2015年8月26日
#444 田中 澄憲 『サントリーのラグビーで勝つ』
現役時代はスクラムハーフとしてチームを牽引し、キャプテンも務めた田中澄憲チームディレクター(TD)。現在、チーム強化の責任者として、やはりチームを牽引しています。4年前にスタッフとなってから初めてのSPIRITS OF SUNGOLIATHのインタビューで、田中TDが目指す今シーズンのサンゴリアスについて訊きました。(取材日:2015年8月13日)
◆進化とは何か
—— チームディレクターとなり3年目となりますが、チームディレクターの役割を教えてください
現場の責任者になるので、マネジメントの部分もありますが、チームが勝てる環境をどう作るかという部分、選手やスタッフとのコミュニケーションという部分が大事になると思います。
なので、ヘッドコーチやコーチとは密にコミュニケーションを取らなければいけないと思います。その部分はGMもそうですが、どちらかというとヘッドコーチやコーチがやると決めた方針に対して、どうやってサポートが出来るかになると思います。
—— ここ2シーズンは勝てていないシーズンとなっていますが、チームディレクターから見て勝てていない要因は?
勝っている時期があれば、絶対にそこをターゲットにされるわけで、周りがサントリーに対してどうやって勝つかを考えると思います。例えば、エディー(ジョーンズ)が日本代表の監督になって、他のチームのスタンダードを上げているということもあると思いますし、昔はフィットネスでアドバンテージがあったのが、今はどのチームもフィットネスレベルは高いですし、フィジカルも強くなっていると思います。あとは、サントリーがしっかりと進化出来ていないという部分もあると思います。
—— 再びチャンピオンになるために、どうチームを作り上げようと考えていますか?
進化するという事だと思います。進化が何なのかという事もありますが。変化が進化なのか、何かを加えるということが進化なのか。ラグビー的な要素もありますが、チームの進化という意味では、チーム内での競争は必須です。勝っていた当時、平(浩二/2014年度引退)とライアン(ニコラス/2014年度移籍)は、10年間くらいコンビを組んでいたわけですが、チームの新陳代謝という意味では良い状況ではなかったかも知れません。勝ちながら世代交代もしなければいけないというのは、色々ある要素の中の1つでもあります。もちろん、アグレッシブ・アタッキング・ラグビーの追求に終わりはありません。
パナソニックも進化していますが、何が大きく変わったかというと、プレーの何かが変わったということではなくて、ディフェンスに磨きがかかっていますし、そのディフェンスからのアタックは、自信というか自分たちの強みを理解して、みんなが動いていると感じます。あとはバーンズ(ベリック)が来たことで、コントロール出来る選手がいるというのは大きいと思います。
サンゴリアスは誰かに依存するチームではなく、チームで動かなければいけないというスタイルのチームだと思っています。その中でジョージ・スミスがいたというのはプラスアルファであったかもしれませんが、それが勝った主な要因ではないと思います。
◆選手が成長するために
—— 色々な選手にインタビューをしている中で、自分たちで考えて、自分たちで判断が出来るように、もうひとつレベルが上がらなければいけないという思いが伝わってきます
自分たちで考える事が本当に重要だと思います。ラグビーはスキルとフィジカルを使いながら、瞬時に判断していく連続のスポーツです。だからそれが出来れば強いですよね。考える癖がつくと、試合中でもプレーの選択を考えるようになりますし、どんな状況が起きているのかを考えるようになると思います。今のチームには若い選手が多いので、そういう部分が必要になってくると思いますし、そういう選手が多ければ多いほど、チームは絶対に強くなると思います。
—— 大切なポイントですが、難しいポイントですよね
難しいと思いますよ。でもそれをやらなければいけません。最初から考えられる選手は、もちろんいます。これまで育ってきた環境によって、そういう選手もいますが、みんながそうではないので、そういう選手を育てるには、時間や経験が必要になって、そのサポートをしなければいけないと思います。若い選手とベテラン選手とをどう融合させるかというバランスも重要ですね。
僕がいま考えるのは、選手が成長するためにどうすればいいかということです。ただラグビーを教えているだけじゃ選手は成長しないと思いますし、成長するためには色々なアプローチがあると思うので、そういうところで選手をサポートすることを、一番心掛けています。
—— そこが面白いところですか?
サントリーの中でやる気のない選手、成長したくない選手はいないと思いますし、誰もが成長したいと思っていると思います。ただ、そのスイッチがどこにあるかが見えづらいのです。自分でスイッチを押せる人と、何かのきっかけでスイッチが入る人がいると思うので選手一人ひとりを知り、そのスイッチを見つけることが大事ですよね。
どういう性格なのか、これまでどう人間が形成されていているのかで変わってきますし、そこを見つけて成長してくれると面白いですね。人が成長する姿を見るのは嬉しいですよ。
—— その部分は現役時代にスクラムハーフとしてプレーしてきたことに繋がっていますか?
フォワードを動かしていたことに繋がっているかもしれないですね。スクラムハーフは洞察力という部分で、人の特徴やその時の状況、レフェリーとのコミュニケーションなどを常に考えながらプレーするので、それと一緒で、チームがどうやって良くなっていくかを探さなければいけないと思います。自分がやれる範囲のことはやっていこうと思っていますし、僕は直接的なコーチングをするわけではありませんが、アドバイスすることは出来ると思います。
今は結果が出せていませんが、2シーズン前もプレーオフ決勝まで進めていますし、昨シーズンは日本選手権で決勝まで進んでいて、その中で松島幸太朗や中村亮土、石原慎太郎など若い選手も出場していて、中靍隆彰もシーズンを通してメンバーに選ばれているので、彼らの経験はこれからのチームとして貴重な財産になると思います。
—— コーチという立場よりも、チームディレクターという立場の方が合っていると思いますか?
どうでしょう(笑)。もちろんやりがいがありますし、楽しさを感じています。自分に合っているかは分かりませんが、私も成長させてもらっています。 監督やヘッドコーチと一緒になってチームをリードしていくことがチームディレクターの仕事だと思います。チームにとっては結果が全てなので、もちろんプレッシャーも感じます。ヘッドコーチはより結果に対してのプレッシャーがあり、結果を求めていると思います。僕の立場では、育成のことも含めて先のことも考えていかなければいけないと思います。
—— チームディレクターとして大変だと感じる部分はどこですか?
特にないですね。みんな大変なことをやっていますし、責任ある仕事をやっているので、「その責任から逃げたい」と思って仕事をするのか、「やりがいがあって、更に良くしていこう」と思って仕事をするのでは、全く違う結果になると思います。大変なことかもしれませんが、それを大変とは思いませんし、責任ある仕事をやれているというのは、男としたら良いことだと思いますよ。もちろん辛いこともありますが、それを「辛い」と思っても何の解決にもならないので、逆にその状況を自分で意味づけて、前向きにやっていくことが大事だと思います。
◆人間力
—— 今シーズンはスクラムハーフの流選手が入ってきて、チームには良いスクラムハーフが多いですね
やっぱりスクラムハーフとしたら、サントリーは魅力のあるチームだと思いますよ。あれだけ9番が中心になってボールを動かしていくので、9番としてはやりがいのあるチームだと思います。
ただ、そのプレッシャーに負けたらダメだと思います。今シーズン、流が入ってきたことで、芦田が成長しています。練習中からリーダーシップを取ってフォワードも動かしていますし、流も考えながら練習に取り組んでいて、1年目からチームに順応していると思います。お互いの相乗効果で芦田も流も良くなっています。フーリー(デュプレア)と日和佐がチームを離れていますが、チーム内で良い競争が出来ています。
—— チーム全体を見た時に心配に思っているところはありますか?
心配なところはないですね。はたから見たら心配に感じるところはあるのかなと思います。例えば、日本代表に3番を2人も出しているので、普通であれば2人がいなくてチームはどうなるかという心配があると思います。ただ、サントリーではジャンボ(仲村慎祐)が頑張っていて、しっかりと成長しています。逆に言えば、今まで出場の機会が少なかった選手が、試合に出場して経験を積むことが出来るということなので、強制的に成長させる環境があるということだと思います。
はたから見たら「3番がいなくて大丈夫か」と思うかもしれませんが、ジャンボが成長する機会になっているので、日本代表の2人が戻ってきた時に、ジャンボが凄く成長していたら焦ると思います。それがチーム内での競争になって、チームのレベルアップにもなるので、不安に感じることはありませんね。
—— コーチでは今シーズンから山岡コーチが加わったことが楽しみですね
彼は選手とのコミュニケーションをよく取ってくれていますし、選手からも信頼を得ていると思います。あと、これまでコーチの経験がなかったのに、意外と落ち着いていると思います。選手を引退したのち営業をやっていた人間が、コーチになってまだ数ヶ月しか経っていないので、「どうしよう、どうしよう」という状況になっても仕方が無いと思うのですが、彼は落ち着いていますし、本質をシンプルに捉えて、選手に対してシンプルに伝えていると思います。それに何よりも選手一人ひとりをしっかりと見ていると思います。
サントリーは外国人コーチが3人いるので、山岡コーチが重要な役割を担っていると思いますし、外国人コーチとも上手くコミュニケーションを取っていると思います。コーチングスキルは経験や勉強をしていけば身につくものだと思いますが、それでは身につかない人間力のスキルの部分が、もともと高いのだと思います。
—— サンゴリアスのスタッフや選手の中で、ファンの人に注目して欲しいのは誰ですか?
スタッフでは、今シーズンから新しく分析を担当する須藤が入って、夜遅くまでデータ分析をしてくれています。仕事も速いですし、分析から見た情報をコーチたちに対してしっかりとフィードバックしてくれているので、そこは今まで我々にはなかった見方や考え方を与えてくれていると思います。その情報をどう使うかがコーチの腕の見せ所だと思います。
選手としては、1番の森川はハードに動きますし、フィジカルも強くてセンスもあると思います。石原は、今1番と3番にチャレンジしていますが、どれだけ森川と競争が出来るかだと思います。そして金井がベテランとして、どれだけ自分をレベルアップさせられるかだと思います。
あと小澤は、網走合宿でも良かったですね。これまでずっと青木が試合に出ている中で、どれだけそこに食い込めるかだと思います。3番はジャンボやパク(チョンリョル)がいますし、ロックではリシ(リシュケシュ・ペンゼ)が良くなってきていて、これまではずっとシノ(篠塚)が試合に出ていましたが、ツジ(辻本)も良くなっていると思います。
夏合宿では良い競争が出来て、みんな成長していますが、まだ足りないと思います。9月からプレシーズンリーグが始まりますが、トップリーグに近いプレッシャーの中で、彼らがどれだけ結果を出せるかだと思います。そして、そこからトップリーグで活躍する選手が何人出てくるかがキーポイントになります。選手の更なる成長がチームの進化につながると思います
◆ボールを取り返せるか
—— 選手の成長や経験も大事だと思いますが、プレシーズンリーグでいかに勝つかも大事ですよね
もちろんです。サントリーのラグビーで勝つということに、こだわりながら結果を出していかなければいけません。これまで積み上げてきたものを発揮し、勝利するということです。勝つことにこだわらなければ、選手として成長もないと思うので、そこは失くしてはいけません。
もちろん選手の成長も大事ですが、大前提は「勝つ」ことです。それは当り前のことで、勝つことにこだわらない選手はいないと思いますし、毎試合毎試合、勝たなければいけません。
—— 改めて、今シーズンの目標は?
プレシーズンリーグではタイトルがつくので、まずはそれを絶対に取らなければいけないです。そして、トップリーグと日本選手権の2つのタイトルを取ることです。
我々はそれに全力でチャレンジします。決して簡単な道のりではないですが、選手、スタッフが一体となり邁進すれば、出来ると信じています。サントリーは常にチャンピオンを狙わなければいけないチームであるべきです。
—— 今シーズンの見所は?
アグレッシブ・アタッキング・ラグビーというスタイルは変わらないものですし、それを追求します。アグレッシブ・アタッキング・ラグビーって、周りから見たら同じことをやっていると思われがちです。ただ全く同じ事をやっているわけではありません。抽象的になりますが、このスタイルは我々の幹となるものですので、葉っぱの数や色は変わると思います。
進化は大事だと思います。ただ、その中でも自分たちが信じるものやスタイルが根底に無ければいけないんです。そのベースがあって、進化をさせていくことが必要です。
最近、変化や変革という言葉をよく耳にします。変化って、何を持って変化なのかということだと思います。いつも同じことをやっても勝てないだろうと思われるかもしれませんが、同じことをやっている訳ではないんですよ。
例えば、サントリーがアタックチームからディフェンスチームになれば、これは変化だと思いますよ。それで勝てば、変化や変革と言われると思います。しかし、決勝まで行ったけど負けたとなれば、ブレたと言われると思います。結果が出なければ、変化や変革とは捉えられないので、結局は結果が大事なんです。それが全てではないですが、結果はプロセスに価値を与えるものだと思います。
もちろんサントリーの土台はアタックです。ボールを持っていれば良いアタックが出来るので、ディフェンスに回った時にいかにボールを取り返すかが重要になります。だから、ボールが取り返せるかがポイントですね。ボールを取り返せるようになれば、もっとアタックする機会が増えます。それができれば進化だと思いますし、セットピースも含め、どれだけボールを取り返せるかだと思います。
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]