SPIRITS of SUNGOLIATH

スピリッツオブサンゴリアス

ロングインタビュー

2018年3月30日

#578 ジョーダン スマイラー 『小さいことを毎日やり続ける』

身長193cm、体重108kgの大きなニュージーランダーは32歳。遅咲きのトップ選手として、日本へ来てからも成長を続けています。来日して1年が経ったジョーダン・スマイラー選手への初インタビューです。(取材日:2018年3月12日)

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◆育ってきた環境と似ている

――ジョーダン・スマイラー選手に今度インタビューする旨を日本語の先生に話したら、「ぜひこれを訊いてみてください」と先生から質問が2つ出ました。日本語で訊きますので日本語で答えてください。最初の質問です。「昨日は何をしましたか?」

......なし!!(笑) リラックス!

――2問目です。「週末に何をしますか?」

全然わかりません(笑)。でも、今週はバリに行きます。(※ここまで日本語での質疑でした)

――では本題に。日本のトップリーグはどうですか?

日本に来る前から「日本は良いラグビーをする」と聞いていました。日本人は体がスーパーラグビーの選手と比べると小さいけれど、速いラグビーをするということは事前に聞いていました。

――その通りでしたか?

全員が小さいという訳ではないですけれど、全体的に見て小さい選手が多いと思います。スーパーラグビーは130~135kgの選手がたくさんいる中でやるので、衝突が凄く大きいですね。でも日本で実際にやってみて、フィジカルは凄くあるというのを感じました。スキルレベルが高く、特にサントリーの選手は高いです。

――日本のラグビーはやりやすいですか?それとも大変ですか?

簡単ではなかったです。他の選手から「1シーズンかかって慣れてくる選手もいるくらいだ」と聞いていて、実際にそれは間違っていないと思いました。新しいチームやカルチャーに入らなければいけないので、いろいろなことを考えながらラグビーをすることになります。家族のことや言語、いろいろなことを考えなければいけないですし、新しいことがたくさん起こっているので、1つのことにフォーカスすることは難しかったです。でも、サントリーがしっかりサポートしてくれたから馴染めました。そのことにはとても感謝しています。

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――異文化のラグビーは初めての経験でしたか?

初めてです。ラグビーの部分に関しては簡単ではなかったですが、カルチャーの部分に関しては馴染みやすくて、すぐに入ることができました。日本語の先生といっぱい話をしたんですけれど、ニュージーランドのマオリの文化と日本のカルチャーは似ています。

――例えば?

スピリチュアルなところ。日本の歴史を考えた時に、ニュージーランドと共通する部分があると思います。国も似ていて、山があって、マオリの歴史と日本の歴史で似ているものをとても感じます。人をリスペクトすること、とくに年上をリスペクトするところも似ています。日々の中で靴を脱いで家の中に入ることも似ていて、マオリもマライというミーティングの集会所に入る時は、靴を脱いで入らなければいけません。
自分が育ってきた環境と似ているから、日本は居心地が良いです。そして日本中のみんなにそういう気持ちがあるのは素晴らしいと思います。ニュージーランドはいろいろな人が入って来て、文化が少し変わってきていて、自分たちの文化が薄れてきていると感じます。自分の思っていた良い文化がなくなってきているような気がします。

――日本で一番良いと思うところは?

一つというわけではないけれど、いろいろな部分のコンビネーションで、いろいろな人の親切な接し方や、全員に対して凄くリスペクトしてくれるところ。財布や鞄を無くしてもその場に置いてあるか、必ず安全な場所に届けてくれているし、リチャード・カフイとも話しましたが、6年間日本にいてとても安全な国だと言っていました。

いずれここから離れなければいけない時、来て欲しくはないけれど来るかもしれないその時には、今まで日本でやってきたものがニュージーランドでも全く同じようにできなかったり、リラックスできなかったり、安全だと思っていた部分を、ニュージーランドに帰ってみて感じるのではと思います。今、本当に良い環境にいます。食べ物も好きだし、全部大好きです。

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◆マルチプレーヤー

――ラグビーは難しくなかったようですが、自分の力はかなり発揮できましたか?

ロータックルで速く来て、そこで高く行ってしまうと足を取られてしまう。上のアッパーボディとかコアな部分で当たるのは慣れていたんですけれど、下に入られてしまうのでそこの部分が違いました。

それで、ボールキャリーの仕方を、少し変えなければいけなかったです。コンタクトのスピードの部分で、今までよりフットワークを使わなければなりませんでした。フットワークを使って、コンタクトの時はパワーをしっかり使う。オフロードのチャンスがあれば、しっかり狙って行かなければいけないし、それはシーズンの終わりくらいに段々できるような感覚になっていきました。

自分を出せたかと言ったら、まだ出せていません。それを次のシーズンで、しっかり出せるようにしなければいけないです。どういうことが期待されているか?求められているか?を理解して、ハイレベルな練習をいつも維持するようにしています。

それはいつも自分でしようと思っていることですが、サントリーの練習はいつも厳しいです。ですからプレシーズンにしっかり良い練習をして、良い準備をする。自分としても、チームとしても、次の試合までにやらなければいけないことを明確にして、試合で全てを出すことが大事だと思います。

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――今の時点で得意なことはなんですか?また、課題はなんですか?

動けるところです。オールラウンダーであること。スピードを使って、ラインアウトのジャンプや、ラインアウトのスキルも含めた空中のスキルを持ち、いろいろなポジションをカバーできるというのは自分の強みだと思います。自分は4番から8番までカバーできます。ロックやバックローをやっても、そのポジションのベストを出せる自信があります。

日本へ来て、フィジカル、ボールキャリー、タックルを少し変えなければいけないと思いました。日本で特に、アジリティがもっとないといけないと感じました。フィジカルをキープしたままアジリティを高めることが、自分の課題だと思います。どういうフィジカルになるか、調整していかなければいけないです。

ディフェンスだったら相手を倒すチョップタックルをしなければいけないし、すぐに立ち上がって次の仕事をするように、自分を変えていかなければいけない。ボールキャリーはしっかりと強いキャリーだけれど、良いゲインラインを取る。チョップタックルに対して、オフロードでちゃんとアタックチャンスを作るということを考えなければいけない。ラインアウトも継続してやっていかなければいけない。ベーシックなところをしっかりやっていかなければいけないです。

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――4番から8番までできるようになったのはなぜですか?

高校を卒業したくらいだと思います。ワイカト州の19歳以下に選ばれて、そこからワイカトのディベロップメントチームに入りました。その時、体の大きい選手ではありませんでした。ただアスレチックの部分で俊敏に、全体的にカバー出来るというのはその時からです。スキルもあったし、キャッチパスもできたし、空中のスキル、ラインアウトも良かったです。身長は高かったので、ロックのポジションを狙ってみないかとコーチから言われましたが、その時はとても細い体つきでした。

いつも大体ベンチから出てくる選手でしたが、1つのポジションで抜きん出たプレーが出来る選手ではありませんでした。ですからいろいろカバーしなければならず、それをネガティブに捉えている部分もありました。ただいろいろカバーできるから、ベンチに入れておいて何かあった時にという使い方をされていました。

ワイカトからNPC(ニュージーランドの地方代表選手権/現 Mitre10カップ)に出て、スーパーラグビーに行きました。そこからは、自分の持ち味が強みになっていきました。たくさんのポジションをカバーして、全てを上手くできるようにしなければいけない。コーチが満足してもらえるようなプレーをし続けて、スーパーラグビーでも23人の中に入れるようになっていきました。体を大きくする、スピードを速くする、ということにも同時にだんだん成果を上げていきました。そこから自分が成長していって、スタートとしても出られるような選手になってきたと実感しました。

――若い頃はネガティブだと思っていたことが、スーパーラグビーに行ったらポジティブなことだったということですか?

その通りです。10年前は必ずどこかのポジションで良くなければいけない、1つのポジションでベストにならなければいけない、という考え方でした。でも、ワールドラグビーもどんどん変わっていって、アスレチックな試合をしなければいけないし、スキルレベルも上がってきているし、マルチプレーヤーが必要とされてきています。

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◆27歳でファーストキャップ

――バックスもできそうですよね

最初はバックスからスタートしました。9番から始めました。

――今でもできますか?

遊びでやる時はバックスでプレーしていますし、バックスは好きです。ボールキャリーでスペースを見つけるのは好きです。7人制でプレーしていたのですが、7人制はスペースがたくさんあるので似ています。そういう中でやるとスキルレベルも上がります。強みの部分も分かるけれど、弱みもそこで浮かび上がりました。

――5歳の頃に初めてラグビーをやった時はどう感じましたか?

ニュージーランドでは、みんなラグビーをプレーしたいと思っています。他のスポーツが無いくらい、ラグビーを自然にやり始めます。ラグビーと一緒に生活して、オールブラックスになりたいと思って、みんな成長していくんです。自分が子どもの頃はバスケットボールもやっていたけれど、今みたいに体も大きくなかったし、ラグビーしかありませんでした。タッチラグビーから始めて、タックルとか少しずついろいろなことをやるようになりました。最初は裸足でスタートしているけれど、初めてのスパイクを買ってもらいたいという希望を持って、ラグビーを続けていました。

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――最初から身近にあったラグビーの何が面白かったですか?

友達と会ったり、友情を築いたり、チームの環境の中で学んでいくことが、ラグビーにはあります。人生と共通することがたくさんチームで起こります。いろいろな人とコミュニケーションをとって、チームの中でみんなが違う役割を、1つの環境の中でやる。ゴールとフォーカスは1つ。ゴールに向かって、みんなが違う役割でやっていく。チームスポーツは人生に共通するものがあるし、仕事や家族などを含めたいろいろな部分に共通するものもあります。

人生をずっと一緒にやっていける知人もたくさんできていて、それはかけがえのないものです。自分の大好きなことをやりながら、お金を稼いで10年間しっかりやれているということは、とても幸せなことです。就きたくてもなかなか就けない人も多い中で、自分が大好きなことをやってお金をもらえる職業を自分がやっている、そして10年間出来ているということは、本当に幸せなことです。

――今までのラグビー人生で最も印象的なことは?

クラブプレーヤーから、フルタイムのプロフェッショナルの環境に入った時かもしれないです。自分は工事現場で働いていて、体を動かして労働して、ラグビーに行ってそこでまたフィジカルな面を使って、体が凄く疲れていました(笑)。そこから"ラグビーに集中する"という生活に変わった時に「最高だ」と思いました。大好きだし、これをできるだけ長くやっていきたいと思いました。そこが一番の思い出です。

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今までいろいろなチームに行く中で、選ばれなかったりして、状況も気持ちもアップダウンすることがたくさんあって、国に戻って違うことをやろうかな、スーパーラグビーを辞めて違うことをやろうかなと思う時期もありました。スーパーラグビーのトップレベルでプレーできないとなった時に、それも仕方ないなとその時は思いました。

そこから新しい機会がないかなと思って、オーストラリアでクラブラグビーを少しやりました。そこで良いプレーをすることができて、ブランビーズのルーキーとして契約することが出来ました。その環境に入れたことはラッキーでしたし、27歳で最初のスーパーラグビー・キャップを獲って、自分としてはとってもラッキーでした。良い選手でも20歳くらい、高校くらいから目をつけられて入っている選手が多い中、自分は27歳でファ−ストキャップでした。

――他の仕事をしながらラグビーをしていた時から、ラグビーだけになったのはいつですか?

最初にセミプロフェッショナルでワイカトにいた時は、4年やっていました。そこから1回選ばれない時期があって、ワイカトから7人制に行きました。ITMカップは6ヶ月しかないから、それ以外の時は働いていました。周りに大学に行ったり、仕事していたりする選手はたくさんいました。最初にブランビーズに選ばれた時が、プロとしての始まりで、いま考えるとプロになったのは6~7年前です。

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◆自分はいま一番良い仕事に就けている

――サンゴリアス加入1年目の2017-2018シーズンを優勝で終えましたが、優勝にはどれくらい貢献できたと思いますか?

最初のシーズンでしたが自分ができることをして、貢献できたと思います。プレーする機会をもらえた時は自分のプレーができたと思いますし、トレーニングや試合で自分がやらなければいけない必要最低限のことはできたと思います。

もともとあるサントリーは素晴らしいチームで、素晴らしい選手がたくさんいて、チームがある程度出来上がっていたので、自分がこのチームにたくさんのことを与えなければいけないという部分は、少なかったかもしれません。もちろんラックやモール、ラインアウトなどを質問されたら、自分が思っていることは言ったつもりですし、それで何かを感じ取ってもらったかもしれないです。

ラグビーの全ての部分でプロフェッショナルにならなければならない、プロフェッショナルなプレーをしなければいけない、ということが自分の役割だったと思います。若い日本人選手の見本にならなければならない。自分が若い時もそうでしたが、常に上の経験ある選手のプレーを見ていました。

これは許される、これは許されない、練習のスタンダードも含めて、若い時はそういう選手を見ていきます。そういう経験のある選手がちゃんとやっていなかったりしたら、それくらいで良いのかという感覚に絶対になってしまいます。ハイレベルでやっていたらそうなるし、その逆もあります。若い選手は上の人を見ていますから。

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――ある面、コーチの視点ですね

コーチングも嫌いではないです。レベル2のコーチングコースは一応やっています。若い世代をもっともっと成長させたいですし、高校生くらいに興味があります。もしコーチに行けと言われたら、そういうところだったら実力を発揮できるかもしれません。将来的にプレーができなくなった時に、少し考えている部分ではあります。ヘッドコーチというよりも、選手に近づいていく方が自分には合っていると思います。

――高校生に教えるとしたら、何が大切だと伝えますか?

スキルの部分かもしれません。フォワードだったらタックルテクニックや、ラックの部分や、ラインアウトのところだと思います。高校生くらいだったらスクラムくらいはコーチ出来るかもしれないですけれど、トップリーグレベルでは何も言いません(笑)。

――マルチの選手でも良いことがあるということを伝えてほしいと思います

ラグビー選手としてグンと成長し始めるのが高校生だと思っているので、プロフェッショナルになりたいという強い気持ちになるのは高校生くらいだと思います。いろいろな声が聞こえてくる中で、いまの高校生は自分たちのスタンダードや規律を守るという気持ちはかなりあると思うし、自分の経験から言えることは、選手たちがラグビー選手になりたいという気持ちになってから、何が大事かを教えることはできるかもしれません。

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――新シーズンの目標は?

ラグビーに関しては、自分の仕事をしっかりやり続けること。自分の役割をやる、自分の仕事をやる、などいろいろな言葉が出てきますけれど、テクニックやアイデアという部分では言わなくても素晴らしい選手がたくさんいるので、自分の役割はオンでもオフでもプロフェッショナルな態度をとり続けることです。若い選手の見本になることは、常に継続してやり続けます。常にハイレベルの練習を行なえるようにする。練習の中では若い選手に自分の伝えられることはしっかり伝えるようにして、ラグビーのスキルが成長できる手助けをします。

もちろん自分のゲームの部分もレベルアップしていかなければいけないです。たくさんのポジションをカバーして、いろいろな部分をしっかりと見て、全てできるように常に意識して練習しなければいけません。ゴールは、日々少しだけでも成長すること。大きなステップは難しいので、小さいことを毎日やり続ける。そうしたら、最終的に試合の中で大きな違いとなって現れると思います。

――それは強い心を持っていないとできないことですね

凄く難しいし、疲れるし、もちろんフィジカルも伴って、精神的にもすり減ってしまうことが多いです。難しいと感じた時には一回自覚して、大きく深呼吸をして、そこからまた自分に言い聞かせる。「自分はいま一番良い仕事に就けているんだ」、「自分が大好きなことをできているんだ」ということを再認識して、工事現場で穴を掘っていたことと比べて、どっちの方が良いのかを自分に言い聞かせるんです(笑)。

そしてプロフェッショナルラグビーの環境に親友がたくさんいるという関係を、もう一度自覚して認識します。自分が考えた両方のことを比較して、自分に言い聞かせます。そうしたら、自分から何も苦情が出なくて、自分がやるべきことをやるようになります。

――最後にもう一度日本語で質問です。バリでは何をしますか?

まずウブドに行きます。ウブドは伝統的な場所です。その後、ラグーナリゾートに行って、リラックスをします。ありがとうございました。(※最後の質問へのコメントは日本語でした)

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(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]

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