2017年9月 1日
#550 ジョン プライヤー 『いまを生きていく』
サンゴリアスのスポットコーチとしてシーズンに数回来日し指導する中、エディージャパンでもS&CコーディネーターとしてスタッフィングされたJPことジョン・プライヤーコーチ。今シーズンもトップリーグ開幕前に来日し、サンゴリアスの選手たちを指導しました。その間隙をぬって、初めてのインタビューを試みました。(取材日:2017年8月10日)
◆選手にとってもスタッフにとってもハード
---- サンゴリアスに初めて来た時はかなり怖い顔をしていた印象を受けましたが、今は表情が柔らかくなりましたね
最初に自分が来た時は、サントリーのソフトカルチャーがあり、選手によって色々と顔を変えていかなければいけない部分がありました。でも、いつでも優しい顔にもなれるし、すごく怒った顔にもなれます。エディー(ジョーンズ/サントリー元監督)からは「サントリーの選手はソフトな選手が多いから、そういう選手にはもっともっと厳しくやれ」と言われていました。だから、そういうこともあったのかもしれません。
当時から特別なトレーニングや見てくれが良いだけのトレーニングはせずに、ただただハードなトレーニングをしました。サントリーにはいつも良い選手がたくさんいますよね。大学のスーパースターが来たけれど、トップリーグではタフではなかったですよね。東芝に負けたりもしていましたし、そこでわざと練習をハードにしました。そういう部分を入れていかなければいけなかったからです。
今は少し変わってきています。もうサントリーとしてハードなトレーニングカルチャーというのが出来つつあり、自分の仕事の内容は変わってきました。細部にしっかりこだわって、質の高い練習をしていくという役目になってきました。たぶんそこのところを見て感じたんじゃないでしょうか。どのセッションを見たかにもよると思います(笑)。
日本代表でやっていた時もリラックスしたり冗談を言ったりしていましたけれど、朝の5時30分のボクシングセッションを見たら絶対にリラックスはしていないです。そういうスイッチをどんどん入れられると思っています。選手たちに必要なものを自分が考えてスイッチを入れています。
---- 最初の頃はボクシングセッションがすごく目新しく、刺激的でした
メンタルのスイッチを変えなければいけなかったです。当時、東芝やパナソニックにファイナルの試合では、ディフェンスでやられていました。エディーと「どうやって変えていくか」、「アグレッシブさ激しさというものをどうやって作っていくか」ということについてたくさん話しました。例えば竹本(隼太郎)は、若い頃に毎朝ボクシングセッションをやってタフになりました。
---- ハードなカルチャーというのは世界のスタンダードですか?それとも、エディー・ジョーンズさんやジョン・プライヤーコーチのスタンダードなんですか?
両方あると思います。私とエディーは同じような考え方を持っていると思います。ラグビーのプログラムにはある程度のタフさ、ハードさというものがないといけないと思っています。フィジカル的なところはタフにやっていかなければいけない。ただメンタル的にも「自分たちはこれだけハードなトレーニングをして強くなった」と選手たちに思わせなければいけないんです。
エディーと私が一緒にやってから、サントリーでも日本代表でもハードなトレーニングをやってきたつもりです。エディーとは同じような視点、感覚を持っています。特にその時のサントリーには一番それが必要でした。本当にクレイジーなことばかりで、今はやる必要がありませんが、当時はすごくクレイジーなことをしていました(笑)。
◆すぐに大好きに
---- ジョン・プライヤーコーチはもともと何のスポーツをやっていたんですか?
オージーボール(オーストラリアンフットボール)です。僕は農場で育ち、乗馬とかホースジャンプ、それからオージーボール、陸上などをやりましたし、水泳の50m自由形では州のチャンピオンになったこともあります。
---- オールマイティーだったんですね
たくさんのことが意外と上手かったと思います。それに極真空手もやりました。オーストラリアでは多くの人が様々なスポーツに取り組んでいます。
意外かもしれませんが、私の学校にはラグビーがなくて、私の住んでいる地域にもほとんどラグビーがありませんでした。初めてラグビーに関わったのは26~27歳くらいの時でしたが、たくさん走りますし、8人のスクラムがありますし、スクラムは私にとっては8対8の格闘技と一緒だと感じましたね。タックル、ブレイクダウンもそうです。もともと走ることや格闘技、レスリングが好きだったので、私にはピッタリだと思いました。---- ラグビーとはどのように関わったんですか?
S&C(ストレングス&コンディショニング)コーチとして大学のラグビークラブの仕事をもらいました。その大学で働くことになり、すぐに大好きになりました。
---- ラグビーのどこに魅力を感じましたか?
戦う要素がすごく強いところです。あと、例えば、20対20の同点で残り時間1分という時に、中靏のように足の速い選手がトライを取って勝ったり、5mスクラムで畠山などフォワードが良いスクラムを組んで勝つかもしれません。中靏のように足の速い選手がヒーローになれますし、畠山のような選手もヒーローになり得ますし、毎試合ヒーローが違うんですよ。オージーボールでは、畠山のような選手は活躍できないと思います(笑)。
そこがラグビーの好きなところですね。体格が全く違っても、誰でもヒーローになれるんです。誰か1人がチームを変えることができるんですが、最終的には15人が一緒にならなければいけないスポーツなんです。
◆教えるということは光栄なこと
---- いろんなスポーツが好きで、ラグビーが好きで、教える側に回ったのはなぜですか?
大学のお金を払うために、セミプロとしてオージーボールをやっていました。大学の修士号を取ってから、すぐにS&Cのオファーをもらい砲丸投げを教えていました。
---- 教えるのが好きなんですか?
教えるのが大好きです。私は選手の規律の部分も見て指導していて、体を変えるためだけに教えているわけではないんですよ。
---- どうしてそういう発想になったんですか?
すごく良い質問ですね。私の兄はすごく体が強くて、その兄に対抗するために自分でトレーニングをするようになりました。そして、自分が見つけられる全ての本を読んで勉強して、ウエイトトレーニングや走る方法などを身につけようとしました。
教えることが好きになったきっかけとしては、私が15~16歳の時に「なぜそんなにたくさんのことを知っているの?」と聞かれて、「こういう時にはこうやってやるんだよ」と教えた時が始まりでした。大学でも「ウエイトトレーニングをどうしたら良いか」、「フィットネスをどうしたら良いか」ということをたくさんの友達が聞きに来ました。
私の住んでいた街は小さかったので、その分野でのエキスパートがいませんでしたし、少しでも知識があれば周りの人たちがエキスパートみたいに接してくれたんです。自分で新たな方法を考えて、それによって誰かを手助けして周りを良くしていく、ということがすごく好きでしたね。
---- ジョン・プライヤーコーチから"先生"というイメージが湧いてきました。学ぶことが好きで、教えることが好きですね
教えるということはとても光栄なことです。そういう立場になれて、若い選手たちが夢やゴールを成し遂げるために教えられる、手助けできるということは、とても幸せなことです。
---- 世界中に教え子がいるんじゃないですか?
様々な場所にたくさんいます。先日、2週間ほど故郷に帰りましたが、私の友達はみんな仕事に行くことが大嫌いです(笑)。ただ私はパッションを持っているから、仕事が大好きです。
S&Cコーチは歳をとった人がなるべき職業ではないと思っていて、いつでもリタイアする覚悟を持って取り組んでいます。今はまだ感覚も良いですし、フィットネスもありますし、体が大きくて強いので、そんなに歳をとっていないと思っています。エナジーのある若い人たちを教えていくことが、自分自身のエナジーを維持することに繋がっていると思います。
◆自分で体を使ってやって経験してみる
---- 自分自身を鍛えていると思いますが、どういうトレーニングをしていますか?
私は常に良いプログラムを考えていて、選手たちにやるプログラムをまず自分で試してみます。3~4週間かけて自分でまずやってみる。それをずっとやり続けています。
サントリーに来た時は筋肉をつけなければいけないという課題がありました。その時も考えたプログラムをまずは全部自分でやりました。スピードプログラムをやる時も、何週間もかけて実践しました。「どうすれば速く走れるのか」、「どうすれば速く効率的に走れるのか」ということを、ずっと自分自身で試してやってきました。常に自分でやってみるんです。自分の体を使って経験するで、選手に教えることができるようになると思います。
---- 新しいトレーニングを始める前の、ベースとなる自分自身の鍛え方はどうやっているんですか?
自分の中にベーシックとなるストレングスプログラムがあります。フィットネスは週に2回くらいランニングをして、ジムでグローブを使ってのパンチングをやります。さらにベーシックなトレーニングとして、いつも同じことを毎日やるようにしていて、シドニーに住んでいた時はすぐ近くに海があったので、冬でも海で泳いでいました。
---- シドニーの海には鮫がいますよね?
鮫は本当に怖いです(笑)。泳いでいる時はいつも拳を握り締めて、いつでもパンチしてやろうと思っています。でも、水中でパンチをしたところで鮫には効かず、負けちゃうと思いますけどね。泳ぐ時はいつも、映画『ジョーズ』の音楽が頭の中で流れていますよ(笑)。でも海が大好きなので、必ずやらなければいけないと自分の中で思っています。
◆フィジー代表も見ている
---- サントリーで教えていて一番嬉しい時はいつですか?
いまはスポットコーチとして来ているので、またサントリーに帰って来た時に成長した姿を見るとすごく嬉しいです。選手がしっかりとハードワークをして、それに対して良い結果を出した選手がいるのはすごく嬉しいです。そこが一番メインのところだと思います。日本人はすごく真面目で、オーストラリア人より真面目だと思います。
---- サンゴリアスを離れている時はどういうことをしていますか?
ブランビーズにいます。あとはラグビーのフィジー代表も見ています。インターナショナルのテストマッチ期間はフィジーにいます。今週も日本からフィジーに行き、島々を回ってディベロップメントの部門で選手を見て、そこからナショナルチームに参加します。あと、シドニーでは2つのビジネスを持っています。1つは仕事場の怪我のリスクマネジメントみたいなのと、もう1つはフィジオセラピスト(理学療法士)とかリカバリーをやっている施設を持っています。
---- 仕事場での怪我のリスクマネジメントというのはどういうことですか?
会社の仕事場に私のところにいるフィジオセラピストを送っています。歳をとった人が多い会社では、仕事場で怪我をすることが多いので、その人たちにリハビリの助言をしたりするんです。鉱山の2km下を潜ったところでそういうことをやらなければいけない時もあります。すごくタフな高齢者がいて、そこでやったりもするんです。
◆見ることが得意な人
---- ジョン・プライヤーコーチは厳しくて持続力もあると思いますが、選手のどこを見て、これ以上やったら負担がかかりすぎるなどの判断をしていますか?
良い質問ですね。たくさんのテクノロジーが出ていて、今はそれを使って判断しようとしていますよね。その中でも完璧はもちろんありません。私の場合は選手をしっかり見て判断するように努力しています。すごく気をつけながら、その選手たちがどういう動きをしているかを観察して情報を得ます。一番の情報はそこからくると思います。
---- 表情とか言葉などで判断することはありますか?
選手に「元気?」と聞いたら、多くの選手は「元気」と答えると思います。だから、動きを見なければいけません。言葉は嘘をつくことがありますが、動きは絶対に嘘をつかないんです。
---- その見方は教えられるものですか?
トレーニングメニューを教えることは簡単ですが、見方を教えることはすごく難しいことです。私が小さい頃はすごくシャイで、あまり話しなどはしない代わりに周りを見ることはすごく得意だったかもしれません。すごく色々な人のことを見ていたので、そこで観察能力が備わったと思います。
「その人はどういう感情を持っているのか」、「その動きにはどういう意味があるのか」ということを気にしていますし、「本当に正しいことを言っているのか」、「嘘を言っているのか」など、その人の性格を踏まえて判断していくということも、そこで培ったことなんじゃないかと思います。
見ることが得意な人はたくさんいます。ギタウもそうですし、敬介さん(沢木監督)も観察力を持っています。もちろんエディーも持っています。あと、ギタウは学ぶこともとても上手です。2004年の時にブランビーズで、19歳くらいのギタウを見ました。冗談などを言いながらもハードワークをする選手で、タフで、賢くて、学ぶことがとても得意な選手という印象を受けました。
---- 今までのサンゴリアスの外国人選手とは違うタイプだと思いますか?
ジョージ(スミス)はフォワードのスペシャリストですよね。サントリーのフォワードは彼のプレーを見て、たくさんのことを学んでいます。サントリーのバックスはギタウのプレーを見て学ぶ良いチャンスです。試合を見ると分かりますが、すごく良いパスをして終わりではなくて、彼はそこから次のところにすぐに動いています。次に何があるかを常に考え、タックルをした後もすぐに立ち上がって、ディフェンスに入っています。
◆チャレンジは毎週毎週
---- これからやりたいことは何ですか?
人生の哲学の1つとして、「いまを生きていく」ということがあります。いま自分自身のゴールというものは持っていませんが、私がいま働かせてもらっているところでのゴールは持っています。サントリーを助ける、フィジー代表がすごく良くなるようにする、私がいま働かせてもらっているチームの手助けになるようなことが、一番の目標です。
いま私は47歳ですが、腰を屈めて歩き始めたら引退します(笑)。そうなれば、私が学んだことを他の人に教えていこうと思います。私の母親は90歳ですが、まだフィットネスがあってジムに通っています。そういうこともあり、年配の方々に教えたいという思いもあります。例えば、70歳の人が一度倒れたりすると、そこからは何かをやることに対して躊躇してしまい、人生の質が下がってしまっている人がたくさんいるんです。
いま選手に教えているバランスやアジリティの部分は、そういう年配の方たちの人生の質を上げることにも繋がると思うんです。それが、私が次に考えていることです。選手たちとボクシングをしたり、レスリングをしたりするエナジーが私になくなったら、そういうことをやっていこうと思います。
---- 自分のエナジーがなくなることを受け入れられますか?
大丈夫です。もちろん歳をとっていくことは好きではありませんが、絶対に誰もが避けられないことです。歳をとって弱くなっていくというのは避けられない道なので、それに対しての準備はできています。できる限りそうならないようにファイトして、今の仕事を続けていこうとはしますけれどね(笑)。ただ、次のチャレンジとして、年配の方々の人生の質を上げていくことはとても良いことだと思っています。
---- サンゴリアスのメンバーは、これからもっとタフになっていきますか?
すごく良いチームになると思います。毎週毎週でチャレンジして、昨シーズンはとても良い成功を残しましたよね。今シーズンはどのチームもファイナルのようなつもりでサントリーに挑んできますし、サントリーはそういう戦いを毎週続けなければいけません。今回、私が来たことによって、このチームは「上手くいく」という自信を持つことができましたし、チームはすごく良い状態だと思うので、良い結果を期待しています。
(通訳:吉水奈翁/インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]