2016年6月15日
#488 沼田 幹雄 『ラグビーは色々なスポーツの要素が集約したスポーツ』
常に黙々と仕事をしている沼田幹雄コーチ。それでいて底知れぬ存在感が感じられるのは、他競技における多彩なキャリアが大きな要因となっているようです。2年目の沼田コーチに初インタビューです。(取材日:2016年6月2日)
◆アメリカンフットボール
—— サンゴリアスでの2年目のシーズンとなりましたが、サンゴリアスに入る前のキャリアを教えてください
元々はアメリカンフットボールのチームを見ていて、最初は鹿島ディアーズ(現LIXILディアーズ)で7年やり、その後にオンワードオークス(2008年活動停止)で1年、そしてノジマ相模原ライズで4年やり、日本大学フェニックスで4年やった後に、国立スポーツ科学センターで指導員をやりました。そのあとは、東芝のバスケットボールチームで3年やった後に、サントリーに来ました。
—— アメリカンフットボールに関わるようになったきっかけは?
大学生の時にアメリカンフットボールの選手をやっていて、卒業後は4年ほど社会人をやりながらクラブチームでアメフトをやっていました。アメフトをやっていた関係で、ずっとストレングスに関わる仕事をやりたいと思っていたので、専門学校に2年通って、縁があり鹿島ディアーズで働くことになりました。
大学を卒業した後は、アメフトとは全く関係のない会社で働いていたんですが、サラリーマンで自分の人生が終わるということが考えられませんでした。元々、指導者に憧れがあったんですが、一度社会人になって、そこから何の指導者になれるかと考えた時に、高校時代からトレーニングは行っていたので、「ウエイトトレーニングの指導者になってアスリートたちのサポートをしたい」と考えるようになりました。
—— 選手以外でもスポーツに関わりたいと思った根源は?
高校時代は陸上部で、短距離とやり投げをやっていました。その時からウエイトトレーニングなどを始めていって、そこからどんどん自分の競技レベルが上がっていきました。競技は陸上からアメフトになりましたが、アメフトはコンタクトスポーツなのでパワーが必要ですし、体を作らなければいけなかったので、高校から続けていたトレーニングを大学でも取り組んでいたんです。そして、指導者を目指す時に「ウエイトトレーニングで選手のパフォーマンスを良くしたり、勝てるような選手を作れたら」と考えるようになりました。
—— 選手時代は自分で考えながらトレーニングを行っていたんですね
今の時代みたいにたくさんの情報があったわけではないので、先生や先輩に教わったりしながら、自分で考えて、時間を見つけてトレーニングを行っていました。
—— その面白さは?
やっぱり自分の体つきが変わるということと、それに伴ってパフォーマンスレベルが上がっていくことが目に見えて分かったので、面白かったですね。今はそういうところで、選手のサポートをしていきたいと思っています。
—— 自分で考えながらトレーニングをしていく中で、失敗例などもありましたか?
やり過ぎて体を壊してしまうということはありましたが、正解というものがなかなかない世界なので、失敗ということはあまりなかったと思います。それに、自分の体と他の人の体では全然違いますし、競技によっても求められるものが変わってくるので、試行錯誤しながらやってきました。
◆ラグビーは時間のサイクルが速い
—— 指導者としてアメリカンフットボールに関わってみてどうでしたか?
アメフトという競技自体は知っていましたが、アメフトの中でも日本でトップレベルの選手たちだったので、要求されるものが全然違いました。選手たちに直接指導をするということと、一般の人たちにトレーニングを教えるということは全く違います。
あと、アメフトはポジションが細かく分かれているので、そのポジションに合わせてトレーニングを変えなければいけない部分があります。それに人数が1チームあたり60~70人くらいいて、大学になると120人くらい選手がいる中、1人や多くても2人で見ていたので、実際にチームに入ってみてその大変さを味わいましたね。実践で学んで、叩き上げられてきたことが今に繋がっていると思います。
—— アメリカンフットボールはボールを持っていない選手同士でもぶつかり合っているので、怪我の危険性が大きいですよね
アメフトの場合も日本では企業チームが多くて、平日2回と土日に練習を行うというスケジュールで、平日に関してはある程度コントロールできていました。ただ、通常の仕事が終わってからトレーニングをしていて、選手が集まって18時くらいから21時くらいまでフットボールの練習をして、21時から24時くらいまでウエイトトレーニングをしていました。
限られた時間の中でフットボールの練習をしなければいけませんし、体も作らなければいけませんし、ビデオなどを見てスカウティングなどもしなければいけない状況なんです。だから、その状況の中で、効率的に、なおかつ要求されているものを出していかなければいけないので、なかなか大変でしたね。
—— アメリカンフットボールと比べてラグビーはどうですか?
ラグビーもストレングスという部分が重要視されているということは以前から感じていましたし、実際にサントリーに入ってみて、体を作るという部分に関しては、アメフトと同じような高いレベルを要求されています。
ただ、ラグビーの場合は、練習の頻度が高いので、激しいトレーニングをしなければいけないけれど、次の日も激しいトレーニングが待っているので、激しいトレーニングをさせながらしっかりとリカバリーもさせて、出来る限り良い状態で次の日のトレーニングが出来る状態にしなければいけません。そのサイクルが目まぐるしく巡ってくるので、アメフトと比べて時間はありそうですが、時間のサイクルが物凄く速いという感覚があります。
—— 時期によっても変わってきますか?
オフシーズンとインシーズンとでは違いますし、今の時期になると練習試合が入ってくるので、どういう準備をしていくかという部分も変わってきますし、トレーニングの時間もコンパクトになってきます。ただ、その中で、長いシーズンを乗り切るためには、体を維持しなければいけませんし、シーズン最後の一番大事な時にトップの状態に持っていくことを考えると、開幕後でも少しずつ上げていかなければいけないんです。そのためには、より考えて色々なトレーニングを組み合わせてやっていかなければいけません。
—— ラグビーの方が大変ですか?
選手の人数は減って、ほぼ毎日選手のことを見られるので、ラグビーの方がやりやすいとは思いますが、考えていたよりも時間がないので、1日や1週間のサイクルが、とにかく速く感じます。
◆アメリカとイギリスの文化の違い
—— これまで経験した競技とラグビーの一番の違いは何ですか?
バスケットはラグビーと比べて、環境の面では近いと思いますが、バスケットはコンタクトレベルが高くありませんし、フィットネスレベルもラグビーの方が高くて、走行距離もラグビーの方が長いですね。練習自体はバスケットの方がコンパクトだと思いますが、その代り、バスケットは個人のスキルを高める練習が多いと思います。
アメフトはチームの練習時間が長いですね。それは、アメフトはユニットでのプレーが多くて、それを少しずつ合わせていって、最後に全体で合わせるという形になるので、2時間半とか3時間くらいは練習をしていると思います。
あとアメフトはミーティングを2時間とか3時間くらいやるので長いんです。ミーティングでは相手のフォーメーションを叩き込んだり、自分たちのプレーを1プレーずつ見返したりします。1試合で60~70プレーくらいあって、それを1プレー1分ずつ見ていくだけで1時間くらいかかりますし、1プレーを2回とか3回見ると、それだけ時間が2倍3倍になります。
—— アメリカンフットボールやバスケットボールはアメリカンスポーツだと思いますが、ラグビーはヨーロッパや南半球が主流となると思います。その違いを感じることはありますか?
僕のイメージとしては、アメフトは戦略的な部分が大きいと思うんですが、おおざっぱな感じもあります。ラグビーは見た目とは違い緻密な部分があるので、そこがアメリカとイギリスの文化の違いなのかなと思ったりもします。
例えば、アメフトは緻密そうなんですが、全体的な練習の組み立て方がおおざっぱだったりして、ラグビーは緻密に区切られて練習をしたりします。ウエイトトレーニングに関しても、アメフトは勢いでガンガン上げていく感じで、ラグビーはその選手の状況やその日の練習によってメニューを考えたりします。
—— アメリカンフットボールの魅力は?
オフェンスとディフェンスが完全に分かれているので、それぞれポジションで選手の性格も違うんです。オフェンスはユニットでやっているので協調性がある人が多くて、クォーターバックは司令塔になるので周りを仕切れる人、ディフェンスはユニットの部分もありますが個性が強い人が多くて、俺が俺がという人が多いので、そういうところが面白いですね。
—— アメリカンフットボールの場合、キャプテンはどちらのタイプが多いんですか?
僕が見ている限りではディフェンスの選手が多いと思います。その裏で、オフェンスの選手が上手くサポートしている感じがあります。
—— 国立スポーツ科学センターにいた時には、どういう競技を見ていたんですか?
柔道、競泳、シンクロナイズドスイミングを主に見ていて、あとはヨットやトランポリン、ウインタースポーツの選手を見た時もありました。本当に色々な競技を見ていて、全ての競技を深くまで知ることが難しかったので、選手に直接聞いたりもしました。マイナースポーツの選手などは、その競技を知って欲しいという思いがあるので、聞いたりすると色々なことを教えてくれましたね。
選手から聞いたことをもとに、どういうところを高めるトレーニングが必要なのか、その選手としてはどういうところを高めたいのか、ということを考え、トレーニングに反映させたりしていました。色々な競技を見たことによって、自分の幅が広がったと思います。
—— その中で驚いたことや発見したことなどはありましたか?
これまではチームで点数を争うスポーツばかりを見てきましたが、例えば、競泳であれば、0コンマ何秒を争う競技ですし、シンクロであれば美しさを見せる競技で、それぞれ特徴が全く違うものなので、トレーニングとしても必要なことが全く変わってきます。そういう面白さもありましたね。
—— そういうスポーツを指導するのも面白そうですね
そうですね。タイムで争う競技も面白いなと思いますね。
◆ストレングスとバックスのスピード
—— 一方で昨シーズン、1年間やってみて、ラグビーの魅力は何だと思いますか?
僕は色々なスポーツを見てきましたが、ラグビーは色々なスポーツの要素が集約したスポーツだと思います。コンタクトがあるのでストレングスやパワーも必要ですし、フィットネスも必要です。そして、これだけ激しいことを毎回繰り返さなければいけないので、食事やリカバリーの部分でコンディショニングも考えなければいけません。
ラグビーはストレングスだけとか、フィットネスだけとかではないので、やることが多いですし、それだけの知識を持っていなければ対応できなくなってしまいます。フィットネスやリカバリー、コンディショニングの部分は、ラグビーを見たことによって、新しい刺激を受けることが出来ています。だから、ラグビーの魅力を表すのであれば、総合力になると思います。
—— コーチにも総合力が求められるということですね
幅広い知識と経験が求められますよね。ある程度、長いことコーチとしてやってきたので、自分の知識と経験があれば、ラグビーでもやっていけるかなと思っていましたが、また違った刺激がありましたね。
—— 1年目と比べて、2年目は違いますか?
ラグビーのことも分かってきましたし、選手とも長い時間を一緒に過ごしているので、それぞれの個性も分かります。それに1年間の流れが分かったので、こういう時にはこうしなければいけないという部分が見えてきています。
—— 昨シーズンを経て、今シーズンの課題は何ですか?
監督からは、一番はストレングスの部分とバックスのスピードの部分を見てくれと言われているので、その部分を中心にしています。あと、菅平合宿までの間で、特に個人のストレングスを底上げすることを求められていたんですが、次の段階として7月下旬の網走合宿までの間に、更に高めていきつつ、パワーに転換していくことを考えています。
—— パワーに転換するとは、どういうことになりますか?
コンタクトスポーツなので、瞬間的に相手に強い力を与えることが必要になります。そのためにはスピードが重要になるんですが、ベースとなる筋力がないと活きてこないので、この時期にどれだけ底上げ出来るかになるんです。
—— スピードとパワーを両立させるポイントは?
重要なことはラグビーのスキルとトレーニングを、どれだけ上手く繋げられるかになります。そして、それをどれだけ選手にイメージさせられるかが重要です。
◆インターナショナル・スタンダード
—— コーチをしていて嬉しい時はどんな時ですか?
もちろんチームが勝つのが嬉しいことですが、人対人でやっている仕事なので、指導をしていた選手から、例えば、「トレーニングによって良くなりました」とか、「マインドや意識などの部分で、トレーニング以外のところでも変わった」という言葉をもらうのが嬉しいですね。
—— 逆につらい時は?
やっていることが上手く選手の成果として表れない時ですね。ラグビーは個人競技ではなく、15人が集まってどう出せるかになるので、そこで成果が出ていない時は悩みますね。
—— 今シーズンの目標は?
先ほど言ったチームから求められているストレングスとパワー、スピードの部分を、インターナショナル・スタンダードに持っていくことです。あと、日本人選手に関しては、アメフトやバスケットを見てきましたし、国立スポーツ科学センターで色々な種目の日本代表選手を見てきたので、日本人の体のポテンシャルはまだまだ凄いものがあると感じています。だからラグビー選手もまだまだ上を目指せる力があると思っています。
僕はサントリーに入るまでラグビー以外の競技を見てきた人間なので、上手くそういうところを伝えながら、チームでの役割をしっかりと果たしたいと思っています。
—— ファンの人たちにはどういうところを見てもらいたいですか?
一番は選手の体つきですね。あとは、バックスであれば一瞬のスピードや、フォワードであればコンタクトする瞬間の力強さという部分が変わったと思ってもらえたら、僕が取り組んできた仕事が達成できたと思います。
—— 中長期的な目標はありますか?
これまで色々なチームスポーツを見てきて、ラグビーが日本のチームスポーツの中でトップレベルにあると思っているので、もう他のチームスポーツを見ることはないかなと思っています。年齢的に言っても、ラグビーのストレングスを見ることは、体力的にそんなに長くは出来ないと思っています(笑)。
そう考えると、1つの競技というよりは、日本のスポーツ界に対して幅広くどう協力できるかということになってくると思います。ストレングスという分野は、なかなか若いコーチがいないので、そこの部分を作っていくということも考えています。日本のスポーツを更に発展させていくためには、ストレングスという分野は重要になってくると思うので、若い人たちにそういうことを伝えていくことが、僕の今後のビジョンでもあります。ただ、今はとにかくサントリーで自分のやるべき仕事を、どれだけしっかり出来るかということを一番に考えています。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]