サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社(社長:有代雅人、東京都港区)は、コーヒー生豆中の新規化合物「イソ吉草酸(きっそうさん)配糖体」の1種を世界で初めて発見しました。この成分は、品質の高い生豆ほど多く含まれ、焙煎・抽出後にコーヒー飲料の香りや味わいを向上させることが明らかになりました。これらの研究は、九州大学・先端融合医療レドックスナビ研究拠点 割石博之教授らおよびハワイ農業研究センター(Hawaii Agriculture Research Center、以後HARC)長井千文博士らとの共同研究によるもので、Journal of Agricultural and Food Chemistry※1にて(2015年4月2日)発表しました。
※1 米国科学誌Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2015, 63 (14),pp 3742-3751 (DOI:10.1021/jf5054047)
▼発表演題
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Identification of 3-Methylbutanoyl Glycosides in Green Coffea arabia Beans as Causative Determinants for the Quality of Coffee Flavors. |
▼発表者
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岩佐恵子*、瀬戸山大樹**、清水広朗*、瀬田玄通*、藤村由紀**、三浦大典**、 割石博之**、長井千文***、中原光一*
* サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社
** 九州大学・先端融合医療レドックスナビ研究拠点
*** ハワイ農業研究センター(HARC) |
<研究の背景>
コーヒー飲料の香りや味わいは、焙煎や抽出方法にも影響されますが、最も大きな影響を与えるのはコーヒー豆そのものの品質です。当社は、焙煎前の生豆の品質を科学的・客観的に評価するための研究を進めています。本研究ではメタボロミクス※2の技術を用いて、生豆に含まれる成分と、それらが焙煎後のコーヒー飲料の風味に与える影響を考察しました。
※2 |
代謝物(メタボライト)を包括的・客観的に解析すること。代謝物は植物や動物の細胞の生命活動によって生産される化合物であり、メタボロミクスは微量な化合物も網羅的に解析対象とする。 |
<実験I>
1) |
生産者や生産地域の異なる36種類の生豆から、70%メタノール水溶液で成分を抽出後にLC-MS※3で分析し、2,649個の成分データ情報を得ました。
同じ生豆を焙煎して‘Licensed Q Grader’※4の有資格者により、SCAA※5の手順に準じた方法で官能評価を行いそれぞれの豆に官能スコアをつけました。 |
2) |
1)で得られた生豆の成分データ情報と焙煎後のコーヒー飲料の官能スコアの関連性を多変量解析※6と呼ばれる手法を用いて解析し、官能スコアに応じて含有量の高まる鍵成分群を探索しました。 |
3) |
2)で探索された鍵成分2種の化学構造式を明らかにするために、NMR※7および高分解能MS※8などによる分析手法を用いて解析しました。 |
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※3 |
Liquid Chromatogram-Mass Spectrometryの略語。日本語名は液体クロマト質量分析。固定相と移動相との親和性の差を利用して化合物を分離し、分離したものを質量分析器で検出することで定性・定量を行う分析手法。 |
※4 |
Coffee Quality Institute (CQI)によって認定を受けたコーヒーの官能の有資格者。 |
※5 |
Specialty Coffee Association of Americaの略語。世界的基準の絶対評価方法であるSCAAカッピング評価の手順を定めている。 |
※6 |
多くの情報データ(変数)をもとに、変数間の関連性を明らかにする統計的手法のこと。 |
※7 |
Nuclear Magnetic Resonance Spectroscopy(核磁気共鳴分光法)の略語。外部静磁場において、原子核は固有の周波数の電磁場と共鳴する。この現象を利用して化合物の化学構造を分析する手法。 |
※8 |
質量分析計を評価する基準としてどれだけ近い値を分離できるかを示す質量分解能(resolution)が用いられる。高分解能MSを用いると化合物の組成式算出が可能となる。 |
<結果I>
1) |
実験I-1・2)によって、生豆の成分データ情報とコーヒー飲料の官能スコアの関連性は強く、生豆の成分データ情報からコーヒー飲料の官能スコアを高精度に予測できることが明らかになりました(図1)。 |
2) |
実験I-3)によって、実験I-2)で探索された鍵成分2種が、イソ吉草酸配糖体の2つの異性体※9であることがわかり、その化学構造を明らかにしました(図2)。成分(2)はコーヒー生豆に含まれることが既に知られていましたが※10、成分(1)はイソ吉草酸と呼ばれる天然化合物とグルコース2個からなる新しい化学構造をもち6’-O-(β-D-glucopyranosyl)-1’-O-[3-methylbutanoyl]-β-D- glucopyranoseと呼ばれるもので、新規成分として当社が世界で初めて発見しました。 |
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※9 |
原子の種類や数は等しいが、構造が異なる物質のこと。本研究の成分2種は、イソ吉草酸と糖が結合する位置、および糖の種類が異なる(図2)。 |
※10 |
参考文献;Weckerle, B. et.al. Phytochemistry. 2002, 60, 409-414.
化合物名称;3-Methylbutanoyl-6-O-α-D- glucopyranosyl-β-D-fructofuranoside |
<実験II>
1) |
実験I-2)で探索したイソ吉草酸配糖体の2つの異性体をコーヒー豆の焙煎条件と同じ230℃10分の熱分解反応を行い、その熱生成物をGC-MS※11で測定しました。 |
2) |
イソ吉草酸配糖体の2つの異性体の熱生成物100ppbをコーヒー抽出液に添加し、‘Licensed Q Grader’による官能評価により、風味に及ぼす影響を調べました。 |
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※11 |
Gas Chromatogram-Mass Spectrometryの略語。日本語名はガスクロマト質量分析。混合物を気体(ガス)にしクロマトグラム法を用いて分離し、分離したものを質量分析器で検出することで定性・定量を行う分析手法。 |
<結果II>
1) |
実験II-1)で得られたイソ吉草酸配糖体の2つの異性体は熱分解によりどちらも同じイソ吉草酸を生成することが明らかになりました(図3)。 |
2) |
イソ吉草酸の添加によって、アフターテイスト※12の官能スコアが有意に向上し、コーヒー飲料の良い香味が明らかに高まることを確認しました(図4)。イソ吉草酸は、コーヒー液中に極めて微量に含まれることによってコーヒーの風味を向上させていると考えられます。 |
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※12 |
コーヒー飲料の品質を決める重要な官能因子のひとつ。コーヒーを飲み込んだ後の、口蓋からの後ろから戻る良い風味と口腔内に残る良い風味の長さで点数づけされる。良い風味が持続すると高得点となる。 |
<今後の期待>
コーヒー生豆の成分情報によって、焙煎・抽出後のコーヒー飲料の美味しさを予測できることを明らかにし、その中でも官能スコアに高い相関を持つ成分としてイソ吉草酸配糖体2種を発見しました。
今後、イソ吉草酸配糖体を指標として、客観的な生豆の品質評価や高品質なコーヒー豆を見分ける技術の開発、さらに、コーヒー飲料の品質向上のための製造技術の開発が期待されます。
サントリー食品インターナショナル株式会社は、今後もサントリーグローバルイノベーションセンター株式会社と連携し、本研究成果を飲料・食品の製造、販売事業の分野の付加価値創造に活用していきます。
▼サントリーグローバルイノベーションセンターホームページ
https://www.suntory.co.jp/sic/
▼サントリー食品インターナショナルホームページ
http://suntory.jp/sbf/
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