですけど、まあ、僕の性格なのかなって思います。
――自分の性格を一言で言うと何ですか?
負けず嫌いです。
――トップになる選手たちはみんなが負けず嫌いだと思いますが、それでも落ち込むことはないんですか?
僕はそんなに深く考えていないと思います(笑)。・・・でも、もちろん考えたり悩んだりしますけど、それは弱みを見せるのと同じだと思うので、絶対に他の人には見せないようにします。ですけど、他の人が悩んでいて弱みを見せてくれた時などに、「あ、こいつは強いな」と思うこともあります。そうなんですけど、逆に僕がそれを他の人にしようとする時には、自分の中で「自分は弱いな」って思っちゃいますね(笑)。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]