SPIRITS of SUNGOLIATH

スピリッツオブサンゴリアス

ロングインタビュー

2016年5月18日

#484 沢木 敬介 『アタッキング・ラグビーをもっと進化させていかなければいけない』

選手引退後、3人の監督(清宮、エディー、大久保)の下でコーチの実践を積み、U20日本代表監督、そして日本代表コーチングコーディネーターを経て、いよいよサンゴリアスの新監督に就任した沢木敬介監督。チーム再生に向けての思いを聞きました。(取材日:2016年4月26日)

◆チームが変わるきっかけ

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—— 沢木新監督の新しいチームがスタートしているという印象を受けます

メンバーが変わることはどのチームでも同じことですが、トゥシ(ピシ)や隆道(佐々木)という、言わばチームの功労者が昨シーズンをもってチームを離れることになりました。そういう功労者が残りのラグビー人生を考えて、違うチャレンジをする選択をしたことに対しては、もちろん僕らとしたら気持ち良く送り出しますよ。

逆に言えば、チームにとってはチャンスでもあると思います。長くプレーしてきた人間がチームを離れるということは、寂しいという思いもありますが、チームが変わることが出来る良いきっかけでもあると思います。

—— 全ての選手が横一線でスタートという意味でのチャンスもありますか?

もちろんみんなにチャンスはあると思いますが、サントリーは3シーズンも勝てていなくて、勝っている時はサントリーの基準、スタンダードがありました。今のサントリーは、その時のスタンダードのまま来てしまっていると思います。

当時はそのスタンダードでチャンピオンになれていたんですが、ラグビーは日々変わりますし、実際に今サントリーはチャンピオンチームではないんです。チャンピオンではないチームなのに、チャンピオンだった時のサントリーのスタンダードのままで、チームとして進化できていなかったと感じましたね。

—— どうチームを進化させていこうと考えていますか?

やっぱりチームのカルチャーは大事だと思いますし、これまで積み重ねてきたチームのカルチャーを大事にしつつ、新たに進化させていこうと考えています。やり方は色々ありますが、まずは選手たち1人1人が責任感をしっかりと持つことが大事だと思います。やるのは選手たちで、主役はもちろん選手たちなんです。

今シーズンのサントリーのスローガンは「SUNTORY PRIDE」です。何をもってサントリー・プライドか?ということを、選手たちには最初に話をしました。サントリーが大事にしていることがあって、他のチームに絶対に負けちゃいけないことがあるんです。色々な意味で色々なサントリーのプライドがあって、その色々あるものを、果たして本当にプライドを持ってやっていたのかという話です。そういうところを、もう一度大事にしていかなければいけないと思います。

そして、スタンダードは"サントリー"じゃなくて、"インターナショナル"なスタンダードにしなければいけないんです。その2つを、今シーズンはスローガンにして取り組んでいます。これまでは、「サントリーのラグビーはこうだ」と、逆に決めすぎていたんじゃないかと思います。例えば、「ボールキープしているのがサントリーのラグビーだ」ということを変に思い過ぎていて、ラグビーが進化できていなかったと思います。

ルールも変わっていますし、世界的な流れで言えば、ディフェンスのシステムはどんどんレベルアップしているんです。そういう状況なのに、自分たちのスタイルを変えずにやってきたことが、今のサントリーの状況になった一番の原因だと思います。

周りの状況を見て、何かを変えていかなければいけないのに、それを変えずにずっとやってきてしまったと思います。大事にするものを大事にしつつ、何か新しいことをやっていかなければいけないと思います。

◆空いているスペースを攻める

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—— その"何か"とは、何ですか?

ラグビーはシンプルなスポーツで、原則やルールがあって、ラグビーで一番大事なことは、しっかりと「空いているスペースを攻める」ということです。空いているスペースをいかに攻めてスコアを取るかということが、ラグビーの原則だと思います。スペースを攻める手段は色々とあるんですが、サントリーの場合はその手段を絞り込み過ぎていて、スペースに対して攻めるオプションが少なかったと思います。

そして、自分たちのボールを手放すということを、すごく恐れてしまっていたと思います。意図的に手放して、もう一度自分たちにボールが戻ってくるような仕組みさえ作れば、ボールを手放すことは怖いことではないんです。これまでは、そういう考えを持てなかったんだと思います。

—— そこは大きな変化になると思いますが、逆に変えてはいけないものは何ですか?

「アグレッシブ・アタッキング・ラグビーとは何だ?」という話に対して、はっきり言って、今ではもう選手から明確な答えが出てこなくなってしまっています。もちろんアグレッシブ・アタッキング・ラグビーは大事なんですが、そこに対する考え方を、変えていかなければいけないと思います。

もちろんこれからもサントリーはアタッキング・ラグビーをします。そこは絶対に変えてはいけないところです。じゃあ、「アグレッシブ・アタッキング・ラグビーは何だ?」という時に、ただボールをキープすることがアタッキング・ラグビーなのかと言えば、それは違うと思います。アタッキング・ラグビーをこれからも引き継いでいかなければいけないんですが、そこの考え方を、狭い範囲からもっともっと進化させていかなければいけないと思っています。

その中で、50%も60%も新しいことを取り入れるという話ではなくて、僕が20%くらいのエッセンスを入れるだけで、チームはバッと変わると思います。そして、徐々に積み上げていければいいと思っています。僕が監督になったことで、昨シーズンと比べて、いきなり180度も違うラグビーをやるということではありません。ただ、見ている人からすると、今シーズンのサントリーのラグビーを見たら「昨シーズンとは違うな」と感じると思います。

—— 進化することは簡単なことではないと思いますが、思い描く進化が出来れば、チャンピオンになれるというイメージはありますか?

そうですね。勝たなければ意味はなくて、どうやって勝つかということを突き詰めていきます。ただ良い試合をしたとか、良いラグビーになってきたではなくて、結果に対してしっかりフォーカスしていかなければ、チームは成長していかないと思います。

—— ラグビーがインターナショナルになってきて、日本のラグビー界も企業スポーツとプロスポーツの狭間という感じになってきていると思います。沢木監督はサントリーの社員となりますが、そこに関して意識することはありますか?

そこは簡単な話で、プロの監督やプロのコーチが優秀かと言えば、そうではないと思います。外国人だから優秀かと言えば、それも違うと思います。もちろん優秀なコーチはたくさんいますが、プロだとかアマチュアだとかいうことは、お金の話だけだと思います。僕の中ではそう思っているので、逆にプロの監督や外国人の監督やコーチには負けたくないという思いがあります。

選手も同じで、選手がやっていることは、ほとんどプロに近いものがあると思いますが、「社員選手だから」という言い訳は、もう出来ない時代だと思います。社員選手の場合は、ラグビー以外に会社での仕事があるわけですが、会社員として仕事をするということは本当に良い経験になると思います。

◆コーチングスタッフも進化していかなければいけない

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—— 沢木監督自身のラグビー人生を考えた時に、サントリーでの監督はどういう意味がありますか?

サントリーでプレーもしてきましたし、コーチもしてきて、一度離れて、また戻ってきましたが、僕はあまり先のことを考えるよりも、まずはサントリーでしっかりと結果を出すことを考えていて、そうすればまた新たな道がどんどん広がっていくと思っています。

—— ラグビー漬けの人生を歩んでいると思いますが、そこまで賭けるラグビーへの思いは?

まずは好きだからじゃないですか(笑)。あまりそういうことを考えたことはありませんが、好きじゃなければ出来ないと思います。

—— ラグビーのどこが好きなんですか?

あまり上手く言葉では言えませんが、良いですよ、ラグビーは。人間関係もそうですし、精神もそうですね。あとは、パフォーマンスに比例して、人間的に成長していかなければいけなくて、良い選手になるためには、絶対に人間的にも成長しなければいけません。

—— 人間的な成長を促すコーチングが必要になりますね

だから我々コーチングスタッフも絶対に進化していかなければいけないんです。そのポイントとしては、選手をしっかりと理解することと、選手のやる気を出させることになると思います。選手のやる気をどう出させるかということは、人間的な部分でリスペクトに繋がってくると思います。

コーチにはずっと言い続けていますが、コーチの仕事は選手の能力を最大限に引き出すことで、そのやり方を日々考えて、取り組んでいかなければいけないと思っています。

—— そのためには選手とのコミュニケーションも大事になりますね

もちろんコミュニケーションを取りますし、あとは個人的なアプローチをやっています。しっかりと個人個人を見て色々なアプローチの仕方を考え、その選手に合った方法を見極めて、トレーニングや付き合い方をしていかなければいけないと思っています。

◆僕には僕のキャラクターがある

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—— 沢木監督については選手時代もコーチになっても、周りからは「怖い先輩」「怖いコーチ」という声を聞いていましたが、意識しているんですか?

怖いですかね(笑)。確かに怖いとは言われますが、怖くしているつもりは全くないですよ。見た目で言えば、清宮さん(克幸/ヤマハ発動機監督)の方が怖いでしょ(笑)。

僕は選手に好かれようとは思っていません。確かに選手から好かれようとするコーチはいて、僕が選手の時にもそういうコーチはすぐに分かりました。僕はそういう人はあまり信用できなくて、好かれようとすることがあまり好きではないんです。

逆にむかつくようなことを言われても、それが核心をついていて、むかつきながらも取り組んだら成長していったというコーチングを受けたことがあります。例えば、土田さん(雅人)であったり、エディー(ジョーンズ)であったり、僕がまだ選手だった頃に、本当に核心をついたことを言われて、むかついたことがありました。

ただ、核心をついたことを言われると、フォーカスするべきことが明確になって、取り組み方が決まるんです。そういうことを言ってくれる人って、良い人ではないですけど(笑)、良いコーチだと思います。

—— それは選手に対してだけではなくて、コーチたちにも同じように接しているんですか?

そうですね。優しくて良い人というよりは、良い指導者であったり良いコーチになりたいと思っています。

—— 監督として土田さんやエディーさんから影響を受けている部分はありますか?

それは受けていますね。エディーについて言えば、マネジメント力が抜群に良いと思います。サントリーでも日本代表でも一緒にやらせてもらって、すごく勉強になりました。ただ、やり方を参考にはしますが、エディーのキャラクターがあるから出来るやり方なわけで、僕には僕のキャラクターがあるんです。今は僕のオリジナルのやり方を学んでいる途中で、これに関しては、ゴールはないと思います。

◆選手が主役

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—— コーチングに対するモチベーションはどこになりますか?

例えばですが、ラグビーの見方にしても、僕は少し違う角度で見ていると思います。あと、キックのコーチングをするにしても、僕も色々なコーチからキックの指導を受けましたが、正直、「そのやり方はそのコーチのやり方であって、僕の場合は違う」と思うことが多かったんです。

キックにおいてよく使われる言葉に、エンドポイントという言葉があるんですが、最後の動作さえしっかりと上手くいけば、ボールってまっすぐ飛ぶんです。そのための過程をどうやって作るかという部分を、人それぞれに合わせて、シンプルに伝えなければいけないと思います。

コーチングについては、自分の経験だけでコーチングをするということが、僕の中では一番嫌いなことです。例えば、自分が選手だった時に上手くいっていたことを指導者になって教えることが、指導をされる側の選手にとっては必ずしも上手くいくこととは限りません。

ラグビーは日々進化しているので、指導者が現役だった頃のラグビーと、指導者になってからのラグビーとでは全く違っているということを理解しなければいけないと思います。僕は選手の時からそういうことを感じていたので、実際にコーチになってからその感覚は活きていると思います。

—— 日本ではまだシステムが出来上がっていないので、選手を引退して指導者になると、どうしても自分の経験から指導をしてしまうと思います。そういう環境を変えるというモチベーションもありますか?

そのために自分の考えをしっかりと言えるように、学ぶことを続けなければいけないと思っています。例えばプレー映像を見る時も、「この選手はこうで、この選手はこうだから違うけど、この部分は一緒だな」とか考えたりしますし、色々なことを見ようと思っています。

あと、エディーの下でやっていたので、色々なコーチとのネットワークが出来ていて、他のコーチに話を聞いたり、世界のトレンドをいち早く感じ取られるように、敏感にアンテナを張っておこうと思っています。

—— ラグビーの見方が違うという部分については、具体的に言うと、どういう見方をしたりしますか?

例えば、試合映像を見ていて、ある現象が起きた時に、多くの人はその現象について話をすると思いますが、実はこの現象が起きる3つくらい前のプレーで、その現象が起こらざるを得ない状況が作られていたりする場合もあるんです。

—— そういう見方をするためには、起きた現象だけを覚えているのではなく、その前の段階を覚えていなければいけませんね

ラグビーに関しては、記憶力は良い方だと思います。例えば、ある試合の中で良いプレーがあったと思った時には、その試合のことは忘れないですね。「あの試合にはこういうシーンがあったな」と覚えていたりします。

—— その力は選手としてもコーチとしても役に立ちますね

そうだと思います。ただ、先ほども言いましたが、僕らじゃなくて、選手が主役じゃなければいけないと思います。

◆リーダーってセンスだと思う

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—— 2年目の流選手をキャプテンにしましたが、その狙いは?

いちばんは、流にはサントリーのキャプテンになるための条件が揃っているということと、あと僕の中で、日和佐にもうひと回りもふた回りも、上のレベルになって欲しいという思いがあります。流がキャプテンになることによって、日和佐にとって良いプレッシャーになると思いますし、流にとっても良いチャンスだと思っています。その2人の良いコンペティションというのが、チーム全体のコンペティションに、絶対に繋がると思っています。

—— サントリーのキャプテンとしての条件が揃っているということについて、具体的にはどういう条件が流選手には揃っているんですか?

僕の中の基準でそう思うだけですよ。その中でいちばん重要だと思うところは、肝が据わっているというところですかね。だから、歳とかは関係ないですね。

あと、僕の考えでは、リーダーってセンスだと思います。リーダーを育てると言われたりしますが、それはもともとリーダーシップがある人を育てるということで、リーダーシップがない人はリーダーとしては育たないと思います。だから、ちゃんとしたリーダーを選ぶことが大事になりますし、流はそのセンスがあると思っています。

—— 今のサントリーに期待しているところは?

このチームがどう変わっていくかというところですね。このチームは昨シーズン9位なんです。9位ということをしっかりと受け入れなければいけませんし、受け入れてからのスタートだと思います。だから、サントリーのスタンダードという、自分たちが勝手に作った殻をしっかりと破らなければいけないんです。不安は全くなくて、逆にどこまで伸ばせるかという楽しみの方が多いですね。

—— 監督という立場になってみての楽しみは?

監督の役目は、負けた時に責任を取ることです。勝てば選手の手柄で、負ければ監督の責任なので、その責任を取るということが、監督として分かりやすい仕事だと思います。だから、やりがいがありますし、楽しいですよ。選手はキツいことをやっているので、楽しくないと思っているかもしれないですけどね(笑)。

スピリッツ画像

(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]

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