2012年5月23日
#279 大久保 直弥 新監督『1%改善のために100%の準備』
◆いかに選択肢を少なくしていくか
—— 新監督として、今の心境は?
選手とコーチの力を最大限に引き出すことが、いちばんの仕事だと思っています。昨シーズンまでの2年間は、FWコーチとしてしっかり任されていました。FWコーチでの2年間を振り返ってみると、大きな船が常に同じ方向に向かっていくために、監督のリーダーシップをもと、それぞれの部門が良い働きをしていたと思います。
大事なのは監督のリーダーシップで、リーダーシップと各部門のマネジメントは違うと思うので、船がどこに向かうかということが大きく明確になっている方が、それぞれの力を引き出す上で大事だと思います。
—— FWコーチになって最初のシーズンは、開幕戦から3戦を終えて1勝2敗でしたが、その時はどんなことを考えていましたか?
今思うと、結果として負けて良かったと思います。ただ、当時は最初の3試合で2回負けていたので、FWコーチとしては、昨シーズンのラインアウト1つを考えてみても、選手に選択肢を与え過ぎていたと思います。アタッキング・ラグビーをしていく上で、かなり走らなければいけない状況で、1試合の中でラインアウトでも5個も6個も選択肢があったので、それだけで選手は迷ってしまっていましたね。選手が走り切れる環境を整えられていなかったと思います。FWコーチとして、最初は選択肢を増やす作業をしていましたが、経験を重ねていくことで、いかに選択肢を少なくしてシンプルにしていくかを心掛けました。
シンプルと言うと簡単に聞こえますが、真のシンプルにするために、考えに考え抜いて、選択肢を削る勇気を勉強しました。あのシーズンはプレシーズンマッチでも東芝に負けて、シーズンが始まってからも負け越して、不安に思うこともありました。その時に、例えばラインアウトでボールが取れなかった時に、もう1つサインを増やせば良いと簡単に考えてしまいがちでしたが、本当は逆で、人間は2つ以上サインがあると、迷ってしまって試合のテンポも悪くなってしまうんです。ただ、あの時の負けがあったから、今のサンゴリアスがあるんだと思います。
—— それはFWだけじゃないということですね
選手によって、オプションの処理能力は違いますが、トレーニングによって能力を伸ばすことは出来ます。メインはフィジカルの部分をいかに鍛えていくかということになるので、フィジカルを鍛えつつ経験を重ねる毎に判断力も鍛えられていくと思います。あとはある程度、選手自身に任せる状況を作ることですね。
—— 環境を整えておいて、選手に任せるということですか?
だから、リーダーグループのコミュニケーションが大切になってきます。例えばラインアウトは、シノ(篠塚)がリーダーで、そのサポートに太一(田原)と隆道(佐々木)、真壁をつけて、シノとのディスカッションにサポートメンバーも参加させるんです。それによって試合中のコミュニケーションレベルも高くなりました。
更に、昨シーズンは太一がシノのサポートをしっかりやってくれていて、プレーオフ決勝に出ましたけど、何の問題もなく、何の不安もなく、彼を試合に送り出しました。それは15人だけじゃなくて、チームの総合力レベルでの戦いでした。
—— 理想的なチームになっていると思いますが、その理由は何だと思いますか?
やっぱりリーダーシップだと思います。この2年間でいちばんチームに貢献したのは、ロッカーリーダーだと思います。4人のロッカーグループのリーダーがいて、彼らが率先してチームに貢献する環境を作ってくれました。ロッカーグループリーダーたちが、「選手1人1人のお陰でチームが動いている」ということを、選手全員に理解させてくれたと思います。
なんせ、ノンメンバーが試合前にメンバーの為に自主的にクラブハウスの風呂掃除をするんですからね。あと空のペットボトルが落ちていたら、気がついた人が捨てていて、先輩たちがしっかりと若い選手に教育してくれている環境が出来ています。ラグビーだけじゃなくて、仕事でも、私生活でも同じです。
◆選手よりもタフでなければいけない
—— FWコーチをやってみて、面白さはどこにありましたか?
エディーを見ていると、教育者ですよね。教えることが純粋に好きなんだと思います。例えば、トップリーグのチームを教えていようが、高校生を教えていようが、トレーニングに対する情熱には差がないですよ。
その中で、選手のプレーが改善したり、スキルとかテクニックと一言で言えば簡単ですけど、正しい技術を何千回、何万回と練習していく中で、出来なかったことが出来るようになって、その技術がその選手のモノになった時は、嬉しく感じますね。本来、教育者とは、そういうものだと思いますよ。
—— 自分では教育者の適性はあると思いますか?
僕にはそういうバックボーンがないですからね(笑)。朝から晩まで、誰かのために捧げるということは、自分自身にも厳しくなければいけないですし、ある意味選手よりもタフでなければいけないと感じることもあります。ただ、選手はパフォーマンスがいちばん大切で、コーチは選手のパフォーマンスが1%でも改善出来るのであれば、そのために100%の準備をしなければいけません。FWコーチの時は23人の選手を相手にして、彼らのパフォーマンスが悪ければ僕の責任だと思っていました。
—— 23人の相手をするだけでも大変ですよね
今年からは47人になります。
—— 監督というのは、シーズン終了後に話があったんですか?
正式にはシーズン終了後ですね。2冠を獲ったチャンピオンチームを引き継ぐわけなので、責任重大だとは思いましたが、僕はこのチームでずっと育ってきた人間なので、今後は出来つつあるチームの文化を引き継いでいこうと思っています。エディーは0を1に出来る監督でしたが、僕の仕事は1を1.5でも良いから、今の文化を引き継いで成長させていくことだと思います。
—— 3年前にFWコーチとしてチームに加わった時に、ラグビーを本格的にやっていくという考えはありましたか?
時間はかかると思いましたが、ある程度は考えていましたね。僕は大学時代に何の実績もない選手だったんですが、ご縁がありサントリーに入ることができ、良い思い出をたくさん作ることが出来たので、30年後も今と変わらず日本のラグビーをリードしていくチームであって欲しいし、世界で活躍する選手も出てきて欲しいと思っています。そのために微力ですが、貢献していきたいと思います。
◆常に改善していくこと
—— 大久保監督がキャプテンをやっていた時は多くの優勝を飾り、FWコーチとしてチームに戻って来て2冠を獲りました。強い時に必ずチームにいますよね
たまたまですよ。だって、トップリーグでの優勝はまだ2回しかしていないわけですし、東芝は5回優勝しているわけですからね。今年はクラブハウスを増築して、より良い環境でトレーニングが出来ることになりますし、未来に向かって踏み出せる環境が出来ていると思うので、より多くのトロフィーを獲って、チームのウイニング・カルチャーを育てていければと思っています。
—— 今のチームに付け加えることはありますか?
細かいことですけど、相手チームからのマークも更に厳しくなりますし、サントリーがどういうラグビーをするのかという理解度も高くなっていると思います。ただ、チームの哲学はアグレッシブ・アタッキング・ラグビーなので、その哲学をベースに、アタックをするためにはボールを持っていなきゃいけないですし、ボールを取るために努力して、改善していかなければいけないと思います。
—— 今、よみうりランドのグラウンドで練習をしていますが、いかがですか?
半年前から一時的に引っ越すことは決まっていましたし、優秀なスタッフがいるので問題ないです。そしてロッカーグループのリーダーに協力をしてもらいながらチームを改善して、後々クラブハウスが移ったから勝てなかったという言い訳はしないようにしていきたいと思います。そのためには、新しいスタッフの中でもしっかりとコミュニケーションを取ることが大事になってきます。
—— 今シーズン鍵を握るのは?
今シーズンは、1~3年目の選手がチームの中で45%を占めるんです。この45%が成長しない限り、チームの未来はないと思います。今シーズンも2冠を獲ることがいちばんの目標ですが、この45%の若い選手がレギュラーメンバーに刺激を与えられるように成長させていかなければ、2冠獲得へも繋がっていかないと思います。
—— エディーさんがチームを去る時には、何かアドバイスはありましたか?
いろいろアドバイスは頂いていますが...。
エディーが目指したものを共有はしていきますが、やり方を100%コピーしても選手は伸びていかないと思います。常に改善していくことが大切なんです。エディーを見ていても、常に現状に満足せず、向上心がずば抜けていると思います。どんなに勝ち続けていても、1%でも改善出来るところを探しています。
—— ラグビーを24時間考えないといけないですね
24時間どころじゃないですね(笑)。
◆昨シーズンのチームを超えて
—— 選手の時はプレーでチームを引っ張っていたと思いますが、監督としてはどうしていこうと思っていますか?
一緒にプレーしてきた選手もまだ数多く残っていますし、チームにいる外国人選手も良いコミュニケーションでチームに貢献してくれているので、選手の意思を最大限尊重してやっていきたいと思います。ただ、最終的な決断は僕がしなければいけないので、僕もこれから更に勉強していかなければいけないと思っています。
例えば、ただゲームのスタッツを羅列しただけでは意味がなくて、そこにいかに命を吹き込むかが指導者の役割だと思います。
—— イメージしている指導者像はありますか?
僕も現役時代にエディーを始め、多くの方から指導を受けてきましたが、コーチになってからの接し方も違いますので、指導者像というよりは人間的に魅力がある指導者に惹かれますね。人間的に尊敬出来なければ、どんなに指導スキルがあっても、選手に訴えられることは限られてしまいますよね。
—— 目標は何ですか?
2冠のチームを引き継いでいるので、2冠を獲ることはもちろんですが、昨シーズンのサンゴリアスは選手だけじゃなくコーチもスタッフも含めて、日本の中でベストチームだったと思うんです。これを超えない限り、2冠獲得は出来ないと思うので、昨シーズンのチームを超えて、2冠を獲りたいと思います。
—— 昨シーズンのチームを超える秘訣は何ですか?
秘訣はありません。1人1人がハングリー精神を持って戦うことです。だから、1人1人が昨シーズンの自己ベストを超えることや、更なるハードトレーニングをすることだと思います。決して近道はないですよ。
—— 万が一、チームが躓いてしまった時に、立ち戻って考える拠りところはどこになりますか?
拠りどころというよりは、サンゴリアスのアグレッシブ・アタッキング・ラグビーはチームラグビーに支えられているので、いかにチームワークを最大限引き出していけるかが重要になってきます。そのためには、コーチングスタッフや全てのスタッフが率先して見本を見せなければいけないと思います。
この2年間で築き上げてきた「プライド」「リスペクト」「ネバーギブアップ」というチームの文化を守ることが大切です。もちろん勝つことも大切ですが、チームの文化を守ることも重要なんです。昨シーズンのチームは、あのジョージ・スミスが100%の努力を発揮したいと思うようなチームだったんです。そのチームを超えたいですね。
(インタビュー&構成&写真:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]