2015年10月28日
#453 田代 智史 『選手がいつも笑顔でいられる状況を作る』
世の中には見た目で齢をとらない人がいますが、田代智史トレーナーはまさにその一人。そんないつも若いイメージの田代トレーナーも、サンゴリアスで10年目のシーズンを迎えています。ヘッドトレーナーになって2年目となる現在の心境と目標を訊きました。(取材日:2015年10月5日)
◆10年間選手を見てきている
—— ヘッドトレーナーになって2シーズン目となりますが、改めて役割を教えてください
ラグビーには怪我がつきものなので、選手がプレー出来るのか出来ないかの判断が重要になります。永山ドクターと連携を取りながら怪我に纏わるメディカルのマネジメントをするのが僕の仕事になります。メディカルの主な業務としては選手に怪我をさせない事と、もし怪我をしてしまった場合、出来るだけ早く競技復帰させる事が仕事になります。
その中でヘッドトレーナーとしては、そこをどうやってオーガナイズ(組織化する)するかという事が最大の役目となります。その為には監督やコーチ、S&C(ストレングス&コンディショニング)と話をして、どう対処をしていくか、方向性を決めています。
—— 初めてヘッドトレーナーになった昨シーズンはどうでしたか?
やはり一筋縄ではいかないという事を痛感しました。怪我に纏わる判断は、先を想像するのが難しく見えない物を予測する事の連続です。トレーナーとしての経験値が必要で、その経験に基づく選手の状態とチーム状況の理解がとても重要だと感じました。同じ怪我であっても選手によって、競技復帰の時期が全く違いますし、同じ選手でもチームの状況によって選手の状態が微妙に変化するのを感じ取ることが出来ます。そこを含めて復帰時期を予測していかなければいけない上、素早く判断しなければいけないんです。すべてはチームの勝利に繋げなければいけないのですが、選手を守るという意味では自分にしか出来ない判断もあります。そこで自分の判断がブレてしまうと、チームに大きな影響が出てしまいます。凄く重要な仕事だとはイメージはしていたんですが、実際にやってみると大変なことが色々とありました。
—— サンゴリアスには選手が45人いて、全ての選手のことを理解していなければ出来ない仕事ですね。
昨シーズンは主観的な評価をもとに判断をしていました。僕は10年間サントリーで選手のことを見てきているので、これまでに見てきた選手のキャラクターやチームの雰囲気を感じて勝利に貢献してきた経験を信じてやっています。それは僕にしか出来ない事でもあると思っています。
◆数値化して伝える
今シーズンの春に、オーストラリアに研修に行かせて頂きました。その時に学んだ事で重要だと感じた事は「メディカルの業務を数値化する」ということでした。自分のこれまでの経験を基に選手やチームを主観的に見る事も大事だけれど、客観的に数値化する事も大事な要素だと学びました。選手やチームの状況を客観的に数値化する事でコーチとの共通の認識を持つ事が出来るようになりました。
例えば、僕が経験を基に「その選手は大丈夫です。」と言った時に、コーチがその判断を信じるかどうかは信頼関係になるんです。日本人同士であれば、細かなニュアンスも伝わりやすいので、僕の判断を理解してもらいやすいんですが、外国人コーチとは違う言語で話をする事になる為、その細かなニュアンスが伝わりづらくなるんです。だから、数値化して選手の状態を伝える事が、より大事になります。
—— どうやって数値化しているんですか?
色々な取り組みをしていますが、その中のひとつとして選手の疲労度やストレスの度合いを、選手の主観な評価で数値化してもらい、それを提出してもらっています。また客観的な評価の数値化としては、あるテストをしてもらい、その数値を記入してもらっています。選手の主観的な数値と客観的な数値を見比べて、その選手の状態を把握するようにしています。
そこで面白いのは、慎重で繊細な選手は主観的な数値は悪いのに、客観的な数値は問題なかったりするんです(笑)。色々な取り組みはしていますが、数値だけにとらわれてはいけないとも思っています。一番の目的はチームが勝つ事なので、メディカルとしては選手の表情と数値の両方を見て評価しています。その上で、怪我をさせない、怪我をしてしまったら早く復帰をさせるという事を常に意識しています。
僕がしっかりしていないとメディカルや他のスタッフが迷ってしまいますし、他のスタッフが「大丈夫?」と思いながら仕事をしてしまうと絶対に上手くいかなくなるので、スタッフとのコミュニケーションが大事になりますし、しっかりと強い意志を持ってマネジメントしていかなければいけないと思っています。
◆教育的な視点とアプローチ
—— 昨シーズン、ヘッドトレーナーとしてやってみて、リーダーシップやマネジメントの部分を含めて、自己評価はどうですか?
過去10年間と比較して、昨シーズンは怪我人も少なく、怪我をしても早期復帰しているので、数値から見て、上手くいっていると思っています。僕がサンゴリアス入部当初は、怪我の件数がかなり多く、怪我人に追われる業務が中心でした。そんな中、若井さんがS&Cとしてチームのコンディショニングを見る様になって怪我は激減してきました。
メディカルスタッフが怪我に追われるのではなく、怪我を未然に防ぐ取り組みも昨年度より加速しています。しかし、その取り組みは、まだまだだと思っていて、S&Cスタッフとメディカルスタッフがもっと連携しながら選手をサポートする事で、更に良い結果を生み出せると思っています。
怪我人の数や競技復帰の時間等、数値として良い結果が出ていても、当たり前の事を当たり前に行わなければいけない事が、まだまだたくさんあると思っています。そういう意味で、僕の満足度は低いです。
—— 昨シーズンの中で、一番手応えを感じたことは何ですか?
昨年度より一緒にメディカル業務を行っている小川トレーナー(秀治)と、とても良い関係が築けていると思います。僕のやりたい事を理解してくれていますし、彼が出来ない事を僕が出来たり、逆に僕が苦手とする事を彼が得意だったりするので、選手にとって良いサポートが出来ていると思います。
僕はサンゴリアスで経験を積んできている強みがありますが、他を知らないという弱みも抱えています。小川トレーナーは様々な競技のチームをサポートしてきた経験がありますし、病院内で働いてきた経験もあります。そこで医療と連携しながら初期のリハビリをサポートしたり、育成世代のチームをサポートしてきた経験が多いので、教育的な視点と教育的なアプローチのノウハウをたくさん持っています。
僕はこれまで、教育的なアプローチというよりも、完成された選手へのアプローチをしてきたので、それぞれの経験がサンゴリアスのサポートに上手く噛み合う事が出来ています。自分のやりたい事が前進していると感じていますし、そこに手応えを感じています。
◆ポジティブでなければいけない
—— 選手によって違うと思いますが、選手から治療をしてもらいたい個所を聞き出す事で気を付けていることは何ですか?
高澤先生(祐治/ラグビー日本代表チームドクター)から言われた言葉で「ネガティブな仕事を取り扱う人間は常にポジティブでなければいけない」という名言があるんですが(笑)、それがメディカルのスタンダートだと思います。
厳しいシーズンを通して、泣きたくなるくらいの厳しい状況は山ほどありますが、常に笑顔でポジティブに選手へアプローチしていくことを心掛けています。その中で、細かな接し方は選手によって変えています。僕の中で45人の選手それぞれの接し方があります。僕の所に選手が来た時に、治療効果とコミュニケーションで少しでもポジティブになってメディカルルームを出ていく事が出来たら、それは成功だと思います。
選手によっては僕がアプローチをするよりも小川トレーナーがアプローチした方が良い効果が見込める時には、僕はアプローチしない場合もあります。 ラグビーという厳しいスポーツを高いパフォーマンスで行うには、心身共に充実していなければ結果はついてこないと思います。年間通して常に100%は難しいと思いますが、選手には少しでも良い状態を保ってもらいたいと思っています。
—— 田代トレーナーがサンゴリアスに入った時は年上の選手ばかりだったと思いますが、今は年下の選手が多くなっていて、コミュニケーションの仕方も変わってきていますか?
僕がサントリーに入った時は、キヨさん(田中澄憲/チームディレクター)や敬介さん(沢木/日本代表コーチングコーディネーター)、直弥さん(大久保/NTTコミュニケーションFWコーチ)が現役で、日本代表クラスの活躍をしていた時でしたし、僕は経験がまだまだ少ないトレーナーでした。
それでもメディカルとしてはプライドを持って仕事をしなければいけないと思ってサポートしていましたが、山ほど失敗してきました。僕は選手に成長させてもらって、ここまで来られたと思っています。
今は経験もレベルも上がっているので、選手に対して良いアプローチが出来るようになっていると思いますが、若い選手でも自分の感覚を持って、ラグビーを突き詰めている選手に対してアプローチをしていくと、逆に今でも僕が成長させてもらえていると感じる事が沢山あります。
◆S&Cの分野はレベルが高い
—— 他のスポーツで参考にしていることはありますか?
ラグビーは様々な動作を求められる競技ですし、接触もあるスポーツです。陸上競技のような接触がないスポーツでは、打撲のような怪我はあまり起きませんが、コンマ何秒を競う繊細さがあります。競技によって選手の治療や怪我からのリハビリへのアプローチも変わってくると思うので、トレーナーとしてのスキルアップの為には、常に他の競技にアンテナを張っておこうと思っています。
S&Cの分野は他のスポーツと比べて、ラグビーはかなり進んでいると思います。特に若井さんは私と同時期に入部しチームをサポートしてきましたが、当時はメディカルスタッフの分野を主に担当していました。今はチーム全体のコンディショニングを整える重要な役割をしていますので、メディカルに関わる事からチームのコンディショニングまですべてを把握している存在です。S&Cとメディカルは常にリンクしなければいけない分野で、リンクさせることが僕と若井さんの仕事でもあるので、とても重要な役割を担っていると思っています。
S&Cには僕よりも年上のコーチが3人(若井、西原、沼田)いますが、言わなければいけない事を言わなければチームが良い方向に進まなくなってしまうので、気を遣う部分もありますが(笑)、S&Cがメディカルと上手くリンク出来るように取り組んでいます。
—— トレーナーの立場から見た時に、試合のメンバーに選ばれる選手となかなか選ばれない選手との分かれ目はありますか?
16年間、ACミランにトレーナーとして在籍していた遠藤さん(友則)という方がいて、その人が『一流の逆境力』という本を書いたんです。その本を読んだんですが、そこに「一流の選手は自分がやらなければいけないことを全部分かっていて、それを淡々と行っている。それを出来る選手が一流だ」という内容が書かれていました。
一流の選手は毎日たった5分のストレッチの意義を理解しているし、なぜやるかの本質を理解していると思います。例えば、10時に練習を開始するということは10時に来ればいいということではなく、すべての準備を整えて万全の状態で10時からチーム練習に臨むという意味なんです。
「自分に委ねられた時間が3分であろうと45分であろうと関係ない。そんなことより1回のチャンスをものにできるかどうかが重要である」など、遠藤さんのトレーナーとしての長い経験から色々と心に響く事が書いてありました。その内容のほとんどが、当たり前の事を当たり前に行う事だと感じました。
メンタルの問題も含めて、その時に自分が何をやらなければいけないのかが分かっていて、それが実行できる選手が試合にも出られる選手だと思います。
◆怪我を出さない方がハッピー
—— ヘッドトレーナーをやっていて面白いと思うところはどこですか?
メディカルだからと言うのは関係なく、このチームにいるスタッフ全員が、選手1人1人の成長とチームの勝利を願っていて、それを達成する事を純粋に楽しいと思っていると思います。
メディカルに関して言えば、怪我した選手が復帰をした時は嬉しいですよ。練習前に怪我の予防の準備を手伝っているんですが、そのセッションが凄く上手くいった時も嬉しいですね。練習が終わった後に疲労した部分をマッサージする事や痛んだ部分を治療する事も重要ですが、怪我を出さない試みをしっかりと行い怪我しない事の方がみんなハッピーですしポジティブですよね。
—— 大変だと感じるところはどこですか?
選手の疲労度やストレス度を数値化していて、波がなくずっと一定の数値で来ていた選手が、突然数値が低くなってしまう時があります。そこの予測は難しいですね。色々な要素があって数値に影響していると思いますが、皆には少しでも良い状態でラグビーに打ち込んでもらいたいと思っていますし、怪我をしてほしくないと思っています。でもそれは究極な理想論で、難しい事だと割り切る部分も必要だとも解っています。しかも、怪我を減らすことが一番の目的ではなくて、勝つためにやっているので、勝つために選手をプッシュする事もあります。選手にとって何が一番いいのかを判断する事は大変ですし難しく、でもそこに一番やりがいを感じています。
あと、毎週変わるメンバー外になった選手の気持ちのコントロールは一番重要だと思っています。メンバー外の選手は気持ちが落ち込みやすく、時として、その雰囲気によってチームがひとつにまとまれなくなってしまう時があります。だから選手にメンタルの怪我をさせないように配慮する事も心掛けています。プロ野球のある監督の言葉で「勝って和するのがプロ。和して勝つのがアマ」という言葉を聞いたことがありますが、この言葉は常にスタッフとして意識しています。トップチームのトップで居続けるためには勝たなければいけないですし、スタッフの一人として選手に勝たせなければいけないんです。
やるのは選手なので、僕らから言われたからやるのではなくて、選手が自主的に怪我をしない準備をどれだけするかがパフォーマンスに繋がると思います。みんながそういう選手になっていって欲しいですし、そういう選手を作らなければいけないと思います。教育的な部分は一番難しく、やりがいがありますが、みんな自立した大人ですし一流のアスリートたちなので、大変だとも感じます。
◆みんながタフ
—— 今ワールドカップが行われていて、日本代表にサンゴリアスからは6名もの代表選手を送り込んでいます。トレーナーの立場から見て、サンゴリアスの日本代表選手の良さはどこになりますか?
代表選手はみんながタフだと感じます。真壁は本当にタフですね。スイッチが入った時の彼のパフォーマンスはワールドカップでも素晴らしかったと思います。サンゴリアスでは、キャプテンとして選手からの信頼も厚いんです。オフフィールドでの彼のキャラクターは選手みんなから愛されていますし、チームの中で精神的な支柱としての彼のタフさが存在していると思います。
日和佐は痛みに関して相当タフです。彼は痛いといっても必ず練習を行いますし、痛みを表情に出しません。痛がる表情をする事によるチームへの影響も理解しているような、広い視野も持っていると感じる時があります。自分の役割もしっかりと理解しているし、気遣いの細かい素晴らしい選手です。日本代表に行っている選手は、みんなが精神的にも肉体的にもタフだと思います。
ラグビー選手は勝つためにタフじゃないといけないと思います。サントリーの今シーズンのスローガンもタフですが、メディカルとしてはある意味、怖いスローガンです(笑)。日本代表はそれが出来ているから、南アフリカにもサモアにも勝つことが出来たんだと思います。
エディーさん(ジョーンズ/日本代表ヘッドコーチ)がサントリーの監督になって、タフな文化を根付かせてくれて、スタッフも全員タフになりましたし、選手もタフになって、結果を出すことが出来たと思います。日本代表でも突き詰めた物は同じで、全世界の中でもタフなチームが出来たんだと思います。
ツイ(ヘンドリック)のような違う国の代表になるチャンスがあった選手も、日本代表になる道を選んだという選手はその選択をした時点で、物凄くタフなことだと思います。 マツ(松島)は若くして色々な経験を積んでいるので、多くの経験から常に落ち着いているように感じます。怪我をせず常にグラウンドにいる事が、彼を一番成長させると思うので、彼のサポートはメディカルとして責任重大です。
ハタケ(畠山)も、サンゴリアスで120キャップ、日本代表で71キャップ(2015年10月4日時点)を獲得しているにも関わらず、怪我をしないのは凄いことですよ。
晃征(小野)は、昨シーズン終了後にオペをして、正直ワールドカップに間に合うか微妙なところでした。そんな状態だったにも関わらず、しっかりとワールドカップに合わせてきたので、晃征の力も素晴らしいですし、タフな環境で選手を支え続けた日本代表のメディカルスタッフも素晴らしいと思います。
—— 具体的にタフとはどういうことだと思いますか?
タフはの本質は言語化出来ないものだと思います。その時に感じている自分の壁を乗り越えていくことで、タフになれるんだと思います。アグレッシブアタッキングラグビーはタフなラグビーです。タフの本当の意味を知っているのは、日本代表選手の中でもサントリーの選手だと、僕は信じています。
簡単な言葉で表現すると、理不尽への挑戦、追求だと思います。だから延々と続いていくものです。プレシーズンリーグを、外国人選手がペンゼだけでここまで来られたというのは、サントリーの若手もタフになっていると思います。
◆自分にもプレッシャーを掛けながらやる
—— 今シーズンの手応えは?
選手が確実に成長していますし、選手自身が考えて取り組むようになってきています。リーダーたちに対する選手の信頼も厚いですし、スタッフの中でもキヨさんはタフの本当の意味を知っている人で、みんなをマネジメント出来る人なので、その中で良い方向にチームが進んでいると思います。
2冠を獲得した時にスタッフだった人も少なくなってきているので、それを経験しているスタッフとして自分にもプレッシャーを掛けながらやらなければいけないと思っています。
—— 今シーズンの目標は?
チームとしては、もちろん3冠です。トレーナーとしては、選手がいつも笑顔でいられる状況を作ることと、選手のパフォーマンスが上がって、チームが勝つことを目標にしています。
—— 話を聞いていると、トレーナーには心理的な部分がかなり大事になりますね
中京大学の時に心理や医学を専攻していました。体育大学の場合はどちらかと言うと、バイオメカニクスや数値に重きを置いて学ぶことが多いんですが、僕は医学や心理を勉強してきたので、これから更にその部分を勉強していくというよりも、高澤先生が言ったように、ネガティブな事をポジティブにしていけるような人間になりたいと思います。僕はそういうトレーナーで、小川トレーナーは逆に客観的なアプローチが得意なので、引き続き2人で力を合わせてやっていこうと思います。シーズン最後に優勝のスパイスの利いたプレミアムモルツで乾杯したいです。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]