2015年12月23日
#461 若井 正樹 『挑戦の連続』
サンゴリアスに来て、走り続けて気がつけば10年の月日が経っていた。そういう印象を与える、常に新鮮で常に元気な若井正樹ヘッドS&Cコーチ。サンゴリアスが標榜するアグレッシブ・アタッキング・ラグビーを遂行する上で、欠かせない要素の1つであるのがゲームフィットネス。タフなトレーニングを選手に課す中で、誰よりもタフな姿勢を自ら体現する若井コーチのエネルギーの原点を訊きました。取材日:2015年10月8日)
◆勝負の世界で生きる
—— サンゴリアスでの10年目のシーズンとなりますが、これまでの10年を振り返って、一言で表すとどういう言葉になりますか?
毎シーズン“挑戦の連続”で、走り続けてきた感じです。
—— 試合では大声を出し選手を鼓舞していますが、それにはどういう狙いがありますか?
基本的にサントリーの選手に対して叫んでいます。僕が声を出すことによって、選手がしんどい時に1秒でも速く立ち上がったり、そのことを意識してくれればと思っています。僕が叫ぶことで何かが変わるというわけではないですが、選手が「うるさい」と思ったとしても、外から声が掛かることによって気づくこともあると思います。
しんどい時にやるか逃げるかという選択肢がある中で、逃げずにやってくれた時には嬉しく感じます。それでチームが勝つのであれば選手にどう思われようが構いませんし、立ち上がるのが遅いことで、そこを抜かれて負けることがないように、選手にエネルギーを送る意味でも、大声を出しています。
—— そのエネルギーの元は?
何でしょうね…(笑)。それは「勝ちたい」からだと思います。トップリーグと日本選手権のタイトルがあるので、1シーズンに2つのトロフィーを取ることが出来ます。サントリーの過去5年間を振り返ると、トロフィーを取るチャンスが10回ある中で、8度決勝に進み、その中で5個のトロフィーを取っています。
決勝に進まなければトロフィーにチャレンジするチャンスはありません。決勝に進む確率だけを見ると10分の8なので非常に高いと思います。毎試合、勝ちながら反省して、最後は完成形のラグビーで勝ち切れるかどうかが重要です。ただ、この2年間は勝ち切れていません。
勝負の世界で生きているからには勝たなければいけませんし、どんな人でも勝負の世界で生きるようになったら、「勝ちたい」と思うでしょう。ただ、全てのチームが「勝ちたい」と思って取り組んでいる中で決勝に進めるのは2チームしかありません。しっかりとした計画のもと、厳しいトレーニングをしていかなければトップリーグを勝ち抜くことは出来ないので、勝つために何をしなければいけないのかを考え、そのためのプランを立てて、厳しいトレーニングをチームが実践していけるようにするのが僕の役割です。
◆ヘッドコーチになる妄想
—— リハビリの担当から今のS&C(ストレングス&コンディショニング)コーチとして任されるようになったのはいつ頃ですか?
サントリーに入って最初の3年はリハビリ担当で、4年目にチームのフィットネスを任されるようになりました。エディー・ジョーンズ(前日本代表ヘッドコーチ)が、サントリーのゼネラルマネージャーになって、チームが日本一のフィットネスを目指すことを掲げた時です。
—— エディーさんはオーストラリア人で、若井コーチもオーストラリアにいたことがありますよね
僕がオーストラリアにいた頃は、エディーさんがワラビーズ(オーストラリア代表)の監督をしていて、僕は草ラグビーチームのいち選手でした。
最初にオーストラリアに渡ったのが1994年で、気が付いたら10年滞在していました。オーストラリアでの最後の2年間はJP(ジョン・プライヤー/前日本代表S&Cコーディネーター)のもとで勉強させてもらっていたんですが、その頃のJPはワラビーズのアシスタントS&Cコーチをしていて、JPの手伝いでワラビーズに行った時にエディーさんと初めて会いました。その次に会ったのが、エディーさんがアドバイザーとしてサントリーに来た時です。
—— 選手からコーチになった理由は?
オーストラリアへはラグビーをやりたくて渡豪したんですが、ラグビーだけでは長期滞在が出来ないので、大学でスポーツ科学の勉強もしていました。その頃の将来の夢はラグビーコーチになることで、盛んにラグビーコーチの講習会に参加して勉強しました。当時はS&Cやメディカルの知識もあるヘッドコーチになれれば、強いチームを作れるんじゃないかと妄想していましたね(笑)。
色々なことを学んでいるうちに、僕自身にラグビーのセンスがないなと気づきました。日本人とオーストラリア人では何が違うかと考えた時に、フィジカルが違うと感じて、そこからトレーニングの部分を突き詰めていこうと考えるようになりました。オーストラリアのプロチームにはその当時からS&Cコーチがいましたが、日本のチームにはその辺が曖昧で、チームによってはフィットネスコーチだけとか、ウエイトコーチだけがいるような状態でした。
オーストラリアはラグビーにおけるS&Cの部分は進んでいると思います。ただ、難しいところは、フィットネスやストレングスだけを上げればよいというわけではなく、厳密に言えば、試合に向けて選手をベストのコンディションに持っていくということが重要です。そのためには、全体像を見ながらフィットネスやストレングス、スピードなど必要なフィジカル要素を鍛えていかなければいけません。
◆挑戦しがいのある仕事
—— チームのフィットネスを任されるようになり、自信はありましたか?
自信というよりも、挑戦するしかないと思いました。フィットネスはチームの心臓の部分になるので、サントリーの大事な部分を任されたという大きなプレッシャーはありました。
—— リハビリとフィットネスではやることが全く違う内容だったんですか?
全く違うということはありませんが、リハビリはケガをした選手個人を見るのに対して、フィットネスはチーム全体を見ることになります。リハビリでは選手によってケガをしている部位が違うので、その選手に必要なトレーニングを行って、ケガをする前よりも強い身体にしてチームに復帰させたいと思って取り組んでいました。
—— チームを強化していく上で、様々な部分が連動しながらレベルアップしていかなければいけませんよね
僕の考えは、サンゴリアスのラグビースタイルはアグレッシブ・アタッキング・ラグビーで、それをやるためには他のチームよりも走らなければなりません。また、ブレイクダウンの数も多く、たくさんのコンタクトを繰り返さなければなりません。その2つの要素をS&Cとしてどうやって向上させていくかがカギとなります。
走らなければいけないのであれば、そのベースであるフィットネスを鍛えます。その上にラグビーで重要とされるスピードを繰り返し出し続ける力を養います。コンタクトを繰り返すということは、物理で言えば、大きい物体が速く動いた方が勢いは大きくなり、ぶつかったときに強いんです。だから選手の身体を筋肉で大きくし、なおかつ速く動けるようになるようなプログラムを提供する必要があります。
身体が大きい者同士がハイスピードでぶつかったらケガをする確率は高くなるんですが、そこにはスキルが関わってくるので、ケガ人が多くなるとは一概には言えません。サントリーで言えば、みんな筋量も増えていますし、スピードも速いですが、ケガ人はそれほど多くありません。もちろんケガを予防するための取り組みもしていて、ハードトレーニングをしたらしっかりとリカバリーをして、またハードトレーニングが出来るようなプログラムになっています。
◆常に選手1人1人のことを考える
—— シーズン中にその取り組みを見直すことはあるんですか?
プレシーズンであれば、トレーニングを積んでいく上で定期的にフィットネスやフィジカルのテストを行い、選手の状態をチェックしながらレベルを上げていきますが、試合期はこれまで積み上げてきたものを維持していくことがメインになります。その中でテストを行い、選手のレベルをチェックし、維持できていない部分があれば、追加のトレーニングを行ったりもします。
プレシーズンに重要なことは、しっかりとした土台を作ることで、しっかりとした土台があれば、試合期でもその上にたくさんのものを積み上げていくことが出来ます。家を作ることと一緒で、土台が不安定なところにいくら立派な家を建てても、すぐに崩れてしまいます。だからしっかりとした土台を作って、その土台を維持していきながら、その上にラグビースキルや戦術、ゲームフィットネスを積み上げていきます。
—— しっかりとした土台を作るためのポイントは何ですか?
選手のフィットネスやフィジカルのレベルを上げていく上で、しっかりと選手個々にアプローチが出来ているかどうかだと思います。常に選手1人1人のことを考え、その選手がしっかりとレベルアップ出来ているかを把握して取り組んでいかなければ、どこかで見落としが出てくると思います。
取り組んだことに対して、全員に同じ結果が出るわけではありません。この選手には何が良かったのか、何が悪かったのかを考え、どうアプローチをしていくべきか、ということを全選手に対して行っていかなければいけません。
同じトレーニングをして、すぐに伸びる選手もいれば、徐々に伸びていく選手もいます。中には、伸びない選手もいます。選手1人1人、みんなそれぞれタイプが違うんです。
—— それは大変ですね
それを大変と捉えるかどうかだと思います。日本一のフィットネスを掲げている以上、それはやらなければいけないことだと思います。先ほど話したやり方は僕のやり方であって、他のコーチには違うやり方があるかもしれません。結果が出るのであれば、やり方に正解はないんですよ。
—— 若井コーチのやり方はどうやって作られてきたんですか?
プレッシャーがある中で考え始めると、何かしらの方法がひらめくものです。もちろん自分で勉強もしますし、仮説を立てて、計画して実行し、その結果がどうだったのかを考えます。良くない結果が出たのであれば、再度仮説を立て直して取り組むということの繰り返しだと思います。
それは他の仕事でも同じことではないかと思います。仮説をもとにプランを作り、実行していって、それで成果が出れば、その成果を更に良くしていくためにはどうすれば良いか考える。良くなければ何が良くなかったのかを考えて、また取り組んでいくんです。
◆もがけば良い
—— 調子が上がらない選手が増えるとプレッシャーが増えますか?
僕の中には若い選手を育成したいという気持ちがあり、選手が育つためにはしっかりとした環境が必要だと思います。そして、その環境にするためには、強いクラブカルチャーが必要です。そして、どのクラブもそのカルチャーを作りたいと思っているのではないでしょうか。
選手がハードなプログラムに取り組み、お互いに競い合い結果を出していく。そして上手くいかない時には壁を乗り越えなければいけません。ただ単にフィットネスが伸びれば良いとか、ストレングスが伸びれば良いということではなくて、選手がどう成長していくかが重要になります。その中でフィットネスやフィジカルを改善していくだけでなく、人間性を高めたり、スキルを習得したり、ラグビーの知識を蓄積していかなければなりません。ただし、選手は自分自身で成長していかなければいけなくて、その中で僕らがどうサポートしていけるかということになります。
—— 他のコーチとも連動していかなければいけないですよね
もちろん僕1人では何も出来ません。コーチ同士で各選手の状況を話し合ったり、その選手に誰から話をした方が良いかだったり、気づいたことはすぐにコーチ同士で話をして、密に連携してやっています。
ラグビーは走るだけの競技ではないので、フィットネスがあっても、それをラグビーの中でどう使うかを選手に気づかせなければいけないんです。走るタイムだけで見れば、サントリーが2年連続2冠を取った時よりも今の方がタイムは良いですよ。大きなエンジンを持っていても、アクセルを踏まなければ動かないですし、どういう状況でアクセルを踏まなければいけないのか、しんどい時にアクセルを踏めるのかが重要だと思います。
試合の時よりもしんどい状況でトレーニングをしていないと、実際に試合中にしんどい状況になった時に動けなくなりますし、状況判断が鈍ったり、規律が守れなくなったりします。ただ強度の高いトレーニングをすれば良いというわけではなくて、試合の状況にリンクしなければいけないですし、選手がなぜこのトレーニングをするのかを理解し、考えてプレー出来るようにしていかなければいけないと思います。そのために、ラグビーコーチとの連携は欠かせません。
—— 考えてプレーするという部分については、選手が成長していると感じますか?
今シーズンについて言えば、若手が中心となって活動している中で、合宿ではなかなか結果が出ませんでしたが、それによって選手自身が何をやらなければいけないのか、何を意識しなければいけないのかを考えるようになったと思います。その積み重ねがその後の結果にも表れてきていると思います。
選手が成長するためには自分で考えて取り組むようにならなければいけないんです。ハードなトレーニングを嫌々やっても成長出来ないと思います。嫌々筋トレしても筋肉がつかないのと一緒で、筋肉を育てようと思いながら筋トレや栄養補給を行えば筋肉は反応するんです。
—— 若い選手が更に成長するためには何が必要だと思いますか?
大きな目標を持ち、その大きな目標を達成するための過程をどうしていくかをはっきりさせることが重要だと思います。例えば、大きな目標が日本代表に選ばれてワールドカップに出場することだとすれば、そのためにはサントリーでレギュラーとなり、チームに貢献して優勝することが必要です。そして、サントリーでレギュラーとして活躍するためには何が必要かと言えば、ハードトレーニングをしてレベルアップして競争を勝ち抜かなければなりません。そういう考え方でハードトレーニングをすれば、身につくものの大きさは全く違うと思います。
ラグビー選手であれば、試合に出て勝つことでチームに貢献したいという思いを誰もが持っていると思います。それを果たすためには、自分が試合に出られる位置にいるのか、いないのかを考え、試合に出られる位置にいるのであれば、更に改善していくためには何をしなければいけないのかを考える。出られない位置にいるのであれば、出られるようになるためには何をしなければいけないのか考えていかなければいけないと思います。
もし壁にぶつかっている選手がいるとすれば、それはもがけば良いし、もがき苦しみ壁を乗り越えた時に、人間は成長するんだと思います。その選手が壁を越えるために、コーチやスタッフがサポートしていくことが重要だと思いますし、その繰り返しで成長していくんだと思います。
◆辛いと感じたことはない
—— S&Cコーチをやっていて感じるやりがいは?
選手の成長が見えると嬉しいですね。若い選手を育成して、中堅やベテラン選手のパフォーマンスを1パーセントでも向上させる。選手の成長が、チームが勝つという更に大きな楽しみに繋がっていくと思っています。
—— 選手を育てていくためのコツはありますか?
コツなんてありません。選手1人1人と向き合えるかだと思います。サントリーで10年間やってきて、中・長期間でのプランを考えられるようにはなってきました。これまでの経験を踏まえて、選手だったらどう感じるか、というところまで考えてプランを立てられるようになったと思います。
—— コーチをやっていて辛いと感じることは何ですか?
試合に負ければ悔しいですが、コーチをしていて辛いと感じたことはないですね。
—— コーチという仕事が自分自身に合っていると思いますか?
自分がやりたかった仕事に就いて、日々勉強、日々挑戦の中で、こんなにプレッシャーがかかって、エキサイティングな仕事は他にないと思っています。シーズン中であれば1週間かけて準備をして、必ず1回は勝敗が決まるんですよ。勝って反省して、また1週間準備をするというサイクルを繰り返す仕事はとてもエキサイティングだと思います。
—— その中で気をつけていることはありますか?
勝ったら勝ったで、更に向上するために何をしなければいけないかを考えなければいけません。どんなに準備をしても勝負事だから負けることもあると思います。負けたら、そこから立ち上がってまた前に進むために、なぜ負けたのかを考えなければなりません。
ブレちゃいけないのは、勝つために何をやるかということです。そのためには、先ほども言った、強いクラブカルチャーを持たなければいけませんし、その中で選手は厳しい競争を通じて成長しなければなりません。また、スタッフも選手以上にハードワークをしなければいけません。
—— 今シーズンの目標は?
トップリーグと日本選手権のタイトルを取ることを掲げて取り組んでいるので、その目標は達成しなければいけません。そのために、精一杯ラグビーと向き合うことです。
勝つことは大事ですが、サントリーはただ単に勝てば良いというだけのチームであってはいけません。チームにはサポートしてくれている人がたくさんいて、チームが勝つことでそういう人たちに喜んでもらわなければいけませんし、サントリーの試合を見に来てくれているファンの心を動かすようなラグビーをして、勝っていかなければいけないと思っています。
あと、サントリーから日本代表に多くの選手が選ばれるようになれば嬉しいことですね。そのためには、どこのチームも真似が出来ないようなアグレッシブ・アタッキング・ラグビーをしてトップリーグや日本選手権で優勝すれば、代表のコーチ陣は嫌でもサントリーの選手に注目するはずです。だから、トップリーグと日本選手権で勝つということが一番の目標です。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]