2018年8月24日
#599 松井 千士 『松井千士がいるから会場に足を運びたいと思われる人に』
7人制ラグビー日本代表として「第18回アジア競技大会」(8/18-9/2@インドネシア)に参加中の松井千士選手。MVPを獲得した直前の「アジアインビテーショナル」大会の3日後、セブンズそして15人制に向けての意気込みを聞きました。(取材日:2018年8月8日)
◆セブンズMVP
――セブンズの「アジアインビテーショナルセブンズ2018」(8/4-5@北海道)でMVP、手応えがあったと思いますが、セブンズの活動はどうでしたか?
セブンズを始め直して8週間くらいでした。始めた時は感覚がまだぜんぜん戻っていませんでしたが、そういう中で今回、MVPを獲得できたことによって自分の中で自信がついてきました。ワールドカップ(7/20-22@アメリカ・サンフランシスコ)の時点では感覚が戻っていなくて、まだまだ世界との差があると感じました。
――セブンズの前に今シーズンはブランビーズ戦にも出ていますね
復帰の試合がブランビーズ戦でした。沢木さん(監督)には「しっかりブランビーズ戦に出て、力を出せるかを見てから、セブンズに行って来い」と言われていました。ブランビーズ戦でトライは取れませんでしたけれど、自分の中で良いランニングはできたと思いますし、15人制の感覚も戻っていたと思うので、そのまま7人制に行って来い、となりました。良い形でリハビリも終わったのかなと思います。
――ワールドカップでの具体的な手応えはどうしたか?
セブンズをやっていたのは2年前だったんですけれど、ワールドカップに出て明らかに分かったことは、世界のレベルが上がっていると感じました。
サンゴリアスでしっかりと鍛えてきたことは自信になっていたんですけれど、7人制ではまた違った取り組みをしていかなければいけないと感じました。日本のレベルも上がっていましたけれど、やっぱり世界もレベルが上がっているんだなと感じました。
――その後の大会でMVPを獲得できた要因は何だと思いますか?
いまヘッドコーチをやられている岩渕さん(健輔)が、徐々にセブンズの試合に慣らせてくださって、始めてから日が経っていないのにワールドカップに選んでもらって、世界のレベルを感じることができました。そういう中で良い意味で自信が打ちのめされた部分があって、また一からやっていかなければいけないということを感じて、今回は気持ちの入り方も違ったと思います。
――以前15人制では「準備が大事」と言っていましたが、今回のセブンズでの準備はどうでしたか?
15人制の話をした時の準備の部分もそうですし、7人制に入った時も「準備、準備」と凄く言われています。7人制の準備は何かと言われたら、開始1~2分でゲームが決まってしまう時もあるんです。キックオフでボールを取られてそのままトライを取られたら、前後半7分ずつしかないので、開始の30秒~1分の中で決まってしまう。ですので準備の部分はいま、とても意識しています。
――セブンズではある程度できたということですか?
そうですね。それを意識してできたことが今大会のMVPに繋がったと思います。
◆タッチ回数が増える
――準備のやり方が身について来ている感じですか?
そうですね。15人制の時のパターンと、7人制の時はまた違うと感じます。
――分かりやすく言うと、どこが違うんですか?
15人制で言えば40分、40分を集中すればそれで終わりなんですけれど、7人制は1日に2~3試合やるので、1日目の初戦が終わってすぐリカバリーをするという次の試合の準備。その日3試合終わっても2日目にまた朝から試合があるので、毎日リカバリーです。負けたとしてもすぐに切り替えないといけないし、勝ったとしても喜んでばかりはいられない。そういった意味で15人制と7人制の違いは感じます。本当にそこはハードだと感じます。
――そうすると若い方が良いんですか?
いまのチーム内で活躍している選手は、ベテランの方が多いと思いますね。どちらかと言うと若手の選手よりベテランの選手の方が、7人制のノウハウを分かっていて活躍しているイメージが僕の中ではあります。
――1日に3試合あっても、キックオフ直後から全力で、とりあえず1試合で出し切るんですか?
そうですね。出し切ります。
――それでリカバリーしてまた出し切るんですね
めちゃくちゃハードですね。2日目の朝の試合は体が動かないんです。それはみんなが分かっているけれど、それでも意識をして取り組んでいます。2日目の1試合目に勝たないとベスト8にはいけずに、ベスト16のトーナメントの方に回ってしまうので、その試合でどれだけ体が動くかが、いまの代表の課題でもあるし自分の課題でもあります。
――そこを目指しているということは、合宿でも相当ハードということですか?
そうですね。サンゴリアスの練習もとてもハードで、体をぶつけ合ったり走ったりする練習も多くて、僕も自信をつけて行ったんですけれど、セブンズにはやっぱりまた違ったしんどさがあると思います。何回も何回もスプリントしなければいけないし、人数も少ないので練習が回ってくる早さも違いますし、全面で7対7をやるのでスペースも広いですし、そう考えるとやっぱりハードだなと思います。
――そのハードさを味わいながらもセブンズのどこが面白いですか?
自分の強みであるスピードは15人制でも活かせる部分は多くあると思いますが、7人制ではよりボールタッチ数が増えます。僕はどちらかと言うとボールを持ってランニングするところが強みだと思っているので、そういう部分でタッチ回数が増えることが、僕の中で楽しいと思います。
――アジアの試合では先発で出ていましたが、先発の方がやりやすいんですか?
やっぱり先発の方がやりやすいと思いますね。ワールドカップの時はリザーブから入る形だったんですけれど、正直先発で出ている方が良いなと思います。よく言うんですけれど、後半から出る方がしんどいという感覚は僕の中ではあります。
後半から入ると「チームを助けないと」と思ってしまう気持ちで余計に動いてしまって、走らなくて良いところで走ってしまうということがあります。先発から出ていたら考えて、むだな消費をしないように気をつけるので、気持ち的には後半入るより先発で出た方が良いかなと思います。
◆スピードだけではない
――その面白さを15人制に持ってくるとどうですか?
15人制で言ったら狭いスペースをスピードで切り裂くという部分に、僕の中ではひとつの重きを置いていて、狭いスペースでも自分のスピードを活かして相手を抜き去るというところが楽しみです。
――その部分、ブランビーズ戦での手応えはどうでしたか?
ブランビーズ戦でひとつ良かった点は、キックカウンターの部分で相手にターンオーバーをくらってすぐキックを蹴られて、そこから塚本さんと僕で抜いて行って最後に村田さんがトライしたシーンです。それは狭いスペースを2人で抜いて行ったという部分で、怪我明けでしたがブランビーズ戦に向けての対策もしていましたし、そのことが活きたところだと思います。
――今年の課題は何ですか?
フィジカルの部分もそうですけれど、1年を通してしっかりやっていきたいと思います。そしてもっと引き出しを多くしたいと思います。1年目の時はフィジカルをつけてスピードを活かすという部分があったと思うんですけれど、スピードだけでは生きていけない部分もどんどん出てくると思うので、キープやパスもできる「松井千士はスピードだけではない」と思われるプレーヤーになって行きたいと思っています。
――その部分は個人練習もしているんですか?
そうですね。キックやパスの部分もそうですし、いまセブンズの方ではランニングコーチをつけてもらうように話をしてもらっています。ステップの切り方など、いろいろとあるランニングコースの中でも強みとなるのはいま1つか2つくらいしかなくて、それだと徐々に相手に分かられてくると思います。
自分が「松井千士を止めるなら」と考えたら2パターンくらいしかないと思うので、もっと3つ4つ引き出しを持っている選手の方が止めにくいと思うので、そういう武器をこの2年目に身に着けたいと思います。
――ディフェンスはどうですか?
ブランビーズ戦では最後に良いタックルをしてゲームがフィニッシュしたという部分では、とても良かったと思いますが、7人制に入ってやっぱり1対1の部分がどんどん増えていって、いまはタックル成功率が悪いところが課題です。
でも、7人制のあんなに広いスペースで1対1がどんどん上手くなれば、15人制は幅もどんどん狭くなっていくし自分の止めるスペースもどんどん狭くなるので、そういう意味で良い刺激になると思います。
◆世界は広がっている
――足も速いけれど、喋りも速いですよね
そうですか(笑)。もっとゆっくり話します。
――速くても良いのですが、それは自分のリズムなんですか?
そうですね。僕は頭が良い方ではないと思いますが、ラグビーのことで自分のことは知っておきたいと思っています。自分の強みもそうですが、何よりも弱みもそうです。そういう意味で、それが強みかは分かりませんけれど。
――例えば、強みはリズムの速さで、更に加えた方が良いのはチェンジオブペースとか?
そうですね。一気にスピードで抜いて行くことしかしていないというか、それが本当に強みだと思うので、スピードチェンジも大切ですね。セブンズでもそうですが世界に出たら、僕はとびっきり足が速い選手ではありません。
日本人の中では速いと言ってもらっていますが、世界に出ると100mの選手がいたりNFLの選手がいたりして、とんでもなく速くてやっぱり追い着かないですし、追い着かれます。何かテクニックで相手の足を止めないと、そのまま一緒に走っていても追い着かれるので、そういうテクニックも学んでいきたいと思います。
――コースや引き出しを増やしていくということを含めて、もっと広がる可能性を、どのようにイメージしていますか?
僕が考えているのは、いまサンゴリアスで7人制も15人制もやっているのは僕しかいなくて、そういった部分でどちらの世界も知っているのは僕だけしかいません。誰もが経験できるわけではないですし、チャレンジできているのも僕だけしかいないので、その部分で世界は広がっているのかなと思います。
いまは15人制から離れてしまっているので、みんなからしたら「試合にも出にくいだろうな」とか「15人制の感覚も戻さないといけない」という話もあると思うんですけれど、僕からしたら、みんなが国内でやっている間に7人制で世界を経験できているということは、僕のまた1つの強みだと思っています。
◆セブンズで経験したことをウイングに
――今シーズンの具体的な目標は?
昨シーズンは怪我で途中離脱してしまったので、本当に当たり前のことかもしれませんが怪我をしない体づくりをして、1年を通してサンゴリアスの戦力になれるように、戦力になると言えばつまり先発で出続けられるような選手になりたいと思います。まずはセブンズで経験したことを絶対に15人制でも出せると思うので、ウイングに戻ってその経験を出して行きたいと思います。
――怪我をしないためにはどういうことに気をつけますか?
1年目の時もセルフケアはしていたんですけれど、もっとできたと思えた1年でした。「あのようにしていればあの怪我はなかったのかな」とか、この大怪我をした時は正直防ぎようがなかったかもしれませんが、シーズン途中で肉離れをして、学生の時はそういうことがなかったので、体重や筋力が増えたことによって怪我をしたこともあると思います。そういったところで、もっとケアができた部分があったと思いました。もっとプロ意識を持ってやりたかったと思います。
――サンゴリアスの「考えるラグビー」の実感はどうですか?
グループで話し合っている中で、自分から発言する若手選手もいますし、僕自身も2年目でより発言していこうという意識も出てきました。セブンズに行った時に感じたことは、2年前に学生で行った頃は発言した覚えが正直なくて、殻に閉じこもってしまっている部分が多くあったなと思ったんです。
けれど、サンゴリアスというチームに入って2年目になって、セブンズではぜんぜん経験が浅いかもしれませんが、セブンズをもう1回始め直して、いまどんどん発言しているということが僕の中でもあります。
2年前からやっていた人たちからも、「どんどん発言をしてチームを良くしようと思ってくれている」と言ってもらえましたし、そういう部分でサンゴリアスに入ったからこそ、コミュニケーション能力も高くなったのかなと思います。
◆何よりもメダル獲得
――来年はワールドカップ、再来年にはオリンピックがありますが、中期的に見た目標はありますか?
2019年は15人制をやっているからには、いまは日本代表には呼ばれていませんが、やっぱり目指したいと思います。2015年の時にはセブンズの活躍を見て、エディーさん(ジョーンズ/前日本代表監督)から15人制の方の代表に1ヶ月ほど呼んでもらえることもできました。
そういうこともあるので、7人制のステージから15人制に行くことは絶対にないことではないと思いますし、7人制で活躍すれば15人制の代表への道に繋がって行くと思うので、そこはしっかりアピールしていきたいと思います。
そこから2020年は2016年の悔しい想いもあるので、メンバーに入ることもそうですが何よりもメダルを獲得することを目標にしています。それをしっかりやっていきたいということが、いまの目標です。
――最終的にはどうなりたいですか?
プレーを真似しようというわけではなく、サンゴリアスでもそういう選手はいっぱいいると思いますが、僕が目指したいと思っている選手はヤマハの五郎丸(歩)選手で、「五郎丸がいるから見に行こう」とお客さんを呼べる選手だと思います。
いま「松井千士がいるから試合を見に行こう」と会場が埋まるわけではないですし、家族や友人くらいしか見に来てもらえてないと思うんですけれど、五郎丸さんだったらスタジアムを埋められるほど来るというところで、そういう人が本当にプロだと思いますし、子どもたちもそういう世界に憧れると思います。本当に笑われるかもしれないですけれど、「松井千士がいるから会場に足を運びたい」と思われる人に、このサンゴリアスのチームでなりたいと思います。
――将来的にプロもあり得ますか?
そうですね。もともとプロ意識もあってサンゴリアスに入って来ましたが、社員だから優勝できないというチームではないということを、サントリーが学ばせてくれました。プロチームだから優勝できるというわけではないので、このチームだったら社員でやっていても自分を成長させてもらえるんだなと思っています。僕の強みはスピードなので、そこで魅了できるような人になりたいと思います。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]