2011年12月21日
#262 エディー ジョーンズ 特別編"エディケーション Eddiecation エディー監督が語る世界と未来のラグビー" 『日本のスポーツのあり方を変えたい』
【チームの父親】
監督の仕事として「チームの父親」のような存在になることを心掛けています。世界のチャンピオンチームを見て感じる事は、チーム全体が家族のような雰囲気を持っている。選手も家族の一員だと感じれば、持っている力を出し切ってくれます。規律を守るということは大切なことですが、厳しいことばかりだと選手も離れていってしまいますので、細かいケアも重要な役割です。私は監督として父親のような厳しさを持って選手に接しますので、スタッフには母親のような優しさが必要になります。そのスタッフとのバランスが重要です。
私が指導を始めた頃は今よりもずっと厳しく指導していましたが、それによって選手が離れていってしまうこともありました。ですが子どもを育てながら年を重ね、様々な経験を積みながら、いかに"バランス"が大切かということを理解しました。以前、父親のように接してくれる監督の話を選手から聞いた事があったのですが、そういった関係が築けていることはとても良いことだと感じました。息子には自分にとってベストな道を選択して欲しい、能力を最大限に引き出せるように手を貸し、規律を守るような人間になって欲しいと望むように、それを選手に置き換えてみても求めることは全く同じだと思います。
「指導する」という事は難しいことで、私も日々勉強をしています。強豪サッカーチームであるマンチェスター・ユナイテッドの監督アレックス・ファーガソンの本を読んでいますが、彼は「55歳の時に最も大切なスキルを学んだ」と書いていました。それは"観察力"です。私は今51歳なので、学ぶことは幾つになってもあるということだと思います。彼も若い頃は練習中に大声をあげたり、感情的に指導していたようですが、今は一歩下がった位置で選手一人一人がどういう行動を取っているのかを観察する方がチームを作る環境にも良いと言っています。
【問いかけること】
今でも他のスポーツの指導を勉強するために色々なチームを見に行きます。選手達に向上して欲しいと思っているのであれば、監督としても常に学び続けなければいけないと考えているからです。2、3ヶ月前になりますが、水泳の平井伯昌コーチ(競泳日本代表ヘッドコーチ)に会いに行き、彼から多くのことを学びました。彼が「日本人の選手を指導する時に、小さな成功を積み重ねることが非常に重要」と言ったことが印象に残っています。「規律を守ることも重要だが、指導者として忍耐力も重要」という話もしてくれました。
海外と日本では教育システムが異なります。コーチを批判しているわけではありませんが、日本の教育方針は選手自身に考える能力をあまり求めていないように感じます。一つの例としては、4人並びながらパスを回し、グランドを往復する練習メニューが高校ではあるようですが、毎日1時間半やっていたと日和佐から聞いたことがあります。その練習は考えてプレーする必要がありませんよね。南アフリカやニュージーランド、オーストラリアでは若い頃から考えなければいけない状況下に選手を置きます。なので高いレベルまで成長させるのに長い時間はかかりません。今サントリーの選手が成長してきている一つの理由は思考能力の向上とも言えるでしょう。
日本のラグビー界では、まだそのような状況が一般的だと感じます。第二次世界大戦の後に受けた規律性の社会環境が大きく影響しているのでしょう。スポーツ教育による「青少年の規律化」が確立されたのだと思います。それは良いことだと思いますが、スポーツ自体をどのような過程、方法で行うべきかを学ばなければいけません。他のジャンルを見ても、規律性を重視しているものや、新たな形を取り入れているスポーツも多々見受けられます。サッカー日本代表の世界ランキングが上がってきているのも、規律と個々の考えが融合されたプレーをしているからですね。
東京の街を歩いていると落書きを見ることがよくあります。15年前に初めて日本に来た時は殆どと言っていいほど落書きはありませんでした。若者たちが大人への批判や、不満などを訴えている行為の一つの象徴だと思います。今の日本では社会的にそういった傾向があると感じています。日本では年上を敬う文化があり、とても素晴らしい事だと思いますが、それだけではなく自己主張や自ら問いかけなければいけないこともあると思います。サントリーでも若い選手には敬意を忘れずに問いかける事の重要性も伝えていこうと考えています。グラウンドでは年齢は関係ないので、尊敬と自己主張のバランスが重要になります。
【会社としても価値のある人材】
先ほど話に出た平井コーチは個人競技の指導者ですが、ラグビーのような団体競技として置き換えた時でも大変勉強になりました。私はサンゴリアスの選手にはチームとしてだけではなく、個人としても成長して欲しいと思っています。その理由は"勝利への執着心を持つこと"と"会社にとって価値のある人材であって欲しい"という2つの願いがあるからです。土田さん(現強化本部長)を含め、引退後に社業に専念してきた元ラグビー部員たちが素晴らしい業績を残しています。20年前に比べると、今はラグビー重視の環境、生活となっているので若い選手には難しいと思いますが、そういった歴史が続いていくよう、選手たちには人生においての良い価値観を持ってもらいたいと思います。
今日は朝5時半にクラブハウスに来ましたが、既に瑞樹がトレーニングをしていました。きちんと規律を理解し、それを実行しています。今後の人生において日々の積み重ねや努力が価値観を高めていくと思います。サントリーも昔からそういった要素は持っていたと思います。ただ時代の変化により劣化してしまったものを今再構築し、今後はより強固なものにしていこうと考えています。そして私が監督ではなくなった時も変わらず続いていけるようにチームを作っています。新しい選手は我々がどういうチームかをすぐに理解できると思いますし、逆にこのような環境を理解しなければサントリーには来られないと思います。
【他チームが真似してくるのは夢のようなこと】
日本のスポーツのあり方を我々から変えたいという思いがあります。今年のトップリーグを見てもらうと分かると思いますが、どのチームを見てもフィットネスが高まっていますよね。それはなぜかと言うと、サントリーが昨シーズンの日本選手権で優勝し、その一つの理由としてフィットネスの向上があったからです。他チームが真似をしてくることは、コーチとしては夢のようなことです。ビジネスでも同じだと思いますが「みんなが自分の真似をすることが夢だ」とスティーブ・ジョブズは語っていました。実際にiPadが発売されると、街は同じようなデザインの製品であふれていましたよね。彼はそういった形でIT業界をリードしていました。スポーツも同じで、他が真似するようなチーム作りをし、そして新たなモデルを考え更にリードしていくのです。
ファーガソン監督は63歳の時に引退すると言いましたが、その時に彼の奥さんが「引退をして何をするのか?」と聞いたら「分からない」と答えたそうです。そして彼女は「あなたは引退しませんよ」と言ったそうです(笑)。今スポーツ界を見ても、年配のコーチが成功しているように感じます。それは子育ても含め、若い頃に培った経験から選手をより理解出来ているからです。若い選手相手に柔軟な対応が出来れば、彼らも結果を出していきます。そして自分の周りに若いスタッフを置くと、全体的にバランスも取れるのです。私はファーガソン監督と同じ70歳を超えても監督を務めることが出来るか分かりませんが、きっと私の妻も彼の奥さんと同じことを言うと思います(笑)。
(通訳:松平貴子/構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]