SPIRITS of SUNGOLIATH

スピリッツオブサンゴリアス

ロングインタビュー

2018年3月 2日

#574 竹本 隼太郎 『チーム愛』

12年間サントリーサンゴリアスの一員として、そしてリーダーとして、強いサントリーを牽引してきた竹本隼太郎選手。その引退インタビューは、プレーへの、チームメイトへの、チーム全体への、そしてラグビー自体への、愛と熱意を感じるインタビューとなりました。(取材日:2018年2月2日)

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◆必ず復活する自信

――インタビュー直前に「今シーズンはある程度覚悟していた」というコメントをもらいましたが、どういう意識で臨んだシーズンでしたか?

まだまだ続ける自信はあるんですが、開幕戦のちょうど1週間前に、我慢をしていた膝の痛みや腫れに耐えきれなくなりました。その前の夏合宿での3試合にほぼフル出場で、ちょっと頑張り過ぎたのかなと思います。

そして、今シーズンは公式戦には出られませんでした。ウインドウマンス後の後半戦に出られたらまだ良かったんですが、後半戦も出られる見通しがありませんでした。上半身の筋力はパーソナルベストを出したり、膝以外の状態は過去最高に良かったんですけれど、試合に出られないということで、いつ引退してもおかしくないと思っていました。

前回のインタビューでも「来年どうなるか分かりませんけどね」という気持ちでちょっと話していたと思いますが、案の定そうなりました。後悔をしないよう、1日1日を大事にトレーニングしてきました。

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――シーズン終盤にも出ていないんですよね?

無理をすれば出られるという状態でもありませんでした。2016年10月に怪我した後十字靭帯の断裂による膝の緩み、緩みによる膝の軟骨のこすれの痛みと腫れで、100%どころかジョギングくらいしか出来ない状況でした。

――自分の中ではどこかで決断はありましたか?

僕の考えはどうなんだろうと、自問自答を練習の度に繰り返していました。辞めたいと思う自分もいましたが、続けたいと思う気持ちの方が強かったです。ただ本気で辞めたいと思う時期は2~3回ありました。でも誰にも言えなかったです。弱い自分は辞めた方が良いんじゃないかと囁いていたんですが、いざグラウンドに立ってチーム練習をやっていると、チームに一体感があて、普通にやっては出せないようなパフォーマンスが出る。BチームがAチームより良いアタックをすることもありましたし、モールは終盤までBチームの方が良かったです。

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そういうことは楽しくてやりがいがあることだと感じましたし、試合に出られなくてもチームの役に立てるんだなと思うと、50対50で辞めたい訳ではなくて、居た方が来シーズンのためになると思いました。なので、チームディレクターには「僕もそろそろの年齢なんですが、どちらかと言うとチームに居た方が役に立てるんじゃないか」と、チームに居たいという気持ちは伝えていました。

――そのまま残ったとしたら試合には出られましたか?

必ず復活する自信はありました。

――最後に言われた時の心境は?

やっぱりそうかという気持ちと、実際に想像していたよりショックでした。でも、少し肩の荷が下りた、すっきりした面があったのも事実です。

――ラグビー応援一家の皆さんはなんと言っていましたか?

家族は「よく頑張ったね」「良い夢を見させてもらった」「お疲れ」と。

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◆日の丸のジャージを着たかった

――やり残したことは?

あまりないですが、日の丸のジャージを着たかったです。そういう目標に向かっての努力はしてきたと思いますが、やり方や遂行力はもう少し良い方法があったのかなと思います。でも、後悔はなく、いい勉強をさせてもらったと思います。

2009年のジョン・カーワン体制の時に1週間日本代表の候補として練習に参加して、最終日にジョン・カーワンに「君はナンバーエイトとしては小さすぎるから選べない」と言われ、その時は若かったので「サイズで選ぶならこっちから願い下げ。サンゴリアス一本でやってやる!!」という思いで反発してしまいました。でも、今思うとひねくれる事はしない方が良かったかなと思います。

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結果的に、あの頃から比べると10kgくらい体重も増えていますし、そういった制約に負けないような努力も、もっと早く出来たのかなと思いました。その時はカーワンが好きになれなかったんですが、つい先日、義理の妹の桜子がニュージーランドへ行った時にカーワンに挨拶したら、「竹本とか青木とか知っているよ」と言っていたらしく、覚えていてくれたんだなと思って良い指導者だったんだなと思いました。改めて、あの時は若かったなと思いました。もうちょっと反発せずにやれば良かったと思いました。

――日本人でナンバーエイトは高いハードルですよね

そう言われることが多いですよね。

――今後も「小さいから」と言われる選手がいるかもしれませんが、どんなアドバイスをしますか?

考えることすら無意味だと思います。小さいということで不利益を被ったことは、一度もありません。ラインアウトのジャンパーには不向きかなとは思いますけれど、それ以外のフィールドプレーも良いですし、運動量もあると思っています。僕が3年目の時に、フィジー代表でサイズの大きいトマシ・ソンゲタがチームに加入しましたが、ナンバーエイトのポジションを譲ることはなかったです。サイズを意識するより、自分の道を一歩ずつ進むのが良いと思います。

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◆攻撃していくマインド

――やり切ったとことや最高に嬉しかったことは何ですか?

一つに絞るのは難しいですが、いろいろなきっかけがあってここまでやれて来られたなと、今振り返って思います。1年目は2試合しか出られなかったですし、2年目のシーズンで後半戦からメンバーに定着できたんですが、それまでは、チーム内での僕の信頼はありませんでした。

「パフォーマンスが良い時は良いけど波もありそう」だとか、「怪我が多くて使いづらい」というのが入社1年半までの、チームからの印象だったと思います。なぜ怪我をするのか、試合に出るためにどうするべきか、を毎日考えて独自の工夫をやっていったら、ちゃんと結果が出たことが凄く良い経験になりました。

――独自の視点はどこですか?

例えば怪我をしないことについてですが、1年目の開幕戦に出られそうでしたが1週間前に、スポットコーチに来ていたエディーさん(ジョーンズ/現 イングランド代表ヘッドコーチ)の練習後のフィットネスで、強い捻挫をしてしまいました。そのトレーニングには呼ばれていなかったんですが、先輩がやっているので「ここに入れてください」と言ってなんとなくやっていて、足首を怪我してしまいました。そこで怪我をすると試合に出られない、怪我をする選手は監督の目線からも「怪我をしやすいから試合に使ってもらえないんだ」とよく分かりました。開幕戦は出られそうだったんですが、シーズン終盤に怪我人が出るまで試合に出られませんでした。

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これでだいぶロスしてしまって、もったいないということを学んだのが1年目でした。2年目は怪我をしないように、毎回の練習で強い気持ちを持って良いスキルで無理することなくやるということをやり通し、練習でも怪我をしなかったのは良かったです。ただ、開幕戦の東芝戦のラック周りのところで、僕の片足が地面についている状態で、反対の足を持ち上げられて、頭の上まで足が上がっていて、腿裏を肉離れさせられました。もちろんそのプレーは反則なんですが、レフリーもタッチジャッジもそこまで見ていなくてプレーは続きました。

試合は勝ったから良かったですが、そこから年明けの後半戦も試合に出られなかったですし、自分が悪くなくても相手の反則であろうと、何があっても怪我してはいけないということが2つ目の学びです。何をされても倒れない、怪我をしないという意識です。攻撃を受けるというよりは、攻撃していくマインドになりました。

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◆このままだと2年で引退していまうという危機感

――意識が変わると、何が変わって怪我をしないようになるんですか?

感情のコントロールです。調子が良いからと言って上げすぎない。グラウンドへの入り方などのルーティンや、タックルやボールキャリーの正しいスキル、毎回100%でがむしゃらに当たるよりも、上手く倒れたり、力を受け流したり。元々そういうことは得意だったので、意識して改善されました。

――自分で自分に課しているので、相当本気にならないと出来ないですよね

それはもう本気です。

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――そういう気持ちを持ち続ける秘訣は?

そういう気持ちを持ち続けるのは難しいと思いますが、チームから信頼を得たい、このままだと2年で引退することになってしまうという危機感があり、気持ちを維持できました。チームの信頼を得る1年半はやっぱり試合に出ていないメンバーとして蔑んだ目で見られるのが辛かったですし、そういうキャラがつくのが凄く嫌だったんですが、逆にそれがモチベーションになりました。

2007年のノートを見返したら、「周りの雑音を全て無視する」と書いてありました。たとえコーチから偏見で評価されて理不尽に怒られても、先輩から何を言われても、無視する、プレーに集中するという時代があったというのを思い出しました。それくらい極端にやらないと、変えられないです。

――竹本選手の同期は優秀で先にどんどん試合に出ていましたが、その辺の焦りはどうコントールしましたか?

焦ってもしょうがない、自分は自分だ、と割り切っていたので、そんなに意識はしなかったです。そういう同期のライバルがいるということで、変に意識し過ぎて調子が狂うと良くないので、自分のペースで着実に成長するという考えに繋がったと思います。そういう同期がいなかったら、その考えにすら至らなかったかもしれないです。そういう意味では意識していますし、感謝もしています。だからこそ意識的に自分のパフォーマンスに集中するという、強い意志を持っていたんだと思います。

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◆俺も凄いけれど周りも

――同期に心情を話したり、応援があったりしましたか?

そういうことはお互い、全くないです。みんなそれぞれです。

――でも、仲は良いんですよね

今でこそ仲が良いですが、当時は仲が悪いというか、それぞれの個性が強くてまとまりがないと有名な世代でした(笑)。

――大学時代にキャプテンをやっていた人が多いことと関係あるんですか?

そういうこともあるんじゃないですかね。みんな強いプライドを持って、自分のテリトリーに入ってくることを嫌って、余裕がなかったと思います。

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――最近はとても仲良く見えますが、そういうのが解けてきたのはいつ頃ですか?

きっかけはエディー体制です。今よりも練習の強度が高く、ランニングも1.5~2倍くらい走ってしんどかった練習です。今思うと、試合に必要以上のフィットネスもあったと思います。それぐらいの練習を自分も乗り越えたけれど、乗り越えた同期と仲間もいて、俺も凄いけど周りも凄いんだという感覚が、おそらくみんなにあったと思います。

――それだけのハイスペックなアスリートになったら試合の方が楽ですか?

試合の方が全然楽です。試合がご褒美に感じられました。それは若手の頃はなかった感覚で、試合が練習以下の強度でした。

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◆絶対に結果を残さなければいけない

――ちょうどその頃がキャプテンですよね。エディーさんにキャプテンを指名された時はどんな気持ちでしたか?

なんで僕なのかな?と思いました。今では人前でよく喋りますけれど、あまり前に出るタイプではなかったので、「なんで?」というのが最初の印象です。

――今思うと、なぜだと思いますか?

パーソナリティーが良いことと、80分間試合に出続けられることだと思います。3年目は唯一トップリーグ全試合80分フル出場したシーズンでした。加えて言うと、隆道(佐々木/現 日野自動車)がキャプテンの時に、プレーオフで東芝に前半21対7でリードしていたのに逆転されて負けた試合があったんですが、バックスタンドに挨拶に行った時、泣いていたのは僕1人でした。悔しさや熱が当時はあったんだと思います。

だから、それを評価してもらって、きつい練習にもついて来られるんじゃないか、ということで選ばれたんじゃないかと自分では思っています。あとは社員選手であること、チームの80%近くの選手は社員選手なので、社員選手がやった方がまとまる、というところだと思います。

――2年間で4つのタイトルのうち3つを獲ったキャプテンですが、自分のキャプテンシーはキャプテンを受けた時より確実に2年間で上がったんですか?

そうですね。そう思います。1年目は何を言ったら良いか分からなかったですし、喋っている間に自分が何を言っているのか分からなくなりました。そうならなくなったのは2年目で、キャプテンが終わってからもリーダーシップとは何かということを考えて、理解度は増していると思います。

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――竹本選手の考えるリーダーシップとは?

目標や目的を達成するために必要なキーマンと結びついて、そういう仲間を増やしていくこと。そして、最後に結果を出すこと。僕がキャプテンの時は、「砂漠で遭難したシチュエーションがあったとします。どっちに進んだら良いか分からない中、砂漠でみんな喉が渇いている時に、方向性をまとめて、あっちにオアシスがあるぞ、と法螺を吹いてでもモチベーションを上げさせて進むこと」だと思っていて、そこ止まりだったんです。

でも、本当は絶対に助からなければいけない、結果を残さなければいけないというところまで突き詰めなければいけないんですが、その時はモチベーションと方向性を示すことだけでした。結果の責任を取ってくれる人がボスにいたので、そういうことがリーダーシップだと思っていました。キャプテンとしてハードワークを背中で見せてリードすることに必死でしたし、みんなのモチベーションを少しでも上げることを意識していました。

――竹本選手がキャプテンを終えてインタビューした時は、2~3回くらい絶句していました。キャプテンとして起こったことは、ラグビー人生でとても大切だったんじゃないかなと思いましたけれど、どうですか?

あの時は良い経験したと思います。キャプテンになる前に、わざわざ府中から赤坂まで来て話してくれて、エディーさんに「僕がキャプテンで良いんですか」と話したら、「君にやってほしい。キャプテンをやったら君のためになります」と言われて、確かにそうだなと思いました。

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◆フィットネスやチーム力

――今のチームは12年間やってきた中でどうでしたか?

一番スキルフルでまとまりがあって、チームとして一つになって、同じ絵を見て動けていると思います。チーム練習と個人練習で技とコンディションを整えて、ビックバンドのセッションみたいなパフォーマンスを発揮して、もの凄いチームシナジーを感じました。

――それほど素晴らしい形になったポイントはどこだと思いますか?

やりたいラグビーがあって、同じ絵を見て、そのために努力できましたが、コーチ、スタッフがいろんな工夫をやってくれてのことだと思います。昔やっていたただ走るだけのハードなフィットネスを、ゲーム形式にしてストレスを軽減しつつ、なおかつトレーニング効果をしっかり得るようなこともやりました。同じしんどいことでも、ゲームに近い形で努力できたので、効果があったように思います。

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またゲームやグラウンド外でもラグビーのことを考えないと出来ないラグビーをやっているので、選手のラグビーの知識はこの2年間で格段に上がっていると思います。今シーズンで言ったら、ノンメンバーは対戦相手を全てコピー出来るような状況で、このチームはこういうラグビーをするっていうことをAチームもBチームも、みんな理解しています。そういうチームは他にないんじゃないかなと思います。

――他のチームになれるということですか?

サニックスみたいにオフロードパスをしたり、東芝みたいにフィジカルでいったり、パナソニックみたいにディフェンスからのリアクションのラグビーも出来ます。2016-2017シーズンまでは試合に出られなくて気分が乗らないなと思いながら相手のコピーをしていたと思うんですが、Bチームも自分のためになるように対戦相手をコピーしたり、独自の工夫をするようになりました。

――そのようになったのはなぜ?

普通試合に出られなかったらモチベーションが落ちると思いますが、やりたいラグビーがあって、その輪の一員でありたい、輪を乱したくないような感覚だったり、チームに貢献したいという思いがみんなにあったと思います。そういう面ではチーム愛だと思います。

――自分でやるメンバーが増えて来たんですね

そうですね。たとえば、小林(航)はメンタルはまだまだ弱いですが、世界規格の体でラインアウトのスキルは日本トップクラスだと思います。煕(田村)も試合には出られませんでしたが、シーズンの最初から最後までスキルフルに、Bチームの司令塔としてプレーしました。

――相手のチームのコピーが出来るということですが、そのコピーを試合で使うことはありますか?

基本的にはありません。

――それを超えたサントリーのスタイルがあるということですか?

超えたとかそういうことではなく、自分たちのラグビーを貫く姿勢が大事、自分たちのラグビーに対するプライドだと思います。

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――そのスタイルの強さは?

良さや強みが出る理由は、グラウンドに立っている15人の共通認識があって、相乗効果があることだと思います。例えば、普通にキックを蹴るだけだとプレゼントボールになってしまいますが、相手のスペースを見ながらキックをし、チームでチェイスすると蹴られた方はアタックの体勢が整っておらず、良いアタックが出来ません。そうするとまたボールを取り返して、良い状態でアタックできますし、こちらは統制が取れて優位性が出て、チーム力が機能します。他のチームに負けないところは、フィットネスやチーム力ですね。

――フィットネストレーニングは相変わらずハードなんですか?

ハードですけれど、ラグビーを判断したり決断をする回数が増え、考えながら取り組んでいるので、楽している面もあります。しんどい時にコミュニケーションをとる余裕ができて、またラグビーが楽しくなりました。

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◆日本のラグビーをリードするチーム

――チーム愛とは?

今、勝ち続けていて雰囲気も良いですし、元々キャプテンとかリーダーを経験してきた選手が多いので、ポジティブで良い影響を与え合っていますし、コミュニケーションも取れています。例えば、外国人も一流のメンバーが来てくれて2017-2018シーズンからはギッツ(マット・ギタウ)が来て、一緒にできて良かったと思いますし、それもチーム愛に繋がると思います。一緒にラグビーをやりたいと思えるメンバーが多いということですかね。

――マット・ギタウ選手の一番の良さはなんですか?

勤勉で、人柄の良さと、練習への姿勢と、コミュニケーションも良いです。と言ってもなかなか伝わらないんですが、ギッツは僕の1歳上で、それでもハードにトレーニングしてパフォーマンスも素晴らしいんです。

なぜかと思ったら、いつもボールを持っていたり、トレーニングが終わってクラブハウスを出る時も、一人でボールを回しながら歩いて帰ったり、やっぱり他人のやらないことをやっているなと思います。逆に他人がやらない努力をしたら、あれだけ良いパフォーマンスが出来るんだなという証明ですし、自分ももう一回やりたいなと素直に思わされました。

――2連覇しましたが、過去には9位や惜しくも準優勝ということもありました。常勝チームは実際に作れるものでしょうか?

僕はそのことについて凄く考えていました。日本選手権で3連覇した次のシーズンに負けましたが、ずっと勝ち続けるのは難しい事です。ベスト4の時期も2~3年くらい続くのも必然なのかなと考えたことがありましたが、それではいけないなと思いました。ルール変更や、ラグビーのトレンドが変わっても、勝ち続けるために進化しなければならないという答えにたどり着きました。

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帝京大学は9連覇していて、9連覇することで他の大学が本気になって、明らかに10年前と比べて大学ラグビーのレベルが上がっています。決勝を観ていたら、明治の選手の判断も凄く良かったですし、良いアタックをしていて心が躍りました。やっぱりそれをリードしたのは帝京だと思います。

連覇することで、そういう存在になれると思うんです。連覇する方法もその時代に合ったルールに乗っ取った戦術、また他の競技からも学び、良いものを取り入れ続けたら、ずっと優勝できるんじゃないかと思います。

――サントリーはそれを目指すべきということですね

そうですね。そういう観点で言うと、シニアに頼るという考えだと緩やかに衰退していくだけなので、良い決断をしたと思います。サントリーは、より日本のラグビーをリードするチームであってほしいです。

――ファンの皆さんへメッセージをお願いします

12年間、本当にありがとうございました。

――改めて、ラグビーの良さは?

自分一人じゃ出せない力を出せる、チームの相乗効果とか、信じられないエネルギーが生まれる。そういうことをラグビー以外でもやっていかねければいけないですし、やっていきたいなと思います。

――今後は?

社業に専念し、ちゃんと成果を上げます。コーチングにも興味があります。仕事もラグビーもできるようになりますが、まずは仕事に専念する一年です。

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(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]

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