2018年6月 8日
#588 吉浦 翔 『選手をサポートしモチベートすることが大好き』
昨年の秋にスポットコーチでやってきて、今年は正式なコーチとしてチームに加わった吉浦翔コーチ。若くしてオーストラリアで多くのキャリアを積んできた新コーチに、その心境と目指すところを訊きました。(取材日:2018年5月30日)
◆オーストラリアと日本
――翔と書いてショーンさんですか?
「しょう」です。オーストラリアではショーンと呼ばれているけれど、日本では「しょう」です。
――オーストラリアで生まれたんですか?
東京で生まれて、横浜にずっと住んでいました。7歳まで日本に住んでいて、オーストラリアのブリスベンに引っ越しました。
――ハーフですか?
オーストラリアと日本のハーフです。お父さんが日本人で、お母さんはオーストラリア人です。でも、お母さんは日本語にも強いです。お母さんが大学時代に勉強している時にお父さんに会いました。お母さんは日本語が大好きだったので勉強がしたくて、日本に来て一生懸命勉強をしたそうです。
――今はどちらに?
両親はまだブリスベンに住んでいます。お母さんはユニカルという会社で働いていて、お父さんは "てもみん"のお店をオーストラリアで1つ持っていて、オーストラリアで働いています。
――ご兄弟は?
妹はオーストラリアの大学生で、弟はパナソニックで働いています。
◆オージーボール
――小さい時からラグビーに関わりがあったんですか?
ずっとオージーボールの選手でした。オージーボールのプロになって、プロ1年目が終わった後に一生懸命に勉強をして、ゴールドコーストにあるボンド大学に入りました。ボンド大学がレッズと契約をしていて、学生になってからはずっとラグビーに関わっていました。
――オージーボールはどうでしたか?
凄かったです。スポーツ的に全然違いますね。ラグビーより広くて、ラグビーは試合で7~8kmくらい走るけれど、オージーボールだったら16kmくらい走ります。走る量はサッカーとラグビーの、真ん中ぐらいだと思います。
――ポジションはどこですか?
ミッドフィルダーのウイングというポジションでした。真ん中のエリアでプレーするので、フィットネスが大切でした。
――いつからオージーボールを始めたんですか?
9歳の時にテレビを観ていて凄いと思いました。中学校の隣にオージーボールのグラウンドがあって、集中していました。
――学校でもやるんですか?
オスキックという子どものプログラムもあり、クラブに入ってプレーしていました。
――どこが面白かったですか?
360度のセンスが大切です。ラグビーだったら180度だけれど、オージーボールはグラウンドが楕円になっていてゴールを決めるためにどの方向に攻めてもいいですし、後ろにも前にも多くの人がいます。それはサッカーと同じです。そのセンスや、スキルのチャレンジ、キックやハンドでのボールの扱いも、フィジカルも大好きでした。
◆コーチになりたい
――どうしてプロを途中で辞めてしまったんですか?
僕はプロとしては少し難しかったと思いますし、もう少し勉強をしたいと思いました。もともとプロが終わったら、コーチになりたかったんです。プロ1年目にカットになったので、もう少し勉強をしてコーチになりたいと思いました。最終的にオージーボールのコーチングと、僕は高校の頃いつも陸上をやっていてオーストラリアの高校代表でやったりしたので、陸上のコーチもやっていて、そこからボンド大学から派遣されて、レッズの学生にS&Cを教えました。
――S&Cはなぜ興味を持ったんですか?
僕の夢は、選手をサポートし、モチベートすることなんです。それができた時は、そのこと自体が大好きでした。僕はいろいろな監督のサポートのおかげでプロになれたと思っています。だから僕は選手を引退したら、同じ様な形でいろいろな人をサポートしたいという気持ちになっていました。どうやって人は力が上がるとか、選手がまぁまぁだったらそこからどうやってプッシュするか、選手に限らず、どうやったら人が伸びるかが、僕は面白いと思いました。
――面白いと思ったきっかけはありますか?
たぶんオージーボールをやっていた時の僕のコーチですね。いつも、人はどうやって伸びるかが一番大切と言っていました。
――そのコーチはどういうふうに伸ばしてくれたんですか?
何をやっているかとか、人生についていろいろな話を聞いて、どういうふうにバランスを取った方がいいかとかを教えてくれました。こういう時はどうやって喋ったら良いかも教えてくれました。
――いま何歳で、コーチはいつからやっていますか?
いま26歳で、今年27歳になります。コーチ歴は20歳から始めたので、6年くらいです。学生の後、23歳くらいからプロのコーチになりました。レッズのアシスタントになって、そこの中でクイーンズランドカントリーというチームのS&Cをやっていて、オーストラリア女子代表のS&Cになって、アイルランドのワールドカップに行って、クイーンズランドカントリーをその後またやって昨年勝ちました。
――スタートはレッズですか?
レッズや高校です。学生時代に3年くらいやっていて、ワラビーズ(オーストラリア代表)とかいろいろなチームを手伝っていました。インターンみたいな感じです。そこから僕のオージーボールのクラブのコーチになったり、高校の陸上を手伝ったり、お金を作るためにいろいろな経験をしました。
――それをやってみて面白い、自分に合っていると感じましたか?
そうですね。学生だった時に教えて、選手たちがすぐに伸びたので「これは良い気持ちだな」という感覚になりました。タニエラ・トゥポウなどは18歳からずっと見ていて、レッズからいまワラビーズに入っていて、僕も気持ちが良いです。
――コーチになってすぐに、なぜそういうことができたのですか?
高校からスクールキャプテンだったので、いろいろな若い子に教えていたんです。「これは良いね」という考えが繋がって、僕はコーチになりたいと思いました。もともとコーチが合っていたんだと思います。
――キャプテンとしてはどうでしたか?
大好きでした。友達といろいろなチャレンジをして、学校の文化をどう創るかに挑戦していた時が一番楽しかったです。若い子にその文化をどうやって見せるか、そして勉強やスポーツをどうやったらバランスよくできるか、をいつも考えていました。
◆毎朝みんなの状態をチェック
――いつからラグビーのS&Cコーチになることを目標にしたんですか?
レッズの1年目です。本当に良かったことは、2011年にレッズがスーパーラグビーで勝っていたことです。僕が2012年に行ってそのチームを見て、「本当に凄い。僕はラグビーのS&Cコーチになりたい」と思いました。
――何が凄いと思いましたか?
みんなが一生懸命で、どうやったら意識が高くなるのかを、お互いに協力してやっていました。
――それは選手同士がやっているんですか?
そうです。僕のボスのS&Cコーチも素晴らしくて、いろいろ勉強になることが多くて、これを自分もやりたいと思いました。
――例えば?
僕とプレーヤーがどうやって協力できるか?これが一番大切です。ストレングスのスピードのプログラムの時は、その形をどうやって作るか?もしスピードが弱かったらどうやって強くするのか?ストレングス、スピード、フィットネスだけではなくて、それとラグビーとをどうやって繋げるか?そういうことが一番魅力的でした。それぞれの選手に対して、それをやっていく訳です。
――選手それぞれとのリレーションシップなんですね
例えばボスが「この選手はどう?」と聞いて来ます。その選手のことを僕があまり知らなかったら、もっと話した方が良いなと思う訳です。僕は毎朝、みんなの状態はどうか?をチェックします。
――どうやってチェックするんですか?
選手それぞれみんな個人のデータを作っているので、それをチェックします。もし筋肉が固かったら、これは肉離れのリスクがあるかなとか考えます。選手はクラブハウスに入ったらすぐストレッチしているので、先ずストレッチをぜんぶ見ます。それで調子が悪くないかなとか、静かになっていたら疲れているか、あるいは気持ちの問題なのかとか、少し話してみたりしてチェックします。
――動きでも分かるんですか?
分かります。ウォームアップをしている時に、ちゃんとやっていなかったら何かあるということです。そこを見ています。
――人を見る目はどこで身につけましたか?
ボスにいつも聞いていました。なんで引っ張るの?なんでこの人のある部分を修正するの?とか。ボスは選手を見てこれらの行動するんですが、そんな姿を見て色々なことを学びました。その経験が活きています。
――そこの面白さはなんですか?
本当に面白くて素晴らしい経験です。そういう経験は大学でも全然できないところで、それが一番大切だと思います。学生は、大学が終わってプロのプログラムを見た時にどこを吸収してどんな経験を重ねるか、だと思います。S&Cに関して言えば、いろいろな経験をして、そこから自分でプログラムを作ることが大切だと思います。
――ということは、彼らの教え方が上手いということですよね?
プログラムも大切ですけれど、プログラムをどうやって見せるかのコーチングが、一番大切だと思います。S&Cはコーチ1人でやるのではなくてチームを組んでやるものなので、選手が伸びたらS&Cチームのコーチングも伸びて意識も上がります。それが一番大切です。
◆チャンピオンチームという形
――サンゴリアスについて、いま何を感じていますか?
本当に素晴らしいですね。オーストラリアに比べたら、サンゴリアスの方がインターナショナルスタンダードの点で素晴らしいと思います。選手の練習前の準備、そして練習をきっちとやる。練習ではいろいろなスキルをやり、スキルの後にエキストラもやって、すべてきちんとやっているのでプロだと思います。コーチングスタッフもなんでこれをやるかをきちんと伝えたり、いろいろなチャレンジをしたりもしています。それらが一番大切だと思います。
――インターナショナルスタンダードのレベルに来ていますか?
そうですね。ワラビーズを見させてもらった時と同じ感じがしています。
――今回サンゴリアスに来た経緯は?
夢は日本代表のコーチでした。最初からそれは難しいので、トップリーグのコーチをやりたいといつも考えていました。昨年レッズをやった後に、サントリーのS&Cコーチのチャンスがあると聞いたので、すぐにお願いして、こういう形になりました。
――このタイミングで日本に来ることは決めていたんですか?
そうですね。僕はいつも日本に行きたかったです。
――サントリーは知っていましたか?
知っていました。レッズでプレーしているサンゴリアスの選手たちから色々聞いていました。
キャンベル(マグネイ)はレッズアカデミーからずっと見ていて、知っていました。
――選手たちから聞いていて、実際に来てみてどうでしたか?
彼らに「サントリーはどうですか?」と聞いたら「凄い」と言っていました。僕も昨年11月にスポットコーチとしてサントリーに来て、近鉄との試合を見ましたが、本当に凄いと思いました。このチームはチャンピオンチームという形になっていると感じました。
◆ずっとサントリーで
――今の目標は?
僕はサントリーでずっと働いて、意識やレベルや文化をプッシュしたいです。
――具体的に言うとどういうことですか?
最初はレッズでの経験を活かしていましたけれど、今ラッキーなことは若井さん(ヘッドS&Cコーチ)がいて、JP(ジョン・プライヤー/スポットコーチ)もいるから、いろいろな経験ができます。彼らとどこに集中するかを今話してやっています。ストレングスのベースを上げていくとか、そこからスピードのフィジカルをカバーしていくとかのプログラムを作っています。それだけではなくで、どうやって実際のシーズン中のプレーに繋げるかもやっているので、それが大切だと思っています。
――サントリーにもなかなか伸びなくて悩んでいる選手がいると思いますが、そこはどうやったら伸ばせると思いますか?
選手と話して「何をやりたいの?」「なんでラグビーが好きなの?」「なんでラグビーをやっているの?」などを先ず聞きます。もし2019年のワールドカップを目指していたら、メンバーに入るために何をどうやって強化するのかを考える。そして自分はフィジカルを見て、ラグビーはラグビーのスキルのコーチが見て、監督に「どうですか?」と聞く。それでもう少しスピードを上げたり、あるいはアジリティを上げたりするプログラムをやってみる。ただの強さでなく、スクラムの形の中での強さを上げたいならどうやるかを考えて、選手が伸びるサポートをします。
――コーチとしてはオーストラリアの中でも若いと思いますが、その辺はどういう意識でいるんですか?
レッズにいた時はみんな笑っていました。一番近い友達は僕の同級生でプロになっていました。とりあえず、いろいろな経験はしていたので年齢は関係ないと思って、いろいろチャレンジしていました。
――代表のコーチになりたいという夢はまだ持っているんですか?
そうですね。それが一番高い目標です。だけど、サントリーを見て、こういうレベルがスタンダードだったら、ずっとサントリーでやった方が良いかなと思いました。今サントリーが良いのは選手も上手くて、スタッフのコミュニケーションも良くて、チャレンジしていることが一番良いと思います。
――良いチームとなかなか力を発揮できないチームの差はどこにあると思いますか?
選手の質という部分はあるかもしれませんが、プログラムでジムとラグビーを繋げなければいけないと思います。それが別々になったら力を発揮するのは難しいと思います。一番良いチームは皆で一生懸命になって、一緒にプログラムを作り上げることができていると思います。フィジカルのプログラムが良くてもコーチングが悪かったらパフォーマンスが悪くなりますし、コーチングが良くてもS&Cが悪かったら怪我をしたりします。皆が協力するのが一番大切だと思います。
◆フィジカルが変わったと言われたい
――日本で生活するのは7歳の時以来ですか?その頃と日本は変わっていますか?
そうですね。そんなに変わっていないですね。7歳だったけれど、いろいろな食べ物は覚えていますし、千葉県の鴨川にいるおじいちゃんとおばあちゃんの家は変わっていなかったです。会って「久しぶりですね」となって、とても良い気持ちになりました。
――食べ物は何が好きですか?
カレーです。あとは、たこ焼き、焼肉も好きです。
――日本のどこが一番好きですか?
リスペクトの気持ちです。お金に関係なく、きちんと仕事をするところです。きちんと良い仕事をするというところです。
――オーストラリアとは違うんですか?
そうですね。僕はそう思います。お父さんのマッサージをずっと見ていましたが、他のマッサージを見た時に、きちんとやっている、やっていないというのをこういうのなのかなと思いました。日本は電車も時間通りですしね。レッズのメンバーがサントリーのグラウンドに来た時、みんな「きちんとみんなやっていて、凄かった」と言っていました。常に改革があって、そこが世界的に凄いと思います。
――では吉浦翔が入って、サンゴリアスのどこが変わったと言われたいですか?
フィジカルが変わったと言われたいです。スピードや走り、コンタクトで凄いと言われたいですね。
――その自信は?
できると思います。スピードはもう少しでいい線まで行くと思うので、その上でいろいろなチャレンジをしてみたいですし、とにかくブランビーズの試合が楽しみです。絶対に勝つと思います。
――今シーズンを終わった時にどうなっていたら良いと思いますか?
サントリーの優勝、そしてサントリーから日本代表をもう少し出したいです。個人的にはS&Cのプログラムも凄いと、皆に思ってもらえていたらいいなと思います。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]