2016年6月29日
#490 小川 秀治 『怪我に対して正しい知識と対応できる強い選手を育てていきたい』
サンゴリアスで3シーズン目を迎える小川秀治トレーナー。大人しくて優しそうな雰囲気の中に、静かな情熱を感じるインタビューとなりました。気持ちが常に安定していて、継続力のあるトレーナーの存在は、選手にとって頼りのいある、なくてはならない存在なのではないでしょうか。(取材日:2016年6月16日)
◆スポーツに携わりたい
—— これまでの経歴を教えてください
僕がやってきたスポーツで言えば、小学校から大学までずっとサッカーをやってきました。ポジションはゴールキーパーをやっていて、高校くらいまではプロサッカー選手を目指していました。プロ選手への道は厳しくて、大学までサッカーは続けましたが、趣味でやる程度になっていて、少しスポーツからは離れようかと思うようになっていました。
大学の4年間でスポーツに対する未練もなくなるだろうと思っていたんですが、卒業間近になってもスポーツに携わりたいという気持ちがなくならず、就職活動をしていく中で、スポーツに携われる仕事はないかと調べるようになりました。そこから専門学校に行ってトレーナーになって、スポーツ選手を支える仕事をしてみたいと思うようになっていきました。
—— スポーツに携わる仕事としてトレーナーを選択されましたが、なぜトレーナーだったんですか?
僕の場合は、怪我をしてトレーナーの人に助けてもらったという経験ではなくて、サッカーの試合を見に行った時に、グラウンドを走り回っている人を見て「あれは誰なんだろう」というところがスタートでした。高校で「プロとしては厳しいな」と思い始めた頃に、トレーナーという仕事があることを知りました。
トレーナーは表舞台には出てこない仕事ですが、チームと一緒に喜びを味わえますし、スポーツに深く携われるというイメージがあり、トレーナーの道を進むことを決めました。
◆何をゴールにするのか
—— 専門学校を卒業後はどういうチーム、選手を見ていたんですか?
卒業後は、二子玉川にある箕山クリニックという整形外科で8年間仕事をしました。そのクリニックは面白くて、トレーニングジムと整形外科がひとつになっているんです。例えば、怪我をした選手やスポーツ愛好家が、リハビリではなく筋力の強化が必要な場合は、ドクターから案内状が出て、その施設でしっかりとトレーニングが出来るんです。ドクターが診察をして大まかな方向性を示してくれるので、その患者さんをどう強化していくかということを僕らが考えて取り組む施設でした。
—— そのクリニックにはどういう選手を見ていたんですか?
サッカーをやっている人が多かったんですが、ラグビーやハンドボール、陸上、テニスなど、様々な競技、様々なレベルの選手が来ていました。
—— そこでの仕事はどうでしたか?
専門学校を卒業すると、多くの人が治療をメインにするんですが、僕はリハビリやトレーニングをメインにやっていました。治療だけで治る怪我と、しっかりトレーニングをしないと治らない怪我があると思うので、そういう部分でもとてもいい経験ができたと思います。
—— ドクターとの連携が大切になりますね
例えば、膝の前十字靭帯を切って、ドクターから6ヶ月で復帰を目指すという指示があった場合は、3ヶ月までは2週間に1回は診察してもらったり、その後は1ヶ月毎に診察してもらったりして、ドクターと連携してその時の状態とトレーニングの効果を確認してもらいながら復帰を目指す取り組みをしていました。
あとその選手の競技や競技レベルも考えなければいけないので、何をゴールにするのかという部分は患者さんとも共有しなければいけません。患者さんが求めることと、こちら側がやりたいことをすり合わせながら取り組まなければいけないんですが、それは今も同じことが言えると思います。
◆リハビリが見られるトレーナー
—— そのクリニックの後はどういう経緯でサンゴリアスに入ったんですか?
チームに携わりたいという思いからトレーナーの道に進んでいるので、悩む時期がありました。僕は広島出身なのですが、地元に帰ってトレーナーとしてやっていこうかと考えている時に、専門学校の同級生だった田代トレーナーから声を掛けてもらいました。
—— リハビリには自信がありましたか?
出来る自信はあったんですが、クリニックに来た患者さんに対して処置をすることと、実際にチームに入って取り組むこととは違いがありました。チームでは今日やったことが明日にはどうなっているのかという日々の変化が見られるということと、リハビリ期間でトレーニングに使う時間と内容、治療に使う時間と内容をトータルで考えなければいけないこと、あとは選手個々のキャラクターを深く理解しなければいけないことなどがあります。
そして、もちろんトレーニングやリハビリの知識は重要なんですが、選手が納得して取り組めるような説明の仕方や話を聞く力であったり、コーチやトレーナー同士でリンクしながら選手をサポートするという取り組みがより大切だと感じています。
—— 選手によっては、痛みに強い選手や弱い選手がいますよね
どの選手も痛みに対して細胞レベルで見れば同じような事象が起きているとは思うんですが、痛みを感じやすい選手を選手自身が納得しないままプレーに戻してしまうと信頼関係が生まれなくなってしまうので、こちら側の意図をしっかりと納得してもらうことが重要だと思います。
その上で一番難しいことは、選手とコーチたち、そしてドクターの間に入っているので、そのバランスを取ることです。そのバランスはケース・バイ・ケースになるので、様々な状況をすり合わせて取り組まなければいけません。
痛みに対する感じ方であったり捉え方は選手によって違いがあるんですが、それはその選手が育ってきた環境の中で、怪我をした時にトレーナーにどう対応してもらったかによって、怪我の捉え方が変わるんだと思います。そういった意味でも、田代トレーナーと協力して怪我に対して正しい知識と対応のできる強い選手を育てていきたいと思いますね。
—— 怪我から回復するためには睡眠や食事も重要になりますよね
1日24時間のうちリハビリを行う時間は治療を含めても2~3時間です。その他の時間の使い方は、選手本人の意識レベルに関わってくるので、金剛地さん(管理栄養士)に食事の指導をしてもらったり、俊さん(西原俊一/S&Cコーチ)にリカバリーを指導してもらったり、そういう部分も含めてリンクして、1日でも早く復帰してもらうための総合的な提案をしていかなければいけないんです。
◆信頼されることが一番大事
—— 取り組んでいる中で一番の目標は?
以前、オーストラリアに研修に行かせてもらった時に、オーストラリアのトレーナーの方と話をしたんですが、その方が「選手に信頼されることが一番大事」とおっしゃっていて、僕としても携わった人に信頼してもらうことが大切だと思っています。それが感じられる時は嬉しく思いますし、そんなトレーナーが目標です。
—— 悲しい時はどんな時ですか?
怪我に負ける選手を見ることも嫌ですし、チームが負けることも嫌ですね。前の職場の上司が言っていた言葉なんですが、「せいはあっても、おかげはない」とよく言われました。トレーナーのおかげで勝つことはないけれども、トレーナーのせいで負けることはあるということだと思います。
チームが勝つことは選手の努力のおかげで、チームが負ける時には僕らにも責任があるんです。だから、「せいはあっても、おかげはない」ということは常に意識しています。
—— 将来的なビジョンはありますか?
あまり遠いビジョンは考えていません。チームから必要がないと言われてしまえば仕事がなくなってしまう職業なので、僕の考え方としては、目の前の仕事をしっかりと取り組み、周りの方々から信頼を得ていくということを積み重ねていくことが重要だと思います。
◆一生勉強しなければいけない職業
—— トレーナーという職業を選んで良かったと思いますか?
試合に向けて準備をして、そこで結果が出たり、出なかったりして、また準備していくというサイクルは、とても刺激的だと思いますし、楽しいです。トレーナーは一生勉強しなければいけない職業だと思いますし、一生満足できない職業だと思うので、この職業に100%の自信を持つということはないと思いますが、少しずつでも自信を高めていく努力を続けていかなければいけないと思います。
—— 小川さんが考えるアスレチックトレーナーとは?
難しいですね(笑)。アスレチックトレーナーは潤滑剤かもしれませんね。コーチたちと選手の間に入ったり、スムーズにリハビリを終えてプレーさせたり、角を取りチームを良い方向に進めるサポートをするというイメージですね。
—— ご家族は?
子どもが1人いて、もうすぐ3歳です。シーズン中はチームでの活動が多くなるので、家族からのサポートには本当に感謝しています。
—— 話を聞いていると優しそうな印象を受けますが、自分ではどういう性格だと思いますか?
カッときてバッというタイプではなくて、少し引いて考えるタイプだと思います。あとは物事を継続する力はあると思います。
—— 今シーズンの目標は?
やはり優勝です。先ほども言ったように、自分のおかげで優勝するということはありませんが、負けるリスクを最小限に抑えるためにも自分の仕事をしっかりと遂行していきたいと思います。僕はまだサントリーで優勝した経験がないんですが、勝ってシーズンが終わるなんて最高だと思います。怪我をした選手を1日でも早く復帰させたり、怪我人が少なくシーズンを戦って、最後に選手とコーチ、スタッフ全員で喜べる瞬間を味わいたいと思っています。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]