サントリーは、創業以来のコミュニティとの関わりを振り返りながら、グローバル展開を加速する中で「Growing for Good」な企業であるために、取り組みの方向性を検討しています。その一環として、この分野に詳しい黒田かをり氏をお招きし、国内での社会貢献活動とアジア地域におけるコミュニティ支援をテーマに意見交換しました。
実践課題
コミュニティへの参画/教育および文化/雇用創出および技能開発/技術の開発および技術へのアクセス/富および所得の創出/健康/社会的投資
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●開催日:2012年3月21日 場所:サントリーワールドヘッドクォーターズ(東京都港区台場)
有識者
一般財団法人 CSOネットワーク事務局長・理事 元ISO/SR 国内委員
黒田 かをり氏
民間企業を経て、コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所、米国民間非営利組織のアジア財団に勤務。2004年から現職。日本のNGOエキスパートとしてISO26000の策定に参画。CSR推進NGOネットワークのアドバイザーなどを務める。CSOネットワークは社会的責任向上のためのNPO/NGOネットワークの幹事団体。
サントリー
- 北桝 武次
- サントリーホールディングス(株) CSR推進部長
- 丹羽 徹
- サントリーホールディングス(株) CSR推進部 課長
「利益三分主義」に基づくサントリーの社会貢献活動について
- サントリー
- 私どもの地域社会への貢献活動は、創業者の信念である「利益三分主義」に基づき、「事業への再投資」「お得意先・お取引先へのサービス」とともに「社会への還元」を基本としています。サントリーグループは、長年にわたり、福祉・慈善活動に取り組んでおり、また、高度成長期以降は、美術館・音楽ホールや公益財団法人を設立し、芸術文化の振興支援活動を積極的に展開してきました。そして、21世紀に入ってからは、次世代教育に力を入れるなど、時代のニーズを踏まえた貢献活動を継続して行っています。
昨年3月からは、東日本大震災の被災地支援にグループをあげて取り組んでいます。「漁業支援」と「子ども支援」を復興支援の柱に据え、漁船の取得支援、水産高校生などへの奨学金供与、文化・スポーツを通じた支援を実施しています。今年の2月には、被災地の復旧・復興にはまだまだ時間がかかり、中長期的な取り組みが必要だという現状を踏まえ、昨年の43億円の義捐金に追加して、20億円の拠出を決定しました。
- 黒田
- 創業以来、地域や社会への貢献を経営の核に位置づけ、今日まで継承されていることは素晴らしいです。質の高い幅広い活動を展開されておられると評価しています。
被災地の水産業の復興に着眼した取り組みも、対症療法ではない中長期的なもので、急に社会貢献を始めた組織では思いつかないでしょう。私にとっても「本質を踏まえた上での復興支援」という気づきになりました。
ISO26000では「コミュニティでは社会貢献事業は重要だが、社会的責任を組織に統合するという目的はそれだけで達成されるものではない」としています。一般に日本の企業は、企業側の視点で取り組みを決めることが多いのですが、ISO26000では「社会にどういう課題があるかを探ることから出発し、その解決のためにどんな貢献ができるかを決める」と手順を示しています。つまり企業がステークホルダーを選ぶのではなく、まず地域社会の人々と対話して期待や利害を酌み取ることで自らの社会的責任を理解して活動内容を選定する。ですから、ステークホルダーとの対話が何より重要です。その意味で、サントリーグループの漁業復興支援は非常に興味深いのですが、どのような経緯で取り組みを決めたのですか。
- サントリー
- まず、目に見えるかたちで支援したいという思いがあり、同時に、一企業ができることは限られているので、幅広く支援するというよりは、意志を込めて選び抜いた分野に支援を集中した方がいいと考えました。そこで、従業員からアンケートをとってみると、産業復興に直結する漁業支援と子どもへの支援が多数を占めました。特に、被災地の自立に何が必要かを考えると、被災地の主要産業であると同時に観光にも結びついている漁業支援が重要だと考えました。しかし、漁業支援といってもいろいろな支援があります。それで、特に何が求められているかを把握するために、被災地を回って現場の声を聞いたところ、漁船が壊滅的な被害に遭っていて、一刻も早く新しい漁船が欲しいという声を多く聞きました。そして、国や地方自治体などと情報交換しながら、国の共同利用船取得支援の枠組みを活用した取り組みを具体化していきました。同時に、後継者育成も重要と考え、漁業の次世代を担う水産高校生への奨学金供与も決定しました。漁船の進水式に立ち会うと、地元の方から「漁業を支援して、商売上のメリットはあるんですか。売り上げには結びつかないでしょう」と必ず聞かれます。確かにその通りですが、地元にとって本当に何が必要かという観点から考えた結果です。
- 黒田
- 従業員は第一のステークホルダーですから、まず従業員の意向をアンケートで確かめたのは地に足の着いた手法です。膨大な社会ニーズの中から現地の要望を調べて最優先すべき支援先を決め、さらに次世代の育成という観点から水産高校生への支援にも目が行き届いたわけですね。私がもう1つ感銘を受けたのは、社長がイントラネットで情報発信し、グループ全体で考え方を共有している点です。きっと風通しがよく、行動もスピーディなのだろうと推察できます。
- サントリー
- 評価いただき、ありがとうございます。東日本大震災の支援活動については、今後とも引き続き取り組んでいきます。
同時に、サントリーグループは以前から地域社会への貢献活動に力を注いできましたが、ISO26000を受けて、今後はより社会的課題解決への貢献を機軸に活動を推進していきたいと思っています。
- 黒田
- 消費者は文化・芸術活動も含めてサントリーという企業を見ていますが、ISO26000では震災後の産業復興支援のように、今こそ必要な社会の要請に応える施策も期待しています。ただ、アートやスポーツは人を強くしたり元気づけたりすることは間違いないので、それは大きな意味をもっていると思います。サントリーは社会貢献が経営の核に位置づけられているがゆえに、ISO26000という新しい切り口が登場して、その対応を真剣に考えていらっしゃる。ISO26000は、これまで目が行き届かなかった課題を発見・推進するためのツールとしても活用ができますから、今回の自己点検が新たな取り組みを検討する契機になれば意義深いことです。
海外、特にアジアで実行すべきコミュニティ支援について
- サントリー
- サントリーグループは今まで国内市場を中心に事業を展開してきましたので、地域社会への貢献についても、日本での活動が中心となっていました。現在、海外市場の売り上げは2割程度ですが、今後、グローバル展開を加速する上で、特に、事業活動を開始した中国・タイ・インドネシアなどの地域でのコミュニティ参画・支援が重要な課題と認識しています。こうした国・地域で、どのようなテーマや手法で取り組むべきか助言をいただけますか。
- 黒田
- サントリーグループのCSRビジョン「水と生きる」は、世界に通用するメッセージです。水問題は地球規模の重要課題で、新興国・途上国では都市部でこそ安全な飲み水が供給されていますが、郊外ではその入手が困難という地域も珍しくありません。ですから、水を貴重な資源と考え、節水や循環活用、水源涵養※などを進めている活動を海外の事業所を足場に展開していただきたいですね。
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※涵養:森が地下水を蓄えること
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- サントリー
- 安全な飲み水へのアクセスは「人権」ですからね。
- 黒田
- 人権の話題が出たのでISO26000のポイントに触れますが、中核主題を検討する際に見落としがちなのが「7つの原則」(説明責任・透明性・人権の尊重・ステークホルダーの利害の尊重など)が7つの主題のベースにあることです。原則と中核主題は、縦糸と横糸の関係にあり、主題には原則を尊重して取り組むことが重要です。たとえば、海外のコミュニティと関わる際に、国内では見えにくい人権イシューが生じることもありますから、「人権の尊重」を常に踏まえて取り組みを行うことが必要です。特に、子ども、少数民族など社会的弱者への配慮は大前提です。途上国での環境教育や文化的支援においても、人権の視点やステークホルダーの利害も認識して進めてください。
- サントリー
- その際に現地に詳しいNGOやNPOとの連携が不可欠だと思いますが、どのようにパートーナーシップを結ぶ相手を選べばいいのでしょうか。
- 黒田
- ISO26000では「ステークホルダー・エンゲージメント」を非常に重視しています。地域固有の課題や利害に詳しいのは住民・自治体・大学などで、そうした人々とコミュニケーションを深めて相互理解を深める。その過程で、国際機関やNGO/NPOなど、企業と地域を中間的に結ぶ団体と連携してテーマや規模などを検討し、さらに現地に根づいた団体とネットワークを構築するといった手順が考えられます。そこで重要なのは、連携する団体が確かな活動実績や人脈をもち、説明責任や透明性を果たしているかを確認することです。途上国で人権や環境に関する問題が起きる要因にコミュニケーション不足が指摘されることも多いので、この点を念頭に置く必要があります。
- サントリー
- お話を伺っていると、私どもが国内で行っている地域の方々とのコミュニケーション活動や「天然水の森」活動と相通ずることが多いですね。地下水の使用量や環境への影響を定期的に報告したり、森の整備を行ったりする場合にも多くの地権者や地元団体の方々との話し合いを重ねて信頼関係を構築してきたわけですから。
- 黒田
- そのプロセスは、海外でも当てはまると思います。特に途上国では、経済だけでなく社会・環境対策を組み込んだかたちで事業展開しないと持続できないので、社会貢献活動を本業と重なるかたちで発展させるといいのではないでしょうか。子どもなどの次世代支援は、その過程で必ず結びついてくるのでは。
- サントリー
- 国内では本業に関連する次世代教育として、子どもたちに水の大切さを伝える「水育(みずいく)」に力を入れていますが、新興国や途上国の子どもたちにも、水の衛生教育や森の大切さを伝える環境教育が重要だということですね。最後にISO26000の視点から、私どもが捉えきれていない実践課題がありましたらご指摘ください。
- 黒田
- どの企業にとっても難しいかなと思うのは「雇用創出および技能開発」です。事業をグローバル展開するほど、現実の問題として顕在化してくる可能性が高い課題です。
- サントリー
- たとえば「天然水の森」活動で、施業に関する技能者が不足している森林組合に講師を派遣するなどして、若い林業家を育成するプログラムにも取り組んでいますが、こうした試みは、その実践課題に当てはまりますか。
- 黒田
- 持続可能な社会を目指す上で、第一次産業の振興は先進国でも途上国でも重要です。その意味で、次代を担う林業家の育成も、東北の漁業復興支援も、雇用創出や技能開発に結びつくものです。こうした活動を海外にも広げると同時に、取り組みのプロセスをCSR報告書などで積極的に開示することが、マルチステークホルダーとの連携につながり、コミュニティへの参画や発展を促す環境づくりにも役立つはずです。
- サントリー
- ISO26000を通して当社の活動を見直してみると、これまでの取り組みをベースに新たな視点や気づきを取り込むことで、より社会に貢献できる企業に進化していけると感じました。今後もご指導をよろしくお願いします。ありがとうございました。