2018年6月22日
#590 鈴木 伸行 『いつか日の丸を』
学生トレーナーから正式なサンゴリアスのトレーナーとなった鈴木伸行トレーナー。「常に必死だけれど、めちゃくちゃ楽しい」というトレーナーの日々と将来への夢を語ってもらいました。(取材日:2018年6月13日)
◆学生トレーナーという制度
――サンゴリアスは何年目ですか?
一応、正式には今シーズンが新任という形になります。スタッフの一覧やホームページに「鈴木伸行」という名前が載ることに関しては初です。もともとのスタートは学生トレーナーとしてサンゴリアスに来ていました。それが7年前です。サンゴリアスの中に学生トレーナーという制度が始まった2年目で、僕は学生トレーナーの2期生になります。今もそうですが、1年という期間の中で、週に1~2回くらい実習をやらせていただきました。
――当時のヘッドトレーナーは誰ですか?
吉田さん(一郎/元ヘッドトレーナー)でした。吉田さんがサンゴリアスに来てから、「学生トレーナーを実習という形で呼ぼう」となったそうです。学生トレーナーとして、吉田さんや田代さん(智史/前ヘッドトレーナー)に1日1個は質問しようと思いながら、学ばせてもらいました。
――実際に何をしていたんですか?
学生の時は、グラウンドでのウォーターの担当と治療の見学やサポートです。今の学生は選手のマッサージもしているんですが、当時は見て学んで分からないことがあったら聞いて、テーピングの準備をするという感じでした。
――見ていてどうでしたか?
正直、僕はラグビーをやったことがなかったので、外国人選手が何人もいて、ラグビーチームはこんな感じなんだと思いました。当時はラグビーというスポーツ自体もあまり知らなかったので、チームに入っていくことを難しく感じていました。どちらかと言うと、見学しているお客様という感じでした。
◆サッカーでキーパー
――自分で経験しているスポーツは?
小学校2、3年生から高校までサッカーをやっていました。小川さん(秀治/ヘッドトレーナー)と一緒です。もっと言ったらゴールキーパーで、小川さんもキーパーだったんです。
――ゴールキーパーはトレーナーになりたがるんですかね
どうなんですかね(笑)。小川さんの言葉ですが、キーパーもトレーナーも「~のため」、「~のおかげ」にはならないけれど、「~のせい」にはなる。負けた時にトレーナーのせいにはなってしまうということです。リハビリはトレーニングと違って、マイナスな部分を抱えている選手をできるだけゼロあるいはプラスな状態にしてチームに戻すことが目的です。キーパーも失点は数字として残るけれど、スーパーセーブは数字として残らないみたいな共通点があるかもしれません。
――なぜゴールキーパー選んだんですか?
太っていたのでキーパーになりました(笑)。ただ、キーパーを嫌だと思ったことはなく、大好きでした。キーパーは1つしかないポジションなのでそのスペシャル感と、記録には残らないけれど最後の砦という責任感やプレッシャーにワクワクしていました。自分がゴールを決められなければ負けはしませんからね。
――ゴールキーパーとしての実力はどうだったんですか?
個人としては全然上手ではありませんでした。一応、1回だけ茨城県で優勝したことはあります。
◆勉強が楽しいと初めて感じた
――なぜトレーナーを目指したんですか?
高校3年の進路を決める時に、スポーツに関わりたいという思いがありました。スポーツに関わる仕事は何があるかと考えた時に、チームに月に1回トレーナーが来てくれていて、そういう職業があるのかと思って鍼灸の専門学校に入りました。
――鍼灸を学んでみてどうでしたか?
初めて人体の勉強をして、興味深くとても楽しかったです。勉強することが楽しいと、初めて感じたのがこの時です。鍼灸の専門学校に3年行き、その後にトレーナーの専門学校に2年行きました。
――鍼灸だけでなくトレーナーについても学んだのはなぜですか?
鍼灸だけでトレーナーの世界に行こうと思っていたんですが、アスレチックトレーナーという資格がないと日本代表やオリンピックに帯同することは難しいかもしれないということを知りました。鍼灸の国家資格とトレーナーの資格を持つことが、将来目指しているところにたどり着くためには必要だと思い、トレーナーの専門学校に行きました。
――それは日本を代表するアスリートの治療をしたいということだったんですか?
そうですね。もちろんサンゴリアスでも全力を尽くします。けれど、選手が日本代表を目指すように、やるからにはいつか日の丸を背負いたいと思っています
◆インプットできてアウトプットできる
――トレーナーの資格も取れた後は?
もともと僕はサンゴリアスに来るにあたって、まず田代さんに相談しました。「将来トレーナーとして働きたい」と話をしたら、田代さんから「1年間、鈴木の働きを見てきた。学校を卒業する段階になって、まだ気持ちが変わっていなかったら、また話をして欲しい」と言われました。
ラグビーは防具をつけずに行われるコンタクトスポーツで、頭から足の先まで様々な怪我があるので、トレーナーのスキルとしてまずラグビーを診られたら、他のスポーツを診ることになっても慌てることはないんじゃないかと思っていました。そういう思いもあり、田代さんと同じトレーナーを派遣している会社に入れてもらいました。
ただ、その会社に入ったからと言って、すぐにサンゴリアスの常勤トレーナーになれたわけではありませんでした。僕はまず、いま日本代表のトレーナーをしている青野さん(淳之介)がヘッドトレーナーをしていたセコムのラグビー部に行くことになりました。5年間セコムに行きながら、サンゴリアスにもスポットという形で週に1~2回来ていました。
――その期間はどうでしたか?
僕にとっていろいろなことを学べた期間でした。サンゴリアスでインプットできて、セコムでアウトプットするという、学べる場所と試せる場所が1週間の中にありました。
――その当時、サンゴリアスでは選手に触っていなかったんですか?
選手には触らせてもらっていましたが、自分で何かをリードしてやるというよりは、選手の症状を聞いたり、吉田さんや田代さんから指示をもらって動いていました。学べるところと、実際に自分でリードして出来るところがあったのが凄く良い経験でした。そしてその後、成城大学のラグビー部に行ったり、会社が運営する治療院に行ったり、その間でサンゴリアスに来たりしていました。
◆リハビリ、治療、グラウンドワーキング、マネジメント
――トレーナーとしての1日のスケジュールは?
今の時期は午後に練習することが多いので、朝6時や7時ぐらいから夜までクラブハウスにいます。
――充実していますか?
はい、めちゃくちゃ楽しいですね。サンゴリアスに入ってプレッシャーを感じながら、自分で考えて実際にやってみて、上手くいったり上手くいなかったりする中で、上手くいかなかった時に、なぜダメだったかを考え、「次は絶対これで試そう」ということを繰り返しています。
――怪我には選手側の問題や環境の影響など、トレーナーがアンタッチャブルな部分もあるんじゃないですか?
そこも含めて、全ての選手の母親のように、こうした方が良いとアドバイスをしたり、その言い方であったりテーマの設定の仕方を考えて対応しています。そのテーマが食事であれば金剛地さん(舞妃/管理栄養士)からアプローチしてもらったり、ウエイトであれば俊さん(西原俊一/S&Cコーチ)や翔(吉浦/S&Cコーチ)にお願いしたりして、いろいろな方面からしっかりとモチベーションを上げていけるような、マネジメントや準備をするということが大切だと思っています。
――選手自身が創るものをお手伝いする、というスタンスですか?
そうですね。基本的にリハビリのプロフェッショナルとして選手を診ていますが、ストレングスに関してはS&Cコーチの方が面識も知識もあるので、ウエイトのプログラミングをお願いしたりしながらスケジューリングしていくという形です。
――リハビリ以外のトレーナーの仕事は?
練習前にテーピングを巻いたり、練習を終えた選手の治療であったり、あとはグラウンドワークです。小川さんが今やっているマネジメントというのもあります。ドクターが関わってくる中で、どうチームをマネジメントして行くかということも、トレーナーとしての仕事です。
◆毎回違う
――今は主にリハビリを担当しているんですね
そうですね。リハビリを面白いと言ったら変かもしれませんが、毎回違うから面白いと思います。当たり前なんですが人間なので、相手が毎日同じテンションではありませんし、同じ怪我でも選手によって症状の訴え方が違います。痛みに強い選手と強くない選手がいて、それに対して本質を考えた上で、どうやってリハビリを組んで行くかということが面白いですね。
――痛みに強い選手と強くない選手では、アプローチの仕方が違いますか?
そうですね。痛みに強い選手にはブレーキを利かせながら上手くやって行くことが必要で、あまりやり過ぎないようにすることを考えることも必要です。
強くない選手に関しては、痛めている患部にフォーカスしてしまいがちなので、他の個所を意識させながらやると、そのセッションが終わった後に、「ほら、結構動いているでしょ」「あぁ、本当にそうですね」となることもあります。選手のキャラクターに合わせたやり方で良くなる時もあります。
学生の時から長いことチームに関わっているので、付き合いの長い選手は、年下であっても軽い感じで接してくることもありますが、タイミングを見て、そのノリに乗ったり、意識して真面目に接したり、オンとオフをしっかりとして締めるところは締めるという方針でやっています。
――外国人選手に対してはどうですか?
日本人と変わらないと思うんですよね。もちろん自分の体のことを分かっている選手が多いですが、基本的にはいち選手として、プロだからとか外国人選手だからということは意識していません。
◆選手が自分でしっかりやる
――これまで診てきた中で、印象深い選手は?
現役時代の剛さん(有賀/現バックスコーチ)ですかね。剛さんはもの凄く注文が多かったんです (笑)。鍼を打った時に少しでもずれていると、「そこ違う、角度が違う」と正してくれたり、「ハム(ストリング)治療してよ」と言われて、ハムストリングを触って治療を始めると、「それ、違うだろ」と、ズバッと言ってくれるんです。再度触ってみて「ここですか?」と言うと、「そう、分かっているじゃん」と言う感じでした(笑)。
――有賀コーチはなぜ分かっていたんですか?
やはり怪我が多い選手だったので、そういう感覚が鋭かったんだと思います。トレーナーに対して、「分かっているじゃん」と言える選手って、実はそんなに多くないんです。どちらかというと、トレーナーに任せている選手の方が多いと思います。剛さんのような選手を診ることができたことは、大きな経験になったと思います。
――4月から今の体制でスタートして、何か変わったことはありましたか?
まだ2ヶ月ちょっとですが、ヘッドトレーナーの小川さんはドッシリと構えていて、選手から頼まれれば治療をするというスタンスで、選手自身がしっかりと考えてケアをするような形にしていこうとする考えを持っている方です。
小川さんはアシスタントだった時から選手に対してそういう立ち振る舞いをしていたので、必然的に選手も自分で何かをしようとする意識が高まっているように思います。それはとても良いことだと思いますし、選手全体がそういう方向に向かっていると思います。
――選手がそういう意識に変わってきて、怪我をする選手も少なくなってきていますか?
少なくなっています。チームが始動して10週間トレーニングしていますが、これだけ怪我が少ないのは、なかなかないと思います。
◆パフォーマンスを上げるレベルまで
――今の課題は何ですか?
リハビリの質です。
――質を上げるためには何が必要ですか?
いまの自分だと、マイナスをゼロに近いところまでは持って行けると思うんですよね。マイナスをゼロではなく、プラスに持って行く。パフォーマンスを上げてチームに戻してあげられるレベルまで行くということは、とても難しいと思うんですが、いつの間にか元々あった自分のゼロを超えていたというのが理想だと思います。
痛みがなくなって、グラウンドに出てみたら、「あ、なんか今までより走れる、良くなっている」という、プラスにして戻してあげられるような形にまで、持っていけたらいいなと思いますし、そうしていかなければいけないと思っています。
――普通は前より下がった状態で戻ることが多いような気がします
そうですね。痛みがなく走れる状態になって戻って、そこからパフォーマンスを戻していくという形ですよね。けれど、やっぱりただ走れる状態じゃなくてラグビーができる状態にしないといけない訳なので、ちょっとでもパフォーマンスを上げられるようにということを頭に入れながらリハビリをした方が、選手のモチベーションも上がると思いますし、戻った時にラグビーコーチの目にも良い状態で映るのではないかと思います。
◆ついて行くのに必死
――今シーズンの目標は?
結果がすべてなので、優勝です。長いシーズンを戦い優勝するためには、良いパフォーマンスが出せる選手が多い方が優勝に近づくと思います。優勝できなかった時に初めて、「彼をあのタイミングで戻してあげられなかったから」とか、「彼がパフォーマンスを出せる状態にしてあげられなかったから」、「彼のあの個所の痛みを取り除いてあげられなかったから」という思いになると思います。優勝という結果が出たら、それは選手が良いパフォーマンスを出せたということだと思うので、僕らが優勝に貢献できたと思えると思います。
――優勝への自信は?
あります。チームに対してフルタイムで関わるようになってからまだ2ヶ月半ですけれど、やっぱり敬介さん(沢木監督)は凄いなと思いますし、敬介さんについていくスタッフ全員の必死さとかを見ていると、僕もそこについていくのに必死なんですけれど、スタッフだけじゃなく選手も含め全員が必死で取り組んでいるので、負ける気はしません。みんなから「お前がどの立場で話をしているんだよ」って突っ込まれそうですが(笑)。
――中期的な目標はありますか?
ラグビーにこだわらず、トレーナーとして日の丸を絶対に背負いたいと思っています。そのためには、まずここで結果を出さなければいけないと思います。目標は優勝ですが、いま怪我人が減ってきているので、シーズンを通して、これまでのサンゴリアスと比べてもいちばん怪我人が少ないシーズンにしたいと思います。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]