2008年11月12日
#160 特別編 大塚 卓夫 『感動・共感・空気の共鳴』-3
◆本能をいかに抑えるかというギリギリのスポーツ
—— 中学3年生でラグビーを始めたそうですが、初めてやって「これは面白い」と思いましたか?
面白かったですね。小学校の時の担任に坂下住太郎(さかしたすみたろう)という先生がいて、今とても感謝している先生なんですが、その先生はサッカーの名選手だったんですよ。それで小学校の校庭で、自分自身のトレーニングやドリブル、キックの練習をしていたんです。私はその練習相手をさせられて、両親から見れば私はひ弱な小学生だったので、よく「あの先生との出会いは感謝しないといけない」と言われてました。その先生から、私は褒め殺しにあいましたね。先生のサッカーの試合の時に連れて行かれまして、色々な方に「これ俺の教え子や、サッカーがうまい」って紹介されたんです。
その頃、たまたま家にラグビーのボールがありました。戦争のため中学に入ってから、中学自体、3年間はラグビーをやらなかったんですよ。それで、終戦後が8月なので、中学3年の夏休みが終わって、10月にラグビー部が復活したので、すぐ入部しました。母親はちょっと困った顔をしていましたね。兄貴がその頃、ラグビーで鎖骨を折っていましたしね(笑)。
—— お兄さんがラグビーを始めたのは、お父さんの影響ですか?
いや、勝手にラグビーが好きで、足が速かったんですよ、兄貴は。私は遅かったですけど。初め親父は怪我しないかどうか心配で、欠かさず試合を見に来ていましたね。
—— それでラグビーに対するイメージが出来て、しかもスポーツに対する自信は坂下先生がつけてくれて、ラグビーを始めたのは自然な流れですか?
そうですね。なんの抵抗もなくラグビー部に入りましたね。
—— お兄さんが鎖骨を折っていたりするのを見てどうでした?
何も感じなかったですよ(笑)。
—— どこがラグビーの魅力ですか?
ラグビーほど、本能的なスポーツはないですね。ルールの中での本能のぶつけ合い。ですけど、厳然としたルールと不文律のルール、そういうものにすごく魅力がありましたね。ラグビーを褒めすぎかもしれないですけど、ラグビーは人間の本能をいかに抑えるかというぎりぎりのスポーツです。1トンもあるような象が歩いていて、いま足を踏み下ろしたら、その下に蟻がいるような時は、足を踏み下ろさないという動物の世界で残されているようなことが、ラグビーの世界にはいろいろあるんですよ。
何かそういう形のなかで、ラグビーというスポーツを通じて、少しキザな言い方かもしれないですけど、人間の生きざまとか原点みたいなもの、今考えるとそういうものがすごく魅力的だったんじゃないかなって思いますね。
—— 子供としてはませていますね
その頃はそんなこと感じてないですよ(笑)。いま考えて、今までやってきたことが、人生でプラスになっていたと感じていることですから。
—— その頃はどう感じていたんですか?
こんな面白いスポーツないなって。
—— ゲームのつくりとして面白いということですか?
そうですね。やっていることが面白かったですね。ぶつかっていることも面白いですし、ぶつかってくる人間をさらっとかわすこともですね。タイミング次第で、相手がころっとひっくり返ったりとか、どっちに転がるかわからないラグビーボールをしっかり見ていたらわかるとか。
そんなことはやっている時はわからないんですけど、本当に本能的なスポーツですね。本能と自制、自律というのが共存しているという、最高のスポーツですね。ラグビーの本とかによく書いてあるんですけど、「ラグビーをしている少年には大人の男の生きざまを教える、ラグビーをしてきた大人はいつまでもラグビーを通じて少年の心を失わない」ということですね。
◆闘っている相手にも感動と共感を与える
—— 今でもサントリーサンゴリアスの応援にはいらっしゃっているんですよね?
応援団の1人です。
—— OBの1人として、現在のサンゴリアスへのメッセージはありますか?
強くなることも大事ですけど、相手チームに対してこちらがやっているラグビーに共感してもらう、また見ている人には感動を与える、そういうものを求め続けなきゃいけないと思いますね。
—— ただ強いだけでは駄目だと
そうですね。この間、トップリーグの開幕戦で秩父宮が久しぶりにほぼ満員になりましたね。だけど、ゲームはつまらなかったですね。久しぶりに満員になった秩父宮で、勝った負けただけの試合になっていました。1ファンとしてものすごく不満でした。やっぱりラグビーというスポーツは、見る人に勝ち負けは別として、感動、共感、空気の共鳴、グラウンド全部を包むそういうのもが大事なスポーツだと思いますよ。いま、ラグビーの世界全体がそういうことを忘れているんじゃないかと思います。
—— サンゴリアスとしてはどうしていけばいいんでしょう?
サンゴリアスはいいラグビーを目指していますね。ですけど、いいラグビーというだけで、勝ち負けを考えちゃいけない。見ている人にも、戦っている相手にも感動と共感を与えながら勝っていくチームだったら、それがいちばんいいわけですよ。それは求め続けなきゃいけないテーマだと思いますよ。だいぶ近づいているとは思いますけどね。
しかし、三洋との試合のような、理想だけでは越えられない壁もあるなと。1つ1つの試合で、もっと完成度を高めていかなければいけないと思いますね。ディフェンスだけは絶対に負けないというようなラグビーに終始する中で、どうやって越えていくかというところですね。まぁ難しい課題ですけどね。サンゴリアスが目指しているラグビーは、いいラグビーだとは思いますよ。
—— 大塚さんが考えられた『創部の精神とその基本的考え方』は、今でも変わられていないですか?
変わっていないですね(笑)。
—— それがサントリーラグビー部の良さですね
こういう風にいて欲しいという願望ですね。願望というより祈りかもしれないです。やる以上はそこまで行って欲しいですね。
—— 大塚さんのサントリーラグビー人生の中で、最も嬉しかったことはなんですか?
難しい質問ですね。正直に言いますと、「またラグビーに関われる」って思ったところですかね。当時の佐治敬三社長に「やってみればええやないか」って言われた時ですね。「えらいことになってしまった」と思いながらも、「やったろうじゃないか」って思っていました。私は病気をしたことが、ラグビーを封印するきっかけにもなりましたし、社会人になって片手間でラグビーなんて出来ないって思っていましたからね。土日にラグビーしに行くということを1年くらいやりましたけどね。
「このジャージの時が最初ですね。ワインレッド。ワインレッドというのは、後からマスコミの誰かがつけたんですよ。初めはカンタベリーのジャージのマロンレッドという色だったんですよ。カンタベリーのカタログの中にその色があって、最初の監督の山本厳が持ってきたんですよ。ワインの色にも似ているしってことで」
—— 『創部の精神とその基本的考え方』には、本当に大変なことが書いてあるんですね
いちばん厳しく言ったのは、仕事を理由にしてラグビーをさぼるな、ラグビーを理由にして仕事をさぼるなと。これが部員としていちばん許されないことだと言っていましたね。
—— それは今のラグビー部にも繋がっていますね
精神はまだ流れていますね。アマチュアの選手は、サントリーの社員としての自分の生涯と今の自分というものをちゃんと繋いで行動してくれていると思います。そのことを私は誇りに感じていますよ。会社全体が、ラグビー選手でも1社員、として見てくれていますよ。
—— 言うのは簡単ですけど、なかなか出来ないですね
ラグビー選手が社員としても頑張ってくれているから、そういう雰囲気が出来ているんだと思いますね。会社としても、温かい目でラグビー部を見てくれていますね。
—— そういう雰囲気だと、選手を辞めた後も一生懸命仕事が出来ますね
そうですね。元ラグビー部の人が管理職で頑張っているというのも、励みになっていますね。
—— 現役時代、ポジションはどこだったんですか?
13番です。私は右センターを天職と思っていましたが、左右のセンターはどちらでも出来ますし、スタンドオフやフルバックも出来ます。その時その時でセンター、スタンドオフ、フルバックの3つのポジションをやっていましたね。
—— 今の13番、平浩二選手を見てどうですか?
彼は日本人センターの中では、3本の指に入ると思いますよ。ウイングが見えているセンターというのは強いと思います。これは私の持論なんですが、特にバックスというのは、内側のプレーと外側のプレーがあって、実際に練習して経験するということは地獄でしたね。スタンドオフはセンターもやれと。
今は違った意味ではあまりポジションにこだわらなくなっていますね。スクラムの中からの状況判断。これも私の持論なんですが、スクラムとラインアウトのポジションを決めるのが背番号であり、それ以外はオールスクラムであると考えているんです。1番、2番、3番の選手が3回くらいポイントが動いた時、センターの位置でボールを受けて、ノーマークになったウイングに20~25ヤードのスクリューパスが放れる、そんな1番、2番、3番の選手は日本にはいないんですよね。
そういうのが出来る、走り込んでいるという、その時に今ここでこういう仕事をするというのが分かっている選手が15人揃わないと、いいチームはできないと思いますね。そういうプレーが求められるようにラグビーのルールが変わってきています。ルールの変更に順応できるように、そういう選手が求められているんですよね。
3/3(終わり)
(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)