SPIRITS of SUNGOLIATH

スピリッツオブサンゴリアス

ロングインタビュー

2007年4月25日

#87 吉岡 淳平 サンゴリアス4年目 『トレーナーも一緒に戦う』

◆選手の主観はとても大事

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—— いきなりですがラグビーの競技特性をトレーナーとしていちばん感じる時は?

コンタクトプレーが多い分、筋肉の疲れが体に出ます。例えばバスケットボールは接触が少なくてあまりコンタクトしないので、体の表面の筋肉に対するダメージは少ないんです。

これは僕の感覚ですけど、ぶつかったダメージは筋肉をタイトにします。タイトというのは硬くなるという意味です。打撲も多いですし、それを気づかずにそのままにしておくと後で影響しますし、そういうダメージを見つけてあげることが、ラグビーのトレーナーとして大切な仕事のひとつだと思っています。

—— "硬い"という感覚はどんな感じなんでしょうか?

選手から「試合前はある程度の硬さというか、重さを残しておきたい」「試合前日やゲーム前に完全に弛(ゆる)んでしまうと、パフォーマンスが上がらない」という声が出てくる時があります。

—— ある意味トレーナーは仕事をやりすぎてもいけないのでしょうか?そのあたりのバランスは?

単純に走った時の体の疲れの表面的な反応と、コンタクトフィットネスをやった後や、ゲームの後の体の疲れは、かなり違ってきます。試合後に関しては、リカバリーがすごく大事ですね。例えば新田さん(博昭/ストレングスコーチ)がよくやっているストレッチをやって、翌日休みでも完全に休養しないで体を動かすだけで、選手の体はまったく違ってきます。

坂田選手(正彰)は翌日必ずプールへ行って、体を弛めてきます。坂田選手、小野澤選手(宏時)、有賀選手(剛)なんかは、かなりリカバリーがしっかりしています。通常は、ゲームの翌々日が練習再開ですが、その時に怪我のことを言ってくる選手が多いんです。でもこの3人は試合翌日も体を動かしているので、自分の体がどうなっているかちゃんと把握してますし、ですから翌々日に何か言ってきたりすることはありません。

打撲は動かさないとわからないことも多いですから。怪我は"ファーストエイド"がすごく大事なので、そのために一番いいのは、怪我した直後に知ってもらうためのアドバイスをすることだと思っています。

僕のイメージでは、ストレッチとジョギングでその日の調子がわかると思っています。それは僕にはわからなくて選手にはわかることなので、選手の主観というのはとても大事だと思います。ストレッチやジョギングをやればわかるでしょうし、やらなければわからないですから、試合の翌日も体を動かすことは大切です。

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◆神経を促通させて動かす

—— 選手の体をトレーナーの力によって作る、ってことはできるんでしょうか?

僕らが作るんではなくて、選手たちが自分の体を知らないと作れません。そのためにこういうことをやったらどうだ?ということを、新田さんや若井さん(正樹/コンディショニングコーチ)のアドバイスも含めて、インフォメーションしていくようにしています。

試合前のマッサージルームに、必ずトリートメント(手入れ)に来ていた佐々木選手(隆道)が、マイクロソフトカップあたりから来なくなりました。本人曰く「甘えすぎていた」ってことなんですが、「体が軽くなり過ぎて、ほぐれ過ぎて駄目」ってことで、やらなくなったら良い張りが出てきたそうなんです。

小野澤選手や直弥選手(大久保)たち先輩からもアドバイスがあったみたいですが、毎日のように顔を出していたのを止めた訳ですが、僕はそれでいいと思います。筋肉にはとても難しいところがあって、好調な時に限ってアキレス腱断裂が多かったりします。「体が軽くてすごく動いて調子がいい」って時に「後ろから殴られた感じでバチンっていって転んで、何だ?と思ったら切れていた」ということがあるんです。

筋肉のバランスで収縮力の動きによって、あるいは張力が強ければ強いほど、調子がいい感覚と実際にはそうでない状態があって、脚の裏側がすべて調子よくて、前側は何も感じなかったとか、ふくらはぎの調子がいいなという時に、逆に表裏のバランスが悪くて切っちゃう時もあります。

アキレス腱断裂を含めて、こういうものは予防できないんです。肉離れは予防できます。それにはトレーニングが一番大事なんですが、ストレッチを含めたセルフコンディショニングで、肉離れに関してはある程度予防できます。

神経を促通(そくつう)させて動かすトレーニングを意識した、ハムストリングス(腿裏)の動きを取り入れるといいんです。サントリーでは僕の仕事の範囲ではなくなってしまいますが、同じストレッチにしても、ハムストリングに対する動きのあるストレッチが大切だと思っています。ハムストリングが張るまでいったら、もうそれだけでミスですから、そうならないように何かしらのことをやってかなきゃいけません。

—— そういう体のことを一番わかっている選手は誰ですか?

小野澤選手ですね。彼と話すとちゃんとディスカッションになります。「僕は新田さんのトレーニングをやりながら、自分でベストのコンディションに持っていけます」と彼は言います。確かに練習でボールをもらった時の動き1つとってみても、あるいはウエイトでスクワットをやったりする時でも、自分の感覚を大事にしていて、ちょっと違います。

彼にとってちょっとでも違和感があるところは、すべて気になる感じなんだと思います。それを治すためにどうする?ってことです。僕が治療する前にやることがあるということをわかっていて、「治療してほしい」ではなくて「何をやったらいいですかね?」という聞き方をしてきます。それをやった上で自分だけで治すのが難しい時に「じゃあ治療を加えてみようか」となるんですが、とにかくそのプログラムを自分で作っちゃうんですね。

トレーナーは治療も大事ですが、その前にこういうことを教えていかなきゃいけないと思ってます。教育が大事ですし、それが一番の怪我の予防になります。怪我の予防と再発の予防が、僕らの一番のテーマです。今まで怪我した既応歴があるところ、首だったり膝だったり足首だったり、そういうところを何らかの形で強化して、予防をしていかなきゃいけない選手はたくさんいます。そういうピックアップメンバーに練習後にトレーニングをさせてもらって、そこの部分を充実化していきたいと思ってます。

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◆バスケット、野球そしてラグビー

—— 吉岡トレーナーはサンゴリアス何年目ですか?

4年目です。サンゴリアスへ来る前の年にバスケットボールのユニバーシアード、U-24の試合で韓国に行きました。韓国から帰ってきたその日に、JALのバスケ部の話がいきなり舞い込んできて「取りあえず半年やってくれ」と言われました。それまでずっとバスケをやって来たので、バスケはその年限りにしたかったし、他のスポーツを経験したいと思っていました。

他のスポーツというのが何なのかは、その時まだ自分でもわからなかったんですが、他のスポーツをやってみて、勉強という言い方をしたら申し訳ないけど、サンゴリアスの前任の石山さんというトレーナーからJALの話の直後に連絡があって、「来期のサンゴリアスはどうだ?」というお話をいただいたんです。

いろいろと展開が早すぎるところもあって、「半年はJALに行きますが、その後は考えさせてください」と話して、3月にJALのシーズンが終わった時点で、やはり違うところで経験を積まないと、自分自身がつぶれてしまうという感覚がありました。それでサンゴリアスに飛び込んだんです。

—— そのJALの前は何をやっていたんですか?

高校を出てすぐに花田学園(東京・渋谷)という鍼灸理療の専門学校へ行きました。と同時に青山学院トレーニングセンターにトレーナーの師匠がいて、そこにも行くことになりました。僕は高校(埼玉県立川越西高)の時にバスケをやっていて、高校の先輩でU-18ジュニア女子バスケのトレーナーがいたんですが、高校の監督からその人を紹介されました。吉本さんという人で、その人が「もしそういうことをやりたければ、鍼灸の勉強をしながら青山学院でも勉強しろ」と言ってくれたんです。

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青山学院トレーニングセンターはとてもいい環境で、一番最初にアプローチできたのが野球部でした。当時の僕は高校を卒業したばかりで世の中をあまり知らなかったし、チャラチャラしていたんですが、師匠の吉本さんと野球部の方々のご指導により、その点を矯正されました。

鍼灸学校には3年行って、プラス卒業して資格を取ってからも2年いました。そして青学トレーニングセンターにも行きながら、アメフトの野村証券へ週に1、2回行くという形で契約し、平日の他の日はぜんぶ青学へ行って、野球部とバスケ部を見させてもらいました。

◆トレーナーになりたい

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—— そもそもトレーナーになったきっかけは?

中学の時の文集にも書いているんです。なぜそんなこと覚えてるかと言うと、結婚式の時に友達に読まれて参りました(笑)。中学の時「ニュースステーション」(テレビ朝日)でアメリカのATC=アスレチックトレーニングセンターの特集をやっていて、僕としてはそれまで選手に憧れていたしプロに憧れていたんですが、その番組で見たトレーナーに何だか知れない魅力を感じちゃったんですね。それで高校2年で進路問題が出てきた時に、監督と担任の先生に「トレーナーになりたい」と話したんです。

テレビを見た時に思ったのは、「スポーツ界は選手だけじゃない、監督やコーチだけじゃない、その裏にはこういう人たちがいるんだ」ってことです。そこの重要性を感じました。こういう人たちがいるから、選手たちはいいプレーができる、いいパフォーマンスができるんだと思ったんです。

トレーナーに対する漠然としたイメージは、テーピングとマッサージだったんですが、実際に入ってみると「やばいな、この世界は」と思うようになりました。選手教育イコール自分の人間性を問われるということがわかって、「俺、大丈夫なのかな?」っていう感覚に陥りました。

当時の青学野球部には、坪井さん(智哉/北海道日本ハム)が4年、井口さん(資仁/シカゴホワイトソックス)が3年にいましたし、他にも後でプロ野球へ入ったすごいメンバーがたくさんいました。師匠がその選手たちに相対しているところに、僕は金魚のフン状態でついて回っていただけですが、そういうところを見ていて、トレーナーという人たちがいるから選手たちもいいパフォーマンスができるんだなと思いましたし、トレーナーも「戦力なんだな」「一緒に戦えるんだな」と思ったんです。

師匠の後にくっついていただけで、この代にはほとんど関わっていませんでしたが、彼らがぜんぶ卒業した後に、魅力的なやつが入ってきたんです。年齢は僕の1つ下で、四之宮(しのみや)洋介という選手で、4年の時にキャプテンをやりました。僕も師匠がやっていたことを彼らにやらなきゃいけない立場になりました。彼が小野澤みたいな人間で、キャプテンシーがすごくあって、僕に疑問をぜんぶぶつけてくるんです。彼は僕に何でも言ってきました。「こうじゃないか」「あーじゃないか」「こういうことやってくれ」と。

そういうコミュニケーションを重ねて「こいつ認めてくれている」とすごく感じたんです。その年の青学のリーグ戦前の評判は、入替戦に行くか行かないか、なんて低いものだったんですが、何とに春のリーグ戦に優勝して全日本選手権も優勝、秋のリーグ戦にも優勝して最後の神宮大会だけ優勝できないという、4冠のうち3つを獲ったんです。

彼はとても理解のある選手だったしキャプテンシーがあったので、僕がやらなきゃいけないと言うことを一緒になって言ってくれたんです。ふだんでもすごくうるさい選手で、寮のサンダルが曲がってるだけでやり直しっていうぐらい。自分が悪役になって、嫌われようがどうしようが、こうやって大学生をまとめるんだなと教えてもらいました。

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◆技術的なことには口を出さない

—— 野球、バスケ、ラグビー.....トレーナーとして必要とされる内容は違いますか?同じですか?

怪我に関して言えばまったく違います。

—— トレーナーとして一番気をつけていることは何ですか?

プレーの技術面の専門的なことに関わっちゃいけないということです。技術的なことに口を出すのは、タブーだということ。例えばラグビーで「腰が痛くなったのは、スクラムでこういう角度になってるからじゃないの?」と言ってはいけないと思っています。ただそういう話は本人でなくコーチには言います。選手に言う時には、アプローチの仕方を変えます。

それから怪我をする時は、どういう時間帯に、どういう動きをして、どんな天気だったか?どんな状況でその怪我が起こったかが大事なんです。筋力の問題か?技術の問題か?毎回技術的なことがからんでいると思えば、「こういう動作で怪我が起きています」とコーチには言います。

清宮さん(克幸/監督)に去年の初試合から何日か経った時に言われました。「練習の時に怪我をしたら、俺たちスタッフのせいだから」と言われたんですが、そんなこと言われたのはトレーナーをやっていて初めてでした。そういう気持ちは今まで関わってきた監督さんたちにもあったかも知れませんが、清宮監督にスパッと言われて安心しました。清宮さんはそういうところを考えて、練習を見たりしているんだなぁと思いましたね。

—— スポーツ歴はずっとバスケですか?

3歳から中学(名古屋市立千種中)まで、水泳をやっていました。同時進行で小学校(名古屋市立宮根小)3年から中学1年までサッカー。中学ではサッカー部がなくてクラブチームでずっとやってましたが、中2でバスケ部に入って、高3まで続けました。

ラグビーはやったことがなくて、青学トレーニングセンターにいた時に、屋外スポーツがすべてあったので、ラグビーの怪我人にも対応したくらいですね。そういう意味でラグビーというもの自体をまったく知らなかったので、ラグビーをやる時には逆にいろいろなことを吸収するチャンスかなと思いました。

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◆怪我予防と再発予防

—— トレーナーとしての充実感はどんな時に感じますか?

本当は試合に勝った時と言うべきなんでしょうし、実際試合に勝った時にも充実感を感じますが、ふだん自分の体に対して何もやっていない人が、変わっていく姿を見た時に、「こいつ、はまったな」と(笑)。

—— これからさらにやりたいことは?

目標は常に「戦力になりたい」ということです。戦力として認めてもらわなきゃ駄目だと思っています。戦力という意味の捉え方は、スポーツによってもチームによっても違いますけど、今は怪我予防、再発予防が、戦力への僕の責任というかノルマみたいなものだと思っています。

3年間サンゴリアスでやってきて、何を始めるにしても1年でぜんぶやろうとしたくないし、しっかりと基礎を作ってやっていきたいと思っています。今年こういう入り方ができたのは、去年があったからだし、これまでの積み上げで、トリートメントだけに頼らなくなった選手たちがいます。

それから監督は選手たちに厳しくて「大丈夫だろう」という言い方をしますが、そういうところはやりやすい要因ですね。教育というか指導がやりやすくなりました。そういうことがあって、予防を考えてくれる選手が増えました。だから今年はさらに新しいスタイルが作れるかな、と思っています。今後にさらに良くなっていくための、土台作りの年であるとも思います。

—— ラグビーそしてラグビーのトレーナーは魅力的ですか?

マイクロソフトカップの決勝戦の満員札止めなんか、マスコミがラグビーを取り上げた結果でもあると思うし、プロ野球はさておきバスケや社会人野球とは違って、やっぱりラグビーはすごいなと思いました。何かわからないけど、練習1つにしても試合1つにしても、泥と汗ですかね?ラグビーには日本人が好きなパターンがあるんじゃないでしょうか。

日本のトレーナーは、アメリカみたいに立場が確立されてなくて、曖昧なところがあります。それでも先輩たちが作り上げてきてくれたものがあるから、その上からスタートすることができました。僕がやらなきゃいけないことは、その先輩たちのやってきたことを引き継いでいくことだし、僕の歳でこんなにいろいろと経験させてもらっている人はあまりいないと思うので、後輩たちのために今度は僕が新しい道を切り拓いていければと思っています。

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(インタビュー&構成:針谷和昌)

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