SPIRITS of SUNGOLIATH

スピリッツオブサンゴリアス

ロングインタビュー

2016年6月 1日

#486 西原 俊一 『世界で戦えるフィジカルを目指して』

クラブハウスの中を歩いていると、1日で何度もすれ違う。ということはあちこちをよく動き回っている西原俊一S&Cコーチ。それには西原コーチが考えて実践している理由がありました。サンゴリアス3年目で初のインタビューは、1時間近いロングインタビューとなりました。 (取材日:2016年5月13日)

◆良い距離感

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—— サンゴリアスで3年目のシーズンがスタートしていますが、これまで2シーズンを経験して、ラグビーでのS&C(ストレングス&コンディショニング)の特徴は?

ラグビー以外の競技で言えば、アメリカンフットボールの経験があって、ラグビーで言えば、サントリー以外のチームでもS&Cコーチを務めたことがあります。サントリーに来て感じたことは、ラグビーコーチとS&Cコーチとの距離が違いということです。

アメリカンフットボールのチームを見ていた時は、常駐ではなかったんですが、今サントリーでは毎日クラブハウスにいて、ラグビーコーチだけじゃなくマネジメントスタッフとも常に一緒にいて、他のコーチやスタッフと良い距離感で仕事が出来ていると思います。

—— 距離感が近いメリットは?

例えば、ラグビーコーチがある選手のトレーニングを「こうしたい」と話していたら、その話が勝手に耳に入ってきます。そういう話が聞けると、S&C側からのアプローチもイメージできますし、マネジメントスタッフもすぐ近くにいるので、気になったことがあればすぐにコミュニケーションが取れるというメリットがあります。

海外のチームなどを見ると、ラグビーコーチとマネジメントスタッフで部屋が分かれていたりします。サントリーの場合は1つの部屋にコーチもスタッフもいるので、色々な会話が飛び交っていて、必然的に情報量が増えるんです。もちろん海外のチームからはトレーニング方法などを勉強させてもらい、自分の引き出しを増やすことが出来たと思います。

—— トレーニング方法については、海外でのトレンドも日々変化しているんですか?

日々研究されていますし、新しい機材が出てきたりしているので、新しい方法が生まれています。トレーニングは同じことを繰り返すことも大切なんですが、選手としたらモチベーションを維持することが大変になるんです。例えば、体を大きくするという目的があれば、その目的を効果的に果たすためには色々なアプローチの方法で取り組むことが必要となり、引き出しの多さが重要になります。

◆自分の力で対価がもらえる

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—— なぜS&Cコーチになろうと思ったんですか?

僕はサッカーを高校で止めて、その後に競輪選手を目指したんです。もともと父親が競輪選手だったので目指したんですが、当時は23歳まで競輪選手になるチャレンジが出来たんです。4年間チャレンジをし続けたんですが、テストで落ち続けてプロ選手にはなれませんでした。

チャレンジをして3年目くらいの時に、父親の知り合いが福島にいて、そこに泊まり込みでトレーニングに行ったんです。その中で、ウエイトトレーニングなどと本格的に出会い、そこからパフォーマンスが劇的に良くなりました。そこで「ちゃんとトレーニングをすると変わるんだ」と思いましたね。

それまではずっと一次試験で落ちていたんですが、一次試験に受かることが出来て、二次選考まで進みました。二次選考でダメでしたが、「ちゃんと考えてトレーニングをすると、人の体はこういう風に変わって競技力って上がるんだな」と実感して、そこからトレーニングに興味を持ち始めました。

—— それを仕事にしようと思ったのはいつですか?

競輪選手の試験が受けられなくなって、イメージしていた道の先が真っ暗になりました(笑)。好きなことをやって飯を食えるって最高だと思うんですよ。そういう選手を助けられる仕事はないかなと考えて、専門学校に行くことを決めました。

—— 競輪選手を目指したきっかけは?

特に父親からのプレッシャーはなかったんですが、父親の姿を見て、高校の時にやりたいと思いましたね。競輪選手って、自分の力で評価をされて、自分の力で対価がもらえるんですよ。だから実力がなければお金はもらえませんし、強ければそれだけのお金をもらえるんです。よくよく考えると、僕の今の仕事も同じかなと思いますけどね(笑)。

◆理不尽だからこそ魅力あるスポーツ

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—— S&Cコーチとしてのスタートはアメリカンフットボールになるんですか?

最初、関西大学と関西学院大学のトレーニングセンターにいて、サッカーとかラクロス、アメフトなど、色々なクラブの選手がそのトレーニングセンターに来ていました。その時は、「クラブとしてこういうことをしたいんです」という相談があって初めて動けるので、基本的には受けで、こちら側から何かアクションを起こして取り組むということは出来ない環境でした。

そこから高校ラグビーのチームを見て、その後に他のトップリーグのチームを見たのち、1年間アメフトのチームを見て、サントリーに来ました。だから、スタートとしてはラグビーになります。

—— 東京で活動するのはサンゴリアスが初めてですか?

初めてでした。チャレンジしたいという思いがあり、縁があってサントリーに入ることになりましたが、最初は家族を置いて単身で東京に来たので、最初は何も分からなかったですね(笑)。

—— 1年間アメリカンフットボールでしたが、それ以外はほぼラグビーですよね。なぜラグビーなんですか?

専門学校時代の恩師の方が、ある大学でS&Cコーチをされていて、僕は専門学校を卒業後、どこかに就職はせずに、その恩師の方の下で勉強させてもらっていました。その恩師の下で1年間やり、先ほど話した関西大学の話が来たんです。

トレーニングセンターで働いている途中で、大阪工業大学高校(現 常翔学園高校)のラグビー部の話が来て、そこからはほぼラグビーですね。僕がラグビーをやっていたわけではないんですが、もうラグビーにどっぷり浸かっています。

—— 大学のトレーニングセンターで色々なスポーツを見てきた経験が活きていることはありますか?

種目が変わると、トレーニングメニューも変わります。例えばラクロスであれば肩回りであったり、サッカーであれば体幹であったりするので、様々な部分を深く掘り下げていっていました。そういう部分はラグビー選手にも活かせると思っています。

—— ラグビーの最大の特徴は何だと思いますか?

ラグビーって理不尽なスポーツであると思っています。体は大きくしなければいけないのに速く走らなければいけない上、たくさん走れなければいけないスポーツなんです。理不尽だと思いますが、だからこそ魅力があるスポーツだと思います。僕はサッカーをやっていたので、ラグビーは本当に理不尽だと思いますよ(笑)。

—— サッカーとの一番の違いは?

タフさが違うと思います。サッカーは良くも悪くも、相手を上手くだましてファウルをもらったり出来るんです。僕はそういうプレーが大嫌いでした。ラグビーってそういうプレーをしていたら、他の選手から認めてもらえないですよね。

◆変えていかなければいけない部分

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—— ラグビーのS&Cコーチとしての面白さは?

僕は選手を鍛える立場にいて、その鍛えた選手が良いパフォーマンスをして試合に勝つということが喜びですね。

—— S&Cコーチの役割とは?

選手を強化することです。サントリーにはS&Cコーチが3人いて、例えば、若井さんはフィットネスに重きを置いて見てくれたり、沼田さんはストレングスに重きを、そして僕は怪我をした選手であったりリカバリーに重きを置いていたりするんですが、共通して言えることは、選手のパフォーマンスを強化して、グラウンドで良い結果を出すということです。

—— 先ほど言った、体を大きくすること、スピード、スタミナのそれぞれを鍛えるという理不尽なことについては、どのようなバランスで鍛えているんですか?

年間のスケジュールの中で、この時期にはここに重きを置いて鍛えるという形で取り組んでいます。昔は、ここは走る時期、ここは体を大きくする時期、ここではパワーをという感じで、枠を決めてその部分に特化して鍛えるというやり方もありました。

今の主流としては、全てを鍛えながら、その中で重きを置く比率を変えながらシーズンに向かっていくという形になっています。やっぱり鍛えなくなってしまったらゼロになってしまうので、時期によって比率を変え、バランスを取りながら鍛えています。

—— 選手によって得意分野も変わってきますよね?

選手によっても違いますし、フォワードやバックスのポジションによっても変わってきます。あとは年齢やコンディションによっても変えていかなければいけない部分で、今シーズンに関しては、そこにかなりこだわって取り組んでいます。

—— S&Cコーチは選手の怪我についても考えるんですか?

敬介さん(沢木)が新しく監督になって、練習内容も違うものになった中で、リカバリーがとても重要になっています。だからリカバリーの方法についても、その日の練習内容であったり、選手のコンディションによって考えていかなければいけなんです。

—— ラグビーのS&C部門は、他の競技の中でも先端をいっているんですか?

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他の競技のトップチーム全てを見ているわけではないので難しい質問ではありますが、サントリーは日本一のことをやっているという思いで取り組んでいます。海外の場合はプロチームになってくるので、海外のチームが取り組んでいることをサントリーで行っても合わない場合があります。サントリーの場合は、社員選手でも仕事の内容が違っていたりするので、選手の仕事内容のことも考えなければいけないと思っています。

ただ、グラウンドに立てば、社員選手もプロ選手も関係なく、全員がラグビーに対してプロでなければいけないと思うので、グラウンドに出るまでの環境を把握して、それに合った準備を選手たちにさせなければ怪我のリスクが高まってしまうと思います。

—— 選手の状態を把握するためにはコミュニケーションが大事になりますね

選手と話をしている中で出てくる言葉はとても大事にしなければいけないですし、あとはその選手のキャラクターも見なければいけないと思います。

—— 競技によって選手のキャラクターも変わりますか?

競技によっても違いますし、チームによっても違います。アメフトの選手とラグビーの選手と比較すると、アメフトの選手は良くも悪くも細かいと思います。アメフトは競技特性上、1プレー1プレーで止まるので、それぞれの選手がこういうルートを走るというところまで決まっていて、その一歩目はどこにどう置いて走り出すかというところまでこだわるんです。

◆ギリギリのターゲットを設定する

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—— 監督によって取り組みが変わると思いますが、S&Cの部分でも監督によって変わりますか?

今シーズンのスローガンは「SUNTORY PRIDE」と「INTERNATIONAL STANDARD」になって、世界で戦えるフィジカルを目指して取り組んでいます。その部分は、ここ2シーズンでは少なかったと思いますが、その取り組みを選手も理解してくれて、コミットしてやってくれています。

—— 取り組んでいて大変なところは?

やっぱりウエイトもフィットネスも全て数値で出てくるんですよ。選手が出す数値を追いかけていって、達成するかしないかギリギリのターゲットを設定することが、若井さんや沼田さんの取り組みを見ていて大変だと思います。

そこは大変でもあるんですが、楽しい部分でもあります。その数値を目指していけば、選手にとっては自信になりますし、僕らとしたら選手がターゲットをクリアしたという自信を持った状態でラグビーの方に送り出していけるという感じです。

—— トレーニングをし過ぎて、体が追いつかなくなるという状況もありますか?

トレーニングをすると体が傷つきます。その傷を寝ることや食事を摂ることによって修復しようとしますし、傷つかないように前よりも強くなろうとするので、それを繰り返すことによって強くなっていくんです。そこでリカバリーの部分が大事になってきます。

そこで体が追いつかなくなるということがないように、数値化して選手の体を客観的に見るようにしています。例えば、体重であったり、柔軟性を見ています。練習前と練習後で差が大きすぎると分かるようになっていて、そういう選手はリカバリーが追いついていない状態です。どうしても回復しない場合はトレーナーに見てもらうようにしていますが、基本的にはその日のうちに回復させるようにしています。

—— 睡眠時間についても指導をしたりするんですか?

回復するためには何時間の睡眠が必要という情報は与えています。それを実践するかは選手自身の問題になってきますが、選手の状態を知る意味でもコミュニケーションが大事になります。睡眠時間が短かったり、質が悪かったりすると体に表れますし、選手の表情で分かったりしますね。

どうしても人間なので、自分のためとはいえ、面倒くさいと思ってしまうこともあると思います。選手も怪我をしたいとは思っていないので、リカバリーが必要ということを理解してもらい、結局は自分の体に返ってくると思ってもらい、取り組んでもらうしかないと思っています。

◆仮説を立てて実践し検証する

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—— これまでの2年間で怪我が減ったりしていましたか?

僕が1年目の2年前は怪我が減って、昨シーズンは2年前と同じくらいだったと思います。もちろん怪我をする選手を減らしたいですし、もし怪我をしたとしても早く復帰出来るようにしてあげたいと思っています。そして、出来るだけ多くの選手がグラウンドでラグビーをやっている時間を増やしたいと思っています。

—— 西原コーチも日々学びながら取り組んでいると思いますが、どういうところから学ぶことがありますか?

これまで経験したことが無い事象が起きた場合、経験をもとに仮説を立てて実践し、検証するということの繰り返しですね。検証した時に、思うような効果が表れていなければ、また仮説を立てるところからやり直しています。それを繰り返すことによって学ぶことがありますし、経験になっていくと思います。

—— 代表を経験しているような外国人選手に対しては、どういう取り組みをしているんですか?

彼らは自分のやり方が確立されていて、それに対して「絶対にこういうやり方をしろ」という取り組みは当てはまらないと思っています。ただ、その中でも情報として「こういうストレッチをやってみたらどう?」という提案をするようにしています。そこでやるかやらないかの判断は、その選手に任せています。

—— 彼らから学んだことはありましたか?

練習に入る前に確立されたルーティーンがあって、他の選手もそういうものを確立させていくべきだと思います。年齢を重ねるごとにやるべきことは変わるとは思いますし、自分に合った方法を見つけることは難しいと思いますが、自分の体と対話できる選手を増やしていかなければいけないと思っています。

何も考えずに僕らに全て任せてしまう選手と、自分で考えて、それでも足りない部分を僕らにサポートしてもらうという選手とでは、ラグビーの部分でも差が出てくると思います。やっぱり自分の体を知っている選手は、グラウンドでのパフォーマンスも良いと感じますね。

◆ドキドキしながら仕事が出来る

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—— これまでの2年間で「よし、やった」と誇れるケースはありますか?

まだまだだと思います。それは、やっぱり勝てていないですからね。僕らの仕事はチームが勝たなければダメだと思っていますし、特にS&Cコーチとしては選手のパフォーマンスを上げることで、パフォーマンスが上がれば勝利に繋がると思っています。だから、もっともっと自分自身も成長していかなければいけないと思っています。

—— 勝てなかった原因は何だと思いますか?

スタッフ間のコミュニケーションは、もっともっと良くしていかなければいけないと思っていますし、ラグビーコーチやメディカルとは連携を取っていかなければいけない部分で、そこの部分に関しては、今シーズンは良くなっていると思います。今シーズンに関しては、これまでの2年間と比べて、チームとして1つの方向を向いて進んでいっていると感じます。

—— 3年前にサンゴリアスに入った時はどんな思いがありましたか?

周りから強いサントリーを求められていますし、そういう状況の中、いちスタッフとして仕事が出来たら楽しいですよね。けど強烈なプレッシャーはありますよ(笑)。これだけドキドキしながら仕事が出来るということは幸せなことだと思います。リカバリーやコンディショニングの部分ではプレッシャーはありますが、それはそれだけ求められているということだと思いますし、とてもやりがいがあります。

—— 今シーズンの目標は?

チームとしてはもちろん優勝です。個人としては、先ほども言ったことですが、より多くの選手がグラウンドに立って、ラグビーが出来る環境を作ることです。

—— 中期的な目標はありますか?

自分の体と対話が出来る選手を増やしていければと思っています。

—— 将来、競輪選手のサポートをしたいとは思いませんか?

これまで深く携わったことはありませんが、将来的にはやってみるのもありかなと思います。ただ、今はどっぷりラグビーにハマっていますし、やっぱりみんなで勝つ喜びがあるチームスポーツが好きですね。

◆他のどのチームよりもタフに

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—— ご家族は?

子どもが2人の4人家族です。子どもはいま小学6年生と4年生で、2人ともラグビーをやっています。けど、足は遅いですし、めちゃくちゃ下手くそです(笑)。でも、ラグビーが好きなので、それが一番大事かなと思っています。

—— ラグビーをやっているのはお父さんの影響ですか?

そうだと思います。僕が他のチームにいた時にはラグビーに興味を持たなかったんですが、サントリーに来て、他のコーチやスタッフの子どもたちと遊ぶ機会もあって、そこからラグビーが好きになっていったんだと思います。

—— 子どもたちにやって欲しいスポーツはありますか?

好きなことをやってくれたら何でもいいですね。子どもたちはラグビーも好きだからやっていますし、そこでトップリーガーを目指して欲しいという思いはありません。

—— 最後にS&Cコーチとして、ファンの人たちにサンゴリアスのここに注目して欲しいというポイントを教えてください

チームとしてもそうですが、S&Cとしても、インターナショナルスタンダードを目指して取り組んでいます。大きくて、スピードもフィットネスもある体をターゲットにずっと取り組んでいるので、選手がグラウンドで出すパフォーマンスを見てもらいたいと思います。今シーズンは他のどのチームよりもタフに動くサントリーが見られると思います。

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(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]

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