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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 2012年受賞

堀 まどか(ほり まどか)

『「二重国籍」詩人 野口米次郎』

(名古屋大学出版会)

1974年生まれ。
日本女子大学大学院文学研究科修士課程修了。ロンドン大学School of Oriental African Studies修士課程修了。総合研究大学院大学文化科学研究科博士課程満期退学。博士(学術)。現在、国際日本文化研究センター機関研究員(講師)。
著書:『「Japan To-day」研究―戦時期「文藝春秋」の海外発信』(共著、作品社)、『明治期「新式貸本屋」目録の研究』(共著、作品社)、『講座小泉八雲Ⅰ ハーンの人と周辺』(共著、新曜社)など。

『「二重国籍」詩人 野口米次郎』

 「序章」の見事な展開にまず読書欲をそそられる。最上の書き出しと言うべきだろう。著者はこう述べる。
 20世紀の前半に、野口米次郎あるいはヨネ・ノグチと呼ばれた国際的に知られた日本の詩人がいた。英語と日本語で多彩な言論活動を行い、戦前は国際的文化人の大御所として、日本のみならず世界中の多くの人から仰ぎ見られる存在だった。しかし、戦後は一般にはほぼ忘れられ、現在にいたるまでその生涯や作品史を通観する研究はない。文学事典類のこの詩人に関する項は、1904年の帰国後の経歴については具体的な説明がほとんどなく、詩人としての日本の詩壇における位置づけも、曖昧なままだ。なぜこうなったのか。
 最大の理由は太平洋戦争に際して「日本主義」に走った「ナショナリスト」、「戦争協力者」といった負のレッテルを戦後貼られ、同様の扱いを受けた高村光太郎が戦後長い間かかって反省と悔恨をつづって再評価にまでたどり着けたのとは違い、敗戦2年後に死去して「名誉回復」の時間を持てなかったことにある。加えて詩人自ら「日本語にも英語にも自信がない」と謳った『二重国籍者の詩』(1921年)の「自序」のイメージに引きずられて、二流詩人だとして蔑視する傾向が根強いことにもあるだろう。が、従来見過ごされてきたブラックホールに光を当てれば、この詩人の活動全体の評価が変わる可能性があるのみならず、20世紀における国際文化交流の実態について、これまでの認識を一変させるような意味があるのではないか。
 こうして野口の生涯を振り返る作業が開始されるが、著者が重視するのは作品論や伝記考証に加えて日本文化・文学の側からのアプローチに力点を置き、その際に国際的同時性に着目することで一国文学史が陥りやすい欠点を克服し、国際的な動向の中で野口が果たした役割を多角的に描きだすということだった。このラインに沿って「生い立ち」から「後輩詩人たちの戦後評価―蔵原伸二郎と金子光晴」まで、三部構成の十五章が用意される。
 キーワードのひとつは象徴主義というモダニズムで、この動向が欧米および日本で野口の活躍を先導もしくは後押しする。著者はその広がりと波及を新しい資料を含む調査を生かして述べていくが、驚異的なのは野口が詩人としての名声を手にした後に世界に紹介した日本の文化の幅の広さで、芭蕉を中心とする江戸文芸、浮世絵などの美術、そして能・狂言と多岐にわたる。特にわたしが関心を持ったのは、フェノロサ→イェイツ→パウンドという線で能が西洋に紹介され定着したとの通説とは違い、野口とイェイツの親交がこれに先立つという「事実」が明示されていることである。これと同様な驚きがインドの詩聖タゴールとの日中戦争をめぐる論争や、野口の「戦争詩」の解明にもある。つまり、本書の随所に新しい視点が埋められていて、単にある到達点を示しているばかりではなく、今後の研究への多くの示唆を含んでいる。この両義性が本書の大きな特色であり、また収穫だと言っていい。

大笹 吉雄(演劇評論家)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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