2017年11月 9日
#560 ピーター ヒューワット 『ゲームライクをつくる 』
選手として3年、コーチとして4年半、合わせて7年半の間、サンゴリアスで活躍したピーター・ヒューワットコーチ。シーズン半ばでブランビーズに乞われ、コーチとして移籍します。選手の時からコーチらしい雰囲気を持っていたヒューワットコーチのラストメッセージです。(取材日:2017年10月13日)
◆子どもを見ているような気持ち
――ブランビーズのコーチになることについて、今の気持ちはどうですか?
凄くエキサイティングな気持ちもありますし、楽しみにしているんですが、約8年間ここにいたので、逆に離れることが凄く寂しいという気持ちもあります。エキサイティングで楽しみな部分もあるけれど、私の子供はここで育っていますし、自分も含めて家族みんな、ここから離れることは寂しいです。そういう両方の気持ちがあります。
――一番楽しみにしていることは何ですか?
環境が変わることはテストとしての部分があると思うんですが、ここで学んだことはもちろんありますし、それを向こうでどれだけ当てはめられるかということが凄く楽しみです。現地に行ってからはサントリーとは違うグループの選手たちがいる訳で、もちろん育成していかなければいけない部分はありますが、自分としてはここで学んだことをどう活かしていくか、違うレベルの大会で試すことが出来るのが凄く楽しみです。
――たくさんあると思いますが、サントリーで学んだことのポイントはどこですか?
カルチャー、ハードワーキング、ファイティングスピリッツのところは、しっかりと持って行きたいと思います。カルチャーとベースの部分がしっかりしていないと、全て難しくなってきます。グラウンドでのラグビーのスタイルという部分で、サントリーには凄くユニークで他とは違うものがあります。そういうカルチャーを含めたすべての経験をオーストラリアに運んで、向こうでどれぐらい試せるかを楽しみにしています。
日本そしてサントリーというのは、ハードワークのカルチャーですよね。お互いにチャレンジし合うというカルチャーが出来ないと、どれだけ良い選手がいても全く意味がありません。ネバーギブアップ、ハードワークの基盤のところがしっかりないといけない。
――サントリーのハードワークはプライドであり、最高の長所の1つですよね
そうだと思います。他のチームからサントリーに来た選手は、カルチャーやスタイルに凄くびっくりします。どれくらいしっかり仕事をするかという部分でファーストクラスだと思いますし、ハードワークのカルチャーというのは他の選手たちがびっくりします。
――実際にコーチをやってみて、一番大変だったことは?
選手の時と考え方は凄く変わります。選手は調整していかなければいけないので、自分自身のことを中心に、その週の試合に対してどうやってベストパフォーマンスを出すかということを考えます。でも、コーチは例えば25人選手がいたら、その25人の選手をどうまとめていくか、どうやったら成長していくか。コーチは個人個人で見ていくので、ひとりひとり時間をかけて見ていかなければいけませんし、違うやり方をしていかなければいけません。
どういう反応をするのか、どうやったらこの選手は学んでいけるのか等、みんなアプローチの仕方が違います。見て学ぶ人もいるし、やって学ぶ人もいます。コーチになってから、そういうことを見極めて調整するのに、少し時間がかかりました。でも大変というより、全部楽しいです。
――そこが大変だけれど楽しいところでもある、ということですか?
プログラムにどういうことが含まれているのかということに関しても、自分たちがやっていることに成果が出てきます。それぞれのプログラムに対して、しっかりと成果が出てきます。何か与えて育てようとしたことに対して、しっかりと成功したり達成できたりした時は、親みたいな気持ちで、本当に子どもを見ているような気持ちになれて嬉しいです。
◆なぜ選ばれないかをしっかりと説明する
――次から次へと足の速い選手が出てきていますが、ヒューワットコーチのコーチングが良かったからですか?
足が速くなったというのはもちろんなんですが、速いラグビーのスタイルがあって、それに対して足の速い選手がいる訳です。足が速いということと同時に他のスペースを見つけたり、判断したり、同時に他の部分も育てていかなければいけません。そのことに自分が関われているのは嬉しいです。
――いろいろな選手が出てきて、定着する選手もいれば、そうでない選手もいる、この辺の教え方の難しさ、リードの仕方の難しさはどうですか?
それは凄くチャレンジだと思います。出ている選手がいて、出ていない選手がいて、出ていない選手のモチベーションをどう上げるかというのは、凄く難しい部分でもあります。同じポジションでも競い合うことによって、お互いに成長できる部分もありますし、一人が良いプレーをして良いパフォーマンスを出したら、その人がしっかりと選ばれます。
そして、選ばれない選手に対しても、なぜ選ばれないのかということを、しっかりと説明してあげます。「こういうところをやらないと選ばれるようにならないよ」と説明することも凄く大事です。サントリーの良いところは若い選手が入ってきて、現在いる選手をプッシュして、彼らが一緒にハードワークしなければいけない状況が作れているところです。
リクルートメントの時にもその視点が凄く大事で、そういう選手が出てこなければいけません。自分が上手くなって、そのポジションを取れると思う選手が出てこないと、チームの中で良いコンペティションが生まれません。今年だったら桶谷、松井、成田に対してシニアメンバーが頑張らなければポジションを取られてしまいます。
そこでお互いにコンペティション、その次の年になったら、また良い選手が入ってきてというベルトコンベアではありませんが、そういう形のルートを作ることが大事です。そうなれば、パフォーマンスが落ちる選手はなかなかいないと思います。リクルートのところからトップリーグですぐにプレーが出来るような選手を取ってくる。もちろん中には成長させていかなければいけない選手はいますが、トップリーグでプレー出来る選手を連れてくることが大事です。
――リクルートについてはリクエストを出していましたか?
最終判断ではありませんが、定期的に話はしていました。若い選手でも入ってきて良いパフォーマンスをすればやっていけるだということを、他の先輩たちのプレーを見てサントリーに入ってきます。若い選手の道のりをしっかりと定着させているというのは、凄く良いことです。
◆絞り込んでクリアに伝える
――選手の頃は笑顔が多かったんですが、コーチになってだんだん厳しい顔になっていった気がします
選手の時に仲が良かった選手がいる中、引退してすぐにコーチになってしまったので、その辺は難しい部分もありましたが、コーチなので何をしてもらいたいか、しっかり厳しく言わなければいけないと思いました。最終的な目標としては勝たなければいけない訳ですから、選手に好かれるコーチではなくて、選手に尊敬してもらえるようなコーチにならなければいけません。でもたまには笑っていると思いますよ(笑)。
――それが出来るということはコーチに向いていたんですね
剛(有賀アシスタントコーチ)も一緒ですね。選手たちにどう思われるかを知っていますし、たぶん彼もいろいろと学んでいると思いますが、コーチとしてどういうことをしていったら良いのかということを、選手の目線から変えていかなければいけないんです。
――自分自身は一番どこが成長したと思いますか?
クリアなメッセージを出せるようになってきました。トレーニングでグラウンドに出た時にしっかりとゲームと同じシチュエーションを作っていく。そういうことが出来るようになったことです。練習をただこなすだけということから、練習の意味を理解してゲームと同じ状況で選手がプレーするということがで出来ようになってきたことが、自分の中の変化です。
コーチ1年目、2年目はすべて完璧にやりたがっていたんですが、完全にやるだけでは選手は学んでいないということに気づきました。練習が完璧だということは簡単だということですよね。選手が判断をしたり、疲れた状態でゲームと同じ状況、ゲームライクをつくった中での判断、そこが一番大きいと思います。そういうことをやらなければいけないということを学びました。毎日まだまだ学んでいます。
――クリアなメッセージが出せるようになったのはなぜですか?
特に若いコーチは、自分もまだ若いと思っていますが(笑)、たくさんのメッセージを言い過ぎてカバーしようとしてしまいます。ただ選手は考え方が違うということもありますし、全部カバーしなければいけないという思いが強すぎることがあります。そういう中でいくつもある中から、例えば3つのメインのものを出す。その週の試合に対して、3つをカバーできれば良い試合が出来るというものを絞り込んで、クリアに伝えるんです。
情報を欲しい選手は向こうから来ます。たくさん情報を出してしまって、迷ってしまうより良いと思います。メインポイントとして3つを出して、もっと情報が欲しかったらその選手は各自もらいに来ます。その方が他の選手たちを迷わせない。試合に出たらコーチは何も手助け出来ないので、お互いがチャレンジしてコミュニケーションをとっていく力を、どんどん上げていかなければいけないのです。
◆自分にとってのご褒美
――どういう観点で試合を見ていますか?
チームがどうやったら良くなっていくかということを常に見て、そこで見たことを伝える時にあまり情報が多くても良くありません。試合の中でいくつか決められたパターンのようなもので目立ったものがあったら言わなければいけませんし、相手のディフェンスとかアタックについてもそうです。基本的には試合前の準備の段階である程度良い準備が出来ていて、カバー出来ている部分が多いので、それほどたくさんはありませんが、カバー出来ていな部分を見つける作業が大事で、それを考えながら試合を見ています。そして、メッセージとしては、しっかりとクリアにします。
――コーチをやっていて良かった、楽しいと思うのはどんな時ですか?
選手の成長が見えた時が、自分にとってのご褒美だと思います。時間をかけて育てた選手がしっかりと成長しているのが見えた時、インディビジュアルプランを作って、それをしっかりと選手に与えて、選手がやって、選手が成長したと感じた時です。
――勝つこととのバランスはどうですか?
良い質問ですね。良いチームが出来ていれば、勝ちながら選手が成長するような状況は作れていくと思います。準備の部分から、勝つ環境をどうやって作るか、勝てる環境をどうやって作っていくか。凄く良いリーダーがいて、そこで若い選手が見て感じて、準備の段階から意識をし始めます。常に完璧というのはないので、若い選手を育てることにはミスも伴います。そこから学んでいくということも凄く大事です。
学んでいくとはそういうことですよね。もちろん勝つことから学ぶこともありますし、ミスして学ぶこともたくさんあります。それを練習でゲームと同様の強度でやることによって、練習の段階でミスをするような状況が出来ます。練習でミスをしてそこから学べば、試合ではしっかりその準備が出来ている状態になります。もちろん試合でミスをすることもありますが、その強度でやるということが、ミスを少なくするためにこだわる部分ですね。
◆細かいこと、小さいことが大切
――ブランビーズでどんなコーチになりたいですか?
ウィニングカルチャー、ハードワーキングカルチャーを、しっかりインストールしていきたいですね。自分の成し遂げたいものがあるのであれば、ハードワークをしなければ得られないということを教えていきたいです。それを凄くプッシュしたいと思います。
スキルもたくさん向上しなければいけません。プレッシャーの中、疲れた状態の中、ゲームライクの状況でのスキル、そこが大きなところだと思います。オーストラリアやブランビーズのラグビーを見て、少しずつ良くなってきていますが、そこは凄く大きな問題になっていると思います。
――それを浸透させるのは日本より大変なんじゃないですか?
すぐには難しいと思います。どこの世界を見ても、成功しているチームは必ずその要素、DNAが絶対にあります。もちろん時間はかかりますが、それが成功する一番の作戦だと思っています。しっかり準備して、ハードワークする。細かいディテールにまでこだわってやる、細かいこと、小さいことが大切ということも、日本で敬介さん(沢木監督)からたくさん学びました。
――将来はヘッドコーチにもなりたいですか?
絶対になりたいです。それも今回行動した1つの理由で、サントリーで学んだことをブランビーズで試したり、また違う環境で違うことを学ぶことが、ヘッドコーチになる近道だと思っています。可能性があればなりたいです。
――サントリーに対するメッセージをお願いします
サントリーを出るということは人生の中で一番難しい判断でした。素晴らしい年月をここで過ごしてきて、みんな凄く良くしてくれました。ファンの皆さんも凄く温かく応援してくれました。凄く良い会社に関われたことを本当に光栄に思います。コーチや選手と関われて、今いる選手たちは自分の息子のような気持ちです。本当にチームを離れることは難しいです。自分としては感情的に悲しくなってしまう。妻も息子たちも家族みんな日本が大好きですし、日本のカルチャーがずっと大好きでした。
――この期間で一番嬉しかったことはなんですか?
昨シーズン勝ったことです。スタッフも含めて全員がハードワークして、選手にも本当にハードワークをさせて、選手たちがゴールを達成するところを見ることが出来たことが、凄く良かったです。満足です。見ていて一番気持ち良かったところです。
――今シーズンは半分となりましたが、どうでしたか?
良いスポットに来ていると思います。新しい選手も入ってきていて、良いチームにしっかりとフィットしてきている。進んでいる方向は間違っていないと思います。ここまでで良いことは、まだ自分たちのベストなラグビーが出来ていない、でも勝っているということです。それは本当に良いことです。これからたくさん出来ることがまだあるということです。そこで学びながら勝ち続けることが、凄く良いことだと思います。ファイナルの時に自分たちのいちばん良い試合をするということが大事だと思います。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]