2016年4月20日
#480 篠塚 公史 『小さなことを変えることによって改善出来るところがたくさんある』
昨シーズンは怪我に泣かされた篠塚公史選手。公式戦不出場の1年を経て、新シーズンを最年長世代のひとりとして迎えています。いつもポジティブな篠塚選手が、いま目指しているところを訊きました。(取材日:2016年4月5日)
◆ラグビー人生初めての経験
—— 昨シーズンは怪我で試合に出場出来ませんでしたね
一昨年のシーズン終盤から凄く調子が上がって、昨シーズンの春までその状態を保つことが出来たので、最初は良かったんですが、8月末に怪我をしてしまいました。その怪我の治療をしている期間にラグビーワールドカップがあり、日本が南アフリカに勝ったことで、自分の中でも「ここからだ」という気持ちになりましたし、その影響で日本にラグビーブームが来ていたので、どうしても11月の開幕戦には出たいと思っていました。
そういう思いがあり、開幕戦に向けてチームの中でのポジション争いをするためには、「このタイミングで復帰しなければ厳しくなる」と思い復帰しました。ただ、復帰した2日後の練習で、また同じところを負傷してしまい、それが響いて1シーズンを棒に振ってしまいました。チャレンジをした結果だったので、自分の中で悔いは無いかなと思っています。
—— 1シーズン通して試合に出られないということは初めてですよね?
1年間1試合も出ないという経験は、これまでのラグビー人生の中でも初めての経験でした。
—— 1シーズンで2回リハビリをやったわけですが、その期間はどうでしたか?
正直、辛かったですね。ワールドカップの影響でラグビー熱が一気に広まって、テレビでラグビーが取り上げられているところを見ることが多くなっているのに、自分は何も出来ないというか、周りで見ていることしか出来ませんでした。
あと、グラウンドにいることが苦しかったというか、みんながチームとして練習をしている中、僕は何も出来ない状態だったので、「チームの一員ではないんじゃないか」と思いましたし、コンテストも出来ない状態なのに、みんなと一緒にいるということがキツかったですね。年齢が年齢なので、辛い顔なんて見せられませんし、無理に明るく振る舞って、元気があるフリをしていました。
—— どうやってその状態を乗り越えたんですか?
実際には乗り越えられていなかったのかもしれません。試合のメンバーを発表される時も、自分が呼ばれないことは分かっているんですが、自分の名前が呼ばれないと悲しかったですし、試合でロッカーから選手を送り出す時も、試合に出られないことが辛いと感じていました。
◆ただの大きい人(笑)
—— チームにいながら孤独を感じていたんですね
ラグビーをやっている以上、まずはグラウンドに立っていなければ意味がないと思っています。それは試合に限らず練習でもそうで、グラウンドに立っているからこそメンバーへのチャレンジが出来ますし、他にも色々なチャレンジが出来ると思っています。
今まではずっとグラウンドに立ってポジション争いもしてきたので、その舞台にすら立てていないという状況が、本当に辛かったんです。次、試合に出るまでは、この気持ちは消えないと思います。
—— そういう辛い経験をしたことで、精神的には成長出来たんじゃないですか?
人間的にも成長出来たかなと思っています。今までは試合に出て当たり前と思っていましたし、ラグビーが出来ることが当たり前のことだと思っていましたが、怪我をしたことによって、ラグビーが出来ることは幸せなことなんだな、と感じましたね。ラグビーが出来なければ、僕はただの大きい人なんだなと思いました(笑)。
—— 普段はそれほど落ち込むことはありませんか?
基本的には、何か嫌なことがあっても自分の中で解決出来ていましたし、あまりストレスを感じていなかったんですが、今回ばかりはどこにこの気持ちをぶつけていいのかも分からず、ずっと解消されぬままになってしまいました。
—— トレーニングが出来るようになったのはいつ頃でしたか?
12月中旬くらいからトレーニングが出来るようになりました。怪我の個所はもう90%くらいまでは回復していますし、怪我をしている時も、動かせる個所はトレーニングをしていました。徐々にトレーニングの負荷も上げていき、今はもうバランス良く鍛えられていると思います。
—— リハビリ中は体重も落ちるんですか?
体重は落ちますね。動かないと食欲が湧かないですし、無理に食べるとただ太るだけなので、体重のコントロールは難しかったですね。
—— 今の状態は?
今のコンディションとしては80~90%くらいで、5月中には100%まで上げようと思っています。5月には合宿もありますし、練習試合も始まるので、そこで良いパフォーマンスを出せなければ、試合には出られないと思っています。
—— 今回の怪我から得た教訓などはありますか?
教訓というわけではありませんが、怪我を怖がって練習や試合をやっても良いプレーは出来ません。もし怪我をしてしまったら、その時に後のことは考えるしかないと思います。怪我をしたからプレースタイルを変えるということはしたくありませんし、怪我をしたことで周りを見るようになって、人間的には大きくなったと思います。。
怪我をして1年間も試合に出られなくて、このまま引退しなければいけないんじゃないかという危機感がありました。ラグビーをやりたくても出来ませんでしたし、チームの成績が9位で、このまま引退したら後悔すると思いましたね。サンゴリアスで10年やってきて、9位という成績で引退したら「自分はこのチームに何も残せずに去ることになる」という思いもありました。
今シーズンもサンゴリアスでプレーすることが出来るので、あまり先のことを考えるのではなく、今まで経験してきたことを、若手にどんどん教えていきたいと思っています。例えば、ラインアウトのジャンプでも、本当に小さなことを変えることによって改善出来るところがたくさんあるんです。チームへの恩返しじゃないですが、今まで経験したことをチームに残していきたいという思いが、怪我をしたことによって強くなりました。
◆グラウンドに立っていなければ意味がない
—— ラグビーが盛り上がっている様子を、一歩引いた状態でどう見ていましたか?
テレビで毎日のようにラグビーのことが取り上げられていたので、本当に信じられなかったですね。トッププレーヤーが毎日のようにテレビに出ていて、ラグビーを広めるという意味では大事なことだとは思うんですが、僕の考えは、ラグビー選手はグラウンドに立っていなければ意味がないと思っていました。ラグビー選手がテレビに出ることについては、最初は良いことだと思っていましたが、途中からは「出過ぎじゃないか」という嫉妬をしていました(笑)。
あと、満員のスタンドの中で試合をしたいから開幕戦に合わせてリハビリをしていましたし、無理して復帰まで持って行ったんですが、昨シーズンの開幕戦のバックスタンドを見た時には、「こういうスタンドを見るために、また怪我をしたんじゃない」と悲しくなりました。
—— 昨シーズンのサンゴリアスの戦いぶりはどうでしたか?
正直に言うと、どういうプレーをしたいのかが全く見えなかったですね。試合を見ていても、自分が出ていないからかもしれませんが、面白さを感じませんでした。
昨シーズンのサンゴリアスは勢いに乗れば、良いラグビーが出来て、良い内容で試合をすることが出来たんですが、少しでも歯車が狂い始めると、相手やレフェリングに左右されて、自分たちに矢印を向けず、色々なところに言い訳を作っていたように感じました。だから、自分たちがやりたいことを出来ていなかったんだと思います。
—— そのことを選手には伝えましたか?
それを伝えることが出来る状態ではなかったですね。グラウンドにも立てず、一緒に練習も出来ていない人間が、そういうことを言ってもいいのかと悩みましたし、変に気を遣ってしまっていて、そういう場でも一歩引いてしまっていたと思います。
◆ずっと継続してやり続けること
—— 今シーズン、新体制になって変わったところはありますか?
自分に矢印を向けるという部分では、みんながそうしようと思って取り組んでいると思います。ただ、ここ2シーズンで、何らかの逃げ道や言い訳を作って取り組んでいた人もいたと思うので、そういう部分を直していかなければいけないと思います。
今シーズンは監督が変わりましたし、自分が経験した10年間で、良い意味で怖い監督がいる時にはチームがまとまっていたと思います。ただ、悪い言い方をすると、怖い監督がいなければ僕らはちゃんと出来ないのか、チームとしてまとまることが出来ないのかと感じてしまいます。
今シーズンは恐怖政治なので(笑)、チームとして良い方向に進むと思います。昨シーズンを悪く言うつもりはありませんし、監督にはそれぞれの性格ややり方があるので、昨シーズンは昨シーズンで、今シーズンは今シーズンですし、監督が変わっても選手が変わらなければ意味はないと思います。
昨シーズンも選手が考えて取り組むという意識はあって、最初の頃は「やろう、やろう」としていたとは思うんですが、上手くいかない時に、どこか逃げ道を作ろうとしてしまっていたと思います。やりたいと思うことは簡単ですが、それをずっと継続してやり続けることが大変だと思います。
—— 最年長世代になりましたね
プレーヤーとしては、歳は全く関係ないと思っていますし、やっぱり実力がある選手が試合に出るべきだと思います。そして、試合に出られないメンバーは、どうすれば試合に出られるかを考えるべきだと思います。
チーム全体としては、最年長だからというわけではありませんが、選手1人1人の面倒を見るというか、アドバイスをあげたり、気を配ったりして、チームを引っ張っていかなければいけないと思っています。
—— 今シーズンのチームとしてのキーポイントは何ですか?
選手1人1人が毎回の練習でチャレンジすることです。昨日の自分にチャレンジしたり、同じポジションの選手にチャレンジしたり、あとはチーム全体の中で一番になりたいとか、もっと欲を出さなければいけないと思います。僕自身も、自分が試合に出るためには、どこを伸ばさなければいけないとか、強みを更に伸ばしていくということを考えていました。
一昨年のシーズンの最初の頃は、僕も試合に出られていませんでした。トップリーグ99キャップで、次試合に出れば100キャップというシーズンだったんですが、開幕してから3~4試合はずっと出られませんでした。その期間、自分には何が足りないのか、どこを強化すれば試合に出られるのかということを考えながら、常に練習に取り組んでいました。
—— 現時点での自身の強みは何ですか?
ラインアウトの知識であったり、ラインアウトでの動き出しからジャンプまでのスピードやディフェンスの読みの部分など、ラインアウトに関してはチームで一番です。ジャンプスピードに関しては、動き出してから飛ぶまで、どうやって足を運べば一番速く飛べるかというところまで考えてやっています。
例えば、足を一歩多く動かしたらコンマ何秒か遅くなります。そのコンマ何秒でも遅くなることで、ディフェンスがついて来てプレッシャーを感じるようになってしまうんです。相手ディフェンスより速く動いて飛んで、プレッシャーを感じないようにすれば、何も問題なくラインアウトでボールを確保できると思います。
◆今度は僕が支えなければいけない
—— 今シーズンの目標は?
もちろん全試合に出場することですし、チームとしては3シーズンもタイトルを取れていないので、優勝することを目標にしています。ただ、昨シーズンは1試合も出場していないので、まずは練習試合に出て、試合勘を戻さなければいけないと思います。
1シーズン試合に出なかったことは初体験だったので、どれだけ試合勘が落ちてしまっているかが分からない状態です。怪我をしたところがまた受傷するのではないかという不安もありますが、グラウンドに一歩足を踏み入れて動き出してしまえば、楽しみしかないかなと思っています。ただ、これまではラグビーが好きという思いだけで続けてきましたが、昨シーズンは初めてラグビーを嫌いになりかけました。
—— ラグビーを嫌いにならずに済んだ要因は?
同期に支えられたと思っています。剛(有賀)や青木(佑輔)は、怪我をしていた時期があったので、その時に色々な話をして、「頑張ろう」と励ましてくれました。あと、隆道(佐々木)はシーズンの途中からロックのリザーブもやっていたので、分からないことがあれば僕に聞きに来てくれましたし、そういう話をすることによって、「自分は必要とされている」と思えるようになりました。
辛い経験をしたので、同期や他の選手が苦しい状況になっていたら、今度は僕が支えなければいけないと思っています。剛とは、2人でお茶をしたり、ご飯に行ったりして、これからのチームについて話をしたり、剛はプロで僕は社員なのでお互いに分からないこともありますし、フォワードとバックスでも分からないことがあるので、社員選手の仕事についても話をしたりしました。
同期の中で、剛とはそういう話を一切してこなかったんですが(笑)、今になって、剛は自分にとってとても大切な存在だと気づきました。この歳になると、今まで自分が経験したことが正しいと思い込んでしまっている部分があって、後輩はそれに対して指摘することが出来ないと思うんですが、剛はズバズバ言う性格で、ちゃんと言ってくれる存在がいることは幸せなことだと思います。
—— 篠塚選手から有賀選手に言うこともあるんですか?
基本的には叱られっぱなしです(笑)。剛は自分自身の体のことをしっかりと理解していると思いますし、そのためにはどうすればいいのかも分かって取り組んでいると思います。剛と色々な話をすることが、今の楽しみにもなっています(笑)。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]