2017年6月23日
#540 松井 千士 『もう一度2つの代表で勝負したい』
足の速さに大きな自信を持っている松井千士選手。社会人1年目からトップリーグでその速さを見せることができるでしょうか。これまでの数々の経験、そして新人としての今シーズンへの意気込みを聞きました。(取材日:2017年6月6日)
◆坂道ダッシュ
—— 各カテゴリーで日本代表をいろいろと経験してきていますね
各カテゴリーで代表に選んでいただき、とても感謝しています。ただ、中学までは代表には縁がありませんでしたし、高校でも3年の時にやっとレギュラーを獲得できたという感じで、それまでは全く表舞台には出ていませんでした。最初から代表に選ばれていたと思われがちなのですが、そんなこともありませんでしたし、それを考えると、そこが自分の原点だと思います。なので、この5年間くらいで、自分のラグビーに対する考え方が変わったと思います。
—— 何かきっかけがあったんですか?
僕は常翔学園高校出身で、高校3年の時には花園で優勝することはできましたが、それまではレギュラーを取ることができず相当悔しい思いをしました。その悔しさによって、自分の意識を変えて取り組めるようになったと思います。
今は身長が183cmありますが、当時は160cmにも満たないくらい体が小さく、スクラムハーフに転向しようかと悩んだ時期もありました。当時から走ることは好きで、単純に足を速くしたいという思いから、自己流でしたが、スピードトレーニングを取り入れ、そこからスピードアップだけじゃなく、スキルアップにも繋がり、成長していくことができたと思います。
—— どういうことを考え、どんなスピードトレーニングをしていたんですか?
今でもまだ体の線は細いと思いますが、高校からウエイトトレーニングにも力を入れましたし、当時、陸上のウサイン・ボルト選手が世界新記録を出した時で、ボルト選手のトレーニング方法などが取り上げられ、坂道ダッシュをしていることを知りました。単純でしたが、僕もそれを取り入れて、そのトレーニングが自分に合っていて、そこから自分でも走っていて速くなっていると感じるくらいスピードが上がりました。
—— 今でも坂道ダッシュは続けているんですか?
近くに坂道が無いのでやってはいないんですが(笑)、スピードを落とすことなくパワーアップできるトレーニングをしているので、更にスキルアップができていると感じています。
—— 高校時代には身長も伸びたんですね
入学当初は158cmでしたが、卒業する時には180cmになっていたので、3年間で約20cm伸びました。成長が遅かったということもあったと思いますが、食事にも気をつけていました。線が細かったので、親にかなりたくさん食べさせてもらいましたし、そういった努力が繋がっていったんだと思います。
—— 現在の個人としてのターゲットは、スピードとパワーを伸ばしているという感じですか?
スピードだけは誰にも負けたくないですし、僕の特徴であり武器だと思っています。そういう武器が1つあったとしても、その武器だけではトップリーグで活躍することはできないと思っているので、スピードを落とすことなく体を大きくし、パワーアップしていきたいと思っています。
◆2019年をターゲット
—— 7人制日本代表としても活躍しましたが、リオ五輪の代表メンバーには入れませんでしたね
代表から外れた時は、相当悔しかったです。オリンピック出場を懸けた予選には出場していて、その大会ではトライ王にもなり、自信をつけることができました。それにより、メディアや周りの方々からも大きな期待を寄せられ、正直、それがプレッシャーになっていたり、絶対にオリンピック代表に入らなければいけないという責任を感じていました。
実際にメンバーから外れた時には、期待を裏切ってしまったと思いましたし、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、ラグビーに対して前向きになれない時期もありました。
—— オリンピックの出場権を獲得した後には、15人制日本代表にも選ばれましたね
ワールドカップに出場することを目指していましたが、僕の中では2019年をターゲットにしていたので、2015年の段階ではまだまだ届かない位置にいると思っていました。その中で代表に呼んでいただいたので、何かを身につけたいという思いで参加させてもらいました。
もちろんポジションを奪いたいという思いはありましたが、それよりもテレビで見ていた選手たちとトレーニングし、肌で感じ、自分の成長に繋げたいという思いの方が強かったと思います。
—— ウサイン・ボルト選手の影響で始めた坂道ダッシュが、日本代表へと繋がっていたんですね
そうですね。坂道ダッシュをすればいいのかという話になってしまうかもしれないですが(笑)、それだけではありませんし、自分で「努力した」と言う人はあまりいませんが、そういう努力の積み重ねが日本代表に繋がったと思います。
—— 坂道ダッシュはどれくらいの頻度でやっていたんですか?
毎朝やりました。学校が家から近かったということもありますが、チームのトレーニングにプラスして何かをしなければレギュラーにはなれないと感じたので、雨が降っていようが関係なく、毎朝坂道ダッシュしていましたし、高校ラグビーを引退した後も、卒業するまで続けていました。
◆1年間体作り
—— 自分で考えてトレーニングするコツは身につきましたか?
高校時代ではスピードトレーニングを教えてくれる人も周りにはいませんでしたし、今と比べて、多くの人が取り入れるトレーニングではなかったので、自己流で取り組み始めましたが、それが結果に繋がっているということは、自分で考えて取り組んだことの方が成長に繋がるということだと思います。
言われたことだけをやっていると選手としては伸びないと思いますし、自主的に取り組んでいる人が、今の日本代表で活躍している選手たちであったり、トッププレーヤーになっている選手たちだと思うので、その力を高校の時に身につけられたのは良かったと思っています。
—— 大学ではどうでしたか?
自分のスピードを活かすことができましたし、スピードを買っていただき代表にも選んでいただいたと思うので、スピードを評価されたことがすごく嬉しかったです。
—— スピードに関して、代表ではどうでしたか?
7人制で言えば、スピードに自信を持っていましたし、福岡さん(パナソニック)にも、「単純なスピードでは自分よりも速い」と言っていただきました。けれど、他のスキルの部分では福岡さんに惨敗だったと思っています。そこが課題ではありますが、逆に言えば、そこを補うことができれば追い越せると思っています。
—— どう補おうと考えていますか?
7人制日本代表にも声を掛けていただいたんですが、今年1年間は体を作る期間にしたいという思いがありましたし、このまま7人制に行っても同じ結果になってしまうと感じていたので、お断りをさせていただきました。この1年間をしっかりと体作りに充てて、2019年、2020年を目指したいと思っています。
—— ワールドカップとオリンピックの2つを目指しているんですね
エディーさん(ジョーンズ/イングランド代表監督)は「7人制と15人制は両立することはできない」と言うんですが、僕はその2つの日本代表を経験したので、どちらの代表にも入れるということを証明したと思いますし、7人制と15人制のどちらにも選ばれなければいけない使命感があります。そして、2019年と2020年はどちらも日本で開催されるので、もう一度2つの代表で勝負したいと思っています。
—— 7人制と15人制の違いは感じますか?
全く違います。そもそも試合時間が違いますし、スピードや展開の速さに違いがあり、7人制では僕よりも速い選手がたくさんいます。逆にそういう選手に出会えたことは嬉しかったですね。日本の中では「スピードでは自分が一番だ」と思っていましたが、7人制で世界のチームと戦ったら、めちゃくちゃ速い選手がたくさんいましたし、ただ単純にすごいと思ってしまいましたね。
7人制で世界を経験することがなければ、日本の中だけで満足してしまっていたと思いますが、そういう選手と対戦したことで目標になりましたし、すごく良い経験だったと思います。
◆仕事は楽しい
—— 大学時代で印象に残っていることは?
7人制も重要な経験でしたが、大学4年の時に、大学選手権で11年ぶりにベスト4に入れたことが良かったと思います。
—— サンゴリアスに入り、社会人を体験中なわけですが、どうですか?
仕事とラグビーを両立することは難しいと思いますし、今も難しさを感じています。それを両立することができれば、社会人として、そして人間として成功できると思いましたし、その努力によってラグビーにも繋がると思っているので、いまは大変な時期だと思いますが、この時期を乗り越えられれば、また一層成長できると考えています。
—— 仕事についてはどうですか?
仕事は楽しいです。営業をやらせてもらっていますが、人と接することが好きですし、会社の中でデスクワークするよりも、外に出て色々な人と話をする方が、自分には合っていると思います。
—— 話を聞いていると、ポジティブな性格だと感じますが、自分ではどうですか?
前向きになりました。リオ五輪で代表から外れて、後ろ向きに考えていた時期がありましたが、その時期があったからこそ前向きになろうと思いました。これよりも悪い経験はないと考え、前向きになるしかないと思いましたね。後ろを向いたからと言って、リオ五輪に出場できるわけではなかったので、それであれば、前を向いて、次の東京五輪を目指そうと思えるようになったんです。そういう考えになるには、かなり時間がかかりましたけどね(笑)。
日本代表がリオ五輪でベスト4になって、その時はまだなぜ自分が出場できなかったのかと悩み、気持ちが落ちるところまで落ちた時期でもありましたが、今はもう次の東京五輪でメダルを取り、「あの経験があったからだ」と言ってやろうと思っています(笑)。
—— 性格としては、かなりの負けず嫌いですね
めちゃくちゃ負けず嫌いです。あとは、他の同期のメンバーが明るくて喋る人が多いので、それと比べると、僕は大人しい方だと思いますし、話を聞いていることの方が多いかもしれないですね。
—— 社会人1年目を終えた時の姿はイメージしていますか?
サンゴリアスでレギュラーを取ることは相当難しいことだと思いますが、目標は大きく掲げたいと思っているので、サンゴリアスでレギュラーを取り、トップリーグのベスト・フィフティーンに選ばれたいと思っています。
ポジションとしては、14番をやることが多いんですが、僕としては11番もできますし、高校時代はフルバックをやっていたので、バックスリーで戦力になっていきたいと思っていますし、そのためのアピールをしていきたいと思います。
—— サンゴリアスに入ろうと思った理由は?
バックスリーの選手がすごい選手たちばかりだからです。出場できるかできないかが分からないチームの方が、自分の成長に繋がると思いました。そこで出場できなければ、それまでの選手だったんだと思いますし、出場することができれば、イメージしているような良い選手になれていると思います。
きっと試合に出られない時期はあると思いますが、そこで落ち込むことなく、やってやろうと思えるのは、その意思があったからだと思います。
◆中靏さんとスピード対決
—— 先ほど、東京五輪へのイメージを話してもらいましたが、ワールドカップへのイメージはありますか?
ラグビーを始めた時から、ラグビーは15人制という思いがありましたし、高校代表の時からワールドカップに出場することをイメージしていて、2019年は僕が25歳、26歳の時で、一番良い状態の時だと思っています。
—— ラグビーは何歳から始めたんですか?
小学1年生で始めました。兄が先にスクールでラグビーを始めたんですが、兄はそれがラグビーというスポーツなのかも分からず、ただボールを持って走るのが楽しいからやっていたそうですが、その流れで僕もやるようになったんです。
—— 子どもの頃は、ラグビーのどこが面白かったんですか?
単純にボールを持って走ることが楽しかったですね。今もそうですが、相手を抜くことが楽しいので、そこは変わっていないですね。
—— ディフェンスについては?
正直、高校時代は苦手意識がありましたが、チームが強かったので、あまりディフェンスをしなかったと思います。大学ではチャレンジャーの立場だったので、ディフェンスをやらなければいけず、最初は苦手意識を持っていましたが、今はもう克服しています。
特に7人制は1対1が多いですし、守らなければいけないエリアも広いんです。その7人制を経験したので、15人制の方が守らなければいけないエリアが狭くなりますし、むしろディフェンスをやりたいと思っています。
—— ディフェンスのコツを掴んだんですか?
タックルの意識が変わったと思います。以前までは苦手意識があり、ちゃんと体を当てられていなかったので、海外の選手などに弾き飛ばされたりもしていたんですが、ちゃんと体を当てることで止められるようになったので、そこが大きな一歩だったと思います。
あと、足の速さに自信を持っているので、外側を抜かれることはほとんどありません。だから、外側で待っている選手を泳がしておける余裕を持つことができるんです。
—— 相手を抜くこと以外で、いま感じるラグビーの面白さはどこですか?
サンゴリアスの選手たちは、ラグビーナレッジであったり、スキルやコミュニケーション能力が高いと感じています。そこの力は先輩たちよりも劣っていると感じているので、その力がつけば、成長できると思っていますし、まだまだ成長できるところがあることが、ラグビーの楽しさだと感じています。
—— 改めて、今シーズンの目標は?
2連覇に貢献できる選手になりたいと思っていて、そのためにはチームにコミットすることが必要だと思いますし、それに加え負けず嫌いの部分が大事だと思います。日本代表の江見さんやサンウルブズの中靏さん、フルバックの松島さんを越えて試合に出なければ、ベスト・フィフティーンも見えてこないと思います。
—— ファンの人たちにはどういうところを見てもらいたいですか?
やっぱりスピードです。サンゴリアスでは中靏さんのスピードはすごいと思いますが、それよりも「松井の方がすごいな」と思ってもらえるような選手になりたいと思っています。
よく沢木さん(監督)からも中靏さんと比べられることがありますし、チームからもスピード対決を期待されていると思うので、中靏さんと切磋琢磨して成長していきたいと思います。